アイニイキアイニシヌ

山本慎之介

カラミアイ

カーテンの向こうでは東の空から燃えるような赤が広がっている。

カーテンのこちら側、部屋の中、太陽に負けじと広がる赤。その中心には動くことのない死体が横たわっていた。

 それを息を切らしながら眺める、一つの影。


「これからもずっと一緒にいようね?私と幸せになろうね?」

不気味な笑みを浮かべながら男は持っていた赤く染まったナイフを己の首へ向ける。


───部屋をまた赤が蹂躙する。












アイニイキアイニシヌ  第三部「カラミアイ」



















 幼少期、男は友達が多いのが自慢だった。
小学校に上がる時に友達を100人連れて本当に富士山に登ろうとして両親を驚かせるほど自由奔放で活気のある子供だった。

男女関係なく毎日友達に囲まれて過ごした日々はそれは幸せだった。

そんな幼き男にも悩みがあった。

どうしても一人称が「私」になってしまうのだ。みんなと同じように「僕」や「俺」と言ってはみるのだがどうにも違和感と羞恥心がとれない。そのことで馬鹿にされることがあるのだ。

小学校高学年になってもそれは直らず、思春期に入った女子から徐々に避けられるようになった。

中学校に入ると、男子との距離も少しづつ遠くなっていった。

高校生になり、独りになった男は学校に行くことを辞め、ある場所へ足繁く通うようになった。


女装カフェ、自分の居場所はそこにしかない。

男は自分の中の女が目覚めたことを自覚していた。幸い、オネエタレントの進出などにより、世間の目をそこまで気にする必要もないし、そもそも見られるのは女としての自分、見られても何とも思わない。

 そこには自分と同じような人が沢山いた。中には彼氏がいる人もいた。

羨ましい、と思った。
しかし同時に無理だとも思った。

女としての男は、どうしても男に恋愛感情を向ける事が出来なかったのだ。

男はレズピアンだった。


 この場合使い方が正しいのかは甚だ疑問だが、女としての男は恋愛感情を女性にしか向けられなかった。

高校を退学した男は、早々に両親の元を離れ独り立ち、女装カフェで働きながら生活していた。
その頃には男の女装は完璧になり、殆ど女性と見分けがつかなくなっていた。そのためか、普通の女友達もでき、女子会にも平然と参加していた。

いつものように仕事をしたあと友達と女子会をすることになっていたある日、その女子会に見慣れない顔があった。
 聞くところによるとその人は自分と同い年で、男性不信に陥り学校を辞めてしまったらしい。


男は、彼女に一目惚れした。

ごく自然に連絡先を交換し、自分が男であることを隠し少しづつ距離を縮めていった。相談に乗ったり、世間話をしたり、2人で遊ぶことも多くなっていった。

その頃男は彼女がレズピアンであることを知った。

運命だと思った。この人しかいないと、本気で思った。

男は告白した。彼女は泣きながら認めてくれた。

2人は付き合うことになった。

小さく、少し他とは違う形だが、確かにそこにある愛。

男は今までで一番幸せだった。友達は多くはない、それでも愛する人が、愛してくれる人がいる。それだけでよかった。




それが欠けたのは雨の降る夜だった。

男と彼女は男の家で何回目かのデートをしていた。

 夜も深くなると2人ともテンションが上がってくる。

2人は抱き合い、唇を重ねた。

熱い、熱い接吻。

顔を離し、表情を緩ませる彼女は男の胸を、ある筈もない胸を触ってきた。


男の高まっていた気分は一気に萎み、代わりに焦りが膨らんできた。


そんなことはつゆ知らず、彼女は緩んだ顔のまま男の下腹部に手を伸ばしてきた。

男が慌てて止めようのするも時すでに遅し、彼女の手が男の膨らんでいた突起に触れた。

彼女の表情が驚愕に固まる。



このままでは2人の関係は終わってしまう───


幸せが、女としての自分が、人生が、終わってしまう。

────それだけは絶対に嫌だ。



男はキッチンにあったナイフに手を伸ばしていた。











カーテンの向こうでは東の空から燃えるような赤が広がっている。

カーテンのこちら側、部屋の中、太陽に負けじと広がる赤。その中心には動くことのない死体が横たわっていた。

 それを息を切らしながら眺める、一つの影。


「これからもずっと一緒にいようね?私と幸せになろうね?」

不気味な笑みを浮かべながら男は持っていた赤く染まったナイフを己の首へ向ける。


───部屋をまた赤が蹂躙する。



動かない彼女の横に倒れ込んだ男は彼女をじっと見つめ、冷たくなった手を取り、

   涙を流した。

「ごめんなさい、私が男なのを隠したせいで。私の身勝手で死なせてしまって。だから───」

そして、もう一度笑みを浮かべ、

「女として、また会おうね?」

そのまま動かなくなった。

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