人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
6 どうか、彼が死後も苦しみ続けますように
「スキル発動、親愛なる友」
早速奪ったスキルを使い、僕はオルティオの姿を捕食前の状態に変える。
僕が折鶴を殺したって疑われちゃたまったもんじゃないからね。
そして討伐した魔物をその場に放置し、すぐさま王都へと戻っていった。
南門の前では、アイヴィが僕たちの帰りを待っていた。
すでに数人の生徒が狩った魔物を彼女に見せて報奨金を得ているようだ。
僕はアニマを解除し人間の姿に戻ると、彼らを押しのけてアイヴィに報告する。
出来るだけ焦った雰囲気出しながら。
表情まではスキルじゃどうにもならない。
「お、折鶴が……折鶴が……っ!」
「どうした、白詰」
「狼みたいな魔物にやられて、ボロボロにされてどこかに連れて行かれたんだ!」
我ながら迫真の演技。
アイヴィを含む周囲の生徒たちはすっかり信じたようで、真剣な顔で僕の話に耳を傾けていた。
僕の話がまともに聞いてもらえるなんて、これも折鶴が死んだおかげだ。
「まだそんな強さの魔物がシルヴァ森林に残っていたとは、私としたことが迂闊だった……! シロツメ、案内できるか?」
「場所は覚えています」
「良し、なら行くぞ。今ならまだ助けられるかもしれない!」
無駄だけどね。
かと言って行かないと言うわけにも行かず、僕はすぐにアニマを纏いアイヴィと共に森へと向かった。
森への道中、僕はずっとアニマの中で声を押し殺しながら笑っていた。
◇◇◇
森へ行っても、もちろん折鶴の亡骸は見つからなかったけど、例の狼型魔物は交戦地点付近にすぐ姿を表した。
どうやらこのあたりが彼の縄張りらしい。
アニマの力に溺れ、入ってくる外敵を無差別に排除してるみたいだ。
「お前はここで見てろ、私が仕留める!」
アイヴィの駆るレスレクティオは、盾を構え、ランスを突き出しながら一直線に魔物へと突進した。
狼型魔物はタイミングを合わせて避けようとした。
だが、それより先にレスレクティオが動く。
「フォーガッ!」
バシュウゥッ!
ランスの先端が火を吹き出しながら射出される。
ガガガガガガッ!
ミサイルのように発射されたそれは魔物に命中し、ドリルのごとく回転しながら障壁を削った。
「グギャオオオォォォッ」
魔物が苦しそうにうめき声をあげる。
しかし、HPを0にするには及ばない。
耐えきった魔物は、まだ戦意を失わずにレスレクティオに相対する。
シュゥ――ガシャンッ!
先端を射出したランスは、内部から細い棒が現れ、それが傘のように開くことで次弾を装填、元の形に戻った。
「なるほど、確かにこのあたりの魔物と比べたら硬いな。油断してやりあえば負けてしまうのも仕方ない」
アイヴィは先程の一撃で削りきれなかったことに関心しているようだ。
そして、すぐさま二度目の突進を始める。
そんなレスレクティオに向かって魔物は飛びかかり、爪を振るった。
ブォンッ……ガキィンッ!
しかし、盾に簡単に弾かれてしまう。
伊達に騎士団長は名乗ってないってことか。
戦い慣れてるし、何より隙が全く見えない。
逆に盾でいなされたことで大きな隙を見せてしまった魔物の腹部に、ランスによる強烈な突きが打ち込まれる。
「もらったッ、コスグラッハ!」
ランスの先端が魔物に触れた瞬間に、再び先端が火を吹いて、今度は射出ではなくブーストの役割を果たす。
ギュイイィィィィッ!
さらに先端は魔物の腹を抉るように回転を始める。
打撃のダメージに回転、加速のダメージが上乗せされ、魔物のHPは一瞬にして0になるまで削られた。
「グオオォォォオオ……!」
狼型魔物の断末魔が響く。
ランス先端部は障壁を突破し魔物の胴体を貫いた。
レスレクティオは、串刺しにした魔物の体を捨てるように振り落とす。
「すごい……」
アニマの性能の差があるとしても、ルゾールの動きとは段違いだ。
さすが騎士団長、あれが経験の差か。
「このあたりに巣があるはずだ、ルゾールを探すぞ」
「わかりましたっ!」
僕は必死でルゾールを探す(ふりをした)。
内心で大笑いしながら、ありもしない亡骸を探す。
気分が高揚しているからか、演技にも熱が入る。
「折鶴、どこにいるの? 居るなら返事をしてよ、折鶴っ!」
今までの人生で出したことも無い大声で、死者の名を呼ぶ。
クラスメイトが見たらその不自然さに真っ先に僕を疑う所だろうけど、アイヴィはむしろ僕のことを見直したようだった。
自分をいじめていた相手にそこまで必死になれるなんて、と。
結局、狼の巣を探してもルゾールが見つかることはなく、捜索はほどなくして打ち切りとなった。
可能性は色々考えられる。
魔物から逃げるために人間の姿に戻り、その状態で食われてしまったとか。
餌を隠すために地面に埋められてしまったとか。
どちらにしろ、折鶴の死はアイヴィも認めざるを得なかった。
◇◇◇
アイヴィと共に南門へと戻ると、すでに全員が戻ってきていた。
そこで、彼女の口からみんなに折鶴の死が伝えられる。
一同にショックが走った。
「嘘だろ、折鶴が……死んだ?」
特に仲が良かった磯干や水木先生はショックを受けていて呆然としていた。
かと思うと、すぐに正気に戻って、一直線に僕に近づき胸ぐらを掴んでくる。
「お前が殺したんだろ、なあそうなんだろ!?」
唾が飛んできて汚い。
かと言って引き剥がそうとすると殴られそうだし……と思っていると、アイヴィが仲介に入ってくれた。
「裏切ったとしても、能力の無い白詰に殺せるわけがないだろう」
それは事実だけど、ここでそれを言えるあたり、アイヴィも大概デリカシーが足りてないと思う。
もっとも、今の僕には当てはまらない言葉だけど。
けど、アイヴィの言葉を聞いても納得できなかった水木先生は、
「なんであいつなんだ、なんでお前が死ななかったんだよ!」
と言って僕を殴った。
なんて理不尽な、死ねよ。
殴られるのは慣れてるけど、痛いものは痛い。
――最初からそのつもりだけど、こいつだけはいつか絶対に、最高に無様な方法で殺してやる。
僕が殴られたのを見て、周囲の生徒たちも慌てて止めに入り、それでようやく事態は収まった。
けれど水木先生の怒りは収まらず、僕はずっと睨まれたままだった。
◇◇◇
その日のうちに、レグナトリクス国で最も信者の多い宗教である『グラティア教』式の葬儀が行われることになった。
会場は、グラティア教にとっての教会である、『プレケース』という施設。
王都カプトにあるプレケースは国内最大級の規模を誇るらしく、壁や天井には巨大かつ精密な絵が描かれており、僕は田舎から都会にやってきた観光者のようにキョロキョロと周囲を見回していた。
さらに正面には、大きな女性の像が祀ってある。
あれが、神であるグラティアなのだという。
グラティア像が首にかけている2重丸の形をしたネックレスは、グラティア教のシンボルを示しているんだとか。
全員が着席すると、緑色の司祭服を纏った男性が壇上にあがった。
そしてグラティア像の方を見ると、何やら呪文のような言葉を唱え始める。
お経みたいなもの……なのかな。
式は案の定退屈なもので、友人を失った悔しさに拳を握る男子や涙を流す女子がいる中、僕はあくびを押し殺すのにに必死で涙目になっていた。
葬儀が終わると、司祭に促され、壇上で死者への祈りを捧げるよう促される。
グラティアが死者にその言葉を届けてくれるのだという。
僕もしっかりと祈るように手を組み、強く念じた。
『どうか折鶴が地獄に堕ちますように』。
さらに『死よりも辛い苦痛が永遠に続きますように』と。
◇◇◇
折鶴が死んでからというものの、みんなの士気は一気にガタ落ちした。
今までは散発的に出るだけだった体調不良者も一気に増加し、食事のときの食堂の雰囲気も最悪だ。
最悪すぎて、僕の”食事の準備”も忘れるぐらいに。
一部を除いて黙りこくっていて、話し声も聞こえてこない。
騒がしいよりずっと良い、やっぱり食事は落ち着いて取るものだと思う。
僕は久しぶりの普通の食事を堪能していると、例外である広瀬たちの会話が耳に入ってきた。
彼らはクラスのリーダーを気取っているから、明るく振る舞うことで周囲を元気づけようとしているのかもしれない。
「団十郎、また貝をのこしてるのか?」
「苦手なんだよ」
「いい加減治しなよ、この年になっても食わず嫌いとかかっこ悪いよ」
「かっこ悪くたって構わねえっての」
「なにそれ、じゃあ私が食べちゃおーっと」
「おう、食え食え、食って太っちまえ」
「運動してるから太らないもーんだ」
広瀬は普段から親しくしている桂と赤羽と同じテーブルに座っていた。
特に赤羽は広瀬と幼馴染らしく、常に一緒に行動している。
この3人は、クラスの中で勝ち組と呼ばれていた。
アニマの性能も3人揃ってなかなか高く、勝ち組はどこに行ったって勝ち組なんだってことを思い知らされる。
「団十郎って昔から貝が苦手だよね、こんなに美味しいのに」
「味覚ってのは人によって違うもんなんだよ」
僕は、彼らの仲睦まじい会話を聞きながら食事を終えた。
そして、そそくさと食堂をあとにする。
そうやって楽しく会話できるのも今のうちだけだぞ、とほくそ笑みながら。
◇◇◇
自室に戻った僕は、姿見の前に立っていた。
アニマとは魂に宿るもの。
つまりアニマとは自分自身であり、アニマを発現した者は人の姿のままでもその影響を受ける――数日前の訓練で、アイヴィはそう言っていた。
女子に雑魚と罵られたオルティオを持つ僕ですら身体能力の向上を実感していたんだ、折鶴を喰った今は、さらに体が軽く感じる。
仮にこれがアニマの力が体に宿ったおかげだと言うのなら――アイヴィはアニマ使いには他にも力があると言っていた、それってつまり、スキルを生身で使うこともできるってことじゃないだろうか。
ただの勘だけど、試してみる価値はある。
僕はそのために姿見の前に立ち、今まさにそれを実践しようとしていた。
「スキル発動、親愛なる友」
スキル発動の宣言。
すると、僕の姿がみるみるうちに他人へと変わっていく。
再び発動させると、また別の姿に。
赤羽、広瀬、桂はもちろん、彩花にも、水木先生にも、アイヴィにだって、僕はMPが続く限り自由自在に姿を変えることが出来た。
さすがに捕食を使おうとは思わないけど、使おうと思えば使えるはず。
想像通りではあったけど、本当にスキルが使えてしまうなんて。
自分が超人になったという強い実感がある。
姿さえ変えられれば、復讐なんて容易だ。
これならひょっとすると、2,3人と言わず――もっと、殺せるかもしれない。
それから僕は、訓練を終えて夜になると他人に変装して宿舎を歩き回った。
誰も僕が僕であることに気付かない。
本人が部屋に居ることを確認して使うようにしていたし、僕の居場所を知りたがる人間なんて誰もいなかったからだ。
一週間ほどそれを繰り返し、慣れてきた僕は、さらに大胆な行動に出る。
アイヴィに化けて、城に踏み込んだのだ。
復讐のためというよりは、一種の度胸試しのようなものだった。
能力を手に入れて浮かれていたのかもしれない。
当の本人は宿舎で酔っていたし、疑われる余地はなかった。
声までは変わらないので、挨拶をしてくる兵士を誤魔化すのが大変だったけど、そこは咳払いで誤魔化す。
こうして城の内部を見るのは初めてだけど、兵士たちの表情が心なしか暗い。
インヘリア帝国との戦いにおいて、レグナトリクス王国が劣勢に立たされているという噂は事実なんだろう。
北のレグナトリクスと南のインヘリアの間で起きている戦争は、当初は国境にあるミスリル鉱山を巡っての小競り合りだったそうだ。
採掘されたミスリル鉱石を分配する話し合いもされていたらしいが、お互いに譲らず交渉は決裂。
結果、レグナトリクス側が先に手を出して戦争に発展した。
つまり、大義名分はインヘリア側にあった。
もっとも、レグナトリクスはインヘリアが先に手を出したと言って譲らないようだけど、周辺諸国にも相手にされてないみたいだ。
アイヴィ曰く、ミスリルさえあればアニムスを大量に生産できる、戦いに優位に立てる、そう考えての先制攻撃だったのだと言う。
この世界でも屈指のミスリル鉱石の埋蔵量を誇るフィーニス鉱山周辺は、またたくまにレグナトリクスの領土となった。
戦いはフィーニス鉱山を握ったレグナトリクスの有利に進むと思われた。
しかし――インヘリアの東に位置するオリネス王国が、フィーニス鉱山の分配を条件にインヘリアに味方するようになってから情勢は変わった。
オリネスはレグナトリクスとも接している。
インヘリアとオリネスの連合軍は、レグナトリクスの南から東にかけての広域に攻撃を仕掛ける。
防衛戦力を分散せざる得なくなった王国は次第に押され、そしてついにフィーニス鉱山はインヘリアの手に落ちた。
それ以降、アニムスの生産もままならなくなったレグナトリクスは、じわじわと追い詰められ――そして異世界の人間を頼りにしなければならない状況になってしまった、というわけだ。
つまり、王国は追い詰められているから、城で何かおもしろい情報を得られるかもしれないと思って潜入したってこと。
そんな中、僕のとある部屋から漏れてくる話し声を聞いた。
1人は女性……プラナスだろうか。
もう1人は男性で、誰かまではわからない。
たぶん偉い人なんだろうな。
「例の帝国からの使者はどうだ、順調に向かっているのか?」
「はい、馬車は確実にこちらに向かっているそうです。護衛も付いているので魔物の相手も問題ないかと」
「いつ到着する」
「このまま順調に行けば、明後日の夜には」
「夜か、都合がいいな。暗がりを移動すればあまり目立たぬだろう」
「使者との話し合い次第では……」
「ああ、帝国との戦いを平和な形で終わらせることができるやもしれぬ。もっとも、その場合は我らが不利な条件を飲まされるだろうがな」
「このまま無駄な命を消耗するよりはマシです」
「同感だ、力で土地を奪われる前に話し合いに持ち込まなければ、もっと悲惨なことになってしまう。王国の未来を存続させるためには話し合いが不可欠なのだ」
どうやら秘密裏に帝国の使者を招き、停戦の話を進めようとしているみたいだ。
アイヴィと違ってプラナスは停戦派なのか。
2人は仲が良さそうに見えたけど、思想は違うと。
停戦派……使者……明後日の夜……秘密裏の計画……これは、利用できるんじゃないか?
僕はその後も室内の会話を盗み聞き、さらに詳細な情報を手に入れた。
そして2人の会話が終わる頃、プラナスに顔を見られたらまずいと思い慌ててその場を離れた。
僕は計画を練りながら、城から出て宿舎へと戻っていく。
プランはすぐに思いついた、重要なのはターゲットだけど……出来るだけ煽動しやすそうな連中が良い。
標的は赤羽百合と、彼女を慕う男女5人のグループなんてどうだろう。
赤羽にはさほど恨みはないけれど、グループの連中は金魚の糞みたいに折鶴や磯干と一緒に絡んできて厄介だった。
優先順位は高くないにしろ、どうせじき殺すつもりだった奴らだ。
取り巻きには退場願って、そして――そうだ、赤羽も泥沼に引きずり込むか。
うん、それがいい。
親愛なる友さえあれば、僕が犯人だとバレることは無い。
それに、誰もが僕に復讐をする力と度胸があるとも思っていない。
疑われていない僕は、自由に動くことができる。
全ては僕の手のひらの上。
自由に喰らい、自由に弄ぶ。
今まで僕が、そうされてきたように。
星々に照らされる夜道を歩きながら、僕は素敵な未来を想像して、口角を吊り上げて笑った。
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コメント
ノベルバユーザー240181
もう最高