砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第四章 魔法? イエス、魔法!5

★★★
「っかー、人の全財産奪っといて、アテつけやがってよォ」
 スメラギの船の甲板には金銀財宝と財産の名残の袋が転がっている。
「考えたら、あんた自分の全財産で、うちの石を売って勝手に買い戻したのよね。一人相撲ありがと。間抜け話だから、黙ってる。安心して、うん、ありがと」
 心にもない御礼をスメラギに告げて、アイラは操縦環に頭を擦り付けた。
 ――ちっとも素直じゃないな。あたし。
(スメラギの船なんか、永遠に止まってればいいのに)
 操縦環にもたれかかって空を見上げるアイラを、スメラギが荒々しく怒鳴った。
「おーい、鈍感チッパイ王女! おまえがそこにいると、船が出ねぇ! 寄り掛かってるその輪っか! 操縦環だって気付け!」
 鈍感? と言い返そうとしたところで、とたたたたたた、と小動物の足音。緑の虎が甲板の渡り板を駆け上がって、階段下に潜り込んだ。たん、と小さな蹴り音の後、子供シハーヴが大慌てでアイラの腕を涙目で引いた。
「ラティークが忘れ物してった! アレ、持って帰って!」
「忘れ物? ああ、あなた忘れものかな。え? 港?」
 潤んだ視界の中、港の波止場の影に、小さな金物が見えた。
「僕のランプ! あいつ、また忘れて出かけた! 誰かに拾われたら、大変だ。その上、イキナリ命令されて、何がなんだかだよっ!」
「呆れた。また忘れていったの……よく忘れて出かけていたし」
(……本当に? そんな大切なものを忘れる?)
 心の奥から、ラティークの優しい声が甦った。
〝僕の魔法は強力だ。きみが、手放さない限り。そばにいる〟
 海賊のハナウタの聞こえるブレた視界の中、アイラは慌てて船を駆け下りた。
「おい! チッパイ! 船出んぞ!」
「忘れ物を取りに行くの!」
 アイラはぽつんとあったランプを拾い、チッパイに押しつけた。
 珍しくシハーヴが地面に降りた。
「主人に命令されたから、付いてく。呼ぶ時に殴ると震動が凄いから擦って」
「了解。ちゃんと声、かけるね。一緒にあたしの国に、行こ」
 アイラはシハーヴの緑の手を優しく掴んだが、シハーヴは体温を嫌がり、すぐに虎に戻った。腕に潜り込んだふわふわの虎の耳を軽く抓んだ。
「ちっちゃい王子さま。水の精霊に悪戯したら、ランプに閉じ込めちゃうから」
 アイラはシハーヴを抱き、ラヴィアン王国に続く砂漠を振り返った。
(ラティークはどんな思いで、愛した宮殿を処分したのだろう?)
 ――ルシュディ、首を洗って待ってなさいよ。石置いたら、絶対戻って……。
〝ただし、この手は兄を叩くのではなく、僕に触れるために使え〟
(あたしにまで命令しないでよ……命令、嫌いなんだってば)
 アイラはまた濡れた双眸をシハーヴのふわふわの緑色の毛並みに押しつけた。ほのかに薔薇水の香りがしたから、ラティークの残り香かも知れないと思った。

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