~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実の愛を誓います。

簗瀬 美梨架

イホメト=シュラウド=テネヴェ王子

*1*

 大きく聳える四角錐の王墓。区画整理された街並みの彼方には、帆船。氷の鍾乳洞の道を徒歩で二日要し、辿り着いた街テネヴェにティティは驚きを隠せなかった。アケトアテンとは違う文化。テネヴェは遙かに進んでいた。


「なんでこんなに文化が進んでいるの……?」
「ティティ、腹ごしらえでもするか」

「あ、うん。お腹は空いてる。ぺこぺこだわ。でも、お金がないでしょう」

 イザークは自信満々な笑顔で、さっさと店を決めて扉を押した。慌ててティティも後に続いた。見た覚えのない料理が並んでいる。

(無一文なんだけど……イザーク、何か考えがあるのだろうか)

「あ、じゃあ、これと、これ」

 さっぱりどんな料理か分からないメニューが彫り込まれた石版を指すと、イザークは頷いて大皿の前に向かって行った。

 一人一人に配られるアケトアテン王国と違って、テネヴェでは大皿にいくつもの料理がどんと積まれ、お皿を持って取りに行くらしい。

 ――同じ大陸なのに、ちょっと西に来ただけで、こんなにも変化があるものかと、ティティは長椅子に腰を下ろした。

(そうだ、お父様、お母様はテネヴェに向かったって。ここを通ったのかな)

「ティ、お待たせ。さあ、食え。俺のおすすめの料理も足してある」

 ココナッツの練り込まれた料理を緑色の野菜スープで胃に流す。空になった皿の前で、ほおづえをついているティティにイザークが会話を仕掛けた。

「昔話でもするか」


 ふと手から顎を離すと、イザークは眼を細めてティティを気遣う口調で続けた。

「到着してから、そわそわしているだろ。まあ、……無理もない」

「ん。父と母がこの国を通ったのかも、と思うとね。ね! お話、聞かせて。世界のこととか、イザークの話とか、わたし、色々知りたいの」

「俺の話はいいよ。古代神話を話すか。神たちが口にした〝ヴァベラの民〟について」

 イザークによると――……。

 ヴァベラとは、大層繁栄したけれど、神により裁かれた国家の名だそうな。

 得意の古代呪術に繋がりそうな、興味深い古代の話にティティは夢中になった。


「他人よりも幸せになりたい。「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「窃盗」これがヴァベラで産み出された七大罪だ。ネフトが言ってたろ。裁きで子供たちの大半の親が裁かれた――あれ、テネヴェ戦争の話。そりゃあマアト神に頼ろうとするだろうぜ。神を別の意味で畏怖しちまったんだ」

「マアト神は知ってる。信仰を外れた破壊神よ。でも、何を基準に裁きに来るの?」

 イザークは眼を見開き、「さあな」と立ち上がった。

(そうだ、お会計、どうするんだろう)ティティの前で、イザークは店員ににっと笑った。ドン! と短剣を机に突き刺して、店員を居竦ませた。脅し? 止めようとしたティティを庇い、イザークはにこっと人の良い笑みを作って見せる。

「短剣をよくみな。お兄さん。テネヴェの民なら分かるはずだろ」

 店員は「ハァ?」と小馬鹿にしつつも短剣に視線を落とした。顔色を確認し、イザークはひょいと短剣をしまうと、片手を挙げた。

「ご馳走さん。俺の彼女も、腹イッパイになったってよ。いい店だ」

 男は平身低頭した。イザークは上機嫌で出て行こうとして、事情を掴めずに立ち尽くしたティティに気づき、手を掴んで連れだした。「あー」と小さく唸って、足を止めた。

「ティティ、貴女が国で、お買い物をしたとする。民はどう対応した?」

「え? もちろん、『お代は要りません、王女』だったわよ」

「そういうことだ。この国で、俺から金を取れる民など、居るものか」

 イザークはさらりと告げて行き先を変えた。

(お代は要らない? それって……)

「ま、行くか。穏便には済みそうにないが」

 イザークは背中を向けたまま、罰が悪そうに告げた。

「俺は、テネヴェの王子。本名をイホメト=シュラウド=テネヴェ。本来ならば、この国の王になるはずだった」


 上瞼と下瞼が痛むほど、ティティは驚愕して眼を見開いた。ラムセスが兄だと聞いた瞬間に匹敵するほどの驚きだ。

「お、王子? ど、どこがなの? 商人でしょ? 手車あんなにごっちゃだし! 服は砂だらけ! 口調も乱暴だし、気品なんて感じた覚えはないわ。だ、大体どこの王子が床で寝て、葉っぱつけて、平然としていると言うの……っ?」

 イザークがガクリとずっこけた。くるりと振り向いて、ティティに短剣を持たせた。

「そんな部分で査定するな! ほら、俺の短剣の紋章と、アレ。王墓の紋章見て。唯一証明できると思って持ち歩いている。ラムセスとはテネヴェで……」

 会話を止めたイザークは顔を強ばらせていた。

(ラムセス? 間違いない、今、ラムセスって言ったわ)

 思い出しても腹立たしい。兄モドキの名前。ラムセスはアケトアテンの王の継ぐ名前だ。ここに来ても、ラムセスの諱は分かっていない。


 ティティは服の上からぎゅっとスカラベを握りしめた。と、イザークが短剣を仕舞い、進路を変えた。
「ここに来て、逃げたくはねえ。――行くぞ、ティティインカ」

 すいっと顎で示した前には、赤い大きな柱が見えた。いや、柱ではない。

 オベリスクだ。
 四角錐に輝く銀の冠、

 だが、通常白銀のオベリスクは、血を浴びた如き赤に染まっていたのだった。

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