砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第三章 第一宮殿8

★5★
 駱駝に乗ったアイラはむっつりと黙っている。どうやら先ほどのラティークの行為を怒っている様子だ。
 商人たちのテントがちらほら見え始めた。見ていると、また砂船がサアアと出て行った。『眠気飛んだわ、いちゃつきよってェ』と風の爺の声。
 樹海の兆しだ。砂漠が終わる。埠頭に近づくにつれ、いくつもの船が樹海に止まっている光景が見て取れる。港町ラマージャ。海賊も商人も一緒くたに騒ぐ街。
「ラティーク樣、なにものかが、近づいているようです」
 砂漠の終わりが見えたところで、アリザムが、目を凝らした。駱駝の首に顔を寄せていたアイラも、耳を澄ませた。
「うん、確かに、ザク、ザクと駱駝の足音と砂を擦る音がするわ。歩いてるのかな」
「阿漕な商人だ。夜に移動などして、ハイエナに食われても知らんと言え。それより」
 駱駝に頬を寄せたままのアイラを見下ろした。アイラはラティークより眼の前の駱駝にすり寄っている。実はさきほどから気に入らない。
「駱駝の毛で顔を刺してる。僕では嫌か。温かいし、触り心地も」
 アイラは更に駱駝のもじゃもじゃに顔を埋め、声をくぐもらせた。
「い、いいっ! らくだ、そう、駱駝好きなの! 愛してるの! 駱駝を!」
 ――なんだと? ラティークの前で駱駝が「そうかい、ありがとよ」とにやりとアイラに向いた。(はっ)と思うも遅い。ファ~と口が開いた。グェフと愛のげっぷだ。
 何とも言えない臭いが立ち篭め、皆、無言になった。アリザムが素早く片手で臭気を払い、小さく咳払いした。
「先ほどから迷惑を被っています。ラティーク王子。さっさとしてください。百戦錬磨の貴女が、王女の強情程度に負けるはずがないでしょうが」
「そうだな。すまないアリザム。――ほら、アイラ、こっちに来い」
 ラティークは涙目で口を押さえるアイラをようやく駱駝から引き剥がした。
 アイラは今度はほっとした表情で、眼を上げ、ラティークの首筋でくん、と鼻をひくつかせて大人しくなった。一騒動を終えた。ハイエナの断末魔が響いた。
「ハイエナが殺された様子だ。どうやら商人ではなさそうだな、アリザム」
「そのようです。ラティーク樣、御身、ご自分で御守りを。剣を手に」
「やれやれ。王子になりたきゃ、いくらでも譲ってやるのにな。アイラ、しっかり捕まって。事情が変わった」
 ラティークの言葉を待たずして、黒駱駝に乗った覆面の男達がラティークとアイラの乗っている駱駝を囲んだ。
「なんだ、団体で来られても、僕のハレムに入れるはオンナだけだが、相手になろうか。あまり武器は好きではないが、アイラに剣を向けて見ろ。容赦しない」
「かっこつけている場合ではありませんラティーク王子。――紋章を見て判断下さい」
「分かっている!」アリザムに言い返して男達の覆面の紋章に眼をやった。
(王族反対派の一味なら、捕まれば八つ裂きか、奴隷船か。しかし、兄の仕向けた追っ手かと思いきや、男達の紋章に覚えはない。しかし、戦い方は陸のものではない。ラヴィアン王国の人間ではないな。――海賊?)
 どうやらラティークの命を狙っている様子ではない。さては、破落戸に絡まれたかとラティークは剣を納めた。
(他国の人間を王子が斬っては風評ががた落ちになる。兄の追っ手でない以上、剣を抜く理由はない。ここは精霊に追い払って貰うがいいか)
「他国の盗賊か」呟いたところで、アイラがぴょんと駱駝を降りた。手には駱駝に括り付けてあった水差し。アイラはラティークの横をすり抜けた。
「こんなところで何してんのよ! スメラギ! よくもハレムの嘘、教えたわね!」
「げ! そのチッパイは! おまえこそ、砂漠のど真ん中でアイラ! おい!」
 ラティークは視線を逸らせた。アイラは水差しを男の頭上に炸裂させ、伸びた男の覆面をはぎ取った。アイラは水差しをぽいと投げ「取り調べでもなんでもして」と背中を向けた。
 黒い眼帯にこれでもかとぶら下げた宝石には見覚えがある。
 かつてラティークにアイラを売りつけた、ヴィーリビア国の商人スメラギだった。

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