本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。
2 エスカレート
その日の放課後は、なるべくいつも通りに、今朝の一件なんてなかったかのように、あるいは何でもないことだったかのように振舞うよう努めた。けど、あまり上手くいかなかった。絶対、私がダイチに気を遣っていることはバレてしまっていた。
なぜって、帰り道、いつもは気にならないダイチの沈黙が怖くて、会話が途切れないように私ばっかりずーっと喋っていたから。
駅まで私が文化祭でどんなコスプレをするか悩んでいることについて熱弁をふるってつないだけれど、いい加減ネタ切れで、それでも何か喋ろうと口を開きかけた時、ダイチは困ったように苦笑した。
「ナナ、心配してくれてありがとう」
「あ……うん。ごめん。わざとらしかったかな?」
「いや」
ダイチは首を横に振った。
「――酷いよね。あんなことするなんて、許せないよ。イタズラにしても酷すぎる。ダイチ、大丈夫?」
ダイチの横顔を見上げた。ダイチは何でもないことのように頷くと、ちょうど着いた電車に乗り込んだ。いつも通りに見えた。無表情なのもいつものことだし、足取りもしっかりしている。私も慌てて同じ電車に乗り込んだ。
「ほんとに大丈夫?」
私はダイチを注意深く見つめた。
「ああ。気にしないで。俺、慣れてるから。落書きは初めてだけど、モノ隠されたり、喧嘩ふっかけられたりとか、しょっちゅうだった」
「え? そんなの全然気付かなかったよ!」
私が驚くと、ダイチは苦笑した。
「高校入ってからはなかったね。一番多かったのは、小学生のときかな。中学入ってからは段々落ち着いていったから」
「――そうなんだ」
「幻滅した?」
私は、ダイチを睨んだ。
「しないよ!」
ダイチは、私が怒ったことで、少し驚いたようだった。
「ただ、すごいなって思って。私も中一のとき、女子にハブられたりした時期あって……その頃は、毎日泣いてたから。だから、ダイチみたいに、そんな平然としていられるなんて、すごいと思う。尊敬する。――ダイチは辛くないの?」
「へえ。ナナが? 意外だな。ナナはいつだって光の中心にいる人だと思ってた」
光の中心って、そんな大げさな!
ダイチの言葉選びって、時々ロマンチックが過ぎるんだから。
私が頬を染めると、ダイチはくすりと笑って、それから窓の外の遠くを眺めた。
「辛くないって訳じゃないんだけど、泣いたりしない。――泣けないな。俺、そういえば最後に泣いたのは母さんが死んだ時だ」
「そうなんだ。――なんか、ごめん」
私が謝ると、ダイチは笑った。私のすきな、優しい笑みだった。
「なんでナナが謝るの? 俺こそごめん。暗い話しになった」
私は慌てて首を振った。
「ううん。話してくれて、嬉しかった。ありがとう」
「いや」
ダイチは、何故か黙ってしまった。私もなんとなく、次の言葉が思いつかなかった。でもそれは、さっきまでと違って、安心できる沈黙だったから、黙ったまま電車の扉にもたれて揺れをやり過ごした。
そのうち、ダイチの降車駅に着いてしまう。
ダイチはいつもの通り、駅のホームで私の乗る電車が発車し遠ざかるのを見送ってくれた。平然として、私の大好きな微笑で。
それにしても、誰があんな酷いことを。高校生にもなっていじめとか、馬鹿みたい。絶対に許せない!
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
しかし、翌日学校に着くと、ダイチの下駄箱の中身が隠されていた。
おまけに購買で上靴が売り切れていたため、ダイチは担任に事情を説明して、来客用のスリッパでその日を過ごさないとならなかった。幸いにして、それに気づいた人は少なかった。元々ダイチはクラスでも一匹狼で目立つ人ではなかったし、騒ぎ立てることもなくいつも通り飄々として過ごしていたから。
私はその日一日中、ダイチの傍でイライラと周囲を見回していた。少しでも不審な動きをする人はいないか、犯人は誰かと横を通るクラスメイトをいちいち疑ってかかったりした。
一学期、確かにダイチはクラスで浮いていた。同じクラスに友達と呼べる人はいない。けど、だからと言って、こんなふうにあからさまに攻撃されたりはしていなかった。
それはダイチが学年一の成績を修める優等生で、他人に対して卑屈になるようなところがなかったことと、隣のクラスにサッカー部の人気者の親友がいることが知られていたからだ。
確かに、無口で無表情で愛想がいいとは言い難いので、とっつきにくい性格かもしれない。だから遠巻きにされてはいたけど、だからと言って、決していじめられてはいなかった。
ダサ眼鏡をやめて髪型を変えてからは、女子の人気もじわじわと上がって来ている。会話が続かないから、あと私という彼女がいるらしいことが広まってからは、あえて声をかける勇気ある女子は少ないけれど、二学期が始まってから、密かにダイチを見つめる女子の姿を何度か見かけた。
なのに、落書きや上靴隠しなんて、人間的に低レベルの、それでいて心理的ダメージは確実に与えるようないじめを仕掛けて来るなんて。一体誰がそんな馬鹿なことを?
私はイライラしていた。
その翌日、学校に行くと、ダイチの机の中に入れていた教科書が、ぐっしょりと濡れているのを見つけてしまった。
最初、ダイチはそれを私にも隠そうとしていたんだけど、授業の合間の休憩時間、次の授業の教科書をなかなか出さないダイチを訝しんで無理やり調べたら、ふやけた教科書を見つけてしまったのだった。これで嫌がらせは三日続いたことになる。
ダイチは、苦笑した。そして、「ちょっと困ってるけど、心配しないで」と言った。別段傷ついているという態度は見せないから、私も最初は気付かなかったくらいだ。本当に、ちょっと困ってる、くらいの態度だった。
けど、不快に思っていないはずがない。
私はキレていた。
教室中を睨んでみたけれど、誰が犯人かなんて検討もつかなかった。
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
嫌がらせは、それで終わりじゃなかった。
四日目は、ダイチの机の上に花瓶が置いてあった。そんな不自然なことが起きているのに、クラスの誰もが見て見ぬふりをしたから、私が教室に着いた時にも残っていたということになる。
皆、気づかないはずはないよね。それどころか、丸高くんとその取り巻きのメンバーは、それを遠巻きに見て、嘲笑していた。私はそれをきっと睨んで、ダイチが教室に着く前に慌てて花瓶を本来置いてあるはずの場所に戻さねばならなかった。
まさか、丸高くんが犯人?
でも、証拠がない。
それに、丸高くん達男子メンバーは背が高くて筋力もありそうで、そんなメンバーが寄り集まってるところへ出向いて声をかけるのは、なんだか怖いと感じた。何か言ったとして、まさか暴力を振るわれるような展開になるとも思えなかったけど、怖いと思ってしまうことに理屈はない。
やっぱり、夏に酔っ払いに襲われた時のことで、男が怖くなってしまったのかな。そんなに気にしてるつもりはないんだけどな。
私は、結局何も言えなかった。
ダイチへの嫌がらせは、翌週も手を変え品を変え続いた。
丸高くん達が馬鹿にしたように、最初は同情的だったクラスのメンバーも、次第に慣れていき、無関心になり、それどころか、忍び笑いをもらすのを隠さない人も現れた。そういう人は稀だったし、私が睨むとすぐ表情を引き締めた。それ以外の大半は無関心だった。ただでさえ文化祭の準備で忙しいのに、そんなことには構っていられないという態度だった。レイカ達も興味がないようだった。
救いだと思ったのは、それでもダイチが一切表情を変えなかったことだ。嫌がらせを受けている張本人はダイチなのに、そんな低レベルのイタズラには興味がない、と言わんばかりの態度だった。
でも、私はそうじゃなかった。悲しかった。むしろ、私の方が参っていた。
なんでダイチがいじめられるの?
やめてよ――。
なぜって、帰り道、いつもは気にならないダイチの沈黙が怖くて、会話が途切れないように私ばっかりずーっと喋っていたから。
駅まで私が文化祭でどんなコスプレをするか悩んでいることについて熱弁をふるってつないだけれど、いい加減ネタ切れで、それでも何か喋ろうと口を開きかけた時、ダイチは困ったように苦笑した。
「ナナ、心配してくれてありがとう」
「あ……うん。ごめん。わざとらしかったかな?」
「いや」
ダイチは首を横に振った。
「――酷いよね。あんなことするなんて、許せないよ。イタズラにしても酷すぎる。ダイチ、大丈夫?」
ダイチの横顔を見上げた。ダイチは何でもないことのように頷くと、ちょうど着いた電車に乗り込んだ。いつも通りに見えた。無表情なのもいつものことだし、足取りもしっかりしている。私も慌てて同じ電車に乗り込んだ。
「ほんとに大丈夫?」
私はダイチを注意深く見つめた。
「ああ。気にしないで。俺、慣れてるから。落書きは初めてだけど、モノ隠されたり、喧嘩ふっかけられたりとか、しょっちゅうだった」
「え? そんなの全然気付かなかったよ!」
私が驚くと、ダイチは苦笑した。
「高校入ってからはなかったね。一番多かったのは、小学生のときかな。中学入ってからは段々落ち着いていったから」
「――そうなんだ」
「幻滅した?」
私は、ダイチを睨んだ。
「しないよ!」
ダイチは、私が怒ったことで、少し驚いたようだった。
「ただ、すごいなって思って。私も中一のとき、女子にハブられたりした時期あって……その頃は、毎日泣いてたから。だから、ダイチみたいに、そんな平然としていられるなんて、すごいと思う。尊敬する。――ダイチは辛くないの?」
「へえ。ナナが? 意外だな。ナナはいつだって光の中心にいる人だと思ってた」
光の中心って、そんな大げさな!
ダイチの言葉選びって、時々ロマンチックが過ぎるんだから。
私が頬を染めると、ダイチはくすりと笑って、それから窓の外の遠くを眺めた。
「辛くないって訳じゃないんだけど、泣いたりしない。――泣けないな。俺、そういえば最後に泣いたのは母さんが死んだ時だ」
「そうなんだ。――なんか、ごめん」
私が謝ると、ダイチは笑った。私のすきな、優しい笑みだった。
「なんでナナが謝るの? 俺こそごめん。暗い話しになった」
私は慌てて首を振った。
「ううん。話してくれて、嬉しかった。ありがとう」
「いや」
ダイチは、何故か黙ってしまった。私もなんとなく、次の言葉が思いつかなかった。でもそれは、さっきまでと違って、安心できる沈黙だったから、黙ったまま電車の扉にもたれて揺れをやり過ごした。
そのうち、ダイチの降車駅に着いてしまう。
ダイチはいつもの通り、駅のホームで私の乗る電車が発車し遠ざかるのを見送ってくれた。平然として、私の大好きな微笑で。
それにしても、誰があんな酷いことを。高校生にもなっていじめとか、馬鹿みたい。絶対に許せない!
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
しかし、翌日学校に着くと、ダイチの下駄箱の中身が隠されていた。
おまけに購買で上靴が売り切れていたため、ダイチは担任に事情を説明して、来客用のスリッパでその日を過ごさないとならなかった。幸いにして、それに気づいた人は少なかった。元々ダイチはクラスでも一匹狼で目立つ人ではなかったし、騒ぎ立てることもなくいつも通り飄々として過ごしていたから。
私はその日一日中、ダイチの傍でイライラと周囲を見回していた。少しでも不審な動きをする人はいないか、犯人は誰かと横を通るクラスメイトをいちいち疑ってかかったりした。
一学期、確かにダイチはクラスで浮いていた。同じクラスに友達と呼べる人はいない。けど、だからと言って、こんなふうにあからさまに攻撃されたりはしていなかった。
それはダイチが学年一の成績を修める優等生で、他人に対して卑屈になるようなところがなかったことと、隣のクラスにサッカー部の人気者の親友がいることが知られていたからだ。
確かに、無口で無表情で愛想がいいとは言い難いので、とっつきにくい性格かもしれない。だから遠巻きにされてはいたけど、だからと言って、決していじめられてはいなかった。
ダサ眼鏡をやめて髪型を変えてからは、女子の人気もじわじわと上がって来ている。会話が続かないから、あと私という彼女がいるらしいことが広まってからは、あえて声をかける勇気ある女子は少ないけれど、二学期が始まってから、密かにダイチを見つめる女子の姿を何度か見かけた。
なのに、落書きや上靴隠しなんて、人間的に低レベルの、それでいて心理的ダメージは確実に与えるようないじめを仕掛けて来るなんて。一体誰がそんな馬鹿なことを?
私はイライラしていた。
その翌日、学校に行くと、ダイチの机の中に入れていた教科書が、ぐっしょりと濡れているのを見つけてしまった。
最初、ダイチはそれを私にも隠そうとしていたんだけど、授業の合間の休憩時間、次の授業の教科書をなかなか出さないダイチを訝しんで無理やり調べたら、ふやけた教科書を見つけてしまったのだった。これで嫌がらせは三日続いたことになる。
ダイチは、苦笑した。そして、「ちょっと困ってるけど、心配しないで」と言った。別段傷ついているという態度は見せないから、私も最初は気付かなかったくらいだ。本当に、ちょっと困ってる、くらいの態度だった。
けど、不快に思っていないはずがない。
私はキレていた。
教室中を睨んでみたけれど、誰が犯人かなんて検討もつかなかった。
゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜
嫌がらせは、それで終わりじゃなかった。
四日目は、ダイチの机の上に花瓶が置いてあった。そんな不自然なことが起きているのに、クラスの誰もが見て見ぬふりをしたから、私が教室に着いた時にも残っていたということになる。
皆、気づかないはずはないよね。それどころか、丸高くんとその取り巻きのメンバーは、それを遠巻きに見て、嘲笑していた。私はそれをきっと睨んで、ダイチが教室に着く前に慌てて花瓶を本来置いてあるはずの場所に戻さねばならなかった。
まさか、丸高くんが犯人?
でも、証拠がない。
それに、丸高くん達男子メンバーは背が高くて筋力もありそうで、そんなメンバーが寄り集まってるところへ出向いて声をかけるのは、なんだか怖いと感じた。何か言ったとして、まさか暴力を振るわれるような展開になるとも思えなかったけど、怖いと思ってしまうことに理屈はない。
やっぱり、夏に酔っ払いに襲われた時のことで、男が怖くなってしまったのかな。そんなに気にしてるつもりはないんだけどな。
私は、結局何も言えなかった。
ダイチへの嫌がらせは、翌週も手を変え品を変え続いた。
丸高くん達が馬鹿にしたように、最初は同情的だったクラスのメンバーも、次第に慣れていき、無関心になり、それどころか、忍び笑いをもらすのを隠さない人も現れた。そういう人は稀だったし、私が睨むとすぐ表情を引き締めた。それ以外の大半は無関心だった。ただでさえ文化祭の準備で忙しいのに、そんなことには構っていられないという態度だった。レイカ達も興味がないようだった。
救いだと思ったのは、それでもダイチが一切表情を変えなかったことだ。嫌がらせを受けている張本人はダイチなのに、そんな低レベルのイタズラには興味がない、と言わんばかりの態度だった。
でも、私はそうじゃなかった。悲しかった。むしろ、私の方が参っていた。
なんでダイチがいじめられるの?
やめてよ――。
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