砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第三章 第一宮殿2

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 第一宮殿の台座に運ばれて来た葡萄の香り。(一緒に葡萄、食べた)。ラティークの哀しみに満ちていた会話を不意に思い出した。
(ラヴィアン王が礎になった? 父の顔を知らない? ラティークはなぜ、重要な話をあたしに教えてくれたのだろう? 王女だから? 何か思惑があるのだろうか)
 反芻していたアイラを踊り子が乱暴に突いてきて、アイラは蹌踉けた。
「ちょっと、ヘマしないで! 王子の御前よ!」
 踊り子たちに睨まれ、アイラは持っていた扇子を振り回した。ラティークに命じられ、一緒についてきたシハーヴは、虎の仮姿で柱の陰にいる。
(あんなに小さく丸まって。よほどこの場所が苦手なのね……)
 精霊にとって主との命令は絶対。何が在ろうと逆らえない。ちょっと可哀想。
(そういえば、ラティークは風の精霊をどうやって捕まえたのかな。子供を従えるって難しいと思うんだけど)
 ラティークはいくつもの顔を持っている。シハーヴに大切にしろと命じるのも、アイラがヴィーリビアの王女だから。
(でも、助けてくれた。今も、第一宮殿の踊り子の一群にあたしを上手く潜り込ませてくれている。優しいの、かな? いやいやいやいや。―魔法で惚れさせようとした事実は忘れやしない! ええ、忘れていません!)
 覆面踊り子の格好で、アイラはでんと舞台に立った。八人の端っこに加わった。
(なんなのよ、いったい! こんがらがらせて! 踊ってやる! 滅茶苦茶だけど)
 もにゃもにゃをぶっ飛ばすつもりで、やけくそに腰を動かして、ここぞとばかりにくねくね踊ってやった。アイラは覆面ごしに、ルシュディを眺めてみた。
(ラティークとは似ていないな)垂れた割りに鋭い眼に、研ぎ澄まされた視線。冷たそうな口元に、形作られた端正な眉と、サラサラの黒い髪。
(ご自分が黒い髪だからか、周りの女性も黒髪……まるで動物の保護色みたい)
 ルシュディは広げられたナツメヤシの葉の上の料理には手も伸ばさず、ずっと隣にいる男とヒソヒソ話を繰り広げている。宴なんて楽しんでもいない雰囲気だ。
 舞台がはねた後、踊り子たちに混じって、アイラは酒瓶を手に取った。
(ちょうどいい。あたしも探り出してみようか)
 ヒラヒラの服を揺らして、酒瓶を手に、注いで回る列に加わった。ルシュディお気に入りの八人の徳妃たちは皆、豊満でスレンダーだ。奥に、黒いトーブを被って、スリットから美しい足を放り出している女性が座って煙管を吹かしていた。
(見つけた! レシュだ。あたしの親友!)
 気怠げな眼に、変わらない冷静な笑みを浮かべている、黒鮫のような、真っ黒いトーブに身を包んだかつての親友は、神殿にいた時と別人だった。
 アイラの視界から、シハーヴが全速力で逃げて行った。
「シハーヴ!」ピク、とルシュディの隣の男が動いた。(しまった! 名前を!)焦るアイラの前で、ルシュディが発声した。あまりの冷酷な響きに足が竦んだ。
「放っておけ。ラティークの飼い猫だ。私は部屋へ戻る。行くぞ」
 呼ばれた女性は、煙管を置き、立ち上がった。
(行ってしまう!)
「レシュ、レシュだよね? あたしよ。ねえ、貴女、どうしちゃったの?」
 慌てて声をかけた。女性はアイラを一瞥し、黒く塗り潰した唇で冷ややかに答えた。
「わたしは、貴方など、知らないが」
 ルシュディの氷の視線に射貫かれ、アイラは再び硬直した。
 居竦んだアイラに、先ほどルシュディと会話していた男が近寄ろうとしたが、アイラは涙を堪えて立ち去った。
 後からシハーヴが慌ててアイラを追って来た。
(やっと出逢えたのに! あんな冷たい対応ってない!)
「レシュ、どうしてよ……っ! あたしが分からないって!」
 豹変した親友の姿に、アイラは胸騒ぎを感じずにいられなかった。

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