あなたと咲かせる恋の花。

しっちぃ

Another sight:チューリップ―『愛の芽生え』

 智恵のこと、いつから好きになれたのか、……か。
 水族館が開くまでの時間、さっき慌てて答えた問題を考え直す。

 あの男の『愛』で、私の全てを壊されかけて、『好き』という感情を、心から捨てた。
 誰かに『愛される』ことが、誰かを『愛する』ことが、……どうしようもなく怖かったから。
 こんなに苦しくて、気持ち悪くて、痛いものなら、もう『愛』なんていらない。
 それなら、もう、誰も愛したくないし、愛されたくない。……母さんのことも、楓のことも、私が愛してた人は、私を愛してくれていた人は、もうみんな『嫌い』だ。そうやって私は、心を閉ざした。
 星花に入っても、それは変わらなかった、自分が何でもできるからと頼る人はいたけれど、それは『信頼』で、決して『愛』じゃなかった。私にとっては、それでよかった。『愛』なんてもの、誰かを傷つけるだけなんだから。……そう思ってた。

 でも、そうじゃないのかもしれないと思えるようになったたのは、高校二年になって、生徒会に佐倉と紫雲寺という二人の後輩が入ってきてから。
 二人は恋人同士で、時間さえ見つければお互いを愛し合っていた。その『愛』は互いを傷つけるものではなく、ただお互いを優しく包んで、いたわりあって、甘い『好き』を伝える、純粋で真っ白なもの。キスしたりハグしたり。ときどき会長だった特に印象に残ったのが、疲れてる佐倉の頭を、「大丈夫?」なんて言いながら紫雲寺が撫でてたこと。……まだ私が壊れる前に、よく母さんにそうされてたのが、ふと頭に浮かぶ。あったかくて、ふんわりする気持ち。
 『愛』というものは、もしかしたら、人を傷つけるためにある、ひどいものではないのかもしれない。そう考えるだけで、ギリギリまで張り詰めてた心は少し緩んだ。それでも、もう私には『愛』なんて縁遠いものだった。もうとっくに捨てたものなんだから、もう二度と誰も愛せないと思っていた。……あの日、智恵と出会うまでは。

 初めて智恵に会ったとき。抱いた熱。今思えば、それが『恋』だったのかもしれない。
 ふとした瞬間に浮かぶ顔も、不意に触れてしまった髪の感触を何度も確かめてしまうことも。
 チョコレートをもらって、どうしようか困ったときに、自然と智恵のことを頭に浮かべてたり、そのお返しに貰ったハンカチを、ずっと使ってたり。
 ……その無意識の気持ちに気づかせてくれたのも、あの時、智恵から告白してきたとき。智恵の体いっぱいの、私の言い訳のように言った暗い過去すら、優しく受け止めてくれるほどの深い愛情に、今までにないくらい胸が熱くなった。
 智恵から撫でてくれた手の温もりに、『愛』の温もりを思い出して。……私は、一度は捨てた『愛』を、拾いなおす決意をした。あの純粋な智恵の温もりに、溺れたくなっていたから。


「……あの、邑さん?」
「ああ、どうした?」

 その智恵の不安げな声に、意識を外に向きなおす。ずっと智恵のこと考えてたせいで、心臓が止まりそうだったのをギリギリでごまかして。

「もう、水族館開きましたよ?」
「そうか、……それなら、行くか」

 自然と手にとった智恵の手は、相変わらずあったかくて、
 微かに漏らした悲鳴じみた声も、ピクリと撥ねる手も、……智恵が、私に恋してるからなんだってわかる気がする。
 ……私は、ちゃんと智恵に伝えられてるのかな、『愛してる』ってこと。
 横を見ると、その顔は、外の暑さのせいだとごまかせないくらいに真っ赤になっていた。
 

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