鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapte1-8 「水面の波紋」


「……蒼の……階段……?」

 聞き覚えのない単語だった。もしかしたら、それが組織の名前なのかもしれない。

「さてさて、あなた方お二人にショーをお見せすることが出来たのでわたくしは満足ですぅ」

 ハイドは後ろに振り返る。そしてとある家を見つめた。

「……そこにいるあなたも、次は隠れずに見てくださいねぇ?」

 そう言ってハイドは森へと歩いて行った。

 ハイドが完全に見えなくなった後、ハイドが見つめていた家から一人の少女が出て来た。

「――レインっ!」

 ティアラがその少女に駆け寄り、二人は力強く抱き合う。

「……ティア……ごめんなさい。心配かけましたね……」

「……う……うぅ……本当だよ。心配……したん……だから……」

「――大丈夫、でしたか?」

 干渉に浸っているところに入るのは悪いが、創もじっとはしていられなかった。

「はい、ご心配をおかけしました。……えっと、貴方は……?」

「……紹介するね。この人はアマツ・ハジメ、旅人なんだって」

「まあ。それは不運なことに巻き込まれてしまいましたね」

「いえいえ、お互い様ですよ」

「そして彼女がレイン・サレスト。ヴィーネの教会のシスターよ」

 何となくそんな感じはした。普通の人がこんな修道服を着るはずがない。話し方や接し方、仕草までもがそれだった。

「――取り敢えず、ヴィーネに戻りましょうか」


 ***


「――それで、彼らは一体何なんですか?」

 創とティアラは、レインを連れてヴィーネの教会に来ていた。
 教会の中のには、色のついたガラスがいくつも張られていた。そして奥には女神のような像が建てられていた。この像の前でレインが祈りを捧げる姿が想像できてしまう。

「彼らは、【蒼の階段】という組織です。その位は第一階から第十階まで、十人が所属しています」

「あんなのが十人もっ!? 彼らの目的は何ですか?」

「……分かりません。彼らが組織として姿を現したのは、約二年程前です。一人一人の力が強大で、立ち向かえる者は余りいらっしゃいません。彼らは組織の象徴として、胸元に青いブローチをしています。それをしていたら、【蒼の階段】の一人です」

 あんなのが後十人もいるのが信じられなかった。たった一人であの絶望感が押し寄せる。そんなの、誰も立ち向かえるはずがない。

「そしてこの村の近くにある樹海に変わる森。あれを作った者もその一人です。名を、レイド・クロスバインと言います。【蒼の階段】の、第九階の位置に就く者です」

「レイド……クロスバイン……」

「恐らくですが、この『第九階』は“二番目に強い”という意味だと思われます」

「何だって!?」

 つまり創が最初に出会った【蒼の階段】で、いきなりトップクラスの相手に当たったということになる。それ以前に、ハイドより八つも位が高いレイドはどれだけ強いか想像できない。あの時は、たった一割も力を出していなかったのかもしれない。

「彼の目的も今のところ分かっていません。何せ、第九階に位置する者です。……二年前、彼と戦って生きていたことが奇跡だったのです」

 彼女は今、ティアラを助けた少年のことを言っているのだろう。僕とそっくりでありながら、恐怖に立ち向う力と強い心を持っている、彼のことを……。

「でも、【剣帝】なら何とかしてくれるんじゃ!?」

「……いえ、彼は余り人前には姿を現しません。私もお会いしたのは一度しかありません」

 ティアラが提案を持ちかけるが、それはあっけなく却下されてしまう。

「剣帝……?」

 それはとてもやばそうな響きに聞こえた。

「剣の道を極めた者です。この世界にはそれが三人いらっしゃします。人々はその人たちに敬意を込めて、【剣聖】、【剣姫】、そして【剣帝】と名付けています。最強の三剣士、とでもお考え下さい」

 最強の三剣士。それはあのレイドよりも強いということなのだろうか。だとしたらこんなの、僕なんかが関わっていいものじゃない。そんなのに関わっていたら、命が何個あっても足りない。

「いずれにせよ、彼らは神出鬼没です。そう簡単に協力を仰ぐことは出来ないでしょう。現状では、【蒼の階段】に対抗できる術はないでしょう」

「……ッ!」

「……と、とにかくっ! 今日はもう休もう? ねっ?」

 ティアラの言う通り、もうすっかり暗くなっている。今日はもう休んだ方が良いのかもしれない。創もまたいきなりこの世界に来て、またしても想像を絶する恐怖を体験した。みんな疲れているに違いない。

「そうですね。ハジメさんも今日はお疲れでしょう。どうかゆっくり休んで下さい」

「ハジメは今日は私の家に泊まって行くといいわ」

「じ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「お二人とも、おやすみなさい」

 創とティアラが教会を出た後、レインは女神像の前に立膝をついて祈りを捧げた。

「――予想以上に早く、お会いすることが出来ましたね」

 レインは顔を上げ、女神像を見つめる。

「クロウさん――」


 ***


「――じゃあ創はここでいいかな? お布団敷いておいたから」

「うん。ありがとう」

 あの後、僕はティアラの家に泊まらせてもらうことになった。
 ヴィーネには隣の村から避難してきた人たちでいっぱいだった。外で寝させる訳にはいかなく、村の住人が避難民を家に招き入れていた。突然故郷が襲われたんだ。亡くなった人もいるし、不安を抱いているだろう。この村もずっと安全かなんて保証はされていない。ハイドみたいに、この村がいつ襲われるかも分からない。
 早く、元の世界に帰りたい……。

 ――この世界に来る度に創の身に何かが起きていた。様々な出来事があって疲れているのだろうか、目を瞑った瞬間に創の意識は無くなっていった。


 ***


「――う……うん……」

 創が目を覚ました。

「……あれ、ここは……」

 さっきまでのティアラの家の天井とは違っていた。それはいつも見ていた天井。

「……僕の、部屋か。戻って来たんだな……」

 創が起き上がると、思いっきり枕を殴り始めた。

「――何だっ! 何だっ! 何だっ! 何なんだあの世界はっ!? 異常なんてもんじゃない、イカれている! 何だよ【蒼の階段】って! 何だよ【剣帝】って!」

 創はただひたすらに枕を殴り続けた。

「何で僕があんなとこに行かなきゃならないんだっ! 何でいつもあんな目に遭うんだっ!」

 殴る度に涙が落ち、枕と拳を濡らした。それでも、鬱憤を晴らすかのように殴った。

「――もう嫌だよ……あんな世界……行きたくないよ……」

 創がようやく枕を殴るのを止めた。その時、振動で床に落ちていた携帯から着信が鳴り響く。
 連絡をよこしてきたのは蓮からだった。

「……もしもし」

『創っ! お前ニュース見たかっ!?』

 蓮の声は、いつになく慌ただしかった。

「見てないけど……何かあったの?」

『今すぐニュースを見てくれっ!』

 頭が全然回っていなく、精神状態も不安定な創だったが、蓮にそう促されてリビングに降りて行った。創の部屋にはテレビが無いからだ。

「――創っ! あんたまたどこ行ってたの!?」

「……ごめん」

 創の母親がまたしても創のことを心配していた。

「それよりこれを見てっ!」

 創は母親が指さしたテレビを見た。そのニュースでは、ここから近いとこから中継を行っていた。

『――昨晩の午後五時過ぎ頃、ここ森宮町で交通事故が起きました。車に轢かれたのは、森宮町に住む比企美孝君、十六歳。すぐに病院に運ばれましたが、その後まもなくして死亡が確認されました――』

 そのニュースでは、美孝が交通事故で無くなったことが流れていた。

「……え?」


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