あなたと咲かせる恋の花。

しっちぃ

ハハコグサ―『優しい人』

 りんりん学校から一夜明けて、そろそろ文化祭のほうにみんなの意識が向かっていく。そういえば、もう本番まで1か月切ってるんだっけ。りんりん学校のほうで頭がいっぱいになってたから、すっかり忘れてたけれど。
 設営や生徒会が中心の企画もあるし、クラスでやる桃太郎の紙芝居に合わせた寸劇にも出ることになっているから、そっちの方のおろそかにできない。鬼の総大将という、結構大事な役を任せる以上、失敗するわけにもいかない。今日の通し稽古でけっこういいと言われたし、大丈夫、なのかな。

「今日もお疲れ、じゃあ私生徒会行くね」
「お疲れ様、智恵もごめんね、忙しいのに」
「いいよ、私が決めたことだし、じゃあまたね」
「はいはーい」

 今日の会議はクラスの練習の後からにさせてもらっている。みんなもそろそろクラスの分ので忙しくなっているからか、あっさり認められた。今日は、後夜祭の打ち合わせと段取りの確認をする予定だ。

「……あれ」

 生徒会室に鍵も空いてなかった。そろそろ始まる時間だし、私がいないときは誰かが開けてくれてたのに。慌てて手帳を見ると、生徒会の予定の蘭は真っ白で。
 ……どうしようかな。生徒会室の鍵を取ってこなかったのだけはよかったけど。
途方にくれていると。こつこつと聞こえる足音。

「どうしたんだ、江川、鍵なら取ってこれるだろ?」
「ちょっと、うっかり会議ないの忘れちゃって」
「ふふ、馬鹿だなぁ……、ちゃんと休めよ?」

 そう言って、軽く頭を撫でる邑先生。……言葉だけじゃわからないいたわりの気持ちが、髪から伝わってくるみたいで。

「もう……わかってますよ」
「まあいい、どうせ生徒会行くって入ったんだろ?それなら中にいたほうがいいな、鍵はあるから」

 そう言って、キーリングに連なった鍵束から一つを選んで、鍵を差し込む。一発で開いた部屋に、二人で入ると、邑先生が内側から鍵を閉めた。……どうしよう。二人きりなんだ、今。生徒会室に邑先生がいることなんてそうそう無いし、『恋人』と二人きりになっちゃうと、……自然と、恋人らしいことを期待してしまう。

「鍵……閉めちゃうんですね」
「どうせクラスには生徒会行くって言ったんだろ?それならもう済んだと見せかけたほうが一番いい、どうせすぐには来ないしな」

 理屈としては正しいんだろうけど、言葉に隠された別の意味を期待してしまう。りんりん学校のときの、私と二人で周ろうとしたときみたいに、二人きりでいたいって思ってるんじゃないかって。

「それなら電気付けないほうがいいですね、……会長室のほう行きましょっか」
「ああ、そうだな」

 会議用のテーブルのさらに奥。会長室に続くドアを開ける。こんなとこに誰かを招くなんて、姫奏先輩もしてるように見えなかったのに。

「肩凝ってるな、……揉んでやるから、そこ座ってくれ」
「い、いいんですか?……ありがとうごさいます」

 インテリアにあんまり詳しくない私でも高いんだなってわかる仰々しい革の椅子は、まだ座り慣れない。
 デザインに凝った、ドラマとかで社長さんの前にありそうな机の中には、生徒会で管理するハンコや、代々受け継がれてる資料とか、なんというか特別な感じがする。

「痛かったら言ってくれ、……いくぞ」

 優しい手つきで、肩をぎゅっぎゅっと揉んでくれる。
 ちょっと痛いけど、こんなに凝ってたっけってくらい、肩が楽になってくのがわかる。

「へへ……、気持ちいいです……っ」
「よっぽど凝ってたんだな、ったく、……真面目なのはいいことだがな」
「ここ最近ずっと忙しかったんですもん、……邑先生が言ってたみたいに、ちょっと無理してたかもしれないですね」
「だから言ったんだ、たまにはちゃんと休めって、……すぐ、そうやって一人で頑張ろうとするんだから」

 私と邑先生が初めて出逢ったときも、プレッシャーを一人で抱えて倒れそうになったときで、きっと、私はそういう人なんだろうな。すぐ何もかも抱え込んで、その重さで一歩も進めなくなって。

「心配してくれてありがとうございます、でも大丈夫ですよ、周りのみんなもいますし、……私には、邑先生がいますから」
「そういうことじゃなくて……、無理して傷つくとこなんて、見たくないんだ」

 寂しそうな、切なそうな声で言う邑先生。きっと、私には言ってない過去に、そういうとこを見たんだろうな。……そういうとこを知って、それも全部好きになりたい。
 私の肩を揉んでいた手が、急に離れる。心地よい刺激が消えても、まだ肩のあたりがぽかぽかする。

「まあいい、これでどうだ?」
「大分楽になった気がします、……私も、肩揉みましょうか?」
「私は別にいい、それより、いつなら空いてるんだ?」

 一瞬何か迷って、それから一緒に遊びに行く約束をしたことを思い出す。手帳のスケジュールを見て、予定もないとこを見つける。

「来週の金曜なら大丈夫ですよ?」
「わかった、そのときにするか」

 もっと、邑先生と近づきたい。邑先生のこと、いっぱい教えてもらえるくらいに。
 「先生」だからとかじゃなくて、本当の意味で、邑先生を愛したい。

「邑、さん……」

 耳元じゃないと聞こえないくらい、小さな声になる。まだ、本人に直接言うのは、ドキドキして心臓が破裂しそうになるからできない。

「どうしたんだ、智恵」
「な、何でもないですっ、……楽しみですね」
「ああ、そうだな、……そろそろ帰るか」
「そうですね」

 椅子から立とうとすると、さらりと伸ばされた手。そんなの使わなくても立てるけど、その手に甘えさせてもらう。二人しかいないし、ちょっとでもいいから、邑先生と近づきたいから。

「ねえ、邑先生、……二人きりですね」
「あ、ああ、……そうだな、智恵」

 その温もりに、香りに、心が浮かされていく。自然に抱きついた体を止めるものは、何もない。
 むしろ、邑先生から抱き返してくれて、愛おしそうな、甘い笑顔を見せる。
 重なる視線に導かれて、自然に近づく顔。

「……いいんですか?」
「……ああ」

 紙一重の距離で、ほんのちょっとだけ残ったいつもの私が訊くと、肯定の言葉と一緒に、閉じた瞼。
 それならと、その距離をもっと近づける。ほんのり顎を上げて、眼鏡がぶつからないようにしながら、首を傾げて。

 ……ちゅっ。

 その唇の甘いぬくもりに、心の奥から溶かされていく。

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