本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。
7 薔薇のネックレス
どれくらい抱きしめ合ったまま過ごしたんだろう。
しばらくして二人の心臓のリズムが落ち着いてから、おもむろにダイチが口を開いた。
「妹か弟が出来るんだ」
「え? ――そう、なんだ」
ぽつりと呟くように落とされた突然の告白に、私は驚いて耳を傾けた。
「おめでたいことだと頭では理解しているが、どうしても気持ちがついていかなくて。――嫌でたまらないんだ」
そう言うとダイチは、ゴロンと横になって天井を見上げた。私は寝転がったまま、ダイチの横顔を眺めた。
「父さんは、母さんのことを忘れようとしてるみたいだ。母さんが死んでたった3年で新しい彼女を連れてきた。父さんは俺のことも忘れたいんだと思う。――母さんを思い出すから。そういう心の弱い人なんだ。父さんにとって、俺はもはやいらない子だって分かってはいたんだ。仕事ばかりでたまの休みも女のところに行くし、俺には思い出したように物を買い与えて罪悪感を誤魔化すだけで、ほとんど話もしてこなかった。そんなこと、わかってたのに。分かってたはずなんだけど、義理の母親との間に子供ができたって聞いて、それが目に見える形で突きつけられたような気がして。やっぱり俺は世界中の誰にも必要とされてないんだって思ったら、何もやる気がおきなくなった。家で一人で、このままひっそり死にたいと思った。死ぬ勇気なんてないくせにな」
自嘲するように笑ったダイチ。
ダイチは、そんなことで悩んでたんだ。驚いた。ダイチの家庭環境のことは知っているつもりだったけど、全然理解できてなかった。って気づいた。
嫌がらせのことが嫌で学校を休んだんだと思ってたけど、それだけじゃなかったんだね。これは、聞かないとわからなかった。話してくれてよかった。そう思った。だって、話してくれてなかったら、きっと一生分かり合えなかったと思うから。
でも、ダイチの話しはどこかモヤモヤする。
私は、そのモヤモヤの正体を考えながら、ゆっくりと慎重に口を開いた。
「ダイチは、ナナに誕プレを買ってくれた時、どんな気持ちだった?」
「どんなって。そうだな。女の子にプレゼントを買うなんて初めてのことで、どうすれば良いか分からなくて……でも喜んで、笑ってほしくて……」
「ダイチのお父さんもきっと、同じ気持ちだよ。いらないと思ってる人にわざわざプレゼントなんてしない。そうでしょ?」
「……」
ダイチは、肯定も否定もせず、ただ黙っただけだった。私の意見を信じられないけれど、反論も出来ないようだった。そんな頑ななダイチを見て、その悩みが根深いものだということを感じた。そりゃそうだよね。
私はダイチじゃないから、ダイチの気持ちを正しく全て理解することなんて出来ない。逆に言えば、ダイチも私の気持ちを100パーセント理解出来ない。推し量るしかできない。想像するしか出来ない。
それは寂しいことだけど、仕方のないことだ。当然だ。
だけど、普段なら気にもとめないそんな当たり前のことが、いまはとても悲しい。
私みたいな、両親が仲いい家庭に育った人間には、支えきれないくらい、どうしようもない、深い悩み。その心の深淵を覗いた気がした。くるしい。
でもね。でも。
「ごめん。ダイチのお父さんの気持ちは、正直ナナには分からない。――会ったこともないし。ただの当てずっぽうだった。それは認める。でも、ナナにはダイチが必要なの。これだけは覆ることのない事実なの。だから、死ぬなんて言わないで」
言葉にしたら、さっきまでの涙がぶり返してきた。
「絶対死なないで。死んじゃやだ。やだよ」
「ごめん、泣かないで」
ダイチが慌てて身体をこちらに向けて私の顔を窺い見た。知らず上目遣いみたいになってて、困り顔が可愛かった。
「死なないって約束してくれたら、泣き止んであげる」
私がわざと偉そうに言うと、ダイチはくすりと笑った。
「死なないよ」
そう言ったダイチは穏やかで、いつものダイチだった。
「うん」
私も安心して微笑んだ。
しばらくして、思い出したように、付け加えるように、何でもないという風を装って、ダイチがおずおずと言った。
「こんなこと言うの、自分でもすげえダサいと思うんだけどさ、俺からもお願いしていいか?」
「なに?」
私は何気なく首を傾げた。ダイチは、逡巡した後、意を決したように言葉にした。
「――絶対俺より先には死なないで」
お母さんを亡くしたダイチにとって、その言葉にどれだけの重みが込められているんだろう。途方もない憂いが含まれていると思った。
私はきっと、初めてダイチの硬い殻をまとった心の中心の、柔らかいところを見せてもらえたんだと思った。
全然、ダサくないよ。
私は、首肯した。
「うん。わかった。絶対、ダイチより先には死なないよ。約束する」
「ありがとう」
ダイチは、照れくさそうに、笑った。
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
「でも、どうして嫌がらせが終わるってわかったんだ?」
ふとそう聞かれて、私は慌てた。私達が委員長に仕返した所業を思えば、大変言いづらい。さすがに男子のズボンを下ろしてパンツの写真を撮って脅したとは言いづらい。
私が答え辛そうにしていると、ダイチは無垢な顔で首を傾げた。
うう。そんなに純真な顔で見ないで。
私は隠し事なんて出来なかった。根負けして正直に経緯を全部白状してしまった。
ダイチは、数秒黙った後、「その写真俺も見たい」と言った。
私は渋っても仕方ないので、スマフォを出して、委員長のパンツ写真をダイチに差し出した。スマフォを受け取ったダイチは、それを眺めた後、おもむろに親指を動かし、写真を削除してしまった。
「あああ! せっかくの写真が! これがないと脅せないのに」
「もう十分だよ。それよりも、他の男のこんな写真なんか、ナナに持ってて欲しくない」
「ええ!? そこ!? ――ていうか、ヤキモチですか?」
ダイチは、目をそらして赤面した。耳がぴくぴくと動いている。
なにそれ。なにそれ。全然、そんな色気のある話しじゃないってわかってるじゃん。
「別れたんじゃなかったの?」
「認めてないんじゃなかったの?」
なんかずるい。そんな風に言われたら怒れないじゃん。
私はレイカ達に怒られそうなのに。まあいいか。
それよりも。ふと心配になる。
「委員長はもうしないって約束してくれた――ていうか、約束させたけど、首謀者の丸高くん達はどうでるんだろう。委員長に頼んだのをこっちが知ってるってバレてたら、どう出るんだろう」
私が心配になってきておろおろしているのに、ダイチは全然頓着していないみたいだった。ダイチって、嫌がらせの話しになると本当に平然としてるけど、マジで気にならないのかな。
私は思わずダイチの顔をまじまじと見てしまった。
「まあ、首謀者がわかれば十分だ。心配しないで。こういうことは、きっかけさえあれば、どうとでもなるから」
ダイチは苦笑した。
「でも、心配」
「気にしないで。それより、もう遅いから帰りなよ。送るから」
「ええ!? あ、そうだ時間!」
ダイチに促されて時計を見た。9時を回っていた。やばい。お兄ちゃんに怒られる!
私は慌てて通学カバンを肩にかけて玄関へ急いだ。
辞退したけど、送るって言って聞かないダイチに送られて、私は家に帰ることになった。
帰り道、ダイチがコンビニでおにぎりとからあげを買ってくれて、二人で食べ歩きした。
夜道を歩いていると、どちらからともなく、自然と星を眺めていた。星座の話しをしていると、実は、とダイチは学校をサボって、夜中錦公園で星を眺めていたと教えてくれた。
「明日起きられるかな」
ボソリと呟いたダイチ。
「ええ!? ダメだよ休んじゃ!?」
「わかってる」
「心配だなあ!? 朝電話するよ! 起きるまで鬼電するから!」
「あはは。怖いな」
「笑い事じゃないよ!?」
「ああ、そうだな」
ダイチは夜の閑静な住宅街に響く声で楽しそうに笑った。もう、なんでこんな楽しそうなの? 変なダイチ!
しばらくして二人の心臓のリズムが落ち着いてから、おもむろにダイチが口を開いた。
「妹か弟が出来るんだ」
「え? ――そう、なんだ」
ぽつりと呟くように落とされた突然の告白に、私は驚いて耳を傾けた。
「おめでたいことだと頭では理解しているが、どうしても気持ちがついていかなくて。――嫌でたまらないんだ」
そう言うとダイチは、ゴロンと横になって天井を見上げた。私は寝転がったまま、ダイチの横顔を眺めた。
「父さんは、母さんのことを忘れようとしてるみたいだ。母さんが死んでたった3年で新しい彼女を連れてきた。父さんは俺のことも忘れたいんだと思う。――母さんを思い出すから。そういう心の弱い人なんだ。父さんにとって、俺はもはやいらない子だって分かってはいたんだ。仕事ばかりでたまの休みも女のところに行くし、俺には思い出したように物を買い与えて罪悪感を誤魔化すだけで、ほとんど話もしてこなかった。そんなこと、わかってたのに。分かってたはずなんだけど、義理の母親との間に子供ができたって聞いて、それが目に見える形で突きつけられたような気がして。やっぱり俺は世界中の誰にも必要とされてないんだって思ったら、何もやる気がおきなくなった。家で一人で、このままひっそり死にたいと思った。死ぬ勇気なんてないくせにな」
自嘲するように笑ったダイチ。
ダイチは、そんなことで悩んでたんだ。驚いた。ダイチの家庭環境のことは知っているつもりだったけど、全然理解できてなかった。って気づいた。
嫌がらせのことが嫌で学校を休んだんだと思ってたけど、それだけじゃなかったんだね。これは、聞かないとわからなかった。話してくれてよかった。そう思った。だって、話してくれてなかったら、きっと一生分かり合えなかったと思うから。
でも、ダイチの話しはどこかモヤモヤする。
私は、そのモヤモヤの正体を考えながら、ゆっくりと慎重に口を開いた。
「ダイチは、ナナに誕プレを買ってくれた時、どんな気持ちだった?」
「どんなって。そうだな。女の子にプレゼントを買うなんて初めてのことで、どうすれば良いか分からなくて……でも喜んで、笑ってほしくて……」
「ダイチのお父さんもきっと、同じ気持ちだよ。いらないと思ってる人にわざわざプレゼントなんてしない。そうでしょ?」
「……」
ダイチは、肯定も否定もせず、ただ黙っただけだった。私の意見を信じられないけれど、反論も出来ないようだった。そんな頑ななダイチを見て、その悩みが根深いものだということを感じた。そりゃそうだよね。
私はダイチじゃないから、ダイチの気持ちを正しく全て理解することなんて出来ない。逆に言えば、ダイチも私の気持ちを100パーセント理解出来ない。推し量るしかできない。想像するしか出来ない。
それは寂しいことだけど、仕方のないことだ。当然だ。
だけど、普段なら気にもとめないそんな当たり前のことが、いまはとても悲しい。
私みたいな、両親が仲いい家庭に育った人間には、支えきれないくらい、どうしようもない、深い悩み。その心の深淵を覗いた気がした。くるしい。
でもね。でも。
「ごめん。ダイチのお父さんの気持ちは、正直ナナには分からない。――会ったこともないし。ただの当てずっぽうだった。それは認める。でも、ナナにはダイチが必要なの。これだけは覆ることのない事実なの。だから、死ぬなんて言わないで」
言葉にしたら、さっきまでの涙がぶり返してきた。
「絶対死なないで。死んじゃやだ。やだよ」
「ごめん、泣かないで」
ダイチが慌てて身体をこちらに向けて私の顔を窺い見た。知らず上目遣いみたいになってて、困り顔が可愛かった。
「死なないって約束してくれたら、泣き止んであげる」
私がわざと偉そうに言うと、ダイチはくすりと笑った。
「死なないよ」
そう言ったダイチは穏やかで、いつものダイチだった。
「うん」
私も安心して微笑んだ。
しばらくして、思い出したように、付け加えるように、何でもないという風を装って、ダイチがおずおずと言った。
「こんなこと言うの、自分でもすげえダサいと思うんだけどさ、俺からもお願いしていいか?」
「なに?」
私は何気なく首を傾げた。ダイチは、逡巡した後、意を決したように言葉にした。
「――絶対俺より先には死なないで」
お母さんを亡くしたダイチにとって、その言葉にどれだけの重みが込められているんだろう。途方もない憂いが含まれていると思った。
私はきっと、初めてダイチの硬い殻をまとった心の中心の、柔らかいところを見せてもらえたんだと思った。
全然、ダサくないよ。
私は、首肯した。
「うん。わかった。絶対、ダイチより先には死なないよ。約束する」
「ありがとう」
ダイチは、照れくさそうに、笑った。
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
「でも、どうして嫌がらせが終わるってわかったんだ?」
ふとそう聞かれて、私は慌てた。私達が委員長に仕返した所業を思えば、大変言いづらい。さすがに男子のズボンを下ろしてパンツの写真を撮って脅したとは言いづらい。
私が答え辛そうにしていると、ダイチは無垢な顔で首を傾げた。
うう。そんなに純真な顔で見ないで。
私は隠し事なんて出来なかった。根負けして正直に経緯を全部白状してしまった。
ダイチは、数秒黙った後、「その写真俺も見たい」と言った。
私は渋っても仕方ないので、スマフォを出して、委員長のパンツ写真をダイチに差し出した。スマフォを受け取ったダイチは、それを眺めた後、おもむろに親指を動かし、写真を削除してしまった。
「あああ! せっかくの写真が! これがないと脅せないのに」
「もう十分だよ。それよりも、他の男のこんな写真なんか、ナナに持ってて欲しくない」
「ええ!? そこ!? ――ていうか、ヤキモチですか?」
ダイチは、目をそらして赤面した。耳がぴくぴくと動いている。
なにそれ。なにそれ。全然、そんな色気のある話しじゃないってわかってるじゃん。
「別れたんじゃなかったの?」
「認めてないんじゃなかったの?」
なんかずるい。そんな風に言われたら怒れないじゃん。
私はレイカ達に怒られそうなのに。まあいいか。
それよりも。ふと心配になる。
「委員長はもうしないって約束してくれた――ていうか、約束させたけど、首謀者の丸高くん達はどうでるんだろう。委員長に頼んだのをこっちが知ってるってバレてたら、どう出るんだろう」
私が心配になってきておろおろしているのに、ダイチは全然頓着していないみたいだった。ダイチって、嫌がらせの話しになると本当に平然としてるけど、マジで気にならないのかな。
私は思わずダイチの顔をまじまじと見てしまった。
「まあ、首謀者がわかれば十分だ。心配しないで。こういうことは、きっかけさえあれば、どうとでもなるから」
ダイチは苦笑した。
「でも、心配」
「気にしないで。それより、もう遅いから帰りなよ。送るから」
「ええ!? あ、そうだ時間!」
ダイチに促されて時計を見た。9時を回っていた。やばい。お兄ちゃんに怒られる!
私は慌てて通学カバンを肩にかけて玄関へ急いだ。
辞退したけど、送るって言って聞かないダイチに送られて、私は家に帰ることになった。
帰り道、ダイチがコンビニでおにぎりとからあげを買ってくれて、二人で食べ歩きした。
夜道を歩いていると、どちらからともなく、自然と星を眺めていた。星座の話しをしていると、実は、とダイチは学校をサボって、夜中錦公園で星を眺めていたと教えてくれた。
「明日起きられるかな」
ボソリと呟いたダイチ。
「ええ!? ダメだよ休んじゃ!?」
「わかってる」
「心配だなあ!? 朝電話するよ! 起きるまで鬼電するから!」
「あはは。怖いな」
「笑い事じゃないよ!?」
「ああ、そうだな」
ダイチは夜の閑静な住宅街に響く声で楽しそうに笑った。もう、なんでこんな楽しそうなの? 変なダイチ!
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