-フォックス×フレンド-

ノベルバユーザー189431

「濡れる狐」Ⅰ

今日の一句
 【雨が降る 今日もじめじめ 心まで】

 「とは言ってみたものの」
 「………雨季だから」
 「………だな」


ザアアァァァ………――――
6月中旬から下旬、年間で最もよく雨が降る梅雨の時期である。この時期になってくると、日の光を浴びることが少なくなり、ゾンビもわんさか出てくるであろう。それ以上に、
 「ゴホッゴホッ」
 「うーん、こりゃインフルエンザかもねぇ………」
 「そんなっ!………ゴホッ!」
 「みんなにうつす前に早退しなさいな」
 「皆勤賞狙っているのに………それに北方さんにも会えなくなグシュンッ!」
 「はいはい、荷物まとめて回れ右して帰るっ!」
 「いやだぁぁぁぁグシュンッ」
 「………………」
この通り、インフルエンザが流行してくるので気分が萎える。
ちなみに俺はインフルエンザにかかったことが一度もない。クラスメイト曰く「地味だからウイルスにも気付かれない」とのこと。
そんなことはないはず。
ウイルスは皆に平等のはずなんだッ!!
そんな、ウイルスが聞いたら喜びそうなことを心の内で叫んでいたら、

 「………………む」
 隣の席の、銀髪銀眼の小柄な体型をした転校生少女、しかし、本当は人の姿に化けた狐少女の北方狐音が、やや不機嫌そうな声を漏らした。
 「どうしたんだ狐音。気分が悪いのか?」
もしやインフルエンザにかかったのではないか?と思い、聞いてみた。狐はインフルエンザにかかるのか?
 「………じめじめ、嫌い」
 「そうなのか………」
 「………毛が水を吸って、重くなる。水、苦手」
 狐音曰く、濡れた服をずっと着ている感覚と似ているらしい。
だが、梅雨シーズンを嘗めてはいけない。
 酷い時は、廊下が湿気で水浸しになることがある。移動中に滑ったり、掃除が面倒になるのだ。
 「………そんなことがあったの?」
 「ああ、去年のは大変だった。一階は床一帯水浸しで、授業が中止になって全校生徒で水処理をすることになったんだ。朝から昼までずっとだよ」
 「………大変そう」
 「しかも、その水に足を滑らせて頭を打って、病院送りになった生徒もいる」
 「………お気の毒」
 「今年はそうならないことを祈るばかりだ」
 「………うん」
アーメン。
 「よし、じゃあHRは終わりっ。一時限目は先生がいないから自習ね。遊ばないように」
 気付けばHRは終わり、先生も教室から去っていくところだった。
 「よし、行くか………」
 俺が無意識にそう呟くと、隣の狐音が首を傾げて
「………?どこに行くの?」
と訊いてきた。
 「ん。ああ、図書室だよ。まだ返していない本とかあるから。一時限目はそこで過ごす」
 「………私も、行く」
 「本に興味があるのか?」
 「………嫌いじゃ、ない」
 「そうか。じゃあ行くか」
 「………うん」
 男子は邪魔しようとしてきたが、上手く払いのけた。
 女子は何もしてこなかった。

 「………………床が」
 「………水浸し、だな………」
 今年は無いだろうと思っていた「床一帯水浸し災害」がまさかまた吹き返してくるとは。
 「まあ慌てなければ転ぶことも無いし、去年よりは酷くない。大丈夫だろ」
 「………掃除、大変だ」
 「………気分がさらに萎えた」
 幸いにも教室から図書室までの距離は長くはない。歩いても時間には間に合う。
しかしそこで、

 『イヤッホォオオオッ!』
 『滑るーーー!』
 『Uwwwwwwww』

 「………ナニアレ」
 正面から、別クラスの男子数人が水浸しの廊下を勢いよく滑って来た。
 別にそれは構わない。
だが、向かってくる方向がいけない。
 「………………っ!」
 廊下滑り隊はスピードを緩めずに正面にいる狐音に突っ込んできたのだ。
 「危ないッ!」
 俺は狐音の腕を引いてこちら側に抱き寄せる。

―――カシャッ!

 『っておわぁ!』
 廊下滑り隊が俺と狐音の前を通りすぎた瞬間、盛大に足を滑らせて転んだ。
 「………何やってんだか」
 俺は呆れてそう呟いた。
 「………燕」
 唐突に俺を呼ぶ声が聞こえた。その声はかなり近い距離からだった。
 「ん?」
 声のする方向→すぐ下に目を向けると
「………近い」
 狐音が俺の胸元に顔を埋めて、上目遣いで俺の顔を見上げていた。否、俺が抱き寄せたのだが。
 「わ、悪いっ!そんなつもりじゃ………」
 「………いや、大丈夫。助けてくれて、ありがとう」
 「あ、うん………どういたしまして?」
 今のは俺の間違いであったし、狐音の温かい体温と細く柔らかい身体を直に感じ、控えめな胸が体にあたって思わずドキドキしてしまった。
 不覚にも、もう一度抱き締めたいと思ってしまったぐらいだ。
 狐音には恥じらいはないのだろうか?

とりあえず廊下滑り隊の一員は怪我はしていないようなので、そのまま図書室へ向かった。

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