召喚チート付きで異世界に飛ばされたので、とりあえず俺を転移させた女神さまを召喚することにしました
第10話 女神さまの手違いとソーマの決意
「ん?」
気が付くと空の上にいた。
昨日見た覚えのある空間だ。
さすがに昨日ぶりだと、大して驚きもない。
少し離れたところからこちらをじっと見つめる女神さまに声をかけた。
「よう」
「……そんな気安く声をかけられても困るんだけど」
「いいじゃねーか。減るもんでもないんだから」
「ルナの女神としての威光に陰りが差すわ」
冗談で言っているのか本気で言っているのかわからない。
目が笑っていないので本気かもしれない。
少し怖いので話題を変えることにする。
「敬語キャラはやめたのか?」
「久しぶりにたくさんの人間と話したら疲れちゃったのよ。もうしばらく誰とも話すことがないと思えば気が楽だけど」
「あー疲れた」などと言いながら、ルナが欠伸した。
人間がやれば非常に間抜けな絵面になるはずなのだが、ルナは欠伸でさえ一つの芸術品のように感じられる。
どうなってるんだ。
それにしても、俺と同じようにこちらの世界に転移させた人間は、そんなに多かったのだろうか。
言うほど多くはない気がするが。
「ちなみに俺と同じように転移してきた人間は何人くらいいるんだ?」
「勇者候補はあなたを入れて八人よ。ここまで多くの人間と話したのは初めてかもしれないわ……」
「……そ、そうか」
本当に疲れたとでも言いたげな顔だ。
もしかしてルナは、ずっと一人でここにいるのだろうか。
話相手などもいないのかもしれない。
「……なんか、同類の匂いがする」
「はぁ? どういう意味よそれ」
「いや、こっちの話」
ルナは俺の返事に嘆息すると、改めて俺を眺める。
「態度はあまり感心しないけど、意外と順調そうでなによりだわ。一日目なのにちゃんとベッドで寝られたようだし」
「意外とはなんだ意外とは。まあ、フィンに出会えたのは運がよかったからだと思うけどな」
初日からその辺でのたれ死ぬとでも思われていたのだろうか。
……いや、まあ正直フィンに出会わなければヤバかったかもしれない。
テンタクルフラワーにつかまるのがフィンではなく俺だったら、誰得エロ同人のような事態に発展した可能性もあり得る。
しかしさすが女神と言うだけあって、俺がどういう行動をしたのか把握しているようだ。
プライバシーも何もあったものではないな。
しかし、俺のそんな返事になぜかルナは少し申し訳なさそうな表情をしている。
なにかあったのだろうか。
「……あの、ね。実はちょっとした手違いがあったのよ」
「手違い? もしかして、夢に出てきたのはそれを説明するためか?」
「察しがいいわね。そのとおりよ」
手違いか。
何だろう。
「思い当たるのは、出てくるものがだいたい木の棒とかいう、あのクソみたいな召喚ぐらいだな」
「あれは……ぷっ。あんたのレベルが低すぎるからよ。そのうちまともなものが出てくるようになるわ」
「そうなのか。それならしばらくは我慢だな」
「それにしても、召喚されるのがほとんど木の棒……木の棒って……ぷっ」
「しばくぞ」
いま完全に笑ったよなこの女神。
見てろよ、そのうち何かすごいものを召喚してやる……。
しかし、どうやらルナの手違いとやらはゴミガチャの話ではないようだ。
そうなると俺としては本当に心当たりがない。
「あんたは本当は、この国の王城に召喚されるはずだったの。異世界から召喚された、勇者候補たちの一人としてね。それなのに何故か、あんなへんぴな森の中なんかに……」
「へー。そうだったのか」
王城に複数の召喚者など、面倒なことになりそうな気配しかしない。
森の中に転移したのは僥倖だったな。
「俺としては、王城の中なんかより森の中のほうがよっぽどよかったよ。王城に転移していたら、フィンに出会うこともなかっただろうし」
「そ、そう。あんたがそう言ってくれるならいいんだけど」
ルナは少しバツが悪そうな顔をしている。
本当に想定していなかった手違いなのだろう。
「転移が失敗した原因はわかっているのか?」
「全然わからないわ。……そういえば、初代勇者の召喚も最初は失敗したっていう話をどこかで聞いたことがあるわね」
「そうなのか?」
「ええ」
それは縁起がいいのか悪いのかわからないな。
喜んでおくべきことなのだろうか。
「初代勇者か……あ、そうだ」
そこでふと、パパさんから聞いた話を思い出した。
目の前にいるのは、この世界の女神だ。
これ以上聞くのに適した者もなかなかいないだろう。
「これは聞いた話なんだけど。初代勇者は女神を召喚したとかいう逸話が残ってるらしいんだが、そんなことが可能なのか?」
「…………」
「ルナ?」
俺の問いかけに対して、突然ルナが黙りこくった。
どうしたのだろうか。
「……なんでもないわ。質問の答えだけど、無理でしょうね。そんなことが起こるわけがないのよ」
「ルナ……?」
「ルナはとても長い間ここにいるけど、召喚なんてされたことないもの」
そのとき、ルナの瞳の奥に、とても暗い感情が走っているような気がした。
まるで、この世界のすべてを諦めきっているかのような、そんな感情が。
「ほら、もう行きなさい。ルナはずっとここからあんたを見守っていてあげるから」
「……! ちょっと、待ってくれ……」
急速に遠のきそうになった意識を必死で繋ぎとめながら、俺はルナに制止の声をかける。
ここで意識を手放せば、もう二度とルナに会えないような気がしたのだ。
「ルナはいつからここにいるんだ……?」
「さあ、いつからかしらね。覚えてないわ」
あまりにもあっさりと、ルナはそう言った。
「覚えてない……?」
「そうね。気が付いた時からここでずっと、世界の営みを見守ってきたから」
それはつまり。
覚えていないほど遠い昔から、ずっとここにいるということではないのか。
それは、想像を絶するような孤独ではないのか。
そして、俺はそれを知っている。
ルナほどではないにせよ、俺も同じようなものだったから。
「――俺が」
気付かないうちに、俺は口を開いていた。
意識はしっかりしている。
何を口走ろうとしているのか、自分でもよくわからない。
でも、それが間違ったことだとは思わなかった。
「俺が、ルナを召喚する」
「……そんなの、できるわけないじゃない」
ルナは目を細め、俺のことを見る。
馬鹿な奴を見るような眼だった。
すべてを諦めた人間の目だった。
馬鹿な奴というのは、実際その通りなのだろう。
おとぎ話で語られるようなことを、やってやろうというのだから。
「やってみないとわからないだろ」
「無理よ。絶対に無理」
「じゃあどうすんだ。こんなとこにずっと一人で引きこもってんのかよ」
「……いい加減うるさいわよ人間。うぬぼれないで」
ルナは唇を噛みしめ、俺を睨みつける。
「ルナだって、好きでずっとこんなところにいるんじゃないわ……。これがルナの使命だから、だから……」
「わかったよ。それが本音なんだろ」
「……っ!」
俺がそう言うと、ルナは黙った。
沈黙は肯定と受け取るぞ。
「お前は俺を、あの部屋から連れ出してくれた。俺がお前を連れ出す理由も、それだけで十分だ」
俺はあのまま、あの部屋で腐っていく運命だったのだと思う。
仕事もせず、何か全力で打ち込むこともないまま。
ちょっと勘と運がよくて、他人より少し金を持っただけのただのガキのまま、誰にも知られることなく死んでいったに違いない。
それを変えてくれたのは間違いなくルナだ。
だから俺は、ルナにあの世界を直に見せてやる。
それが、俺からルナへの恩返しだ。
それに、ルナは可愛いしな。
この世界でルナと一緒なら、退屈しなさそうだ。
「何が何でも、絶対にお前を召喚してやる。召喚されたときのために、カッコイイ口上でも考えとけよ」
「……なによ、それ」
ルナは呆れたようにため息を吐く。
だが、その目に先ほどまであった暗い色はほとんどなくなっていた。
「じゃあね。もう二度と会うこともないでしょう」
ルナがそう言うと、今度こそ俺の意識は深い泥の底に沈んでいく。
最後に見たルナの顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
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