最強スキルがあることを主人公はまだ知らない。だから必死にゴブリンと向き合います。
覚醒、そしてまだ知らないユニークスキル。
ある日、目が覚めるとこんな世界でした。
「ガアアアアアアッ!!」
銅のような色の兜とみすぼらしい布の服を自身の放った斬撃とともに、生暖かい弛緩した午後の空気を切り裂く。
締りのない口元から零れ出すよだれ。ぷくっと出てるお腹の贅肉。そして、緑色の体。
ようするにモンスター。
ようするにゴブリン。
ぼくより二十センチほど背の小さい小柄なゴブリンはぼくの脇腹を狙って、棍棒を横に振るう。
それをバックステップで回避。
空振りに終わり前傾姿勢になったゴブリン。
好機。
直感でそう感じた刹那、ぼくは右手に握りしめていたバスタードソードをゴブリンの頭上めがけ振りかぶる。
ゴブリン一体につきおよそ50ペソー。これでやっとまともな食事が……。
「……ハッ」
ゴブリンが鼻で笑った。眼前にはにやりと気味の悪い笑みが紫煙のように残る。ぼくは背筋に蛇が体中にまとわりつくような悪寒を感じた。
危険を察知し、横目で右へと移動されていた棍棒を一瞥。
そこにあるはずだった棍棒はもうない。
その代わり、ゴブリンの左手には血がこびりついた短剣。地面に置かれすでに手放された棍棒。
こいつ……ぜったい手練だ。
ゴブリンは幼児並みの知能――そう言われるが、全く違う。幼児と同じなのは体格、それだけである。彼らは時として同種同士でパーティのようなものを組み、集団で人を襲うことなんてざらにある。そんなことは序の口。
怖いのは低級魔法が使えるゴブリンもいるってこと。
だから彼らは決して……雑魚ではない。
「戦い方が上手いとか……ふざけんなよっ!」
ぼくは思わず嫌味を嘆きながら、上空へと向いていた剣先を手首だけを動かし地面へと向かせ、ゴブリンの短剣を辛うじて受け止める。
こっちだって負けられない。いや、負けたくない。今日こそはこいつを倒して金を稼いで、市場でおいしいもん買って、寝る。
そう決めたんだから、勝つしか、ないだろ。
「ウ、ウ……ウウ、ヴィント」
「……え?」
ゴブリンの吃った不慣れな言語と同時に、突如生まれた突風によって、ぼくの体は空を飛ぶ。
おいおい。まさか……魔法か!?
魔法が使えるゴブリンは少ないって説明されたけど……。それも単独で活動している奴にはほとんどいないとも言ってた。ってことは、ぼくって運、ないの? いや、運なさすぎじゃない?
そして背中に地面からのダイレクトダメージ。
「ギャアアッギャエッギギェエ!!」
よくわからない奇声を上げながらその場から立ち去っていくゴブリン。唯一分かることは、ぼくはあのゴブリンに負けて、バカにされたこと。だいたい、ルーキーのぼくに魔法使うとか、アンフェアじゃない!?
……まあ、川で水分補給してたゴブリンを背後から襲ったぼくが言えたことじゃないけど。それにこうやってボロ負けしてるし。……はあ、かっこわるい。ほんと。
「……はあ」続けざまのため息。
目の前には広大な雲ひとつない青空。無条件に優しくぼくを包み込んでくれる陽光。背中には柔らかい野原の感触。そして葉擦れの心地よい音。
どうしよっかな。寝ちゃおっかな。このまま。……まあ、午後には冒険者ギルドの初心者講習があるからそれは無理なんだけど。でも、今は何もかも忘れたい。
くうっと、お腹が鳴る。
「そりゃ、昨夜からなんにも食べてないからしょうがないよな……」
今日くらいなんか食べよう。もう限界。それに腹が減っては戦はできぬっていうし……。
節約するために使わずに置いていた冒険者ギルドから支給された銀貨一枚を取り出すため、ぼくはズボンのポケットから巾着袋を――あれ?
ぽんぽん、ポケットを叩く。
思わずスタンダップ。
そして、息を吸って、
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ポケットに入れといた巾着袋がない。
もちろん、銀貨もない。
■■■
「……そっか、なくしちゃったのか……」
ここは冒険者ギルド、イェーナ支部受付。受付っていってもこの支部には受付しかなく、必然的にぼくの眼前で豪勢な革製の椅子に腰掛け、受付を担当している人物が支部長ということになる。
支部長イェーナさん。イェーナ街のイェーナさん。
イェーナさんは足を組む。
思わず目を失せてしまう。
というのも、美人。美人って評してしまうのがもはやもったいないくらいのべっぴんさん。大人っぽい印象を与えながらもどこかふわふわとしたオーラをもつ彼女はさぞ冒険者から想いを向けられているのだろう。
ぼくはもう一度、イェーナさんをまじまじと見つめる。
モンブランみたいにくるくると巻かれた栗色の艶やかな髪。初雪のように汚れを一切感じさせない色白の肌。桜のような優しい薄紅色のぷるっとした唇。綺麗に伸びる足。そして、薄い胸。
もう、ぼくのドストライク中のドストライク。薄い胸をまた可愛らしくて良い。非常に良い。
そして、イェーナさんの魅力は外見だけでは無論ない。
彼女のふわふわとした印象と同様、非常に優しいのだ。ちょっど三日前、覚醒したら見ず知らずの世界にいたおれに冒険者という職業を与えくれるだけでなく、特別に冒険者ギルドが管理している宿舎を半額の値段で貸してくれたり、イェーナさんおすすめの武器、そして防具を格安で譲ってくれたり……。本当に数えきれない優しさで、ここに来て不安だったぼくを包んでくれた。彼女がいなかったら今ぼくは生きていなかったといっても過言ではない。
本当に感謝している。
だけどもう一度だけそのイェーナさんの優しさに甘えたい。もう一度だけ。
だからぼくは頭を下げる。
「なので、お金を貸していただけないでしょうか。今日の昼飯ぶんだけでもいいので……」
と言いつつももう少し貸してくれるのではないか、と期待しているぼく。悪いやつだ。
「10日で5割ね」
イェーナさんは優しく笑って、ぼくに銀貨1枚を手渡してくれる。思わずくらってしてしまう。こんなに良い人っているんだなあ。ああ、めっちゃかわいいよなあ、イェーナさんって。笑ったときのえくぼと眉がふにゅってなるとこがまた。はあ……。――え?
「いま、なんて言いました?」
ぼくはこれから起きる悪い予感と一緒にイェーナさんから貸してもらった銀貨を握りしめる。
「ん? 聞こえなかったかなあ」イェーナさんはくすっと笑って、「10日で5割って言ったよ」
「言ったよっじゃないですよおお!」思わず大きな声を出すぼく。
ちょっと待って、ちょっと待って、イェーナさん。10日で5割ってことは……10日したら利子を含めた借金額が……銀貨一枚は銅貨十枚だから……銀貨一枚と銅貨五枚。
うん、払えない!
「ん? どうしたの大きな声だしちゃってっ。思春期? それとも生理?」
「ふざんけんないでください!イェーナさん!」
このままだとイェーナさんの思う壺。でも……まさかイェーナさんがそんなことを言うはずがない。きっと、あれだ、ジョークってやつ。
「てめえこそふざけたこと言ってんじゃねええよボケええナスがあああ!」
「……え?」
いま、誰がしゃべりましたか……?
ぼくかな。ぼくなのかな、思わずこうふんしちゃってね。うんうん、きっとそう。まさか……ね。イェーナさんがこんな暴言を吐くはずがない、もんね。そうだ、そうだ。ぼくの声。そう、ぼくの声なんですよお。これね。
「黙って突っ立ってんじゃねええよボケええもやし!」
「お、おねがいだからもう話さないでええええええ!」
声の主はイェーナさんでした。ぼくが抱いていたイェーナさんへの妄想が雪崩のように崩れ去っていく。
頬を触ると濡れている。あれ……? なんで泣いてるの?
「ちなみに、きみは宿舎の宿泊料を三日後の今週末に銅貨一枚支払わなければいけないし、いまきみが受講している冒険初心者講習の最終日には日数分の銅貨を支払わなければならないし……どうしますか? 穏便に冒険者ギルドで借りておくか、それともヤミ市へ行って身を担保にお金を借りますか?」
ぼくは声にならない声を絞り出す。「ここで、借りてもいいですか?」
「承りましたっ!」イェーナさんはいつも通りの笑顔でぼくを見るや、受付の引き出しから借用書を取り出し、羽のついた豪勢なペンと、その用紙をぼくに渡す。「サイン、お願いしますねっ!」
ぼくは朦朧とする意識のなか、自らの名を書く。
――ユウキ、と。
神様、ぼくはこんな世界で、暮らしていけますか?
生きていけますか?
■■■
イェーナは一人、革製の椅子から立ち上がり、隣の棚から冒険者のプロフィールが書かれたファイルを鼻歌交じりに取り出す。
「あの子、誰だっけ?」イェーナは先ほどこの支部へと訪れ冒険者ギルドから借金することをしぶしぶ了承したあの青年を脳裏に思い浮かべ、その情報をもとにファイルを手慣れた手つきでめくっていく。
「あっ!」イェーナは該当する人物をプロフィール情報に添付されている顔写真から特定し、思わず声が出る。「ユウキって言うんだ、あの子。あれ? なんか見覚えあるなあ。ん? あっそっか、さっきサイン書いてるの見てたからかあ」
「ユウキくん、ね」イェーナはsの端正な顔に笑みを浮かべ、ユウキのプロフィールに情報を追記する。
【備考】
転移から三日後にもかかわらず、習った知識を使ってゴブリンを倒そうとする行動力、そして勇気の持ち主。
【ユニークスキル】金乃亡者を所持。
「いいカモ、見~つけたっ」
イェーナは筆を置いた。
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