~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実の愛を誓います。

簗瀬 美梨架

悪戯王女の宝玉呪術

***

「国境まで行って来た。目当ての品はなかったが、土産」

 イザークは出された茶を一気飲みして、ガサガサと袋から何やら取り出した。とても美しい蒼水晶が連なっている三連の首飾りに、ティティは惚れ込みそうになった。

「え? わたしに?」

 イザークはしっかりと頷いて、ティティの背後に回って首飾りを取り付けた。

「似合いそうだと思ってさ。ラムセス王にはちょっとカマっぽいだろ。お、似合う」

 ティティは蒼水晶の鎖を手にし、じっと視線を落とした。好みのステキな装飾だが。

「受け取れない……。わたし、無一文なの」

「婚約の証ってことにしとけばいい。女から金は取らないが俺の主義」

「わたし、結婚するとは言ってない。でも、貰ってあげてもいいよ。ねえ、この、彫り込んであるのって太陽神? 不思議な彫り物ね。異国のしるし?」

 ティティは首飾りの台座を指した。大きな円は神のしるしだが、周りに放射状の細い線がある。

「太陽だ。かつて空に浮かんでいたんだと。この世界は何番目かの世界で、神が蔓延る世界だが、太陽と月はどこかに消えてしまったと聞いた」

「有り得ない。月なんて、半分埋もれてグルグルグルグル回って泣き叫んでいるだけの騒音よ。太陽なんか昇ったら熱くて死んでしまうわ」

 イザークは椅子を揺らした。

「ちょっと。椅子をギコギコしないで。お茶、お代わりいる~?」

 上機嫌になった自分に気付き、ティティははっと首飾りを見下ろした。

(まさか、これ、呪術かかってるのでは……)疑い深く突っついてみる。大丈夫。甲虫は見当たらない。が、油断は禁物だ。

「やっぱり返す」言いかけて、ティティは蒼水晶をぎゅっと握った。(惜しい。気に入っちゃった)チラチラと窺うティティをイザークが笑った。

「貴女にと買ったんだ」声に、頷いて自己嫌悪。身じろぎした弾みで、コン、とスカラベの宝玉が落ちた。(大変だ。見つかっちゃう)とティティは爪先をすすっと伸ばし、す~っと足で引き寄せて、服の中に隠そうとしたが、一足早く、イザークの長い脚がスカラベを蹴り飛ばした。

「あ! 何するの! 大変なのよ! 甲虫スカラ作るのって。あ」

 イザークは「やっぱりか」とひょいと甲虫石を抓み、ぎょっと机の壺に視線をやった。蓋を開けた後、引きつり笑いでティティに向いた。ティティはそっぽ向いた。


「も、もしかして……この壺の、俺の大切な宝玉に虫詰めやがった? おい! これはやっと旅の商人どもから奪った最高級の呪い石なんだぞ! とんだ王女だな!」

 ティティはしっかりとイザークを見た後、にっこりと笑った。我ながら、これぞ王女の素晴らしき微笑みだったと思う。

「家族を奪ったラムセス王は許さないと決めたの。兄モドキを呪ってやるのよ」
「王に呪いなんぞかけてみろ。オベリスクの下で燃されちまうぜ、ティ」
「ティティ! 猫みたいに呼ばないでよ」

 イザークは壺を置き、息を小さくついた。

「ラムセスが言っていた。ティティインカ王女は神に交渉する力を持っていると。まさか、宝玉呪術を知っているとは。物騒な古の呪術だ。どこで、知った」

「知らない。わたしね、生まれた時に、ぎゅっと石を握っていたらしいの。そういう子供は、石の神の子だって言われた。三歳に初めて術を使ったの。綺麗な石が出来た。嬉しかったな。それから、母と一緒に勉強して、甲虫の御護、作れるようになったの」

 イザークは興味津々の様子で、椅子に斜めがけして、話を聞いてくれた。

「そうか。眼に浮かぶぜ。子供の貴女は頬を染めて喜んだのだろうが、俺の宝玉……」
「そりゃあそうよ! ほら、綺麗でしょ? 呪術が成功するとね、光るの!」
「ああ、綺麗だ。でも、俺の、宝玉……」

 ほんわかした会話の中、ティティは決意を秘めた。


(呪術と神は、味方だった。だから、今回も上手く行く。ラムセスの本当の魂の名――諱を暴き、スカラベに魂ごと封じ込めて見せる。本当はオマケをつけようとしたけどね。イザークは……保留かな。うん、ほだされちゃった、素敵なんだもの、これ)



 歩くと蒼水晶が揺れる。三連の首飾りは、ティティの大のお気に入りになった。

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