砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第三章 第一宮殿7

☆★☆
 アイラの手をしっかりと掴んで見上げると、宝石箱をひっくり返したような星空がラティークの頭上を埋め尽くしていた。遠くから届く未来の光だ。滑るように走る絨毯に乗った時より、月は遠く傾き始めた。
「皆、助かるよね」アイラがぽそりと洩らす。返事の代わりにアイラの手を強く握ってやり、しっかりと頷いて見せた。アイラはほ、と頬を緩めた。
「レシュも、戻って来るよね……」
「ああ、きみの親友は変わっちゃいない。兄貴も大丈夫。信じよう」
 アイラは瞳に安堵の光を滾らせた。
「怖いことなんかないね。ラティーク、大丈夫って言ってくれたもの」
 あけすけの好意にラティークは鼻の頭をかいた。相変わらず清々しいほどの愛情だが、多分アイラは無意識。ラティークが「好きだ」と言ったら「何だって? 魔法は要らない」と鼻の頭に皺を寄せるに決まっている。
(あ? ん? ――好きだって言ったら? 言おうとしているのか? 王子たる僕が)
 ……調子の狂った思考を振り切った。ぞろぞろと第二宮殿の人々と、ラヴィアンの難民が列を伸ばしている様子が視界に映った。
「難民が後を絶たない。水がないと、人は生きていけない。太陽と、水、風。どれが欠けても、どこか人はおかしくなる」
「どうして、水と風の精霊がラヴィアンにはいなくなったの?」
 理由は複雑過ぎて、どこから伝えようかとラティークが悩む前で、博識のアリザムが代わりに答えた。
「勉強嫌いのラティーク樣は存じ上げない話でしょう。かつてラヴィアンの世継ぎは必ず四人と決まっていた。精霊契約は、一人につき一つの精霊しか契約ができない。これを『世襲』と言います。四人で四元素をしっかり支配していたわけです。かつて王子は火の王子などと元素名で呼ばれた。全ての元素を支配下に置いたのです」
「へえ。僕も知らん話を。勉強もしておくものだな」
「王子暗殺事件の多発により、契約を継ぐべき王子がいなくなった。精霊歴史学の暗黒の時代到来ですね。以降、欠けた元素をどう補うかに焦点が置かれたのです。そこで目をつけたのが〝闇元素〟希望を失ったかつての王族は自ら闇に染まる同化を選ぼうとした。人が闇を選んだ時、一番に〝水〟、そして〝風〟が逃げたと聞いています」
 アリザムは声を潜めた。
「闇の精霊に、この『世襲』は関係がありません。即ち彼らは元素を攻撃できる資格がある。これを相克と呼びます。ルシュディ様が生まれつき闇の素質を持っていたとしたら、好機を見逃すはずはない。闇だけは妖霊をうじゃうじゃ増やせる。人の悪意が蔓延しているから苗床はごまんとある。人もまた霊的生物。闇をぶくぶくと増やす」
 アリザムの性格の悪さか。それとも、水の素質が強いせいか。アイラはすっかり話に怯えてしまった。ラティークは何気にアイラの肩を引き寄せてみた。
 アイラは振りほどかず、小さくなって頭をすり寄せたままだ。
 ――好機とはまさに今。アイラの腰に回した腕に力を込めて、唇を開き、深くすくい上げて口づけした。アイラの舌は蕩けそうに柔らかい。
(歯止めが効かなくなりそうだ)と思いつつ、夢中になったところで、アリザムの話がピタと止んだ。砂漠の風の爺が起こす風が一瞬止まったかと思うと、暴風になった。
「じーさん! 何やってんだ!」シハーヴの怒鳴り声。アイラはふにゃんと声を漏らし、絨毯の上でラティークを押し退かそうとした。
「また魔法かけようとして! 口にいたモノが、あたしを狙い撃ちにしたの!」
「狙い撃ち? 堂々と狙っていいな? 元々、こそこそは性に合わな」
「だーっ! ごちゃごちゃやかましいんだよっ!」
 シハーヴの怒声にアイラと一緒に肩を震わせた。瞬間、浮いていた絨毯のバランスが崩れ「ふぬー!」シハーヴの声と同時に、絨毯は見事に空に舞い上がった。
 ただし、舞い上がったは第一宮殿の絨毯だけだった。人間を全部落とし、身軽になった絨毯は、くるんと格好良く宙返りし、フフンと夜空を美しく飛んで行った。
「もう、なんなの! 砂だらけ!」
 一番に振り落とされたアイラが砂から顔を上げた。シハーヴはと見ると、魔力が尽きたのか、ラティークからの失態の怒りに怯えたのか、虎に戻って背中を向けていた。
(ランプに戻すべきか迷うな。しかしアイラは「助けてあげて」と言うだろうし)
「ラティーク王子。先ほどの駱駝がオロオロしながらこちらに向かって来ます」
 結局港まであと少しの地点で、白駱駝に乗り換えとなった。
「絨毯が落ちた原因は、貴方でしょうね。絨毯の上がハレムにでも見えましたか王子」
 アリザムの恨み言の前で、風の爺さんが『やっとれんわ。寝る』と帰って行った。

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