あなたと咲かせる恋の花。

しっちぃ

タチアオイ―『熱烈な恋』

 姫華先輩にも手伝ってもらって、なんとか臨海&林間学校は二日目まで特にトラブルもなく進んでいった。二日目の夜の、この行事の最大のイベントである肝試しを除けば。

「まだ残ってるの、何組くらいいる?」
「うーん……、五十組くらいですね」

 消灯の三十分前になっても、まだ百人くらいの生徒がホテルに戻ってこない。それももう例年のことらしい。リストをちらりと見ると、姫奏先輩と清歌ちゃんもまだ戻ってきてないことになっている。今朝、清歌ちゃんをからかってみたときの反応は、やっぱり本当だったんだ。……嬉しいような、ちょっと羨ましいような。

「そろそろ、呼びかけに行かないとね」
「そうですね」

このイベントが影で『悲鳴と嬌声の夜』なんて言われていて、それがそのままの意味でイベントの核心を衝いているくらいには、笑えない笑い話はいくらでも転がっている。八割のペアがゴールに行かずにお互いを愛し合ってるとか、安全のために周りをチェックしに行った先生同士がいちゃいちゃしていたとか、消灯の時間になっても戻ってこない組を探したら、ちょうど二人がえっちしている最中で注意しに行ったほうが気まずくなったとか。
 そろそろコースを遡って、まだ残ってる人たちをホテルに戻るように促さなきゃいけない。恋人と愛し合いたい気持ちは分かるけど、ここは心を鬼にしなくちゃ。
 いくら学園で持ってる土地だとはいえ、女の子を一人で行かせるわけにはいかないということで、ホテルでのチェック係以外の生徒会役員で二人組を作って行くことになった。
 でも、それだと十三人で奇数になっちゃう。どうやって組もうかな。そう途方に暮れていると、闇夜に突如現れた真っ青な服を着た人の姿。

「何かあったのか?」

 その声は、紛れもない私の恋人、……邑先生のもの。一緒に来ているなんて知らなかったせいで、私の心拍数が一気に高くなる。

「あ、あのっ、まだ帰ってきてない子たちに呼びかけしようと……」

 とんでもない不意打ちのせいで、声が裏返ってしまう。顔も熱くなって、きっと赤くなっちゃってるけど、こんなに暗いなら気づかれないよね。

「それならコース沿いで呼びかけたほうがいいな、周りは私と江川で確認するから」
「そ、それなら四人ずつで組んで、拡声器も各チームでお願いね」

 私と二人で周るって言ってたとき、ちゃっかり私に目配せしてたような……、でも、暗闇は、そんなのも隠してしまって何もわからない。

「みんなライト持った?拡声器もガンガン使っていいよ、この辺はみんな星花の土地だから騒音とかも気にしなくていいし」
「はい、大丈夫ですっ」
「それじゃあみんな行きましょっか」

 その声で、4つに分かれて残っている生徒たちを帰させる。大人気のイベントだけど、これでもしもトラブルがあったら来年からなくなってしまうかもしれない。それだけは、何としても避けたい。その気持ちは、みんな同じのはずだ。

「じゃあ、行くか、智恵・・
「は、……はいっ!」

 急に二人きりで、……『恋人同士』でいるときみたいに呼ばれて、高鳴った鼓動が、もっと早くなる。

「まもなく消灯の時間です、まだ残っている生徒は急いでホテルに戻ってください」

 みんなが拡声器を使って声かけをしてるのを聞きながら、雑木林の周りをぐるりと一周するコースに乗った……はずだ。懐中電灯をつけていても、詳しい場所まではさすがにわからないから断言はできないけれど。

「結構、聞こえるもんだな」
「そうですねぇ、拡声器、持ってこなくてもよかったですね」
「でもまあ、有るに越したことはないな」

 ホテルに戻るように促す声は、こちらにもよく聞こえている。だからこちらとすれば、それに気づいてない子たちに直接声を掛けることになる。嫌われ役になりそうなのは分かってるけど、全部このイベントを残すためなんだって覚悟を決める。
 早速、二人の甘い吐息が聞こえる。きっと、拡声器から飛んでくる声なんて聞こえてない。私が邑先生とキスしたときだって、邑先生のこと以外何も感じなくなったから。

 懐中電灯をわざと点滅させて、その二人のあたりを照らす。こちらに気づいた二人のうちの彼女を押し倒していた方の人が、忌々しそうにこちらを見つめる。

「何なのよいきなり!」
「そろそろ消灯の時間なので、見回りしてたんです」
「人がいちゃいちゃしてるの見るためですか、この変態!」

 頭の中で何かが切れそうになるのを、歯を食いしばってこらえる。怒ってる相手に怒りのぶつけ合いをしたって意味ないのだから。

「別にそのために来たわけじゃなくて、このイベントを続けるためです。……あなたみたいな人がいるから、毎回このイベントの許可取るのは苦労してるんですよ」

 でも、そう言ったって内心の怒りは漏れ出て、棘のある言葉を漏らしてしまう。

「もう、恵梨華先輩、……会長の言う通りですよ、落ち着いてください」
「これが落ち着いてられますか!せっかく優香と恋人らしいことしてるっていうのに……」

 その恋人にたしなめられても、恵梨華先輩と呼ばれた人は怒りが収まりきらないようで。

「……おい」

 冷たい声に、周りの空気が凍り付く。思わずその声のした方を振り向くと、邑先生の姿。

「そうやって自分の都合で、人を傷つけていいと思ってるのか?……さっさと帰れ、お前の都合で一緒に消灯に遅れて折檻される恋人を見たくないならな」
「ひぃ……っ」

 あれだけの啖呵を切っていたその人は、空いたままふさがらない口から、悲鳴のような声を漏らして。

「とっとと行きますわよ!」
「は、はいぃ!」

 恋人の手を無理やり取って、慌てたように去って行った。

「全く……災難だったな」

 さっきまでの冷たい口調は何だったのかってくらい、その言葉は優しくて。

「覚悟してましたから」
「そうか、……強いんだな、智恵は」
「そんなことないですよ、みんなが……邑先生がいるからです」

 さっきまで何のそぶりも見せなかった邑先生の手が、私の手を握る。もう片方の手で、頭を撫でながら。……でも、その顔は、緩んだ笑顔じゃなくて、何かをこらえるように歪んでいる。

「何か、ありましたか?」
「ううん、何でもない」

 結局、そうやってはぐらかされる。きっと無意識のことだったから、何か自分にも刺さる言葉があったのかもしれない、さっきの言葉の中に。

「ありがと、智恵」
「どういたしまして、……まだいっぱいいるだろうし、ちゃんとみんな帰してあげないとですね」
「そうだな、じゃあ行くか」

 そう言ってスタート地点までの半周、まだ時間を忘れてお互いを愛し合っている人たちはいたけど、みんな私たちの催促でおとなしく帰って行って、さっきみたいなトラブルは起きなかった。
 ……でも、お互いを愛し合ってるとこを見る度に、甘い吐息の混じった声を聞いてしまう度に、胸に沸いてしまう劣情。だって、隣に私の大切な恋人がいて、まだ、そこまで深いとこには行けてない。
 邑先生から繋いでくれる手。それを握り返す力が、どうしたって強くなってしまう。

「どうした、智恵」
「……あの、邑先生……っ」
「……何だ?」

 暗闇だから、もう顔赤いとかも気にしなくていいよね、さっきまで、ずっと人払いしてたから、きっと誰も聞いてないし。

「さっきまで、ずっとキスしてたり甘えてたりしてるの見て……、私たちもしたいって言ったら、嫌ですか?」
「……なんだ、そんなことか」
「そ、そんなことって……」
「嫌な訳、ないだろ?……私も、気になってたから」

 急に私の手を振りほどくように離すと、私の体を抱きしめてくれる。片っぽの手が、眼鏡を外して、そのまま、寝間着の襟にかけてくれる。
 お返しのように軽く抱いて、邑先生の言葉を待つ。

「いいぞ、智恵」

 あ、……今、目閉じた。軽く唇をすぼませてるのも、微かな月明りでわかる。

「いきますよ、邑先生、……好き」

 邑先生の唇を啄んで、まだ足りなくてもう一回。
 それを続けてく度に、ちゅっ、ちゅっ、っと甘い音が鳴る。二人の唇でしか鳴らない、微かだけど甘い音。
 でも、このままじゃ足りない、……足りるわけない。
 もっと欲しい。体が邑先生を求める信号が、頭いっぱいに伝わって、……もう止められない、止まらない。
 どうすればいいのかは、体のほうが分かってた。軽く舌先で邑先生の唇に触れると、唇との感触の違いに気づいたみたいで。

「ん、智恵?……ふう、んぅ……っ」

 その口が開いた瞬間に、邑先生の口の中に舌を滑り込ませて、軽く動かす。
 邑先生もそれに応えるように絡ませてくれて、今までに感じたことのない快感が体中を痺れさせていく。

「は、んぷ、……ゆう、へんへぇ……、んぁぁっ」
「あ、ぴちゅ、んんっ、……んにゅ」

 こんなに、気持ちよくて、甘いのなんて初めて。力が入らなくて、膝が言うことを聞いてくれなくて。

「んっ、ふぅ……、どう、でしたか……?」

 邑先生の胸に顔を埋める。そうしないと、立っていられないから。
 私だけ、気持ちよかったなんてないよね。ちょっとだけ不安になって。

「気持ちよくて、甘い……っ」
「甘いの、嫌いじゃなかったんですか?」
「智恵のこと、嫌いになんてなれるか、ばか……」

 その不安は、あっという間に邑先生が取っていってくれる。邑先生も、求めてくれてたんだ。

「智恵は、どうだった……?」
「私も、邑先生とおんなじです、……もっとしたくなっちゃうくらい、嬉しいです」
「そうか」

 軽く撫でる手は、いつもと同じで優しくて。その温もりに、溺れてしまいそう。
 ポケットに入れたスマホからコール音が鳴って、慌てて電話を取る。

『あ、智恵、みんなホテル戻ってきたから、早く帰ってきて?』
「うん、わかった、ちょっと待っててね、今行くから」

 そう言って電話を切って、ちょっとだけぼやけてる携帯の時計を見ると、消灯の十一時まで、あと数分。

「もう済んだのか、……それじゃあ、帰るか」
「そう、ですね」

 二人で初めて、大人のキスしちゃった。こんな場所を去るのは、ちょっとだけ寂しいような。

「こういうことが起きるイベントだってのは知ってたけど……、まさか私がするとは思わなかった、……それも、ここの先生になってから」
「してみて、……どうでしたか?」
「智恵のことしか考えられなくなって、……でも、すっごく嬉しい」
「ふふ、私もです……」

 さっき邑先生とキスしたのが、夢だったみたいに思えるくらい気持ちよくて。
 でも、つないでくれる手も、優しい声も、それが夢じゃないって教えてくれてるみたいだ。

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