ミミック転生 ~『比類なき同族殺し』の汚名を晴らす方法~
楽園という浴室?
「入っていいよ!」
室内にある浴室からマリアの声。
あの後、「少し恥ずかしいから、少しだけ待ってて……」と彼女は浴室へ消えていった。
そして、今―――
俺は、ぽよ~んぽよ~んと体を弾ませながら、浴室へ向かう。
逸る気持ちと体がついてこない。
当たり前だ。俺はミミック!
動く事自体が少なく、歩く機能が大幅に退化している。
罠を仕掛け、獲物を仕留める事に特化した生物だからな!
しかし――― それでも―――
今はミミックの体が煩わしい。
「……ぜぇ…ぜぇ……」
室内での僅かな移動でも息が乱れる。
「…ぜぇ…そう言えば……俺の鼻って…ぜぇ…どこにあるんだろ…」
宝箱の内部で上側に眼がある。
触手で絡めた獲物を捕食するために口は、箱でいうと底部分にある。
匂いを認識する器官はあるはずだが……
こういう時に『異世界の知識』は答えてくれない。
たぶん、一般常識からかけ離れた情報は得られないのだろう。
さて―――
ガラガラと俺は触手を使って、浴室の扉を開ける。
まずは脱衣所。
目に飛び込んできたのカゴに仕舞われているマリアのインナー。
「……ガっ!」
俺は飛び出しそうになる吐血を強引に抑えた。
加速する心臓。その鼓動も強引に抑え、深呼吸を1度2度繰り返して心拍数を下げる。
女性のインナーの前で深呼吸。完全に変質者だ!
「やれやれ、興奮し過ぎだぜ」
俺は辛うじて、信念であるハードボイルドを継続する。
すでに手遅れかもしれない。
そして、目前に歯浴室の扉。最終防衛ラインだ。
内部からは「ポチャリ……」と水滴が落ちる音が僅かに聞こえてくるのみ―――
「この先が浴室だ……」
俺はそう呟き、覚悟を決める。
この扉の向こう。俺は何があっても動じない。
―――それ、すなわち不動心。 心涼しきは無敵なり!
ガラガラ……
俺は扉を開けた。
そこは――― やはり―――
楽園だった。
それは制止する世界。
俺は時を止めたかのようにスローリーな世界の住民となる。
「そんなに見ないでよ……恥ずかしいなぁ」
彼女はバスタオルで体を隠し、紅に染まった顔にはにかんだ笑みを見せてくれる。
細く、長い手足。
僅かに日焼けした体が、赤い髪を引き立てる。
それが単純なエロスよりも健康的で健全なエロスを醸し出してくれている。
「……美しい」
俺はため息交じりに呟いた。
「やだぁ……」と彼女は俺の視線から逃げるように体をくねらす。
しかし、俺の視線は―――
「……ってあれ?それは?」
浴室という美の空間。そこに異物が紛れ込んでいた。
その正体は―――
「え?これ?もちろん、たわしだよ。たわし」
なぜ、この場でたわしなんて無粋な物を持っているのか?
俺はマリアにソレを問う事ができなかった。
圧倒的! 圧倒的な嫌な予感!
そう……圧倒的な嫌な予感が俺を包み込んでいるからだ!
冷静さを取り戻せば、楽園と思われた浴室には違和感が潜んでいた。
少し大きめの桶には湯が張ってある。
その隣はにはホースらしき物と洗剤……
あれ?おかしいな?石鹸じゃなくて洗剤だぞ。
あれで、何を洗うのかな? かな?
浴室という発汗作用が高い場所だからだろうか?
俺は大粒の汗を流していた。 はたして、それは本当に発汗作用が高いからだろうか?
(落ちつけ。落ちついて考えるんだ、俺)
俺は脱出ルートの確認するために後ろのドアに視線をやった。
『しかしまわりこまれてしまった!』
マリアはバーンと閉まったドアを、さらに叩いた。
そして、わさわさと手の指を動かしたと思ったら、直後の動作は一瞬―――
俺が反応できない超スピード。
ガっ!と俺の側面を両手で抑え、捕まえられた。
「さて、ミッくん!キレイキレイしましょうかね!」
「ひぃ……」
俺は、この体になって初めてペットの犬や猫がお風呂を嫌がるのか、十分過ぎるほど理解した。
人間の体を基準にして作られた浴槽。ミミックの体には大きすぎる。
水という死につながる原始的恐怖。そして、単純にお湯が熱いのが単純に嫌。
お湯が入った桶に俺も入れられる。
そして、全体がなじむようにお湯をかけられ……そして洗剤だ。
あぁ、なるほど。原始の記憶。野生の感覚が洗剤を嫌がる。
野生動物はシャンプーやリンスという山には存在しな人工的な香りに体が拒否反応を示す。
洗剤まみれになった俺も同じだ。
そして、マリアは手にしたたわしを俺に向けて―――
「いや、ちょ……そこはダメ。なんでも、なんでもするからぁああああああああ!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「もう機嫌直してよミッくん」
「……」
俺はふてくされながらお風呂を泳いでいた。
俺の体、宝箱の素材は木材だ。木にしては意外と硬度がある。
そして浮力があるから、水に浮かぶ事ができる。
さらに体内には、冒険者から奪った武器を研磨するために回転する骨の刃がある。
それはスクリュー代わりにして浴槽をスイスイと泳いでいた。
「ごめんね。でもミッくん……言い難いけど、少し匂いが……」
「oh……それはダイレクト過ぎてリアルに傷つく」
だが、それはしかたがない事だ。
なぜなら、俺は魔物だ! ダンジョン暮らしだ!
当然、ミミックに転生してからお風呂なんても物には入った事がない。
せいぜい、ダンジョン内の湧水で体を清める程度。
それも毎日じゃない。気が向いた時や、何らかの理由でダンジョン内の気温が高い場合だけ……
そして、食事は……いや、基本的には雑食だからなんでも食うよ。
でも、冒険者は敵であって……捕食すると、成長したりするから……ね?
基本は肉食なわけで……体臭ががが…
それでは、総括しよう。
俺の体は臭くて、汚くて―――
マリアからしてみたら、お風呂に入れたくて堪え切れなかったようだ。
「ねぇ。本当に許してよ」
ポチャリと水滴の音。
見れば、タオルを脱ぎ捨て一糸まとわぬマリアが浴槽へ入ってくる。
そのまま、俺を抱きかかえるような体勢になり、俺の頭に自分の頭を乗せた。
「……ん、もう許した」
ここで俺はギブアップした。
そして―――
このまま、2人で入浴を楽しんだ。
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