鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-17 「乖離」


 その動きは今までの創とは思えないくらいの俊敏な動きだった。たかだか普通の一般人が出来る芸当ではない。動きだけでなく力も――ダートが力負けするくらいまで跳ね上がっている。
 それに目の色が黄色に変色している。

『こ、これは一体どういうことでしょうか!? ダート選手の強烈な一撃を受けてもなお――いや、逆に身体能力が上がっている! ただ事ではないことです!』

「「「ハジメ! ハジメ! ハジメ!」」」

 さっきまで創がやられているところを楽しく見ていた観客側からも創にコールを打っている。完全に手のひらを返している。

「……あれは……」

 絶望的な状況から再び立ち上がった創にキルキスはある人物と重ねていた。

「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 自分を鼓舞する為か創が雄叫びをあげる。その咆哮が会場全体に轟く。

「――ふん、そんな力を隠していたとはな――いいだろう、かかってこい。お前の全てを壊してやる」

 ある程度距離が離れている状態で数秒間のにらみ合いが挟む。試合開始前の静けさが戻って来たみたいに。

「…………行クゾ」

 先に静寂の空気を断ち切ったのは創だった。
 剣を下から上に斬り上げ、それが衝撃波となってダートに放たれる。それは既に人間離れした技だった。ダートはそれに全力で斬りかかる。

「ぐっ――おおっ!」

 その一撃はダートが全力を持ってようやく防げるものだった。しかし安堵したのも束の間、創はダートにあと数センチのところまで迫っていた。

「くっ……!」

 斬りかかってくるものだと思っていた。しかし実際に創が放ったのは剣ではなく足だった。
 虚を突かれたダートはそれをもろに喰らってしまう。

「ぐはっ!」

 その創の動きは“表世界”での人間の動きを逸していた。普通の人間が斬撃を飛ばせるはずがない。普通の人間が常識外れの速度で動けるはずがない。普通の人間は目の色が変わったりはしない。そんなありえないことが今起こっている。
 例え今この創の姿を蓮や結衣、ティアラに見せたところで創だとは信じないだろう。それは表世界だからだとか裏世界だからとかではない。単純にさっきまでの創と今の創を見比べた時の普通の反応だ。

 何もかも普通だったのが、今、になったのだ。

「調子に乗るなよ……小僧が!」

 ダートも負けず、先程創を追い込んだ無差別な攻撃を仕掛ける。本気になったのか初めからマックスの斬撃スピードだった。さっきはボロボロに追い込んだが、今はそれを全部いなしている。

「な、何故だ……!?」

 ダートは本能的に今の状況は危険だと判断すると、一旦創から距離を取った。

「……お前、一体何があったんだ?」

「……アアァ……」

 創はダートの声が聞こえないのか、それには全く反応していない。創の金色の瞳はただ一点――ダートを捉えているだけ。

「……どうやらただの廃人と化したようだな。言葉が通じぬなど、人間を辞めたのか? まあいい、夢と共にお前を葬ってやる!」

 ダートもまた横薙ぎの斬撃を飛ばす。

「そらァ!」

 だが創はそれをいとも簡単に断ち切る。それは予想済みだったのか、ダートが創の目前まで接近していた。さっきの創と同じ攻撃手段だった。勿論次に出すのは剣でなく足技。

「――獅子閃ししせん

 獅子の如き一撃が再び創目がけて放たれる。空を裂き、遅れて巻き起こる爆風。それは確かに命中した感触があった。でも何か変だ。その感触がいつまでも残っている。この技を喰らったとなれば相手は後方へ吹き飛び、感触など残るはずがない。
 砂埃が晴れ、前方が露になる。そこには信じられない光景があった。手加減など一切していない。むしろ全力中の全力だった。避けたのならまだ分かる。それでも、片手で受け止められるものではないはずだ。

「……バカな……!」

「ハアァッ!」

 創は足を掴みそのまま上に投げ飛ばす。その後を追いかけるように創も跳躍する。腹部を空に向けているダートに渾身のかかと落としを叩きこむ。

「ぶはっ!」

 天から地へ。空中浮遊の時間は短く一瞬で地面に落とされる。でも創はそれだけでは終わらなかった。叩き落されたダートに向かって一直線に剣の切っ先を落としていく。その一閃は速く、黄金の瞳が黄色の真っ直ぐな軌跡を描く。
 ダートが落ちてくる創を認識した時にはもう既に遅かった。一閃はダートの腹部の鎧を砕き、その体を貫いた。

「うおああああああああああああああああああああああああ!!」

 貫いた腹部から口から血が噴き出す。地面は衝撃で抉れ、その場を中心にしていくつものひびが走っている。

「……アア……あ……あぁ……」

 創の黄色の瞳が元の黒に戻っていく。気を失ったのかそのまま目を閉じ、後ろに倒れ込む。

「ハジメさんっ! ハジメさん――」

『なんということでしょう! 誰がこんな結末を予想できたでしょうか!?』

 終わりを告げる実況がキルキスの叫びを遮る。

『――圧倒的優勢と思われていたダート選手は覚醒したハジメ選手に一方的に押されてしまいました! ハジメ選手の剣がダート選手の鎧を貫き、勝負が決したかと思われましたが、力を出し切ったのかハジメ選手も意識を失ってしまったぁ! よって第二試合はドローという結果になります!』




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