鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-12 「痛感した弱さ」
僕は今、ティアラに膝枕をされている。彼女の柔らかい太ももの感触が気持ちよく、居心地が良い。見てはいないが、全身を包帯で覆われているのが分かる。体中を締め付けている感覚があるからだ。少し体を動かすだけで全身に痛みが走るが、それも彼女の膝枕によって緩和されているみたいだ。
気が付けばもう夜になっていた。気を失ってからだいぶ経っているのだろう。周りはとても静かで、時計の秒針が進む音しか聞こえない。今のこの状況では、この時計の音さえも心地いい。
今、こんな風に思っている僕をティアラは目に涙を浮かべて心配してくれている。彼女に会ってまだ日が浅いのにもう二度も、彼女の涙を見てしまっている。二度あることは三度ある……三度どころか、四度や五度あるかもしれない。僕はそんなに、彼女の泣いている顔を見たくはない。
彼女の泣いている顔を見ていると、見たことない種明さんの泣いてる顔を見ているようだから。あの時の電話越しに種明さんは、こんな顔をしていたのだろうか。
種明さんを泣かせたくないと言いながら、もう一人の種明さんかもしれないティアラを泣かせてしまっている。
だから僕は――。
「ねえ。何で、あんなことになったの? どう考えたって勝てる訳ないじゃん。相手は本物の騎士なのよ? たかが素人が、そんな彼に勝てっこないじゃん。普通に戦ったら負けるって……わかるじゃん……」
一度乾きかけたティアラの瞳に、また涙が浮かび上がってくる。
「……僕にも、守りたいものがあるんだよ。それが今失われつつあるから、必死に取り戻そうとしている。……ホントに、ほんの一瞬のことなんだけどね」
今の彼女はただ愛想笑いをしているに過ぎない。種明さんの笑顔を守りたい。それは結果的に、彼女を守ることにも繋がる。
ありふれた日常に潜む、刹那の出来事。それを守る為に今こうしてここにいるなんて、他の人が聞いたら笑われてしまうだろう。それでも、僕にとってはとても重要なことなんだ。
「……でもさぁ、もうこんなのは、だめだよぉ……」
「うん……」
創はティアラの頭をそっと撫でた。
「ごめんね……」
***
「――ホントに、行っちゃうの?」
「うん。ありがとね、手当してもらって」
それから二日間ティアラの家で休養を取らせてもらった後、創はティアラにこれ以上心配をかけないようにこの村を離れることにした。それは逆にティアラを心配かけさせる行為かもしれないが、いつまでもお世話になる訳にはいかなかったからだ。
「はい、ハジメ君。お弁当作ったから、お昼にでも食べてね」
「すみません、ありがとうございます」
ティアラのお母さんが創にお弁当の入った巾着袋を渡した。
「また、ここに来るのよ?」
「意外と早く来ちゃうかもね」
「それでもいいよ。……待ってるから」
創はティアラとまた会う約束をして、ヴィーネを後にした。
***
――見晴らしのいい道を暫く進んだ後、いつも間にか森に足を踏み入れていた。創の手にはさっきティアラのお母さんから貰ったお弁当と、剣が握られていた。これはダートと戦った時に使用していた物だ。返そうにも本人が居なかったので、護身用に持って来ていた。
「それにしてもかなり歩くな~。もう二時間くらいは歩いてるつもりなんだけど。なかなか町みたいなのに辿り着かないな」
創が歩いている道の両端には森がお生い茂っている。もうずっとこの景色しか見ていなかった。
「お腹も空いて来たし、この辺りでお昼にしようかな」
創は道の端の方に座り、お弁当を取り出した。
「おぉ……」
蓋を開けると、中にはおにぎりと漬物が入っていた。そしておにぎりを一口、口に運ぶ。
「……美味いな。ティアラのお母さんには感謝しないとな」
感謝の気持ちを噛みしめつつおにぎりを食べていると、真正面の茂みからガサガサと揺れているのが見えた。
「……何だ?」
そのままそれを見つめていると、そこから一匹の狼のようなものが出て来た。
「なっ、嘘だろ!」
腹が減っているのか、その狼は口から涎が垂れ、息も荒い。
――これは、襲われる……!
そう思い、剣を鞘から抜いて構える。
暫く一触即発の状態が続いた後、狼が飛びかかって来た。
「――ぐっ!」
 気を張ってはいたもののその狼の余りのスピードに反応するのが遅れてしまい、腕を嚙まれてしまった。歯が腕に食い込み、血が噴き出る。
「この……!」
創は腕を噛んで身動きが取れない狼の眉間を剣で突き刺した。
「――キャンッッ!」
それでも離さず、創の腕を噛み千切ろうとしている。肉まで食い込んでいた歯は、もう骨まで届きそうになっていた。
「くそっ! これでもダメなのか!」
こんな狼一匹ですらまともに相手できないのに、ダートになんて勝てる訳ないよな。ましてや今の僕でハイドと戦ったら……結果は分かりきっていたことだろう。
――創は必死に剣で狼を指し続けるが、一向に離れてくれる気配がなかった。
(このまま、腕一本やられてしまうのか……!)
この世界に来たことが今になって後悔し始める。それでももう遅かった。どんなに後悔しても、この腕が噛み千切られることに変わりはない。
「――ちょ、ちょっと! 危ないですよ!」
一体何処から現れたのか、いきなり狼の横に女性が立っていた。
その女性は狼に顔を近づけて、キスをした。
すると狼は力が抜けたように創の腕から離れ、そのまま地面に落ちた。
「――あらあら、もうイッちゃったの? そんなんじゃ女の子を満足することなんて出来ないわよ」
その女性の服装は胸がやたら大胆に露出しており、腕や足なんかも肌が露になっている。とても艶やかな声で、妖艶な女性だった。
「……あ、ありがとうございます」
「うふふ。どういたしまし、て」
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