あなたと咲かせる恋の花。

しっちぃ

特別編:キンセンカ―『乙女の美貌』

「智恵の髪、きれいだな」

 用務員室に遊びにいって、邑さんと二人きりのとき、不意に言われた言葉。すすっていたお茶を吹き出しそうになる。気道に

「いいいいきなり何ですか邑さんっ!!!」
「嫌……だったか?」
「びっくりしたですよ、……嫌なわけ、ないでじゃないですかぁ……っ」
「ふふ、そうか」

 邑さんの笑顔は、普通の人から見たら、微笑にも満たないんじゃないかってくらいにかすかだし、いつもの仏頂面とほとんど変わってないけど、……それでも、そうやって私の前で、笑ってくれるのが嬉しい。

「それで……どうかしたんですか?」
「智恵の髪、つやつやしててきれいだな、その……なんか光って見える」
「髪のところにできる光沢が輪っかになるのって、天使の輪って呼ばれてるみたいですよ?」
「へえ、そう言うのか……、それなら、智恵にもできてるな」

 髪はもとから気にしてたけど、邑さんとお付き合いをするようになってから、念入りにするようになった。

「そうでしたか!? あ、ありがとうございます……っ」
「それでさ、……何のシャンプー使ってるのか、ちょっと気になってな」

 今まで、私服なんて一組も持ってないくらいに、ファッションなんて全然気にしてなかった人なのに。そういうのに興味を持ち始めてくれるのは、きゅんって胸がはずむような。

「今は、何のシャンプー使ってるんですか?」
「実は……石鹸しか使ってないんだ」
「え、ええっ!?」

 私が邑さんの髪を撫でたとき、髪がちょっとごわごわしてたのは、そのせいだったんだ。

「だから、教えてほしいんだ、……その、智恵のほうが、知ってるだろうから」
「わかりましたよ、ちょっと、いいですか?」

 向かい合ってたのを、邑さんに勉強を教えるみたいに、隣に座る。私がどういうのを使って、どんなふうにケアしてるのかを聞いて、ふむふむとうなづく。時折メモを取ってるのに、ちょっと困惑する。

「私がそうしてるってだけで、他にもいろいろと方法はあるみたいですよ?私のを鵜呑みにしなくたって……」
「そうなんだろうけど、その……、智恵と一緒がいいから」

 ずるいですよ、邑さん。
 そんなに簡単に、胸の奥をきゅんってさせるなんて。

「私が使ってるのでいいなら、差し上げますよ?」
「いや、いい。種類もわかったしな。……それより、ありがとな、智恵」

 いつもみたいに、優しく撫でてくれる手は、いくらされたって嬉しいくらい。
 軽く顔を寄せると、邑さんが目を閉じて、そのまま、唇が触れる。

「こちらこそ、ありがとうございます、……それじゃあ、また明日」
「じゃあな、智恵」

 そう言って、外に出ようとした瞬間、ぼそっと細い声が聞こえる。

「天使の輪、……か。智恵には、ぴったりだな」

 その言葉の意味を聞けないまま、扉が閉まった。 
 

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