アイニイキアイニシヌ

山本慎之介

シカクイアイ

 希望───────────

 今の彼の心情を一言で表すのなら、この言葉が最も適当であろう。

 
 夜の廃ビルの屋上、そこで男は車の流れをぼんやりと眺めていた。


  命あるものは皆平等である、学校でそう教えられてきたし、自分自身そう信じていた。



 しかし、そんなものは幻であつた。平等などというものはなく、ただ差別と歪んだ優越感があるのみだった。

 命ある限り差別の心は消えることはない。

  ならば───
命など存在しない世界に逃げてしまおう。


男は落下の加速を感じながら今は二次元にしか存在しない愛する人の名前を呼んでいた。




アイニイキアイニシヌ  第二部「シカクイアイ」




 男は現代日本のよくある家庭に生まれた。

特段金がある訳ではないし、極々一般的な家庭だったが、少年だった男は幸せに成長を続けた。

「見て!カブトムシ!」

山に入ってカブトムシ探しに明け暮れた小学校低学年。

「今日の試合でヒット打った!」
地元の少年野球チームに入り練習に打ち込んだ小学校高学年。

明るい少年は中学生になり、初めて好きな異性ができた。


  少年の初恋。放課後にこっそり想いを伝えた。

相手は一言、



「キモッ。」

男は泣いた、泣いた、そして鏡を見て思った。


  キモッ。

ずっと泣いていたのもあるかもしれないし、ただ男の主観的判断なので実際はそこまでではないのかもしれない。

 ─ただその日から男は自信を失くした。

他人の会話するのが怖くなった。
他人の顔を見るのが怖くなった。
外の世界に出るのが怖くなった。

只の苦痛へと化した中学校生活。それは高校に入ってからも変わることはなかった。



それでも学校へは行った、親に心配されるから。
自殺はしなかった、親が心配されるから。



しかし、男は自分に合った世界を見つけた。

 そう、二次元だ。

二次元なら相手と会話することなく、その人のことを知ることができる。
ネットなら顔を見られることはないから、自分をさらけ出しやすい。


高校を卒業した男は家に篭もり、四六時中パソコンに張り付いた。

 親になんと言われようと気にしなかった。

──この世界には嫌われない。

その希望が男の脳内を支配していた。


いつしか男にとっての世界とは二次元になっていた。

二次元の常識は三次元の常識。
二次元のルールは三次元のルール。
二次元の恋愛は三次元の恋愛。

はたから見たら頭がおかしいとしか思えないが、男にとってはそれが当たり前、二次元こそ正義だった。


 学校へ行き、誰とも会話せず、家へ帰り、パソコンに齧り付く。そんな日々。そんな日常。


ある日それが少し揺らいだ。




 母が死んだのだ。




父はとうに死んでおり、今まで女手一つでここまで育ててくれていた母。

 まさか死ぬとは思っていなかった。

今母が死んでしまっては、


「通信費払えないじゃないか。」


インターネットが使えなければ、パソコンなんてただのゴミ屑、存在価値はなくなってしまう。


 これから保護施設なり里親なりに世話になるとは思うが、今までのように行くとは思えない。

嫌だ、三次元と関わるのは、嫌だ、二次元へ行けないのは。


男の頭はそれでいっぱいだった。

間断なく続くと思われた悩みは、ある時──母の葬儀のときに簡単に解決した。





男は母の遺影を見て思ったのだ。


写真って二次元じゃん。
二次元に命はない。
母は今二次元の娘達と同じ世界にいる。


自分もいきたい。



考えてからの行動は信じられない程早かった。
思い立ったが吉日、男は早速準備に取り掛かった。



希望───────────

 今の彼の心情を一言で表すのなら、この言葉が最も適当であろう。

 
 夜の廃ビルの屋上、そこで男は車の流れをぼんやりと眺めていた。


  命あるものは皆平等である、学校でそう教えられてきたし、自分自身そう信じていた。



 しかし、そんなものは幻であつた。平等などというものはなく、ただ差別と歪んだ優越感があるのみだった。

 命ある限り差別の心は消えることはない。

  ならば───
命など存在しない世界に逃げてしまおう。


男は落下の加速を感じながら今は二次元にしか存在しない愛する人の名前を呼んでいた。





「母さん……」

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