砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第五章 ヴィーリビア無敵艦隊

☆1☆
 海の国の名声を思うが儘にするヴィーリビア。海沿いの国は青く透き通った海面に、歪曲した白い砂浜がキラキラと陽光で輝く。アイラの生まれ育った国である。
 ヴィーリビアの特産品は青真珠。青い珊瑚の眠る美しいサンデールの港には巨大な戦艦がずらりと並ぶ。美しい国の裏の顔は、男たちが維持する海賊による国の運営だ。海賊の組織はアイラの兄・シェザード・ライフ・ヴィーリビア率いるヴィーリビア無敵艦隊が主力を担う。総勢八隻の戦艦から成る国家を上げての一大事業の海賊業だ。
 港を少し離れた王宮。裏手の離宮には水の地下神殿がある。天井は高く伸ばされ、滝のように水が降り注ぐ。土砂降りの雨で四方を覆った、まさに〝水の檻〟。
 穏やかな地底湖にある巫女の〝修練場〟に、姫巫女王女アイラは囚われていた――。
☆★☆
 さて、裏交渉には慣れているはずが、舞台が他国で、相手が男。尚且つ、好いたアイラの兄となると話は変わってくる。ラティークはどこを見ても水の溢れる部屋を一頻り眺め終え、更に外に視線を投げたところだった。水の離宮が見える。
 ――緊張もだいぶほぐれたが、別の意味で緊張する。
 八隻の艦隊をまとめる司令官・シェザードはアイラの三つ違いの正真正銘の実兄。
 黒髪のアイラと違って、赤い髪を颯爽と揺らす、通称を赤い鯱と呼ぶ。
 法に厳しく、他人にも厳しい。ヴィーリビア次期王として精霊学と帝王学を大人しく学びきったと思うと、艦隊を結成、海賊として世界を飛び回っていると聞いた。
 そのシェザードが、今回のラティークの〝裏交渉〟の相手である。
 水の部屋で待つこと一時間。海軍姿のシェザードが現れた。
「待たせた。客人。水刑の視察をしていたものでね。まさかユーレイトのラヴィアン王国からいらっしゃるとは。妹の話ならば聞こう」
 完全なるシスコン。(まあ、そのほうが話が早いか)とラティークは策謀を巡らせた。
「アル・ラティーク・ラヴィアンです。本日は、我が国の兄の愚行の詫びを。貴国の秘宝の話ですよ。先日、王女が持ち帰ったはず。アイラ王女のご機嫌はいかがですか」
 シェザードは持ち前の鋭利な眼でラティークを睨んでいたが、徐に会話に応じた。
「言うことを聞かず、奴隷として御国に潜入。頭を冷やさせているところだ。それに、秘宝の廃棄も検討中でね。あの石を置いた途端、修行中の水の精霊が消えた。婆たちは「闇を連れてきた」と騒いだ。神官たちには箝口令を敷いた。大変な騒ぎだ」
 厳格な口調で告げ、シェザードは頭を抱えた。
「アイラは貞淑で、誰よりも巫女の素質も兼ね揃えていた。水の愛らしさに満ち、楚々とした穏やかさに満ち、清らかさに恵まれた。どうしてこんな事態に……」
 いや、ラティークから言わせれば『水の愛らしさに満ち、堂々とかっぱらいをする荒波海賊の度胸を持ち、優しさと口の悪さに恵まれた』が正しい。
〝あたし、ネコ被ってたの〟いつぞやの済まなそうな声音を思い出した。
(しかし、僕の前では暴言は出たためしがない。ネコを被っているとも思えない。本来の姿なのだろうか? 女の子はわからないな)
「失礼ですが、妹さんは水の姫巫女ですか。それは凄い。なかなかいないでしょう」
 シェザードの鼻が上向きになった。妹の一言で戦争するとの言葉にも信憑性がある。
「そうだ。アイラには国を支える力がある。――砂の荒地で遊ばせるには勿体ない。時に、砂の王国では第二王子が焼死したと聞いたが、随分健在そうだが」
(来たな)とラティークは足を組み直した。判断を間違えば、捕獲だろう。
「そうでもしないと、兄を欺けませんので。と言えど、もう判っているでしょうが。今は私はクーデターの準備を進めているところです」
 シェザードは驚いたようだったが、すぐに感情を仕舞い込んだ。
「第二王子殿。貴方は、頭は良いが、戦略的ではないようだ。例えば、既にラヴィアンから『ラティーク王子暗殺司令』が届いているとは思わなかったのか」
 シェザードの一言で、部屋に衛兵が踏み込んでラティークに剣を突きつけた。
(ふん、こうでないと面白みがない)
「おかしな話だ」とラティークは臆さず告げた。男相手に心を傷つける杞憂はない。
「秘宝を奪われ、汚されて、尚、我が国に従う? 人質たちは死ぬまで祈りを強要され、もしかすると、水の精霊の奪い合いになるかもしれない。争えば、この地からも水の精霊は去る。住めない砂漠になる。――妹のアイラ王女が嘆く行為を?」
 シェザードは衛兵を引かせた。
「王子たる身分でありながら、敵国の司令長官にたった一人で向かい合うなど。ラヴィアン王国の不吉な噂は本当らしいな。妹に何かあれば、出撃も辞さないのだが」
(まるで印篭。アイラが「お兄、ラヴィアンぶっつぶしてぇ」と猫なで声で一言言えば、港の艦隊が海を割るわけか)
 ラティークはすっくと立ち、瞳を煌めかせた。
「私は兄より王国を取り返す。今は南部地方で情報を集めていたところです」
 アリザムの実家がヴィーリビアで大きな真珠宝飾店を営業していた。ラティークは根城にして、情報収集に勤しむも、首都の王女の話は限られる。決死の思いでヴィーリビアに足蹴く通った。この機会を逃したくはない。
「水の巫女婆様たちが言っていた。コイヌールは闇の契約に使われた。恰もガラクタのように契約に利用され、捨てられた。人の心があってはできないと。美しい宝石だった。触ることすら阻むような。輝きは何者の穢れも許さないはずだった……」
 シェザードは、沈痛な面持ちになった。
「結果がこれだ!」
 シェザードは一枚の書面を叩きつけた。兄ルシュディからの直筆の手紙だ。
 読んだ瞬間、ラティークは足元に冷風が吹く感覚に陥った。シェザードは唇を噛みしめていた。

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