人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
64 約束の夜、成就は遙か - MINUS7
――岬が目を覚ます一週間前、王都カプトにて。
プラナスは岬との会話を終えると、オラクルストーンの前でじっと彼の返事を待ち続けた。
しかし10分経っても20分経っても、石からは何も聞こえてこない。
結晶を破壊できたのなら、すぐさま報告があるはずだ。
それが無いということは――
「羽化、してしまったのでしょうね」
プラナスは頭を抱えた。
岬は、”精神に揺さぶりをかけ結晶化させて”ヘイロスを撃破したと言っていた。
つまり、そうしなければ勝てなかったということだ。
オリハルコンを全身に纏ったヘイロスは、幾多のアニマを捕食してきたウルティオですら敵わない。
それが羽化してしまえば――もはや、勝ち目は無い。
直接話したのは数回だけ、あとはオラクルストーン越しでの会話のみ。
他人と言えば他人だし、感情移入する必要もない程度の薄っぺらな関係。
しかし、”幼馴染を失った”、その一点だけでプラナスは岬に対し酷く同情的だった。
出来るだけ彼のサポートをしたいと思っていたのは、決して打算からだけではない。
だから――まだ決まったわけではないが、彼の死は、痛く悲しい。
目を閉じて、走馬灯のように彼との会話を思い出し、どうかあの世で彩花と再会出来ることを願う。
そして同時に、自分の目的も忘れない。
ウルティオがヘイロスに勝てる可能性は、万に一だろうか、億に一だろうか。
ならば、ここでプラナスがやるべきは岬の生存、などという奇跡に頼ることではない。
「一般市民ならともかく、騎士団長や王国魔法師ほどの人間が帝国に亡命するにはシロツメさんの存在が不可欠。それが出来なければ、私たちは私たちで生き残るための力を手に入れるしか無い」
そう言いながら、プラナスは聖典を取り出し、表面に触れ画面を表示させた。
「過去の人間たちは、他国を制するために2つの方法を考えた。1つは、全ての国民に等しく強い力を与える方法」
つまりは、現代では魔力と呼ばれるナノマシン、グラティアの創造。
「もう1つは、王が絶対的な力を握る方法」
つまりは、今も王国のどこかに眠る、古代兵器の建造。
プラナスは聖典のページを進める。
そこには、古代兵器の名前から性能、各武装、艦内の機能の詳細や――設計図すら記載されていた。
「古代兵器……いや、正確には超古代兵器ですか。エリュシオン、この力さえあれば……」
例え羽化したアニマ相手でも、引けを取ることは無いだろう。
いや、カタログスペックを鵜呑みにするのなら、それらが束になったって敵わないはずだ。
だからこそ、超古代人たちはエリュシオンを封印することに決めたのだから。
「作っている途中はさぞ楽しかったんでしょうね、エリュシオン然り、オリハルコン然り。ですが人間は、過ぎた力を手にしてしまった時、それに怯えてしまうものです」
しかしその臆病さがなければ、人は今まで生き残っては居ないだろう。
プラナスは過去の人間たちを恨んだ。
封印などと生易しいことをせずに、いっそ滅ぼしてくれればよかったのに、と。
おそらく、自分たちで作った力でありながら、滅ぼすことが出来ないほど強大だったからこそ、彼らはそれらを恐れたのだろうけど。
「教訓は忘れられるもの。過ぎたる力も、未来の人間にとってはデメリットの無い宝の山に見えてならない。彼らを愚か者と断ずるのは簡単ですし、今まではそうしてきましたが――ふふ、よもや私も同類になろうとは、思いもしませんでした」
例えば、オリハルコンという存在。
なぜ古代人たちは今の力だけでは満足できず、危険なナノマシンを作り出してまで強い力を求めたのか。
それはおそらく、オリハルコンが作られた時代よりも更に昔に作られた、エリュシオンという圧倒的な力を知ってしまったからだろう。
グラティアが散布され、人々が魔力という力を得てからしばらくの間、あらゆる人類は魔法という名の演算に夢中になった。
個人レベルでの研究はもちろん、国家レベルでも大規模なプロジェクトが動き、次々と高度な魔法が作られていった。
エリュシオンを王国の地下に封印した魔法も、その頃に作られた、非常に複雑で繊細な魔法の1つだ。
だが――それからしばらくして、人々は魔法よりも手軽で優れた、アニマという力を手に入れた。
あらゆる人間がアニマを使えるようになってからは、誰もがその力に夢中になり、魔法の技術は少しずつ廃れていった。
それは時代を経るごとに顕著になり、そしてオリハルコンが生み出される時代には、もはやエリュシオンの封印を解くことは不可能だった。
だが、古代人は諦めない。
技術で封印を解除することが不可能ならば、さらなる強い力で強引に封印を解き放てばいい。
こうして、オリハルコンは作られた。
「あの力が水木に渡れば、十中八九世界は滅びるでしょう。ですが、私たちが生き延びる術は、もうそれしか残されていない」
プラナスはエゴで世界を滅ぼすのか、と自問する。
「ふん……」
彼女はその問いを鼻で笑うと、にやりと口角を歪ませた。
答えなど1つしかあるまい。
「我ながら愚問ですね」
世界より大事なものがある、だから世界を壊す。
単純な話だ。
プラナスは立ち上がると、聖典を懐にしまい込み、そして自分のベッドから枕を拾い上げて、部屋を後にした。
一刻も早くアイヴィの部屋に戻りたい所だが、先に用事が出来た。
向かう先は、宿舎にある水木の部屋だ。
◇◇◇
コンコン、と部屋をノックする音を聞いて、水木は気だるそうに体を起こした。
「ちっ、こんな時間に誰だよ……」
舌打ちをしながらドアに近づき、乱暴に開くと、そこには枕を持ったプラナスが立っていた。
「チェンジで」
そう言いながら手で追い払うような仕草を見せる水木に、プラナスは露骨に眉間にしわを寄せる。
「よく意味はわかりませんが不愉快ですね、あなたが欲しがっていた情報を持ってきたのに、そんな態度でいいんですか?」
「そういう所が可愛くねえんだよ、ジョークにぐらい付き合えよ」
悪態を付きながら、後頭部をボリボリと掻いてプラナスに背中を向ける水木。
そんな彼に許諾を取ることも無く、勝手にプラナスは部屋に足を踏み入れた。
「さっき聖典を受け取ってからそう時間は経ってねえだろ、そんな簡単にわかるもんなのか?」
水木は木製の椅子を自分の近くまで引きずると、無気力に、ずり落ちたような体勢で腰掛ける。
一方でプラナスは、”こいつの部屋の物になんて触りたくない”と言わんばかりに立ったままだった。
「欲しい情報を限定すれば大まかな情報ぐらいは引き出せます、もっとも詳細を調べるためにはもっと時間がかかりますが」
「その大まかな情報を俺に伝えに来たと」
「今後の指針になると思いまして。さて、ミズキはフォディーナという町をご存知ですか?」
「確か、オリハルコンを採掘してる鉱山がフォディーナ鉱山とかいう名前だったな」
プラナスがわざとらしく軽く拍手すると、水木は不機嫌そうに舌打ちをする。
「カプト北部にあるのどかな場所です。そこにオリハルコンと共にとある兵器が封印されています」
「兵器、か。オリハルコンと一緒に封印されてるってことは、とんでもない代物みてえだな」
ここに来て、水木は初めて話に食いついた。
しかし彼のそんな様子に全く興味も示さずに、プラナスは淡々と告げる。
「その名もエリュシオン、王都を軽く覆うことが出来るほどの巨大な戦艦です。その力は、例えオリハルコンを使ったアニマが束になったとしても届くことは無いほどに圧倒的だと書かれていました」
「エリュシオン……それがあれば、白詰を……!」
「ええ、殺せるでしょうね。それどころか、世界の覇権すら握れるのではないでしょうか」
世界の覇権、その言葉が水木の欲望を沸き立たせる。
プラナスは彼がそういう人間だと理解した上で、あえてそういう言葉を使った。
まずは乗せることだ。
水木は狡猾だが単純な性格をしている、都合のいい太鼓持ちさえ居れば、それなりに優秀に働いてくれる人間だ。
屈辱ではあるが、今だけはプラナスがその役割を担うしか無かった。
これも全ては、アイヴィとともに過ごす未来のために。
「どうする、どうやったらその力を手に入れられる?」
水木は興奮した様子で、前のめりに成りながら問う。
「聖典に封印に魔法に関する詳細が示されていました。しかしその詳細を見るためには、同等の封印を解かなければならない、という理解し難い構造になっているようでして」
「だが、その封印さえ解ければエリュシオンは俺の物になるんだな?」
「ええ、私たちのものに。そのためには時間が必要です。封印の解析が終わり次第フォディーナに向かい、そこでエリュシオンを手に入れます。今日ここに来たのは、今後の方針を伝えるためだったんです」
「んだよ……要するに、てめえを待ってなきゃならねえってことか?」
「そういうことになりますね、解析が終わるまでの間、せいぜい私をオリハルコンから守ってくださいね」
「本当に可愛くねえ女だな……ああ、泣き叫んで自殺するまで犯してえ」
サディストと言うよりはサイコパスめいた発言をする水木。
そういった言葉を向けられても、プラナスは動じない。
「今日の用事はそれだけです、というわけで私は帰ります」
「結局その枕は何だったんだよ、アイヴィと一緒に寝るのか?」
「おや、よくわかりましたね」
当てられた途端、プラナスの顔には笑顔が浮かぶ。
「……気持ち悪ぃ」
露骨に上機嫌になる彼女を見て、水木が呟いた。
◇◇◇
プラナスが部屋に戻ってくると、アイヴィの暗い表情は一瞬にして明るくなった。
主の帰りを待つ子犬のような幼馴染を前にして、プラナスはにやける顔を隠すのに必死だ。
2人は明かりを消し、枕を並べてベッドに寝そべる。
同衾など、子供の頃依頼だった。
近くに感じる体温に心臓の高鳴りを抑えられないプラナス。
「一緒に寝るなんていつぶりだろうな」
対して、アイヴィは純粋にこの状況を楽しんでいるようだった。
童心に戻るとはまさにこのことか。
久しく忘れていた感覚に、アイヴィは自分の心が浄化されていくように感じていた。
なにせ、最近はオリハルコンオリハルコンと連呼する連中とばかり付き合っていたのだから。
たまには毒抜きしなければ、やっていられない。
「きっと10年じゃ済みませんよ、考えたくないぐらい昔のことです」
「時間の経過は残酷だ、今この瞬間のまま、時計が止まってくれればどれだけ楽なことか」
プラナスは『私は嫌ですけどね』と心の中で呟く。
確かに今夜ほど幸せな日はなかなか無い。
岬たちを召喚する以前は、一緒に過ごす時間すら減っていたというのに、まさか一緒の布団で寝ることになるとは。
間違いなくここはプラナスにとっての楽園である。
けれど、彼女は今のまま、友人のままで終わらせるつもりはさらさら無いのだ。
横を振り向いたとき、目と目が合ったら自然とキスするぐらいの関係でないと。
それは無理でも、何気ない瞬間に唇を奪って、『友達ならこれぐらい当たり前』と言ってしまえば案外どうにかなるのではないだろうか。
今はまだ――と言うか長いこと、そう妄想するだけで実践できた試しはないが。
「10年前……か。私たちはまだまだ子供だったな」
「アイヴィは今と変わらずかっこよかったですよ」
「それを言うならプラナスこそ、あの時から私よりずっと賢かったな」
そういう話じゃないのに、とプラナスは内心ふてくされながらも、褒められたのでまんざらでもない気分だった。
「10年前から変わらないのだ、10年後も変わらず居られたらいいな」
「そう、ですね」
ひどく楽天的な言葉だ、アイヴィらしくもない。
数日後の生死すら曖昧な中で言うということは、実質的に弱音を吐いているようなものだ。
聞かされたプラナスは、布団の下でぎゅっと胸元を掴んだ。
それでもアイヴィは話をやめようとはしなかった。
未来の話でもしないと、現実に目を向けていると今にも頭がどうにかなってしまいそうだったから。
「プラナスは、もし無事に生き残ることができたら、やりたいことはあるか?」
「……そういう話は、話題を切り出した方が先に言うべきだと思いますよ」
「あはは、そうだな、そういうものだったな」
空元気の笑い声が暗い部屋に響く。
「私はな、世界を見て回りたいと思っている」
「旅ですか」
「ああ、騎士団に入ってからも存外順調に出世してしまってな、実を言うとあまり遠征という物を体験したことが無いのだ。今回の戦争だって、王都の防衛のためという名目で留守番だしな」
「言われてみれば、私も故郷と王都以外の場所はあまり知りませんね」
「だろう? だから旅に行きたいと思ったんだが……どうだ、プラナスは付き合ってくれるか?」
「へっ?」
てっきり一人旅の話をしているのだと思ったプラナスは、急に話を振られて間抜けな声をあげてしまう。
少し前までのアイヴィなら、自分を連れて行くことなど考えもしなかったろうに。
勇気を出して距離を縮めてよかった、と心の底から思った瞬間だった。
「そうか、プラナスも王国魔法師として忙しくしているものな、そう簡単に首を縦には……」
「いえ、行きます! 絶対に付いていきますからっ!」
必死に主張するプラナスを見て、アイヴィは微笑んだ。
2人がお互いに抱く感情に多少の隔たりはあるとはいえ、アイヴィもプラナスのことを少なからず想ってはいる。
そんな相手が必死になって自分と一緒に行きたいと言っているのだ、嬉しくないわけがない。
「ふふ、なら決まりだな。今回の件が落ち着いたら、騎士団長の地位も王国魔法師の立場も全部放り投げて、2人で旅に行くか」
「はい、きっと素敵な旅になりますよ」
「そうだな、プラナスが居れば」
「ええ、アイヴィが居れば」
言ってから、2人はほぼ同時にお互いの顔を見て、そしてほぼ同時にクスクスと笑った。
まるで子供のように。
「で、プラナスの望みは何なんだ?」
「アイヴィと一緒に旅がしたい、ではダメでしょうか」
「私に言わせておいてそれは無いだろう、正直に話すんだ」
プラナスは少し考えてから、儚く微笑みながら語りだす。
子供の頃からずっと抱き続けてきた夢を。
「想いを伝えたい人がいるんです」
楽しくて、幸せで、ふわふわしていて。
そんな風に、心が軽い今なら言える気がしたから。
「それは……恋、的な意味でか?」
「もちろんですよ」
「おお、プラナスにそんな相手が居たなんて知らなかったぞ、いつからなんだ?」
「ないしょです」
「ここまで言ったんだから聞かせてくれよ」
「ダメったらダメなんです、その時が来たらわかりますよ」
けど、いざ言ってみると、バレやしないかと、心臓がうるさいぐらいにバクバクと鳴り響いている。
だが、鈍いアイヴィは気づかない。
気づいていたら、それはそれで面白いことに無っていたのかもしれないが、色恋沙汰に疎いからこそのアイヴィなのだ。
「だから、死ねません。その人にも生き残ってもらわないと困ります」
強い決意と共に宣言する。
「2人で生き残りましょうね、アイヴィ」
「もちろんだ、プラナスと一緒にまだ見ぬ景色を求めて旅をする――その願いを叶えるまでは」
プラナスはありったけの勇気を振り絞って、布団の中でアイヴィの手を握った。
するとアイヴィは、何も言わずに握り返してくれる。
手のひらから伝わる熱はまたたくまにプラナスの全身に広がり、体を火照らせた。
これが、恋なのだ。
失いたくはない、添い遂げたい。
一緒に過ごす時間を重ねるごとに、ただでさえ強い想いは、さらに強固で、確固たるものになっていく。
プラナスは柔らかな手の感触と、心地よい火照りの中で目を閉じる。
隣で幼馴染が眠ったことを確認すると、愛おしそうに目を細めその寝顔を見届け、アイヴィも眠りに落ちた。
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