あなたと咲かせる恋の花。

しっちぃ

特別編:セラスチウム―『思いがけぬ出会い』(寄稿作品)

 空の宮市にある大きなアウトレットモール。秋の休日にそこへ訪れた私は、思いがけない人と顔を合わせた。

「ゆ、邑さん!?」
「……ああ、智恵。奇遇だな」

 倉田邑先生。星花女子学園の用務員さんであり、今は私の恋人でもある。デートとかもしたことはあるけど、まさか、偶然鉢合わせするとは思いもよらなかった。

「邑さん、今日は非番なんです?」
「急にオフをもらったものだが、何をすればいいのか困ってな。こうしてブラブラしていたんだが……。…………」
「ど、どうしましたか?」

 邑さんは私の顔をまじまじと見つめながら頭をひねっていた。

「いや、智恵……なんか、印象が変わったか?」
「ああ。それはたぶん眼鏡のせいですよ。今のはスペアのものですから」

 私が普段かけている眼鏡は今朝、不慮の事故でつるを折ってしまったのだ。とりあえずスペアをかけて馴染みの眼鏡屋さんに愛用を持ち込もうとしたわけだが、何にせよ、最愛のひとに自分のわずかながらの変化に気づいてくれるのは何とも嬉しいものである。

「なるほどな。眼鏡だけでもそこそこ変わるものなんだな。私は眼鏡をかけたことがないから、そういう恩恵をあずかることはなかったが」

 邑さん、目が良さそうだもんな……。と、なんとなく考えたとき、私の中にあるアイデアが思い浮かんだ。

「あ、そうだ……。せっかくだから、かけてみませんか? 眼鏡をかけた邑さん……ちょっと気になります」

 本心は、少しばかり違う。『ちょっと』どころかイメージチェンジをした邑さんを思いっきり見てみたいというのが正直なところ。邑さんは少し悩んだようであったが、最終的には頷いてくれた。

「わかった。じゃあ……失礼する」

 なんだかものものしい口調で言い、私の顔に腕を伸ばして――

(ひゃっ……邑さん……!)

 邑さんの指が私の眼鏡のつるをつまんでいる。私のことをまっすぐ見つめながら、私の眼鏡をそっと外そうとしてくる。

 私は思わずまぶたを閉じてしまった。だって、だって、お互いにまっすぐに見つめ合っていたら、まるでキスされるんじゃないかと心が騒いでしまうから……。(のちのち考えてみたら、目を閉じたほうが余計にキスをおねだりする図に見えそうだが、このときは視界と思考をシャットアウトするほうが重要だったのだ)

 邑先生が私の眼鏡を外し、それを自分の顔にかけた。そして、ショーウィンドウに映っていた自分の姿を見て、首を傾げる。

「うーん……これはどういうものだろう。やっぱり私には似合っていないように思えるんだが。なあ、智恵?」
「…………」
「……智恵?」

 困ったことが起きた。私は眼鏡を外すと、視界のすべてがぼやけて見えてしまうのであった。邑さんがショーウィンドウに視線を送り、私のほうをうかがっているのはわかるのだが、眼鏡をかけた邑さんの顔がどのようなものなのか判断ができない。つるの折れた眼鏡を手で持って見ればよい話なのだが、それに気づいたのは後日のことである。

 私は裸眼を細め、何とか邑さんの顔にピントを合わせようとする。せっかくの邑さんのイメージチェンジを拝もうと、一歩、二歩。そして――。

「うわっ、智恵!? 顔が近い!」
「ふえっ!? す、すいません邑さん! 眼鏡外しちゃうと距離感がつかめなくなっちゃって……」
「そ、そうか……確かに、ずいぶんと度の強いレンズだったな」

 うろたえたようすで言いながら、邑さんは私に眼鏡を返してくれた。あ、見られなかった……と思いつつ、眼鏡をかけて、いつもの邑さんの顔を見る。ものすごく安らげる顔だ。見ると、邑さんも心なしか表情が和らいでいる感じ。

「ふう……やっぱり、眼鏡のあったほうが智恵らしい」
「そ、そうでしょうか……」
「さっき、ものすごい形相で近づいてきたときは何事かと思ったぞ」

 ガン! という鈍い音が脳裏に響いた気分だ。見えない衝撃によろめきながら、私は邑さんに問いただした。

「わ、私、邑さんを睨みつけてしまったんですか!?」
「いや、私は珍しいものを見せられたという感想でしかないが……まあ、みだりに生徒に見せるのはオススメしないかな」
(そ、そんなにすごい顔だったんだ……)

 ものすごい脱力感とともに、私はがっくりと肩を落としてしまった。そんな私を邑さんは大人の余裕で励ましてくれる。

「まあ、そんな気を落とすな。眼鏡を直したら、何か甘いものでもご馳走してやるから」
「いいんですか?」
「高校生が遠慮なんかするんじゃない。それに……眼鏡が直ったら、そのスペアをかけさせてほしい。智恵の感想、聞きそびれたからな」
「は、はい! 私も眼鏡をかけた邑さんを、ちゃんと見たいです……!」

 思いがけないデートの展開に、私の心は心地よいさざめきに満ちあふれていた。

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