黒の枷

氷崎狐依

01


ルミエール歴665年。
レヴァリオン王国港町、1人に王勢の子ども達が群がっていた。


「で、その【枷】っていうのは…」
「フェイー!お待たせっ!」


大荷物を抱えた金色の髪を持つ少女がフェイと呼ぶ黒い髪の中性的な顔立ちの人のそばに駆け寄った。
元々フェイの側にいた大勢の子ども達は、話が途中で終わり気になるのかズボンの裾を軽く引っ張る。


「にいちゃん、かせってなーに?」
「ん?あー…なんだっけ?」
「「えー?!」」

全員が声を揃えて悲しい声を上げた。流石に間近で聞いていたフェイは耳がいたそうである。

「また思い出したら話しにきてやるさ。あと…」

フェイは立ち上がり、子ども達を見渡した。


「ボクは【お姉さん】だよ」

そう言って金髪の少女とともに、その場を立ち去った。遠くで子ども達の驚きの声が聞こえるが気にしていないようだ。
しばらくして金髪の少女は苦笑いしながらフェイに声をかける。

「フェイ、また男の人と間違えられちゃったね?」
「仕方ないよ。一人称が【ボク】で格好もこんなのだしさ。あと話し方とか…」

黒のTシャツに長ジーンズ、靴は男が履くような黒ブーツ。おまけに髪はミディアムショートヘアでどこをどう見ても男なのである。そして、金髪の少女と共に歩いていると、2人の関係を知らない者は“恋人同士”だと錯覚してしまうだろう。

「もう少し女の子っぽい服装にもチャレンジしなよ。」
「嫌だ、動きにくい。それに、そういう格好はリーフェ姉さんにこそ似合ってるしさ。」

フェイは軽く微笑みながら横目に金髪の少女を見る。リーフェと呼ばれた金髪の少女は少し頬を赤らめながらフェイの背中を思いっきり叩いた。

フェイがリーフェのことを【姉さん】と呼んでいるので察していただけるであろう。この2人は”姉妹”であり、尚且つ”双子”なのである。

国では所謂『有名人』で、常に周りには人がいる。

そしてこの2人には特別な運命が与えられているのだがそれはまた後日…。


2人は他愛のない話をしながらとある店を目指していた。

店というのはCafe Marigold。

この店はひっそりとした小道にある店であるにも関わらず、客足は絶えない。
知る人ぞ知る名店である。雰囲気は街の雰囲気に合った明るく、アットホームだ。
ここでリーフェが働いているのだが、今日は客として赴いた。

…はずなのだが…

店に入ると、ここにいてはならない奴がおり、サボりに来ているのは明確であるが、あえてフェイは問うた。

「…何故いるんですか…騎士長様」
「アスカ叔父様、やろ?フェイちゃん」

決してフェイの質問には答えようとせず、カウンターで優雅にコーヒーを飲んでいるのはこの国の騎士団長様である。
40代後半の彼はその老いを感じさせず、背中には大きな鎌を、側に美しき剣を立てかけていた。短かく、リーフェよりは薄い金色の髪を持つ騎士長、もといアスカ=セステリアは無邪気な笑顔を2人に向けた。

「まま、お二人さんも座りや!隣空いてんで」

リーフェはスカートの裾を上げて、淑女らしい挨拶をし、椅子に腰かけた。それを確認した後にフェイが隣に座る。

「この事は後日、ラナとステインさんに報告しておきますので。」
「んな殺生な!」

ワザとらしく大きい反応を見せる。フェイが報告することに関しては左程気にしていないようだ。

「リーフェさんはアイスレモンティー、フェイさんはブレンドコーヒーでよろしかったでしょうか?」

カウンターの向こう側にいる白髪の青年が2人に問う。何故具体的な飲み物が述べられるのかと言うと、リーフェはもちろん、フェイもこの店の常連客であるからだ。そして決まってこれらを頼む。

「はい!ありがとうございます!ホオズキさん!」
「ありがとうございます」

2人の返事を確認したあと、更に奥へと入っていった。

「それにしても…叔父様がこちらまでいらっしゃるのって珍しいですよね?」

リーフェが不思議そうに聞くとアスカは嬉しそうにフェイへと声をかけた。

「ねぇねぇ聞いた?!今の!今のを求めてんねんで!フェイチャン!」
「異国のような呼び方やめて、姉さんの質問に答えて下さい。」

あくまでもフェイは冷静に応える。
もう絡んで来るなと言うばかりの対応だ。心のそこから嫌そうなのはひしひしと伝わって来るのに、腹立たしいことにアスカはそれを感じないような素振りであっけらかんとしている。
彼はこの状況を楽しんでいるのだ。

「ほんまにつれんやっちゃ。そーゆーとこ、お前らのおとんに似とるわー」
「…」

うるさい。とまでは口に出さなかったもの、纏う雰囲気が先ほどよりも重く、暗いものに変わった。
その雰囲気に当てられてだろう、店に置いてあるマーガレットの花が赤色から黒へと変色していく。


「フェイ、」


語りかけるように、その暗い雰囲気をも包み込むような、そんな声でリーフェは彼女の名を呼んだ。
すると、重く暗い雰囲気だったのが、軽く澄んだ空気へと変化する。

「…ごめん、姉さん」
「気にしちゃダメだよ?叔父様も!からかうのはもう禁止!」
「あははー、すまんすまん…」

この時、ちょうどホオズキが注文の品を持ってきた。アイスレモンティーとブレンドコーヒーをそれぞれの前に出すと、また奥へと消えていく。

2人が美味しそうに飲んでいる中、アスカは何かを考えるように2人を見ていた。

その視線に気付いたのか、フェイは彼に向き直る。

「団長、先程は申し訳ありませんでした。」
「いやいや、俺も悪かったし」

視線に気付いたんやないんか…と焦ったような、安心したような顔を浮かべいつも通りの笑みを浮かべた。


2人はレモンティーとコーヒーを楽しんだ。
ホオズキはそれを見て満足そうに奥へと下がっていった。
そこでようやくリーフェが、そういえば、と疑問を再び口にする。

「それで結局、どうしてこちらまでこられたんですか?」

リーフェは体ごと、フェイは目線だけアスカに向ける。アスカはカップに残っているものを飲み干し、満面の笑みを浮かべ2人に体を向けた。


「いやー、ひっさしぶりにオーナーの顔が見たくなってな?あと、オーナーのコーヒー飲みたくて来てもうてん」

「まぁ…そうだったんですか?セシルさんのコーヒーってすごく美味しいですもんね!」

「なー」


2人がそんな和やかな会話を繰り広げ、リーフェがアスカの会話を信じている中、フェイだけは嘘だと、違う目的で来たのがわかった。


理由は1つ。



アスカはコーヒーが飲めないのだ。


本人はコーヒーが苦手なわけではないのだが、とある事情で飲めないのである。このことを知っているのは極一部の人間で、フェイもこの中に入る。

オーナーの顔を見に来たのかどうかの真偽は不明だが…。


「せや!リーフェちゃん、オレにご飯作ってくれん?昼抜いて来たから死にそう…」


そうしてわざとらしく、お腹をさすり出し、たましいが抜けてしまったような姿になる。
それを見たリーフェは慌て始めた。本気で心配している様子だ。
フェイは、呆れたようにため息をつき、彼女の服の裾を軽く引っ張った。


「姉さん、落ち着いて。」
「だっ!だって!!」
「ご飯食べさせれば治る。」

ここでタイミングよく、奥から声がした。

「リーフェちゃーん!ちょっときて欲しいんだけどー!!」

男の声であるはずだが、少し女性に近い声。この声の主が店の店主のセシル=ファルシオだ。彼は決して団長と話そうとせず、顔も見せない。何故、仲が悪いのか不思議だ。

「リーフェさん、お願いできますか?」

ホオヅキが彼女を促し、渋々といった形で奥へ入っていく。彼もまたリーフェの後を追い、奥へと入って行った。
その姿を確認して、またコーヒーを少し口に含むと、先に言葉を発したのは珍しくもフェイだった。

「で、ボクに用事があるんでしょう。」
「ありゃ、自意識過剰?」

先程の魂が抜けた様子は何処へ行ったのか、何事もなかったかの様にカップに口を付ける。その姿を冷めた横目で見つつ、残りのコーヒーを一気に飲み干した。

「貴方は、人の休暇を取り上げることが趣味だと把握していますが。」
「えぇ…あれまだ根に持ってたんけ?」
「1日中姉さんと過ごせる時間を潰された、それをここ半年の休暇全て。」
「うっ…。」

アスカは聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声で「すいません。」とつぶやいた。フェイに聞こえたのかどうかはわからないが、1つため息をついて身体ごとアスカの方を向いた。
彼は黒ずんだマリーゴールドを見つめながら話始める。

「……ついさっきや、エルガーの森付近へ行っとるらしい調査隊から救援を求める連絡が入った。」
「他に情報は?」
「ない。おっそろしいくらいにな。」
「何の調査隊なのかもわからないのですか」
「あぁ。おっそろしいくらいにな。」
「……。」

フェイは思案した。
情報が無いのはおかしい。 急な指令をよく行うが、団長はある程度の情報を集めてからそういった指令をだしている。……なのに今回、情報が全く無いというのは変な話だ。

「とりあえず、ラナとアイラには連絡が来た時点で向かってもらっとる。後は…」
「ボク、ですね。準備が出来次第すぐに向かいます。」
「……2人のこと怒ってやるなや。」
「まさか。姉さんのこと頼みますよ。」

フェイがそう言うと、アスカの目の前から消えた。正確に言うと、タイミングを見計らったように影がフェイを飲み込んだ。そして彼女が座っていた場所には黒い羽が1つ落ちている。
アスカがそれを拾い、窓から覗く太陽にかざした。普通ならば、羽毛の隙間から光が溢れ落ちるが、その黒い羽は光を通さず、黒い影を作っている。

「……ほーんま、似てきおったわ。いいことか悪い事か、よくわからんなぁ…アルベルト。」

そう呟き羽を見る姿は、誰かを思い懐かしんでいるようであった。それ以上に何を思っているのかはわからない。
ただ、1つ言えるのは、フェイの成長をあまり快く思っていないという事だけだ。


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