砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

★第一章 ラヴィアンの海賊王女☆4

★☆★
(あの後の魔法うんぬん、思い出しても苛々する! 初めてだったのに!)
 アイラは回想を終え、ラティークを叩いたお陰でまだひりひりする手を擦った。
(なんで迷惑掛けられたあたしの手が痛む。理不尽だ。もう絶対拘わりたくないし、ハレムに行く必要もない! ううん、逢いたくないし! 顔も見たくない)
 ヴィーリビアの民がいなかった事実が、せめてもの心の慰めかとしょんぼりと歩いていると、山のような土がアイラに向かってのそのそと、進んできた。
「象のうんちが通りますよ~」聞き覚えのある声に、アイラは足を止めた。
「サシャー、何してるの?」
「あ、姫様」すっかり肉体労働に明け暮れた顔で、サシャーはにっこり笑った。
「あたし、第一王子であるルシュディさまにお仕えする話になりまして! 象のお世話を任されたのですわ。でも新人は、うんち運びからだと言われて、こうして捨てに」
「そういう意味じゃない。おまえ、象のお世話しに来たわけじゃないし、あたしも、王子のわけわからん魔法に翻弄されに来たわけじゃないでしょ!」
 半分は、ラティークにすっかり翻弄された、アイラ自身への苛立ち。八つ当たりに気付いて口調を緩めた。
「魔法、ですかぁ……」訝しげなサシャーの前で、アイラは口元を押さえた。
 そもそも。ラティーク王子が風の子供の精霊詰め込んだランプぶら下げてるなんて、信じられない話……。
 つんとした臭いが鼻を掠った。集団で詰まっている象の……が思考の邪魔をしてくる。アイラはちらと山盛りの土を見た。
(ちょうどいい、手車を押してウロウロしてみようか。不審に思われないだろうし、むしろ、笑われて相手にされないくらいが探りやすいかも)
「それ、捨てに行くのよね。あたしも行く」
 しかし、歩き出して後悔した。アイラの赤いトーブはともかく目立った。一目で「ラティークさまの……ヒソヒソ」という具合でハレムでしか通用しない。ちょうど、踊り子が平然と街を闊歩しているようなものだ。いくら小さくても、膨らみが露わになるデザインのトーブは眼を惹く上、「えっちな感じですねぇ」とまたサシャーがコロコロと変に響く妙な声で呟いたりする。
「見世物じゃないのよ! あたしの胸は! 見せる部分、ないし!」
 言いつつ、哀しくなって眼をやると、お誂え向きに男物の服が干してあった。
(今後の探索準備も兼ねてお借りしよう)
 チッパイはすんなりと上着に収まった。長い上着を腰紐で縛り、ようやく人心地のついたアイラにサシャーがぼやいた。
「姫樣、それはかっぱらいと言うのでは……」
「聞こえが悪いよ。あたし、これでも王女よ。かっぱらいはないよ」
 サシャーにウインクして、(確かに)と実感した本心を誤魔化し、道を急いだ。
★☆★
 広大な宮殿は、三つの区画で成り立っている。中央にラヴィアン王の宮殿、右に第一王子ルシュディの宮殿、左にラティークの宮殿がある。
 働く〝ニンフ〟の数も相当だ。担当と係を持ち、忙しく動き回っている。
「たしか、こっちにゴミ捨て場があるそうで……スゴイ規模ですわね」
「そうね~。どうやって探そうかな。広すぎるね」
 人は動くが、石はうんともすんとも言わない。代わりに置き場所の見当はつく。
 宝石庫か、それとも先祖代々の廟に祭られたか。アイラは眉を寄せて唸った。動かない宝石の探索は難しい。後にしよう。
「ラティークの第二宮殿にはヴィーリビアの女性は一人もいなかったの。とすれば、王サマの宮殿か、第一宮殿になるよね」
「王樣の宮殿にまで忍び込むつもりですか! ……あ、ここですね。よいしょ」
 サシャーは見えた土山の手前で手車を倒し、また余った土を載せた。文句を言わずに汚れ仕事をこなしてはいるが、サシャーも、ヴィーリビアではそこそこの巫女。
 済まない気持ちになって、アイラはせこせこ動く、サシャーの背中に手を乗せた。
「付き合わせて、ごめんね。一緒に探してくれる?」
「任せてくださいまし! あたし、こういう動物のお世話、結構好きみたいですよ」
 サシャーはぼよんとした胸を叩いた。
「第一宮殿には、強い女の人ばかりが犇めいていて。あたし、ルシュディさまのハレムに呼ばれなくてほっとしました。背が小さいから、王子の好みには遠いんですって」
「ハレム、ハレム、ハレム! あぁ、その言葉、聞きたくない」
「姫様……まさか、既に」言いつつ目が期待に染まっている。「ラティークはバカ王子だと分かっただけ。収穫ナシよ」告げて、アイラは爪先を打ちつけた。
「なぁにが、僕の魔法にかかった、よ! ふざけるんじゃない」
 つい先ほどの話が、今度は苛々と寂しさを連れてきた。あくび王子。熱射病で喘いでいた。金色に透けて綺麗だった……ちょっと見惚れた。
 泥だらけのサシャーの顔にアイラは首を振った。
 ――さっさと皆と親友を探し、秘宝を取り返してこんな場所、とっとと出て行ってやる。
「サシャー。魔法なんか、蹴散らして、目的を達成して、ヴィーリビアに帰るよ」
 サシャーは不思議そうにアイラを見やった。
(別に魔法なんか、いらなかったんだよ。ちょっと、かっこいい、と思ったんだけどな。本当にバカ王子! 一生精霊と、仲良く遊んでいればいいんだわ!)
本心を見抜かれそうで、アイラはサシャーから、視線を逸らせた。
 子供の精霊を従えたラティークを思うと、どうにもこうにも、やるせない。だが、今日からはラティークの側でニンフとして過ごす。覚悟を決めなければ。
(目的は、果たすわ。あたしはヴィーリビアの王女だもの)
 アイラは強い視線で砂漠を見詰めた。砂が大きく巻き上がって、夜空へと吸い込まれていく。どこまでも続きそうな砂漠の向こうの祖国を思った。
 枯れた大地には水の気配はない。それでも、この砂一握りにでも、命は宿っている。「あたしは、第二王子を探るわ。サシャーは、第一王子をお願い。気をつけてね」
 小さな巫女に別れを告げ、アイラはラヴィアンでの一歩を踏み出した。
 縛り上げた黒髪の宝石が、小さく揺れた。

第二章 唇から風の魔法は06/14 20:00より更新です

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