本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

10 悩殺作戦開始

 動けない私の代わりに、神崎くん、ヒロカちゃん、ケイゴさん、ヤエとミサミサの5人がお昼ご飯を買いに行ってくれた。

 荷物番組は私とレイカと田辺くんの3人。

 皆が海の家に買い出しに出たのを見計らって、レイカが口を開いた。

「いい、ジロー。絶対ナンパして今晩の寝床は自分でなんとかするのよ。部屋に帰って来たら、どうなるか分かってるでしょうね?」

 言い含めるように脅すレイカ。田辺くんはたじたじとしながらも、一応反論を試みる。

「でも、俺だって金払ってるのに――」

「あんたがちょっかいかけて修羅場になってた先輩の面倒見たの誰だと思ってんの?」

 レイカに睨まれて、田辺くんは首をすくめた。

 レイカが言ってる先輩とは、サッカー部のマネージャーの2年生のことだろう。一学期、田辺くんが火遊びのつもりで引っ掛けたら、意外と純情だったという、言わば田辺くんの女遊びの被害者。そして、その尻拭いを何故か同じくサッカー部のマネージャーをしている後輩のレイカが引き受けることになったのだ。

 ケイゴさん経由で東大生との合コンを開いたらしい。

 もともと、田辺くんとレイカは同じ中学で仲がいいのもあるけど、そういう経緯があるから余計に、田辺くんはレイカに逆らえない。

 しぶしぶ、という調子で田辺くんは引き下がった。

「でも、さすがの俺だって、いつもナンパに成功する訳じゃねえのに、それはないよなあ」

 ぶつぶつと言う田辺くんに、レイカは冷たく言い放った。

「ディナーと朝のバイキングは食べて良いわよ。どうしてもナンパが無理だったら、浜辺ででもどこでも寝れるでしょ。夏だし」

 これには私も苦笑するしかない。

 悩殺作戦の最中に田辺くんに帰って来られたら困るのは私だからだ。

 そう、今晩田辺くんがホテルの部屋に帰って来ないことを知ってるのは、私とレイカとヤエとミサミサの4人と、本人の田辺くんだけ。

 ヒロカちゃんや神崎くんには、部屋割りは神崎くんと田辺くん、レイカとケイゴさん、私とミサミサ、ヤエとヒロカちゃんがそれぞれペアでツインの部屋に泊まると言ってある。

 悩殺作戦としては、田辺くんがナンパした女の子の部屋に泊めてもらい、部屋に一人になった神崎くんの元へ私が向かい、ヒロカちゃんには知られないうちに夜を過ごしてしまおう、という作戦なんだ。

 うまく行くかはわからないけど、だからとにかく、神崎くんを部屋に一人にしないと始まらない。だから、レイカが念を押してくれているんだ。

 けど、日焼け止めを塗り直しながらつんとそっぽを向いているレイカからは、厄介事を押し付けられた腹いせに嫌がらせをしているようにも見える。

 レイカのポリシーは、目には目を、歯には歯を。仕返しは倍返し、が基本だから。

 味方だと心強いけど、本当に敵に回したくない人だと思う。

「あー! ジロ兄! ヒロカのカバンから財布とってー!」

 急にヒロカちゃんの声が聞こえて、私はびくりとした。振り返ると、ヒロカちゃんだけ一人戻ってきていた。

「お? おお、なんだ、買い出しに行ったのに財布忘れたのか?」

 田辺くんが気付いて、言われた通りにヒロカちゃんのスポーツバッグの中から財布を取り出した。

「うるせえな! 黙って渡せないのかよ」

 ぷんぷんと頬を膨らませて差し出された財布を受け取ったヒロカちゃんは、あっかんべーと舌を出して、海の家の方に駆けていった。

 その背中を見送って、私は不安になって呟いた。

「……いまの、私達の話し、聞かれちゃったかな?」

「ま、大丈夫じゃね? 悩殺作戦なんて聞いたら、あいつ騒ぎ倒すだろ」

 楽天的な声で田辺くんが言った。実の兄が言うんだから、そうなのかな?

 私はとりあえずそう納得することにして、スポーツドリンクを飲んだ。

 ヒロカちゃんになんか、おっぱいになんか、絶対負けないんだから。

゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜

 それから、お昼ご飯とかき氷を食べてちょっと回復した私は、セーブしつつも、それなりに海を満喫した。

 そして、皆でホテルにチェックインをすませ、大浴場で塩を落としてからゆっくりして、夜19時からのディナーに備えた。

 楽しみにしていた海鮮とステーキのフルコースは最高に美味しかったけど、私はお腹いっぱいになるのを避けるため、半分くらい残した。

 私って、お腹いっぱい食べると、食べた分だけお腹がぽっこり膨らむんだよね。フルコースなんか食べちゃったら、お腹がぽんぽこりんになっちゃって悩殺どころじゃなくなっちゃう。正直、すーごく美味しかったから、残すにはすごい自制心が必要だったんだけど、私はなんとか耐え抜いた。

 ディナーが終わったら、それぞれの自室に戻る。

 急な予約だったから、部屋はそれぞれ違う階の山側の部屋で海は見えないけど、そんなことは全然気にならない。

 ベッドの上に荷物を広げて、真っ白のオフショルワンピースを取り出し、着替える。ディナーの時は行きに着てきたノースリーブのロングワンピースを着てたんだけど、悩殺のためには足を出さないと。そうなると、やっぱりミニスカートにしなきゃね。

 私はそわそわとレイカからの合図が来るのを待った。

「うう。緊張するー」

 私が思わず呟くと、同室のミサミサが励ましてくれた。

「大丈夫、大丈夫! 抱きついて、見つめ合って、そっと目を閉じたら、後は勝手に向こうがやってくれるから」

 そうだよね。二人きりになったら、だいたいそうなるよね。

 最後まではしたことないけど、途中まで、襲われるところまでなら経験があるから、私は納得して頷いた。

 そういえば、私が初めてだってこと、皆信じてくれるようになったなあ。一学期始めは全然信じてくれなかったんだけど。懐かしい。

「もっとメロメロにするテクも教えよっか?」

 ミサミサがにやりと笑った。

 ごくり。

 唾を飲み込んだ。それは……具体的な、下ネタ的な、テクのことですか?

「し、知りたい」

 恐る恐る頷くと、ミサミサは声を潜めて話し始めた――そのとき。

 着信音。

 空Pの新曲。

 私とミサミサは顔を見合わせて吹き出した。いたずらが見つかった時のような気分と、正気に戻って気恥ずかしさがこみ上げてきて。

「出るね」

 ミサミサが頷いたので、私はレイカからの電話に出た。

「予定通り、ジローが部屋を出たって連絡あったわよ。ダサ眼鏡に見えるところにコンドーム置いてきたって言ってたし、ヒロカはヤエが見張ってるから、安心して行ってきなさい!」

「うん、ありがとう! 行って来る!」

 私はレイカにお礼を言って、ヤエにもお礼のLINEを送って、スマフォだけ入れたポーチをさげて立ち上がった。

「じゃ、行ってくるねっ」

「うん! 頑張って!」

 ミサミサの声援を背に、私は神崎くんの部屋に向かった。

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