本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

3 デジャブ

 9月も半分が過ぎた。

 来週の金曜日と土曜日にある文化祭に向けて、皆準備でバタバタしていた。隙があれば教室の後ろで看板の塗装が始まり、画用紙でジャック・オー・ランタンやこうもりを作り始める。

 うちのクラスはお化けが店員のカフェなので、グロテスクなお化けや装飾は禁止になった。食欲なくなっちゃうからね。だから、当日は紫や黒、白のバルーンを飾ったり、窓にカラーセロハンで可愛いお化けを貼り付けたりポップなお化け屋敷を目指す。

 デザイン担当が、美術部の女子になったから、ちょっと可愛すぎかもしれない。

 そういう訳だから、私とレイカ、ミサミサ、ヤエのいつものメンバーも、御多分に漏れずお弁当を急いで食べて、残った時間を作業に参加していた。

 私は、こうもりを作るために黒い画用紙をはさみで切りながら、思わずため息をついていた。

 こんなにわくわくする楽しいことをしているはずなのに、テンションが全く上がらない。

 ダイチへの嫌がらせが、まだ終わらないからだった。

 この2週間と3日、毎朝教室に着いたら、必ず何らかの嫌がらせがあった。

 今日の朝は、ダイチの机の上にゴキブリの死骸が置いてあった。ダイチに気付かれる前にと私が片付けようとしたら、委員長が代わりにやってくれたから、触らずにすんだけど、怖すぎて泣きそうだった。

 思い出すだけで悲しい。

「ありがとう、委員長。私、ゴキブリこいつだけはどうしても触れなくて」

「そんな! 気にしないで。相田さんにそんなことさせられないよ」

 委員長は慌てて大きく手を振った。

「ごめんね。こんなこと手伝ってくれるの委員長だけだよ。皆文化祭でそれどころじゃないって感じだし……」

 私がしょげて言うと、委員長は曖昧な笑顔で口を開いた。

「そうだね。冷たいよね。こういうことって、いじめられる方が悪いってとられがちだしね。あっ、もちろん、僕は神崎くんが悪いって言ってる訳じゃないよ」

「わかってるよ。……辛いね」

 今朝の委員長との会話を思い出して、私はまたため息をついた。

 ダイチは、何も悪いことしてないのに、どうしていきなりこんなことに……。いつまで、この嫌がらせは続くんだろう……。

「ちょっと、ナナ。さっきからため息ばっかり。鬱陶しいからやめなさいよ」

 はっとして顔を上げると、レイカがこちらを睨んでいた。レイカはため息とか暗い空気とかが苦手なのだ。しまった。注意してたはずなのに。

「まあねー。彼氏がこう毎日嫌がらせ受けてたらテンション下がるのも分かるけど……」

 ミサミサが同情してフォローしてくれた。

「エスカレートして来てない? 神崎は全然気にしてないみたいだけど……。ナナの方が参ってるんじゃない?」

 ヤエも画用紙を切る手を止めて、心配そうに私を覗き込んだ。

「うん。正直、こんなことになるなんて、辛いけど。どうしたら良いのかわかんなくて。やめさせるにしても、犯人も分からないし……解決法も……」

 うちの担任にも、一応相談したんだけど、生徒同士のちょっとした揉め事くらいにしか思ってくれなかったみたい。話は聞いてくれたけどそれだけで、特に何かしてくれる様子は見えない。下手に介入して騒ぎを大きくしたくないのが本音みたい。

 私だって、最初から先生なんて信用していなかったけど。こういう問題に関して、先生って存在が無力だってことは、小学生の頃から数えて学校生活10年目ともなれば嫌という程思い知っている。

 だからと言って、他に解決方法もわからない。

 犯人もわからないし。

 どうすれば良いんだろう。

 私が自分の思考の中に入りかけていたとき、レイカが口を開いた。

「別れなよ、ナナ」

「へ?」

 思わず顔を上げて、レイカの顔を凝視してしまった。

「彼氏がいじめられてるとか、ないわ。元々、ダサ眼鏡とは罰ゲームで付き合い始めたんだし、あいつ一人にこだわる必要ないでしょ。あんたモテるんだし、もっといい男いっぱいいるわよ。見た目をいくら変えたって、ダサ眼鏡はダサ眼鏡のままってこと。むしろ、別れるきっかけが出来てよかったじゃない」

 レイカは、心底面倒くさそうに、物分りの悪い子に話して聴かせるように言った。

「え、何言ってるの、レイカ。だって、夏休み一緒に遊んで楽しかったじゃん。それに、悩殺計画だって手伝ってくれたのに」

「あれは、中学生に負けるなんてないと思っただけよ。でも、結局ダサ眼鏡はナナを選んだんだし、勝ったからもうこだわる必要ないじゃない」

 当然、という態度で言われても、私は納得できる訳がない。

「そういう問題じゃないよ!」

「まあまあ、ナナ。レイカの意見はキツく感じるかもしれないけど、ナナを心配して言ってくれてるんだよ。このままじゃ、ナナ、いじめられてるやつの彼女って馬鹿にされるようになるかもしれないんだから」

「馬鹿にされるくらい何よ! そんな幼稚なこと考えるやつ、勝手にそう思わせとけばいいじゃない! だって、ダイチはいじめられるような、馬鹿にされるような人じゃない! 皆だって、もう知ってるでしょ!? 優しいいい人だって!」

 私は気づいたら、立ち上がって声を荒らげていた。

「私、絶対、ダイチと別れないから!」

 叫ぶように宣言した私を、レイカとヤエとミサミサは驚いて見上げていた。

「いや、別れよう」

 はっとして振り返ると、ダイチが立っていた。画用紙を持っているところをみると、ダイチも昼食を早く済ませて準備を手伝いに教室に早く戻ってきたところ、偶然私達の話を聞いてしまったようだった。

 私は、一学期、レイカ達にダイチと別れて丸高くんと付き合えばいいと言われた時のことが頭をよぎって、さっと青ざめた。デジャブ。

「澤田さん達の言う通りだよ。これ以上、ナナ……いや、相田さんに迷惑をかけたり、悩ませたりするのは、俺としても本意じゃない。それくらいなら、別れよう」

「ダイチ、何言って!? 私は嫌!」

「もう決めた。俺はもう相田さんのこと、彼女だとは思わないから。澤田さん達も安心して。じゃ」

「――待って、ダイチ! 勝手に決めないでよ! 私は認めてないからね! 絶対別れない! 私が認めなかったら、別れたことにならないんだからね!」

 足早に教室をあとにするダイチを追って、私も廊下に出た。レイカ達は唖然としてそれを眺めていた。私はずんずんと廊下を進むダイチを追いかけたけど、ダイチは私のことを無視して、そのまま男子トイレに逃げ込んでしまった。休み時間で他に人のいる男子トイレの中に入ることはさすがに出来ない。

 私は廊下で待っていたけれど、ダイチは結局予鈴が鳴っても出て来なかった。仕方がなく、教室に戻った。お昼ご飯を食べるために移動していた机は、私の分もレイカ達が片付けてくれていた。私が席に着いて数分後に、ダイチも教室に戻って来た。

 さっきは、私が認めないと別れられないって言ったけど、本当かな? たぶん、そんなの嘘だ。付き合うのにはお互いの承認が必要だけど、別れるのは、どちらか一方が壊せばたちまち、壊れてしまうのが彼氏彼女の関係だと思う。夫婦とは違う。

 だけど、諦められない。

 私のこと嫌いになった、とかならわかる。でも、私の迷惑になるから別れる、なんて理由じゃ納得できないよ。

 ダイチって、変なところで頑固だしマイペース。そういうところ、ダイチの悪いところだ。確かに私は、今回のことで苦しんでた。悩んでた。けど、迷惑になんて思ってない。ダイチのことが迷惑な訳ない。迷惑だと思ってたとすれば、ダイチに嫌がらせをしている犯人の方にだ。
ダイチは悪くない。私も悪くない。

 じゃあ、なんで別れないとダメなの? 絶対認めない!

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