異世界に食事の文化が無かったので料理を作って成り上がる

山外大河

1 異世界人、はじめてのお食事『特製・生姜焼き弁当』

 料理は楽しい。
 もしその事にもっと早く気付けていたなら、俺、坂井明弘は多分料理人を目指していた事だろう。

「よし、完成」

 そう言いながらランチジャーの蓋を閉める。
今日の弁当のメインはオーソドックスに豚肉の生姜焼き。汁物としては昨日の残りの豚汁。豚尽くしメニュー。
 コイツを食す為に今日も頑張って仕事だ。

「んじゃ、行くか」

 俺はお手製の弁当と鞄を手に、いつもの様に会社へと向かう為に家を出る事にした。


 俺が料理をするようになったのは社会人になってからである。
 それまで家庭科の授業位でしか包丁を握らなかった訳だが、上京して一人暮らしを始めたのを期に自炊を始める事になった。
 新卒で給料も高くないのに家賃は容赦なく高い訳で、そんな俺に外食&コンビニ弁当生活は金銭的ハードルが高すぎたのだ。

 そして一年が経過した今、金銭的苦悩から始めた料理は趣味へと昇華している。
 仕事帰りに今日の夕飯の献立を考えスーパーへ。そして日々気まぐれでアレンジを加えつつ、色々なメニューに挑戦し、そしておいしくいただきます。
 休日はお菓子だって作ってみるし、ついでに料理ブログとかも始めてみた。
 そして今日の弁当だって気合いを入れてる。毎日入れてる。
 そんな風に楽しく作り、おいしくいただく。
 とにかく。とにかく俺の生活は仕事以外は料理に満ち溢れていたんだ。

 だから残念な事を二点挙げるとすれば、振舞う相手がいない事と、俺が普通のサラリーマンになってしまった事。その二点。
 前者はいずれどうにかなるかもしれないというか、どうにかしたいわけだけれど、後者に関してはなかなか難しい。脱サラなんて思いきった事は中々できる事じゃない。貯金だってあまり無いしね。

 だけどこの日、そんな俺に転機が訪れた。

「今日も天気いいな。日差しが強い……ってん?」

 靴を履き替え部屋の扉を空けたんだけどさ。

 ……森が広がっているよ?

「……はい?」

 俺は夢でも見ているのだろうか?
 目の前に広がる光景は東京とは思えない程の……いや、東京じゃないにしてもアパート前の景色とは思えない木々が生い茂った森。
 森! 森! 圧倒的森ィ!

「……疲れてんのかな? 流石にこりゃねえわ」

 そう言いながら扉を閉め……すかさず再オープン!

 やっぱり森なんだよなぁ……。

「いやいやいや、どういう事だよオイ」

 なんかこれどうも夢見てるなと、そう自分に言い聞かせながら手荷物を置いて頬を抓り、部屋の外へと出てみる。
 そして振り返ってみるとそこにあったのはアパートの外装ではない。
 屋根も壁も朽ち果てて、辛うじて入り口の扉だけ残っていた廃墟。ただしその扉の奥は壁の向こう側に繋がっておらず、狭いわりに家賃高いマイルームが見える。
 そして残念な事に、どれだけ頬を抓って無茶苦茶痛い思いしても覚めねえんだよな、この夢。

「いやいやいやいや!」

 慌てて部屋へ駆け戻り、リビングのカーテンを開く。

「……うん、東京だ」

 窓の外はいつもの見慣れた光景だ。
 ではここでもう一度後ろを振り返り玄関の先を見てみましょう。
 ドン! そこには生い茂る木々が!

「……ウハハハ、すげえや。玄関の外完全に異世界じゃねえか」

 一時期WEB小説にハマっていて異世界に行くシチュエーションを何度も見たけれど、これはもう完全にそういう形じゃないか? 玄関扉が異世界へと繋がってしまった、的な異世界転移。
 うん、どう考えてもそんな感じ。原因は分からないけれど。

「……マジか」

 マジな奴っぽいな、うん。
 ……何がどうしてこうなったんですかね?

 それでまあ流石にしばらく立ち尽くす事になった俺だったが、ここで一つ決断しなければならない案件があることに思い至る。

「……会社どうしよ」

 一応窓から脱出可能なので出勤はできる。ここ一階だしね。
 だけどこれ放置して出勤って……色々とアカン気がする。

 そして本音を言うと……ちょっとわくわくする。

 異世界である。それはもう間違いなく。
 となってくれば、その先がどうなっているか気になるのが人間の嵯峨……というよりそういう異世界系の小説を読んでいた人間の性だ。知的好奇心をくすぐられる。
 今すぐにでも。少なくとも目の前の現象が現実であるうちに。その先に歩みを進めてみたい。

「……決めた」

 俺はスマホを取りだし、上司に電話を掛ける。

「すみません……ちょっと朝起きたら熱があって、ちょっと眩暈もするんですが……今日休んでもいいですか?」

 できるかな。初めての仮病ッ……。 鳴らす……喉ッ。ゴホンゴホン。圧倒的ゴホンゴホン……!

「いいよ休んで休んで。最近の風邪長引くと酷いから。食べられるなら栄養あるもん食べて薬飲んでゆっくり寝るんだぞ」

 っしゃあ! やったぜ! ホワイトな上司に圧倒的感謝!

「ああ、そうだ。仕事の事なら心配しなくていいからな。俺今日サービス残業頑張っちゃうからよ」

 ……!?

「あ、いや、そこまでしてもらわなくても……」

「いいんだいいんだ。先輩は頼られてなんぼだから。治って仕事出た矢先に大量に仕事貯まってたら嫌だろ。先輩に任せとけ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあお大事に」

 そう言って通話は切られんだけど……なにこの凄まじい罪悪感。
 ……なんかお土産探しとこ。

「ま、まあ課長の事はとりあえず置いとこう……置いといていいんだよなぁ」

 まあもう後には引けないし?
 課長には悪いけど……気持ち切り替えよう。

「っしゃあ行くか!」

 そう言って俺はスーツを脱ぎ、とりあえず動きやすい格好に着替える。汚れるかも知れないからジャージでいいだろう。
 んで、鞄は置いて弁当装備。お昼御飯だ。
 果たして丸腰で進んでいいのかは分からないが、どうせ武器になるものなんて包丁しかねえし、てか武器じゃねえし武器にしたくねえし。

 だからとりあえず弁当以外の持ち物は要らん……多分俺異世界ナメてる!
 でもんなこと知るか。

「レッツゴー異世界!」

 そう言って俺は異世界へと駆り出した。



「……」

 でもまあやっぱり嘘付いたらバチが当たるというか、やっぱ異世界舐めすぎてたっていうか……異世界じゃなくてもジャングルとかに丸腰で入ったらこうなるよね。

「ガルルルルルルル」

 今目の前にはモンスターと言えばいいのか魔獣とでも呼べばいいのか分からないが、一言で言えばライオンみたいな何かがいる。しかも殺意というか……完全に獲物を見る目をしてるよね。

「……」

 どうする? 弁当でも差し出してみるか? いや、でも流石になんの意味も成さないであろう事は理解できるわけで……もうタイミング見計らって逃げるしかないよね。
 絶対逃げられる気がしないけれど。
 というかもう多分間違いなく俺死ぬんだけど。

「ど゛う゛し゛て゛こ゛ん゛な゛目゛に゛合゛わ゛な゛い゛と゛い゛け゛な゛い゛ん゛だ゛よ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛! 」

 仕゛事゛サ゛ボ゛っ゛た゛か゛ら゛だ゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!
 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!

 そんな風に、流石に命の危険を感じて思わず叫んでしまった次の瞬間だった。

「とうッ!」

 そんな掛け声と共に前方から鈍い衝突音。
 思わず一瞬瞑ってしまった目を開くと、そこにはライオンっぽいのを凄い勢いで蹴り飛ばしている中学生程の女の子がいた。
 そしてそのまま勢い任せに追撃。追撃追撃。それはもうすんげえ追撃。
 それが終わる頃にはもうライオンさん(故)は動かなくなっていた。
 そしてライオンさんを無き者にした女の子は俺に言う。

「大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」

「あ、ああ。おかげさまで」

「ヤバかったですね。今この辺り魔獣が出現してる危険区域なんですから。丸腰で歩いてるなんでも命知らずにも程がありますよ。様子を伺うに魔法とかは使えない感じですよね?」

「ああ、全く」

 どうやら魔法でパワーアップしていたらしい女の子の言葉にそう返した所で、女の子は俺の手にしたランチジャーに気付いて視線を向ける。

「……ところでそれは? 多分武器じゃないですよね?」

どうやら異世界にランチジャーは存在していないらしい。ということはこの世界の人間の弁当は基本冷たいわけだ。もったいない。

「弁当箱だよ、保温性バッチリで味噌汁もスープも入れられる優れものだ」

「弁当箱……弁当?」

 いやそのクエスチョンはおかしいだろ。

「えーっと、弁当だよ? ほら、ご飯入れて持ち運ぶ者っていうか……」

 その言葉に目の前の女の子はやはり首を傾げる。
 えぇ……どういう事だよ。
 なに? まさか弁当の文化ないのこの世界? 昼食とかどうしてんの。現地調達?
 そんな事を考えていた所で、そもそもその認識が見当違いであった事を俺は知る。

「そんな大きなケースで持ち運ぶ必要って無くないですか? それに別に暖める必要性も無いと思うんですけど」

 そう言って女の子は腰のポーチから小さなケースを取り出し、こちらに見せつけてくる。

「こういうので十分じゃないですか」

「……えーっと、なにそれ」

 俺は半透明の小さなケースの中に見える錠剤みたいな何かの事を訪ねる。
 すると女の子は意味が分からないという表情を浮かべて俺に言う。

「なにって……食べ物じゃないですか。タブレットですよタブレット。毎食同じもの食べてるのにどうやったら忘れられるんですかね?」

 いや、俺そんなもの毎食食ってねえし……って毎食!?

「毎食って……そんなもので毎食済ませてんのか!?」

「当然じゃないですか。他に食べるものなんてあります?」

 そんな事を……当然の事のように目の前の女の子は言った。

「何かあるって……あるだろ? 他にも食う物なんていくらでも?」

「……えーっと、もしかして頭でも打ちました? というかその弁当箱の中にもタブレットを入れてるんですよね?」

「ちげえよ……んなもん弁当に入れねえよ」

 そんな返答をしながら感じたのは悪寒だ。
 もしかして俺はとんでもない世界に辿り着いてしまったんじゃないか?
 例えば。目の前の女の子の話を鵜呑みにするならば。
 絶対にそんな事はないだろうと思いながらも鵜呑みにするならば。

 この世界は弁当が無いとかそういう次元の話ではなく……そもそもの中身の話。
 料理が存在しなくて、それどころかあのサプリメントみたいな錠剤だけで生活している、食事という概念自体が存在しない世界なんじゃないか。

 当然、人間でなくても生き物が生きていく上でそんな世界は明らかに突っ込み所しかなくて、酷く無茶苦茶な物だのいうのは理解できる。
 だから……そんな事はあり得ないだろうと思うよ。
 どけど目の前の女の子の言動は、あまりにも嘘をいっている様には見えなくて、その全てを常識語るように言うんだ。
 だとすれば、違う世界に転移するという無茶苦茶な事が実現したという事もあいまって、その事に真実味が生まれてくる。

「……入ってるのはそれ以外の食べ物だ」

 そしてそんな事に現実味が帯びてしまえば。
 よりにもよって食べることが好きで、作ることが好きな、今の俺を形成している物の存在を否定されるような事を言われれば。

「ちょっと待ってろ見せてやる」

 その認識を改めさせたくなってくる。

 ちょうど近くに椅子と机代わりになりそうな岩がある。
 俺はそこで弁当箱を展開することにした。 
 刮目……まだ作りたてと言ってもいい、豚肉の生姜焼き弁当!

「え? なんですかこれ……あ、でも少しいい匂いかも」

 どうやら目の前に出された物が食べ物であるという事すら認識してもらえていない様だが、とりあえず僅かながらに好感触は得られたらしい。

「これがタブレット以外の食べ物だ。作った俺が言うのなんだけど、凄いうまいぞ? 折角だし食ってみる?」

「え? いいんですか?」

 そう言う女の子からは強い好奇心を感じる。
 食べ物特有のいい匂いは、食欲をそそらせる。
 ………ましてや仮にまともな食事をしたことがないとすれば、知的好奇心と相まって、未知なる物に対する警戒心を食欲が上回ってもおかしくない……と思う。

「ああ、いいぜ」

 俺がそう言うと女の子は唾を呑み込む。
 ……しかし冷静に考えて、仮に食事をしたことがない人間に箸が使えるかと言えば多分無理だろうし、スプーンやフォークも持ち合わせていない。仮にあったとしてもそれを使えるかどうかも確証がもてないし、だからと言って手掴みさせるわけにもいかない。

 だったらなんかこっちが恥ずかしいけどこれで行くか。

「食べさせてやろうか?」

 箸で豚肉の生姜焼きを掴み、女の子の口の近くまで持っていく。

「口開けてみ?」

 それに少し女の子は恥ずかし そうな表情を浮かべたけども、それでもおとなしく口を開けた。
 そして俺は生姜焼きを彼女の口に運んでやる。
 ……次の瞬間だった。

「んん……ッ!?」

 女の子がとても驚いた様な表情を浮かべる。

「お、おいしい……凄い……これしゅごいよぉ……なにこれぇ……」

「ぶ、豚肉の生姜焼きだけど……」

 そのリアクションを見て思わず言葉が詰まった。
 それだけ目の前の女の子は俺の作った豚肉の生姜焼きを美味しそうに食べている。
 そしてよく噛み、未知なる食べ物をのみこんだ彼女は、こちらにねだるように言ってくる。

「お願いします、もう一口だけ、もう一口だけでいいからください……何でもしますからぁ……」

「お、おう……一口と言わずともいくらでもやるけども ……ほら、口開けて」

「はい! んん〰〰ッ!」

なんだろう……凄く犯罪臭がする。
森の中で男が女子中学生に生姜焼きで餌付けする事案……うん、すんげえ犯罪臭! どういう状況だそれ!

 まあこういう状況なんだけども。

「ちなみにこっちは豚汁。こっちはこっちで凄い旨いぞ?」

「そ、そっちも貰っても良いですか!?」

「もういいよ全部食えよお前」

「!? あなたは神ですか!?」

「いや、人間人間。まあ飲んでみろ」

 そう言って豚汁の入った容器を差し出す。
 そしてごくりと一口。

「こ、これもおいしい……なにこの幸福感……幸せぇ……」

 再び料理漫画でもなかなか見ないレベルのオーバーリアクションを見せた女の子は、本当に幸せそうに表情をほころばせた。

「な、なら良かった……」

 なんだかあまりにも無茶苦茶な世界観や目の前の女の子のリアクション、そして餌付けしているような謎の背徳感を感じてしまい状況に付いていくのがやっとな感じはするけども……自分の作った料理でそういう表情を浮かべてくれたのはとても嬉しいことだと思う。
 だから目の前の女の子がそう感じたように、俺もまた幸福感を感じていた。

 そしてそのまま女の子が弁当を平らげるまで餌付け……もとい食事は続き――

「弟子にしてください」

「……はい?」

 なんかこうなった。
 ……どうしてこうなった。

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