僕の彼女は……です。後輩「何言ってるんですか?先輩?」幼馴染「彼女?彼女って何?」

片山樹

【ヒロインを後輩に設定しますか?】『YES / NO』 【『NO』を選択しました】

 僕と幼馴染は付き合っている。後輩ちゃんは僕のことを諦めたみたいで次の恋を探しているらしい。だけど全く見つからないみたいだ。
 最近の彼女の口癖は

 「あぁーもう! 絶対に先輩を後悔させてみせますよ!
 先輩を後悔させるようなとびっきり可愛いぼいんぼいんの美少女になって、先輩の気持ちをメロメロにさせて――」

 などと僕を一生後悔させてやるという復讐と胸を大きくしてやるという野望を持って、精一杯生きている。

 もしも後輩ちゃんと僕が付き合っている世界があるのならば、毎日彼女が僕を笑わせてくれるだろう。

 いや、別に幼馴染と付き合っている生活が嫌というわけでは無いんだけどね。無いものねだりというやつだ。
 やっぱり幼馴染って副生徒会長なわけじゃん。
 それで色々と忙しくて。僕にあんまりかまってくれないんだよ。まぁ、そんなときは後輩ちゃんと一緒に『幼馴染をメロメロにさせようぜ会』というものをファミレスで開いているから良いんだけどね。
 と、呑気に思ってた僕だったけど事態は思わぬ方向に進んでしまう。
 俗に言う所の分岐点とやらに違いない。

 とある日の放課後。その日は生徒会の仕事が無かったらしく、幼馴染と僕は久々に一緒に帰ることになった。
 鼓動が動くのが肌に感じる。彼女の手を握ってみようかと試みるがもう一歩が踏み出せない。
 実の所を言うと僕と幼馴染は未だ手を握った事も無いような、小学生レベル以下のお付き合いとやらを行っている。ちなみに休みの日にさえ、遊びに行ったりなどが殆ど無い。誘おうと思うも何故かいつも断られたり、僕も忙しかったりで時間が無かったのだ。
 そうだ、ここは彼女をファミレスにでも誘ってみるか。お互いの話に花を咲かせるのも悪くない。
 僕はそんなことを頭の隅々まで考えていた。しかし一向に彼女に声を掛ける事は出来なかった。
 その時だった。僕の隣を歩いていた幼馴染が少し小走りして、僕の前に立って口を開く。

 「ねぇ、僕君。私のこと本当に好き?」
 突然だった。最初の一手で王を動かされるぐらいの唐突さである。今まで一度も聞いたことが無い様な彼女の真剣な言動にかなり驚いた。
 それでも彼女に掛ける言葉は元々決まっている。

 「うん。僕は幼馴染のことが好きだよ」

 そうだ。僕は彼女の事が好きなんだ。そう、好きなのさ。これが恋ってやつなのさ。
 先程までの胸の鼓動が更に脈打つのが分かる。心臓のバクバク音が彼女に伝わってんじゃないかなとかついつい乙女チックな事を考えてしまう。

 「そ、そうだよねぇー。で、でも」

 幼馴染が僕から顔を背ける。何か悩んでいる顔だった。もしかしてこれって恥じらいながらのいきなりのキスとかそんなパターン? 前に出たのは僕と不意打ちを狙えやすくする為の罠?
 何だか心がポカポカする。僕の顔は真っ赤になっているに違いない。家に帰って鏡で自分の顔をチェックしないとなぁー。


 「私とさ、別れてほしいんだよね」


 「はぁ?」

 僕の口はそう言ったと思う。あまりにも唐突過ぎるストレートな別れの告げ方に面食らったのだ。
 うん、そりゃそうさ。今まで楽しくやってきたのにいきなりの別れ。そんなの納得できるわけないだろ。
 それにこっちはキスを要求されると思って呑気に乙女チックな事を考えていたのに!
 少女漫画の主人公の気持ちが痛い程に理解出来た。

 『あの、イケメン野郎! 乙女心を遊びやがって! コンチキショー!』

 「ハハハッ、あのさ。幼馴染、からかうのはやめろよ。冗談きついぜ、ハハ」
 僕は呼吸を整えて、冷静に言ったつもりだったけど頭の中はパニクってる。

 「本当に申し訳無いけど本当……。本当にごめんなさい」

 えっ? ちょっと待て。何かこの中には暗号が隠されているはず! 探し出せ!

 「なんていうか、他に好きな人がいるんだ……」
 グッ、ググ。おいおい、俺の脳内で二コンボ達成!

 やめてくれ、嘘だろ。嘘だろ、幼馴染。
 だって、そんなはいはい分かりました、といえるぐらいの愛じゃないのだ。それぐらいの好きだったら僕は後輩ちゃんを選んでいた。
 それに僕は彼女を好きだったからこそ、後輩ちゃんの告白を断って幼馴染に告白したのだ。
 それなのにそんなオチでは僕も後輩ちゃんも怒ってしまうのは当たり前だ。

 「あ、あのさ……幼馴染。それどんな意味なのか分かるか?」

 後輩ちゃんの気持ちを踏み躙ったのだ。そんなの許せない。許せるわけがない。

 「うん。分かってる」
 彼女は目線を落としながら言った。そんなにも僕と目を合わしたくないのか。

 「それならなんでだよ! 後輩ちゃんの気持ちも知ってるんだろ?」

 僕は彼女を睨みつけた。自分が大好きな相手を睨みつけていたのだ。

 「うん。知ってるけどなに?」

 「はぁ? ふざけんじゃねぇーよ。後輩ちゃんがどんな気持ちであの時、僕を押し出してくれたのか?」

 彼女は俯いて何も言わない。

 僕は次第にイライラし始めていた。自分の言ったことが間違いだとは思わない。

 後輩ちゃんはあの時どんな気持ちで僕を押し出してくれたのか。僕は知っているから。
 あの時の彼女は僕に振られ、涙を流していた。
それなのに後輩ちゃんは好きな人好きな人が好きな人幼馴染とをくっつける為に協力してくれたのだ。

 それなのに。それなのに。今、幼馴染は後輩ちゃんを裏切った。

 「別にあの娘のことなんて関係ないでしょ! 私は私よ! それにそんな、あの娘のことを気になるんだったら、あの娘の元に行けば良いじゃない!」

 僕の手は動いていた。自分が一番好きな人に向けてその手は動いていた。彼女の顔に当たる瞬間、僕は手を下ろした。

 「あぁーそうかよ、幼馴染。勝手にしろ。僕達はもう終わりだな……」

 その言葉を吐き捨て、僕は彼女の元から立ち去った。


 ――あれから一週間が経った。

 僕と幼馴染はまだ仲直りはできていない。
幼馴染は幼馴染で落ち込んでいると後輩ちゃんから聞いた。だけどそんなことはほぼ頭に入ってない。
 あいつのことなんてどうでもいいと言葉で言いつつも、心の奥底ではめちゃくちゃ気になってた。

 これが恋って言うのかな。
 なーんて、授業中に思って顔を赤くなる。
 夢なら早く覚めて欲しい。
 本気でそう願った。

 「先輩。本当に幼馴染さんとはあのままで本当に良いんですか?」
 後輩ちゃんが僕に尋ねてくる。後輩ちゃんは僕と幼馴染が喧嘩したことを知っている。
 どうやら僕と幼馴染を交互に回って、仲直りさせようとしているのだ。

 「あぁー良いんだよ、別に。幼馴染は後輩ちゃんの気持ちを踏み躙った。それを僕は許せない。いや、許せるわけがないんだ。後輩ちゃんは僕の背中を押してくれたし。それにもう言われちゃったんだよ。他に好きな人がいるってさ……」

 「先輩が私に優しくしてくれることは大変嬉しいことです。ですが、先輩。
 先輩は私に言いましたよね。私より幼馴染さんの方が好きだと。理想の彼女《ヒロイン》なんだと。
 それなのに私を擁護ばかりして、幼馴染さんの味方にならないのは何故ですか?
 寧ろ、私の為にと思うのであれば、幼馴染さんの味方になることが私の本当の願いとは思わないのですか?」

 「確かに幼馴染の味方に付くべきなんだと思う。一応、彼氏だからね。だけど、僕と幼馴染が付き合うきっかけになったのは後輩ちゃんが居たからこそであって……」

 喋りながら思ったけど確かにそうだ。
 後輩ちゃんの言っている事の方が正しい気がする。

 あの時僕は後輩ちゃんに幼馴染の側にいたいと幼馴染の役に立ちたいと言った。

 その言葉を聞いて、彼女は折れたのだ。

 それなのに今の僕はなんだ。

 後輩ちゃんよりも幼馴染の事を好きといった癖に今の僕は後輩ちゃんを擁護している。

 「せ、先輩。先輩は間違っています。
 確かに先輩がしてくれたことは心の底から嬉しいです。私が好きな人が私の事を優先的に考えてくれているということに。ただ、それは間違っています。先輩!」

 「幼馴染さんが本心でそんなことを言っていると思いますか? あんなにも先輩のことを思ってくれる良い人が他に好きな人ができるわけが無いでしょ? 先輩?」

 「ど、どういうことだ……」

 「自分で考えてください。ちなみに私はそれを知っています。少しヒント上げるなら幼馴染さんの家庭環境を思い出して下さい」

 幼馴染の家は金持ちで父親はどこかの社長だった気がする。幼馴染の父親は僕のことをあまり好きではないみたいだった。

「わ、分からない。どういうことなんだ? 後輩ちゃん」

「幼馴染さんからは絶対に言わないでと言われていますが、私は悪い後輩なので言います。
 幼馴染さんは政略結婚するんです!」

 
 政略結婚――そんなものをどこかの小説で読んだ気がする。それって名家とか旧家とかそんな偉い人達がするものだったはずだ。

「でもなんで幼馴染が?」

「先輩知らないんですか? 幼馴染さんのお父さんはあの有名銘菓の社長じゃないですか!」

 そう思えばそうだった。
 確かに辻褄は合うな。

「で、それでどうして政略結婚になんだよ?」

「私には良く分かりません。ですが、幼馴染さんから聞かせてもらいました。
 元々生まれた時から決まってたみたいです」

「許婚というわけか」

 戦国時代にそんな話は沢山あったな。
だけど身近にそんなことがあるとは思ってもみなかった。

「そうみたいです……先輩」

「へぇーそうか。それはすげぇーな」

「せ、先輩! 何、普通に尊敬してるんですか!」

「いや、普通に凄いじゃんかよ。こういうの」
「も、もうぉ〜。どうするんですか? 先輩! 幼馴染さんが変な人と結婚したらどうするんですか!」

 どうにかしてやりたい。
 そう思う。

 だけど。だけど……。

「どうすればいいんだよ! 僕がそんな深入りはできない。僕はただの・・・幼馴染だ。
 そんな奴がどうにかしたところで無理だろ!
何ができるって言うんだよ!」

 そうなのだ。
これは幼馴染の家の問題だ。
 他所《よそ》の人間がでしゃばって入っていい問題じゃない。

「先輩……あの時の気持ちは嘘だったんですか?」

 後輩ちゃんが涙を堪えて、訴えてきた。

僕は噛み締め、拳を握りしめる。

 僕の気持ちは本気だった。

僕は今でも幼馴染のことが好きだ。
 大好きなのだ。

 だけどこれは子供の出ていい幕じゃない。

「本当だったよ。だけど……だけどさ……後輩ちゃん。
 どうすりゃ良いのさ! どう考えても無理だろ!」

 そうだ。不可能だ。どうにかできる問題じゃない。
 これは幼馴染家の問題なのだから。

「先輩……それ本気で言ってるんですか?」
 後輩ちゃんが僕を睨みつけていた。軽蔑の目で。

「あぁー。僕には無理だ」

 頬に衝撃が走った。
顔が左の方向に向いていた。

 後輩ちゃんの目からは涙が流れ始めていた。
 後輩ちゃんは僕をもう一度睨みつけ、僕に背中を向けて立ち去る。

「こ、後輩ちゃん……」
 僕は後輩ちゃんを引き留めようと後輩ちゃんの肩を掴む。
 でも後輩ちゃんは言った。

「触らないでください。先輩に失望しました……」と。

 ✢✢✢
 あれから僕は幼馴染と後輩ちゃんとも不仲になった。
 後輩ちゃんに出会った時は睨みつけられ、幼馴染と出会えば目を背けられる。

 そんなある日、僕はこんな噂を耳にした。

「生徒会長が幼馴染に告るらしいぜ」
「えっ? まじで? それは凄いな。美男美女カップル誕生じゃんかよ」

 そうか。生徒会長は幼馴染のことが好きだったのか。
 そう言えば、そんな素振りをしていたな。
 生徒会長は。

 僕とは違い、イケメンの生徒会長と一緒なら幼馴染と楽しいことだろう。

 僕は机に置かれた鞄を持ち、教室を出る。

 そこには僕の見慣れた人が居た。

 僕は無視をして、立ち去ろうとする。

 しかし、声をかけられた。

 向こうからだ。

「なんだよ。何かようか?」
 僕はぶっきらぼうに答える。

「せ、先輩。本当にいいんですか? 先輩も噂きいてるんですよね?」

「あぁー知ってるよ。幼馴染のことだろ?
 イケメンの生徒会長に頼めば、大丈夫だろう。
確か、生徒会長は……」

 生徒会長は……。

 どこかのメーカーのおぼっちゃまだった。

もしかして……生徒会長が政略結婚相手なのか。

「先輩。一つだけ言わしてもらいます。
 生徒会長は危険です。絶対に幼馴染さんを助けてあげてください」

「生徒会長は危険ってどういうことだよ? 良い人そうじゃんか」

「先輩……私はあまりこういう陰口みたいなことは好きではありませんが言いますね。
 生徒会長は幼馴染さんを『物』としか見ていません」

「幼馴染を物として見てる? どういうことだ!」

「私、一度幼馴染さんに会おうと思って、生徒会室を覗いた時幼馴染さんだけがそこに居ました。生徒会長は仕事を放棄して、全部幼馴染さんに任せているんです」

「ただその時、生徒会長が忙しくて居なかっただけだろ」

「いいえ。それはありません。生徒会長はその時、色んな女の子を手玉に取って遊んでいるんです。権力を使って」

「おいおい。後輩ちゃん。そんな話あるわけないだろ。生徒会長は良い人だよ。そんな悪い奴じゃ無いよ」

「あれれ? 僕の名前を呼んでどうしたのかな? 君達」

 後ろから声をかけられた。

後輩ちゃんを口を抑えて、黙っている。

 僕は後ろを振り返る。

「お久しぶりです、生徒会長」

「あ、どうも。僕君と……後輩ちゃんだったかな? 僕のことを話して何かようかい?」

「いや……特に何も」
 後輩ちゃんが答える。

「ふぅ〜ん。そうか。それで僕君は?」

「あの……生徒会長! 幼馴染に告白するって本当ですか?」

 生徒会長は僕を嘲笑うかのようにニヤリと笑う。

「あぁー厳密には告白した・・だけどね」

「そ、それで……どうだったんですか?」

「勿論、OKだったよ」

 生徒会長はつまらなさそうに言う。

「それはおめでとうございます。生徒会長、幼馴染をよろしくお願いします」

「うん、ありがとう。僕君」

「いえいえ、生徒会長。貴方に任せれば幼馴染は大丈夫そうですから」

「あぁー任せてくれ。責任を持つよ」

 そう言って、生徒会長はどこかに行ってしまった。
 やはり生徒会長はイケメンで頼りがいのある良い男だ。
 これなら幼馴染も任せられる。

✢✢✢
 生徒会長と幼馴染が付き合い始めたという噂は瞬く間に広まった。
 美男美女カップルというのはすぐに有名になるのだろう。

 そして時間の経過というのは早いもので夏休みになった。生徒会長が幼馴染に告白した日から後輩ちゃんとは口を聞いていない。
 夏休みというものは有意義なもので自分のしたいことが沢山できる。
 ゲームや読書など色んなことが好きなだけできるのだ。

 そして僕は今日もゲームをしていた。
夏だというのに外に出ていないせいか、肌は白く、不健康な生活を送っているので目にはくまができている。
 ただ、ゲームに没頭していた。
思えば、夏休みはいつも幼馴染と過ごしていたな。毎日毎日、来なくてもいいのにわざわざ僕の家に来て、ゲームとか家事とか色々としてくれてたっけ。
 涙が込み上げてきた。
何故かは分からない。ただただ涙が頬を伝って、コントローラーを持つ手に落ちていく。
 次第にゲーム操作が荒くなって、敵キャラに場外へふっ飛ばされる。

「ふ、ふざけんなよ……」

 その言葉が皮切りになった。

「なんで、僕は……今の今まで気づかなかったんだよ……。幼馴染への気持ちに……」

 幼馴染はいつもいつも僕の隣に居てくれて、家族じゃ無いけど僕にとっては家族みたいな奴で。
 僕にとってはかけがえのない存在で。

「どんなに幼馴染のことを忘れよう忘れようと思っても……ずっとずっと……離れないんだよ……」

 こんなにも寂しいと思ったのは初めてだった。こんなにも大切な人がいないというのが辛いとは思わなかった。

「幼馴染……僕はお前のことが好きみたいだ」

 僕は一人、そう呟く。

すると、後ろから声をかけられた。

「お兄ちゃん。ファイトだよ!」
 妹だった。部屋から出てくるなんて珍しいな。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「う〜ん。なんとなく、行かなきゃって思ったの」

「なんだよ、それは」
 僕は笑う。

「本当になんだろうね。だけどここに来たらお兄ちゃんが泣いてたから、心配になって。
 多分だけど私はここでこんな言葉をかければいいと思う」

「お兄ちゃん、幼馴染さんともう一度喋ってみるといいよ」

✢✢✢
 花火が打ち上がる。今日は夏祭り。
 僕は後輩ちゃんと妹と共に花火を見に来ていた。幼馴染は生徒会長と共に行くらしい。会ったら、少し気まずいな。
 そんなことを思いながら、色んな屋台を巡った。妹は美味しそうにりんご飴をほうばっているし、後輩ちゃんはわたがしを食べている。

 だがそこで僕は浴衣姿の幼馴染を見つけてしまった。それも一人……。
 何かあったのだろうか?
 幼馴染の表情は暗かった。

「ちょっと悪い。用ができた」
 二人にそう言って、幼馴染に近づく。

 音信不通。喋りかけても軽く返事をして終わり。そんな関係がずっと続いていた。
 だけど直接ならどうにかなるかもしれない。

「よっ。幼馴染」
 僕から喋りかける。

「…………僕君」
 僕から目線を逸らす。
顔が赤くなっていた。

「なんだよ? 一人で。生徒会長は来てないのか?」

「………………はぐれちゃって」

「そっか。そんなこともあるよな。
 人混み多いし」

「うん。そうだね」

 その時だった。
僕の目線に入ったのは色んな女の子とイチャイチャしてる生徒会長の姿だった。

「おい……幼馴染。はぐれたって本当か?」

「う、うん……ほんと……」

「じゃあ、あれはなんだよ?」

 僕は生徒会長を指差す。

 幼馴染は言った。
「生徒会長はモテるから仕方ないよ」

「仕方ない……? それ本気で言ってんのか?」
 僕は幼馴染に聞き返す。

「…………………………」
 幼馴染は黙ってしまった。

「確かに幼馴染と生徒会長ははぐれたのかもしれない。だけど今の生徒会長は幼馴染を探そうとも何もしてない。
 寧ろあの女の子達と楽しそうにしてると思うんだが……」

「…………………………」
 幼馴染は何も言わなかった。

「幼馴染、僕が言ってくるよ。
 幼馴染はここに居るよって」

「や、やめて! 僕君! そんなことしたら!」
 幼馴染が僕を引き止める。

 だが僕は止まらなかった。

生徒会長が楽しく女の子達と喋っている中、僕は声をかけた。

「生徒会長……何故ですか?」

「ん? 何故って何が?」

「どうして……幼馴染を置いてけぼりにしたって言ってるんです」

 生徒会長がニヤリとした。

そして女の子達に言う。

「ちょっと、ごめん。少し用ができたよ」

「えぇー」 「なんでぇー?」
 女の子達の声が響く。

「ごめんごめん。色々とあってね。
 ほら、僕君。行こっか」

 僕は生徒会長に連れられる様に屋台の無い少し人気が少ない場所にやってきた。

「ここらへんでいいかな? それじゃあ、何かな? 僕君」

「ふざけるなよ、お前。幼馴染を何故一人にした?」

「あぁー。幼馴染ね。アレはただの『駒』だよ。駒」

「駒?」

「あぁーそうさ。駒。僕が上に行くために必要な駒」

「政略結婚のことか」

「あ? 知ってたんだ。幼馴染はかなり役に立つからね。見た目も可愛く、中身も悪くない。何より幼馴染の家は大企業だ。僕が婿になれば将来は社長になれる」

「ふさげんなよ!」

「ふふっ、どうしようもないさ。だってあいつの家と僕の家は繋がりを持ってるからね」

「繋がりを持った?」

「あぁーそうさ。僕は外面は良いし、親も一流企業の社長だ。すぐに幼馴染の父親にも好かれたよ」

「幼馴染とお前は結婚するのか?」

「あぁーそうなるだろうね。というか、生まれた時からそういうことになっていた。ふふっ、楽しみだなぁー。幼馴染が僕に抱かれるのを想像したら」

「お前、クズだな」

「クズ? ふっ、何を言ってるんだ。これは戦略だよ。何よりこれは幼馴染が決めたことだからね。あっ、僕と幼馴染がやる時は撮影して君に送ってあげるよ」

 ふ、ふざけんなっ……よ。こいつ。

「どういうことだよ……? それ……」

「僕と結婚しなきゃ、僕君がどうなっても知らないよと言ったらね」

「それはただの脅迫じゃねぇーか」

「いや、これも戦略だ。必要な物を集める為の手段だね」

「て、てめぇー。ふざけんな! そんなことさせるか!」

「ふっ、君にはどうしても止められないよ」

「ざけるなよ……。お前の好きがってには絶対させねぇー。僕が幼馴染を守る」

「さぁ〜て、それは上手くいくかな。
 本当に楽しみだよ。あ、それとね」

「これは僕からの忠告だよ。君は僕と幼馴染には関わらない方がいい」

「どういう意味だ!」

「言葉通りだよ。じゃあーまた会おう」

 そう言って、生徒会長は女の子達の元へ戻る。

 ふざけんな。ふざけんなよ。
あいつは幼馴染を泣かせた。
 幼馴染を物としか見ていない。

 ふざけんなよ。ふざけんなよ。

 確かに僕の家は貧乏だ。

 あの二人には絶対に叶わない程の貧乏だ。

 家系の血筋とかも全く無い。

 だけどな、僕が幼馴染を好きだというこの気持ちは本物なんだよ!

 どうすれば……。どうすれば……幼馴染を助けることができる。

 どうすれば……。どうすれば……。


✢✢✢

 僕は幼馴染の家に来ていた。
しかし今日はいつもと同じくラフな格好では無い。父親のスーツを勝手に拝借して、ここにやってきた。
 インターホンを鳴らし、お父様に用があって来ましたと言う。
 するとすぐにメイドさんが話を通してくれ、僕は一室のソファーに座っていた。

 正直かなり緊張がする。

 僕は昔からこの幼馴染の父親に嫌われている。それもめちゃくちゃだ。

 だからてっきり断られると思っていた。
だけど……話を通してくれたメイドさんには感謝しかない。いつも遊びに来ていたから優しくしてもらったのかもしれないな。
 今度返事をしとくか。

「御主人様、こちらです」

 メイドさんが幼馴染の父親を連れてきた。僕は慌ててソファーから立ち上がり挨拶をする。

「幼馴染の友達の僕です」

 僕の顔を見てがっかりされた。なんでだろうな。

「先に言っておくが私は君のような男には興味は無い。それに幼馴染を渡す気もない」

「それは分かってます。それは承知の上です。ですが、生徒会長と結婚させるのだけはやめてください」

「ん? どうしてかね?」

「生徒会長は幼馴染を道具としか見ていないからです」

「ふぅ〜ん、なるほど。で、君はわざわざそれを言いにきただけか?」

「い、いや……だからその……」

「正直な話。幼馴染には幸せになってもらいたい。それが私の願いだ。生徒会長君は私に幼馴染さんを幸せにすると誓ってくれた。だから私は信じている」

「ということは……僕を信じてくれないということですか?」

「あぁーそうだ。それにこれは君の問題ではない。少々出過ぎた真似はやめてくれないかね」

「確かに僕は出過ぎた真似かもしれません。幼馴染にとって僕はただの幼馴染で。ただ家が少し近くて、昔から一緒に遊んでいただけかもしれません。ですが……僕は、僕にとっては、どんなに愛しても愛しきれない程に好きな人なんですよ! そして何より幼馴染が幸せになるという未来をどうしても一番の幼馴染なら叶えてあげたいじゃないですか……」

「ふぅ〜ん。そうか。君の意見は良くわかった。君が娘を好きなことは分かった。それで結婚を放棄してどうする?
 この家に恥をかかせるつもりか?」

「いえっ、そんなつもりは微塵もございません。ただ、幼馴染が幸せになれる道をと、思い……」

「そう思うのならば君は生徒会長君と娘が結婚するというのを応援するべきだろう。生徒会長君の家も素晴らしい企業だ。このまま娘が嫁げば、娘は自由気ままに生活が出来るだろう」

「でっ、……でもっ、生徒会長は……」

「一つだけ言っておくが、私が君の話を聞くのはそんな事を聞きたかったからじゃない。もう私は忙しい」

 幼馴染の父親がソファーから立ち上がる。彼の眼には何かを俺に訴えているようだった。

「ちょっと待って下さい。僕の家は貧乏で本当に幼馴染とは天秤にかけたら、傾いちゃう様な人間です。
 ですが、生徒会長には絶対に負けない。僕が幼馴染を世界一幸せにします! だから、僕に幼馴染を下さい!」
 僕は土下座をした。

「それは却下だ。娘は渡さん」

「あ、はい……すいません」

「じゃあな、僕君。もう二度と家に来るんじゃない」
 そう言って幼馴染の父親は立ち上がる。
僕は彼の足の裾を掴み、もう一度お願いした。

「お願いします……どうしても僕は……幼馴染の近くにいたいんです……」

「ふっ、馬鹿馬鹿しい。私は君のような人間にかまっている暇など無い」

 その時だった。ドアが開いたのだ。
そして入ってきたのは幼馴染だった。

「待って! パパ!」

「なんだ? 幼馴染。お前も何かようか?」

「私からもお願い。私も……僕君と一緒にずっといたい。あの人とはやっていけない。ねぇーパパ。お願いします」

「ふっ、お前も馬鹿なことを言うようになったな」

「ま、待って! パパ! 真剣に聞いて! 僕君の事を真面目に聞いてあげて!」

「んっ……」

 幼馴染の父親が唸った。

「少し待っていろ。仕事があるからな」

 こうして僕達は暫く待つことになった。

 三時間後。

 幼馴染の父親が戻ってきた。

 「それでは話を聞こう。勿論これは娘の我儘だからだ。別に君の為ではない」

 そう前置きして、話をすることになった。

 「…………」
 「…………」
 
 「なるほど……。それで娘を助けようとしたわけだな」

 「はい」

 「それは良く分かった。とりあえず相手側との話は一旦無かった事にしたいが、私達の立場というものがある。それに生徒会長君の家とは色々と関係があるからなぁー」

 「パパ、お願いします……」

 「お父さん、僕からもお願いします」

 「んっ? 君にお父さんと言われる筋合いはない!」

 「あっ、すいません」

 「はぁー、分かった分かった。まず、僕君。君が私の娘にふさわしいかどうかを試そうか。そうだなぁ、君の成績はどのくらいかね?」

 「僕ですか? 僕の成績は平均くらいです」

 「なるほど。つまり、120位ぐらいってことかね?」

 「はい。そうですね」

 「分かった。君は学年1位を取りなさい。たしか、現在は生徒会長君が成績トップだったはずだからね。恋敵よりも良い成績を取らない限りは私は認める事が出来ないからね」

 「分かりました。なら、僕が学年1位を取れば僕を認めてくれるということですか?」

 「そうだ。但し、条件がある。君には一流大学と呼ばれる大学へ入学し、今後の会社経営を任せることが出来るだけの器と素質が必要となる。それでも君は幼馴染と共に居たいと思うか?」

 考える必要は無かった。元々俺の決心は固まっていたのだから。

 「はい! 任せてください! お父さん」

 「だからぁ、お父さんって言うなぁー!」

 ✢✢✢

 あれから二年の歳月が経った。僕は見事一流大学と呼ばれる大学へ幼馴染と共に進学。漸く、幼馴染との交際が正式に認められたのである。ちなみに生徒会長は全落ちしたという話だ。

 「なぁ、幼馴染」

 「なに? 僕君?」

 「今まで長かったと思ってさ。色々あったなって」

 「そうだね。最初の頃の僕君は勉強が出来なくて、悔しがってたのをずっと見てたよ。でもそんな僕君がかっこよかった。私ね、昔から頑張ってる人が好きなの」

 「頑張ってる人はかっこいいからね」

 「うん。僕君みたいな、ね」

 隣を歩いていた幼馴染が少しだけ小走りした。

 「えっ? 何か言った?」

 「もうぉー。バカ!」

 幼馴染は顔を膨らませ、拗ねていた。

 「あ、あれって後輩ちゃんじゃない?」

 「あ。そうだよ。あれは後輩ちゃんだね。ちょっとだけ意地悪しちゃう?」

 「駄目だよ、そんなことしちゃ。おぉーい、後輩ちゃん〜」

 幼馴染が後輩ちゃんに手を振ると直ぐに後輩ちゃんも僕達に気付いたようだ。

 「先輩達、待ちましたか?」

 「かなり待ったぞ。本当にドジな所は変わらないだね、後輩ちゃんは」

 「本当は全然待ってないよ、後輩ちゃん。だから、気にしないで。ほらっ、僕君がまた変な事を言うから後輩ちゃん顔色変わったじゃない」

 「ご、ごめん。久し振りに会ったから意地悪したくなって」

 「もう、先輩の意地悪な所は全然治らないですね」

 僕達は近場のカフェに入り、今までのこと、そしてこれからのことを喋り続けた。

 「あ、それで後輩ちゃんにもそろそろ彼氏が出来たのかい?」

 「出来ませんよ、全然。そのなんというか、ビビっと来る人がいないんですよね」

 「ビビっとね。運命的な出会いだね」

 「それより先輩達の結婚はいつごろ何ですか?」

 「あぁーそれはまだまだ先だよ。学生結婚は認めないと言われてるし、僕達もまだ今の生活に慣れ始めたばっかりだからさ」

 「へぇー。それなら私にもワンチャンスが……」

 「無いからね! 後輩ちゃん! そういうの絶対無いから! 僕君は絶対渡さないから!」

 「冗談ですよ、冗談。あ、それよりもそろそろ時間です。私、もう行きますね」

 「じゃあ、僕達も出ようか」

 「うん」

 外に出てみると肌寒かった。僕が幼馴染の手を握る。

 すると幼馴染が僕の手を握りしめ返した。

 僕はこの手をもう二度と離すことは無い。

 これから先、どんなことが起きたとしても。


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品