鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-13 「大罪のエロス」


「――腕、大丈夫ですか?」

「あ、はい。何とか、無事です」

 無事と言いつつ本当は物凄く痛い。血が止めどなく流れている。それを見せぬよう腕を背中に回していた。

「でも痛いでしょう? ちょっと腕を出してみて下さい」

「え、ああ、はい……」

 創はこの女性が治療を行ってくれるのかと思っていた。見ず知らずの者に、このような妖艶で美しい女性が手当てをしてくれるなど、嬉しすぎて舞い上がってしまいそうだったから。
 そう思っていると、女性は創の腕を掴み、顔を近づけた。そして傷口まで近づけるとしっとりと湿っている舌を出した。

「……えあ……」

 そのまま女性は創の腕を舐め始めた。歯形が付いたところを埋めるように唾液を流し込んでいく。

「え、ちょ、ちょっと?」

「えあ……えろえろ……ふあ?」

 ただ舐めるだけでなく、腕にかぶりついている。これはもう腕キスというか、それ以上にとてもエロティックな治療だった。

「何……やってるんですか?」

 創の質問に女性は腕から舌を離した。その際に舌は腕と細い唾液で繋がっていた。

「何って、治療ですよ? 私の唾液には傷を治す効果があるのです。うふふ。あなたの腕、筋肉質で逞しくて、なかなかしゃぶりごたえありますよ?」

「ありますよって言われても……」

 これ程までに刺激的な治療を僕は体験したことがない。こっちではこれが普通なのかな。それにしてもこれは男には少し刺激が強すぎるというか何と言うか、でも確かに痛みは引いてる気がする。

「あ~……はむ。えろえろ……えあ……」

 傷口を見てみると徐々にふさがっているのがわかる。流れていた血は止まり、痛みも引いていた。創の腕は、太陽の光で女性の唾液がキラキラと照り輝いていた。

 ――それにしても、舐めている時は目を閉じているって、何か、行けないお店に来ちゃった気分だな……。

「……どうしたのです?」

「な、何でもないです!」

 そうして暫く女性に腕を舐められていると、創の腕は元の傷一つない綺麗な状態になっていた。女性の唾液がまだ乾かず、風に当たってそこだけ涼しかった。

「これでよしっと。どうです? 痛みはありませんか?」

 創は腕を軽く回してみたが、やはり痛みは感じなかった。

「はい、大丈夫です。あ、ありがとうございます!」

「それは何よりです。この辺りは今のようなウルフがたくさんいますので気を付けた方がいいですよ?」

「そうなんですか……」

 それだと一人で歩くのはかなりリスキー。狼一匹にこのざまだ。何匹かでかかってこられたら今度こそおしまいだろう。

「それで、あなたはどちらに向かわれていたんですか?」

「えと、ただひたすらに真っ直ぐ歩いていただけなんです。何処か町にでも行ければいいかなと思って……」

 女性の大胆な姿もそうだが、創は目的もなくただ歩いていて、その中で狼に襲われて命の危機に陥っていたという状況が恥ずかしかったので顔を俯かせていた。

「そうですか。では、私もご一緒してよろしいですか?」

「……え?」

「実はここを真っ直ぐ行くと『ホースメン』という街があるのです。一人では少々寂しいので、どうかご一緒出来ないかと」

 その提案はこちらも願ったり叶ったりだった。特に何か邪な思いとか、下心がある訳じゃない。だけどやはり一人で行くのは心細かったりもする。

「も、もちろんです! 僕で良ければ!」

「本当ですか!? ありがとうございます! 私はキルキスと言います。ルキスと呼んで下さい」

「僕はハジメです。よろしくお願いします!」

 お互いに自己紹介をして二人で歩き始めた。


 ***


「――そういえば、ハジメさんはやはり魔法はお使いにならないんですか?」

「魔法? そんなのがあるんですか?」

「ええ。あら? もしかして、どこか辺境の出身なのですか?」

「え、ああ、まあ」

 魔法なんて、そんなマンガみたいなものが本当に存在するとは思はなかった。この世界の住人なら、知らない人はいないか。

「そうですか。まあでも、魔法は存在しますが、使える人と使えない人がいます。先程ハジメさんを手当てした時に魔力の流れを感じ取れなかったので、恐らく使うことが出来ない方なのかと」

「そういうのって、やっぱり適正とかあったりあるんですか?」

「適正と言うか、血が体内で作られると同じように、魔力も体内で生成されるのです。しかしそれは、生まれつき生成される人とされない人がいます。されない人は魔法を使うことが出来ません。だからハジメさんは剣を持ってらっしゃるのかと」

 それもそのはずだ。僕は元々こっちの世界の住人じゃない。元の世界じゃ魔法なんてのは使える訳もなく、ただ空想上でのものでしかない。そんな僕が魔法を使えないのは当たり前だ。

「魔法を使えない人は剣の道を極めると聞きます。噂に名高い【剣帝】も、魔法は使えないと聞いたことがあります。だから剣を選んだのでしょう。彼には如何なる魔法をもってしても勝てないと言われています」

 あの【剣帝】も魔法が使えないのか。魔法がどのようなものなのか実際に見たことはないけど、魔法が剣に勝てないなんてとてもじゃないけど想像がつかない。

「でも僕は、つい昨日初めて剣を触ったばかりなんです」

「そうでしたか。失礼ながら先程の戦いを拝見させていただきましたが、剣の腕は素人だと見ました。しかし昨日初めて剣に触れたのであれば仕方ありません。少しずつ修業を積んでいくしかないでしょう」

「ルキスさんは何か魔法は使えるんですか?」

「私は一応使えますよ。先程のこれ」

 そう言ってキルキスは口を開けて舌を指さした。口を開けた瞬間に涎がいやらしく糸を引いていた。

「――舐めることで傷を治すのも、私の魔法の一つです。『奉仕する聖水』、と名付けています」

「奉仕する……聖水……」

 なんだかこの人が言うと何もかもいやらしく聞こえてくる。計算なのか素なのか、恐らく後者だろう。これが“魔性の女”というやつなのか。知らず知らずの内に術中にはまっていそうで怖い。

「まだ他にもあるのですが、それほど使う機会が無いものなので」

「なるほど……」

「なので安心してください! またウルフが出てきたら私もサポート致しますので、ハジメさんは獣のようにその逞しい剣を思う存分に振るってください!」

 キルキスは両手をパンッ! と叩いた。『逞しい剣』という何でもない言葉にでもやはりエロスを感じてしまう。

 そして創とキルキスは二人で『ホースメン』を目指した――。


 

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