ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし
40……自分の気持ちに素直になる。
ティフィは執務用の机に戻ることなく、ソファでじっと自分の掌を見つめていた。
昔から近衛やメイドたちに手入れを勧められ、しかし自分でほとんどこなせる……というよりも、成人近くになったら、近くに侍るようになったのは、自分の体でティフィを籠絡しようと考える中流以下の貴族の娘や、自分の娘や姉妹をお近くにとおもねる貴族……気持ちが悪く、近づいてくるなと牽制し、従兄弟や叔父たちに相談した。
そして、近衛たちが代わりに来るようになり、結婚していたり、婚約者のいるメイドたちが固めてくれるようになった。
「恋愛なんて……分からないんだけどなぁ……それに、一緒になるのは、王妃として最適かどうか……だよね……」
呟く。
実際、自分が恋愛をする……想像がいかない。
自分の父リスティルのように壊れるのだろうか?
いや、変われるのだろうか?
シェールドの先代国王のように変態になるのか……ちなみにティフィの周りにはまともな夫婦、伯父のミューゼリック夫妻などがいるのだが、変わり者夫婦が強烈で、頭の片隅にもまともな夫婦が残っていなかったりする。
「それに、結婚したとしても一番に跡取り……後継者問題で揉めるんだろうし……」
これはシェールドの国王アルドリーには女児ばかり、現在3人王女がいるが、末王女は養女である。
しかし、第一王女は体がさほど強くなく、第二王女は自分の能力を上手く制御できない。第三王女はまだ幼くカイの末っ子に降嫁が決まっている。
その為、第一王女に双子の弟の第一王子を婿に迎え、次の王位継承権は安泰となった。
「まぁ……わたしが結婚しなくてもラディエル……って、父上がダメって言うか……」
先日の物騒な発言で、もし何かあった時には弟を後継者と言う呑気なセリフは言えなくなった。
それに……。
「恋愛ってそんなにいいものなのか……良く分からない……」
正直なセリフである。
昔から父の嫡子として色目を使う貴族も多かった。
そう言う貴族程、裏では密輸など、父が許していない犯罪を犯していたり、あくどいことを考えていたりする。
その為に警戒していたのだが、デビュタントなどの夏のイベントも忙しいのと妹や従姉妹とのダンス位で他の相手とダンスも遠慮した。
特にデュアンの元姉妹だった罪人たちのデビュタントは、驕慢で鼻持ちならない者ばかりだったので、踊ることなく疲労の濃いデュアンと下がり、休憩を取っていた。
「見合い……って言っても、来る訳ないし……近隣の国は遠縁だったりするし……」
シェールドの王族が、こちらに降嫁することは滅多にない。
デュアンの婚約者ヒナの降嫁ですら、世界中で揉めた程である。
特に、ヒナの母方の祖父母がグランディアの皇上夫妻であり、しかも王太子ではなく、王族とは言えデュアンの元に嫁ぐと言うことで……。
しかし叔父には悪いが、シェールドには癖のある人間が多い。
幾らある程度策略をしていても、ほぼシェールドとルーズリアの半々生活だろうと思われる。
「……良く分からないとしか、言えないんだよなぁ……」
呟く。
恋愛をした記憶は……はっきり言ってない。
友情や家族の愛情は持っている自信はあるが、特別な感情などは個人に持ったこともない。
それに、恋愛に溺れる自分が想像できなかったのである。
「うーん……」
今思うのは、父に言われたチェナベリーの苗をラルディーン公爵家にプランター植えにしなければと言うことと、薬師の試験のこと……王位はまだ猶予を貰っているのだ。
父は兎も角、通常の王族の婚姻は、見合いに婚約期間が約二年で結婚である。
自分の同年代はすでに結婚している為に、それよりも年下……の相手を探すべきである。
しかし、あまり気持ちが起きなかった。
だが、そうも言っていられない。
王妃を決めなくてはならないのである。
「でも、相手を決めたところで……自分には良く解らないし……」
ちなみに話題がない。
ドレスについては可愛いね?が精一杯である。
語彙が足りない自信と自覚はある。
そして、口下手の自信もある。
親に嘆かれた。
仕方ないだろう。
自分には、タラシ文句の1つもないのだ。
それに誰に言うのだ?相手もいないのに……。
「手が止まってますよ。殿下」
「……クレス先輩……どうしてここに?」
「えっ?デュアン先輩の謹慎中に、人手が足りないとロビンソン副隊長にスカウトされました。一応自分の経歴書を提出したら、即ここに配属されたんですよ〜。騒ぎもある程度落ち着いたのもあるし、知ってますか?殿下。地下の牢獄には優秀な看守がいたのに、先日の朝、見回ったら、地下の牢獄が見る影もなく破壊され、元パルスレット公爵以下、デビュタントをめちゃくちゃにした中でも特に重い罪を負っていた者が、全て切り捨てられていたそうです」
「……!……音は、気がつかなかったと?」
「看守が気がついたのは、風が流れていたとか」
アレッザール子爵クレスールはニヤッと笑う。
「リティには口が裂けても言いませんが、元ラミー子爵夫婦も体をバラバラにされ息絶えてました。牢獄の鉄は一閃で切り裂かれていましたよ。1つの遺骸は雷が落ちたらしく焼け焦げ、パルスレット公爵だった遺骸は、滅多刺し……他の遺骸は一瞬で生き絶える殺し方ですが、パルスレット公爵は長い間……一種の拷問を受けた跡のようだったとか」
「……父上はしない」
「そりゃそうでしょう。それに、重罪人の檻を一閃で切り裂く刀剣なんて、そうそう持ってませんよ。私の記憶では、4人です」
クレスールは答える。
女装は苦手だったが、一時期諜報活動をしていたこともある。
その為ローズ様とも距離が近いのである。
「……お越しになられたのか……」
「そして、遺体を一応確認すると、2人人数が足りませんでした。1人は元近衛カーク・ルーベント。そして、この後宮のメイドのエオリア・サーライヴです」
「……もしかして、カークの実家の辺境伯が?」
「可能性はあるね」
クレスの後ろから姿を見せたのは従兄弟のクシュナ。
「あの家は元々亡き夫人が1人娘で、先代が婿に入った。だが先代はすでに別の女性との間に長男を儲けていて、夫人との間に次男、三男と儲けたが、血筋からすると正統な後継者である次男を婿に追い出し、三男を兄を支える為と近衛に追い出したらしい。夫人の死も不審だ。カークは病が悪化してから帰ることを許されたが、次男は許されなかったらしい。次男は『私は婿に入り、家族もおります。ですので継承権は放棄しますが、正統な後継者は、母の血を引いた弟のカークです。どうか母の死について、そして父と兄が何かをしでかさないか不安です。どうか母と領民の為、弟の命を』と助命嘆願書が届けられたよ。陛下もカークはお気に入りだったしね」
「どこに行ったんでしょう……」
「そりゃ、領地でしょ」
クシュナは前髪をかきあげる。
クシュナは面倒くさがりで、髪はほったらかしである。
定期的に妻のエスティが手入れを頼み、切っている。
「あぁ、それと、牢獄で死んでいた罪人、1人だけ雷で打たれていたのは、最初エオリアかと思っていたけれど、私の友人のセントバーグ侯爵の元妻だったよ。綺麗に消し炭……」
「どうして分かったんですか?」
「と言うか、牢獄の何処に誰を入れるか、名札があるでしょ?それに罪が重い者程奥に厳重に戒められる。そして、行方不明の2人の牢獄の入り口が壊されたのではなく、その横の鉄の柱をぐにゃっと曲げて綺麗に広げられていて、2人を戒めていた手枷も引きちぎって捨ててあったんだ。切り捨てるだけなら兎も角、そっちを破壊する人は1人でしょ。陛下が後は、あの方々にお任せするっておっしゃられていたよ」
「……私は何も出来ないな……クシュナ兄上やクレス先輩のように騎士にはなったけれど……何の役にも立っていない……悔しい」
「それはどうかな?」
クシュナは、従兄弟の頭を撫でる。
「お前が、ここにいて普通に王子として王宮の奥で暮らしていたら、皆、お前を陛下に瓜二つの王太子と言うだけで、全くお前個人を見ることはなかったと思うよ。お前が時間があれば、領地や温室、庭園の手入れをして、見学や遊びに来た家族づれに花の名前を教えたり、説明することで、国の皆は次の王は植物に詳しくて、地域にあった農作物を選んでくれると考えてくれる。貴族はただの趣味と思っている節はあるけれど、この地域は農畜産業が主だ。もし、何かあったらお前に直接相談したい、デュアンにもそういってくるだろうね。それに、庶民的な王子としても、お前は私の地域でも知られているんだよ」
「庶民的……?何処がでしょう?」
「……前に、お前が夏の日差しを遮るカーテンがわりになる食物の苗を無料で配っただろう?喜んでいたぞ」
「あれは、本当に試して貰うだけで……」
ボソボソと告げる。
一応、グランディアのマクワウリという植物で、ほんのり甘いのが特徴である。
後は、ヘチマと言い、長く育てて種をとると、繊維は体を洗うこともあり、もしくは前もって収穫して漬物や、皮をむいて炒め物として食べるのだとか。
そして、不思議なひょうたんという、面白い形の植物も選んで種を育てて配った。
面白がって持って帰った家族づれは、面白い植物を育てて楽しんだらしい。
特にひょうたんは、種を取り乾燥させ防水処理をして、水筒がわりに使っている子供もいるらしい。
最初に貰った家族は、殿下に貰ったと種を知人に配り、ちょっとしたブームになっているらしい。
「水筒……グランディアではお酒を入れていたらしいけど……」
「俺の息子も育てて作ってました。で、娘たちが自分用に落書きしてましたよ」
「……自分がそんな風に影響があるとは思ってませんでした」
「と言うか、お前は自分の価値を理解できないんだな……」
「と言うか、先輩。ティフィに、聞いてもいいですか?」
クレスールは問いかける。
「はい。私の子供の名前は?」
「えっとノエル……?で、ノエラ、ノエリア」
「何で、未来形過去形みたいに言ってるんですか!ベルとリラです!それに、クシュナ先輩のお子さんの名前は!ついでに何人いる!」
「えっと〜……7人?長男が……確か二年後……名前何だっただろう……」
「クシュナ先輩!ティフィの記憶力は、自分の趣味以外はこの程度です!」
クシュナはグリグリとこめかみを抑える。
「うち、7人も子供いないんだけどね……ついでに、どうして記憶にない訳?それに結婚適齢期で見合いを申し込まれている家は?」
「そんなのあるんですか?知りませんでした。どの家でしょう?幾つの人ですか?名前とか記憶にないなぁ……」
2人は頭を抱える。
趣味と仕事以外おろそかにして来た弊害である。
「で、ティフィの記憶にある女の子の名前って?」
「えっと〜母上に妹たちに、エスティマ、アリア叔母上にリティ」
「他には、気になる人はいないんですか?」
「……毎年、デビュタントに頭がクラクラするほどキッツイ化粧と香水で、顔と名前覚える気力も起きません。あ、又、いい香水なのに、つけすぎてる人が来た……位ですか?酷い時は薔薇に百合に、金木犀……死にます」
2人は遠い目をした……残念すぎる。
全く、何年もデビュタントだのパーティに出ているのに、香水の匂いでしか思い出せない残念王子……ダメダメである。
「……もう、ミューゼリックさまとデュアン先輩の鉄拳食らってでも、リティを嫁にしませんか?」
クレスールはため息をつきつつ恋愛関係は役に立たない王太子を無視し、その従兄に提案する。
「リティは、ラルディーン公爵の1人娘で、近くに嫁に出すんだと公爵はおっしゃってますし、その上、父に聞いたのですが、グランディアのドラゴンが名付け親とか。あちらの国王もリティを可愛がっていらっしゃると聞いていますし、そんな存在を格下の家に嫁がせられないでしょう」
「それに、それでなくてもあの美少女。前回のように誘拐されたり、変態もいるかもしれないし、それならティフィ、婚約者になって頑張れ!」
「変態って誰ですか?」
「ロリコンとか少女しか愛せない変態がいるんだよ。ローズ様の女装愛や、ルー先輩もロリコン……あだぁぁぁ!」
いつの間にか室内にいたローズ様が、鉄扇でクシュナを殴り飛ばす。
「私は変態ではなくてよ!失礼だわ」
「先輩。鉄扇で叩くと、お馬鹿さんになりますよ?」
「グハァ!カイ先輩のニコニコ悪気のなさそうな嫌味が!」
「あぁ、馬鹿は嫌だわ……でも、クレスールは兎も角、クシュナは馬鹿ね。ラルディーン公爵閣下はある程度覚悟はされていると思うわ。可愛がっている娘を嫁がせる先を悩む……それは親の役目。近くにいて欲しい。そう思っても、自分の身分はラルディーン公爵……リティを守ると言うよりも、リティの後ろしか見ていないでしょうね。リティ本人を大事にして欲しいと思うのが親心よ。カイは息子ばかりで、綾ちゃんは『むさ苦しい!暑苦しい!可愛い嫁を連れてこんかぁぁ!』だったわよね?」
「まぁ、7人とも息子とは思いませんでした」
苦笑する。
「綾に似てくれたらと思ったら、5番目の子だけ顔と瞳と髪の色が同じで、他は皆金髪で……」
「そうそう。小柄で童顔。他の兄弟よりも瞬発力があって持続力に知識量も豊富。あれは本当に諜報部隊のエースだな」
「滅多に帰ってこないんですよ。綾が泣きますから時々返して下さいよ」
「そうだなぁ」
「それにあの子だけ、まだ婚約も結婚もしてないんですよ。恋人もいないし……」
嘆く父親。
「本当に妻に似て可愛い子なのに……婿に出してもいいので、誰か嫁を……」
「じゃぁ、こっちに婿に来るってことで、ラルディーン公爵に頼めば?」
「あっ!それもいいですね。デュアンとも仲がいい子だし……」
「ローズ様、カイ先輩。リティは従姉妹です。幾らカイ先輩の息子でもあげませんよ」
「あら、ただの従兄弟が何か言ってるわね」
おほほ……
ローズ様は笑う。
「カイがうちの陛下を通して、リスティル陛下にお願いすれば、見合い話は整うものよ?残念ねぇ?」
「と言うか、7人も息子がいると、長男、次男が自分で何とか嫁を貰ったのと、六番目が、友人のリオンの娘と幼馴染でようやく婚約……三男はできちゃった婚で、4男は誰に似たのか女の子を落としまくって、婚約者放置……5男の……まだ24なんだけど、本当に良い子なのに……」
「まぁ、正義感が強くて弱い者を守って、いじめっ子を叩きのめす。最近にはいない良い子よねぇ」
「でしょう?先輩。親バカですが、セリは騎士になるのに、一番させてよかったと思っていますよ」
「まぁねぇ……貴方の長男は少し貴方に似てて、次男は冷徹冷静冷酷。三男は上の2人に比べて弱いのよね、精神面でも騎士に向いてないわ。5男のセリディアスは小柄だけれど、騎士らしいのよね……そうね。セリ。四男はタラシのくせにのほほんで、六男は体が弱いから学者になるんでしょ?末っ子はやんちゃ。そうね、こっちに婿に出しちゃいなさい!」
ローズ様の命令に、カイはニコニコと笑い、クレスは、
「女王陛下のご命令に背くことは死を見るんだ」
と呟き、ティフィは、
「自分の王位継承権とか婚約とか……どうなってるんだろう……」
と呟いたのだった。
昔から近衛やメイドたちに手入れを勧められ、しかし自分でほとんどこなせる……というよりも、成人近くになったら、近くに侍るようになったのは、自分の体でティフィを籠絡しようと考える中流以下の貴族の娘や、自分の娘や姉妹をお近くにとおもねる貴族……気持ちが悪く、近づいてくるなと牽制し、従兄弟や叔父たちに相談した。
そして、近衛たちが代わりに来るようになり、結婚していたり、婚約者のいるメイドたちが固めてくれるようになった。
「恋愛なんて……分からないんだけどなぁ……それに、一緒になるのは、王妃として最適かどうか……だよね……」
呟く。
実際、自分が恋愛をする……想像がいかない。
自分の父リスティルのように壊れるのだろうか?
いや、変われるのだろうか?
シェールドの先代国王のように変態になるのか……ちなみにティフィの周りにはまともな夫婦、伯父のミューゼリック夫妻などがいるのだが、変わり者夫婦が強烈で、頭の片隅にもまともな夫婦が残っていなかったりする。
「それに、結婚したとしても一番に跡取り……後継者問題で揉めるんだろうし……」
これはシェールドの国王アルドリーには女児ばかり、現在3人王女がいるが、末王女は養女である。
しかし、第一王女は体がさほど強くなく、第二王女は自分の能力を上手く制御できない。第三王女はまだ幼くカイの末っ子に降嫁が決まっている。
その為、第一王女に双子の弟の第一王子を婿に迎え、次の王位継承権は安泰となった。
「まぁ……わたしが結婚しなくてもラディエル……って、父上がダメって言うか……」
先日の物騒な発言で、もし何かあった時には弟を後継者と言う呑気なセリフは言えなくなった。
それに……。
「恋愛ってそんなにいいものなのか……良く分からない……」
正直なセリフである。
昔から父の嫡子として色目を使う貴族も多かった。
そう言う貴族程、裏では密輸など、父が許していない犯罪を犯していたり、あくどいことを考えていたりする。
その為に警戒していたのだが、デビュタントなどの夏のイベントも忙しいのと妹や従姉妹とのダンス位で他の相手とダンスも遠慮した。
特にデュアンの元姉妹だった罪人たちのデビュタントは、驕慢で鼻持ちならない者ばかりだったので、踊ることなく疲労の濃いデュアンと下がり、休憩を取っていた。
「見合い……って言っても、来る訳ないし……近隣の国は遠縁だったりするし……」
シェールドの王族が、こちらに降嫁することは滅多にない。
デュアンの婚約者ヒナの降嫁ですら、世界中で揉めた程である。
特に、ヒナの母方の祖父母がグランディアの皇上夫妻であり、しかも王太子ではなく、王族とは言えデュアンの元に嫁ぐと言うことで……。
しかし叔父には悪いが、シェールドには癖のある人間が多い。
幾らある程度策略をしていても、ほぼシェールドとルーズリアの半々生活だろうと思われる。
「……良く分からないとしか、言えないんだよなぁ……」
呟く。
恋愛をした記憶は……はっきり言ってない。
友情や家族の愛情は持っている自信はあるが、特別な感情などは個人に持ったこともない。
それに、恋愛に溺れる自分が想像できなかったのである。
「うーん……」
今思うのは、父に言われたチェナベリーの苗をラルディーン公爵家にプランター植えにしなければと言うことと、薬師の試験のこと……王位はまだ猶予を貰っているのだ。
父は兎も角、通常の王族の婚姻は、見合いに婚約期間が約二年で結婚である。
自分の同年代はすでに結婚している為に、それよりも年下……の相手を探すべきである。
しかし、あまり気持ちが起きなかった。
だが、そうも言っていられない。
王妃を決めなくてはならないのである。
「でも、相手を決めたところで……自分には良く解らないし……」
ちなみに話題がない。
ドレスについては可愛いね?が精一杯である。
語彙が足りない自信と自覚はある。
そして、口下手の自信もある。
親に嘆かれた。
仕方ないだろう。
自分には、タラシ文句の1つもないのだ。
それに誰に言うのだ?相手もいないのに……。
「手が止まってますよ。殿下」
「……クレス先輩……どうしてここに?」
「えっ?デュアン先輩の謹慎中に、人手が足りないとロビンソン副隊長にスカウトされました。一応自分の経歴書を提出したら、即ここに配属されたんですよ〜。騒ぎもある程度落ち着いたのもあるし、知ってますか?殿下。地下の牢獄には優秀な看守がいたのに、先日の朝、見回ったら、地下の牢獄が見る影もなく破壊され、元パルスレット公爵以下、デビュタントをめちゃくちゃにした中でも特に重い罪を負っていた者が、全て切り捨てられていたそうです」
「……!……音は、気がつかなかったと?」
「看守が気がついたのは、風が流れていたとか」
アレッザール子爵クレスールはニヤッと笑う。
「リティには口が裂けても言いませんが、元ラミー子爵夫婦も体をバラバラにされ息絶えてました。牢獄の鉄は一閃で切り裂かれていましたよ。1つの遺骸は雷が落ちたらしく焼け焦げ、パルスレット公爵だった遺骸は、滅多刺し……他の遺骸は一瞬で生き絶える殺し方ですが、パルスレット公爵は長い間……一種の拷問を受けた跡のようだったとか」
「……父上はしない」
「そりゃそうでしょう。それに、重罪人の檻を一閃で切り裂く刀剣なんて、そうそう持ってませんよ。私の記憶では、4人です」
クレスールは答える。
女装は苦手だったが、一時期諜報活動をしていたこともある。
その為ローズ様とも距離が近いのである。
「……お越しになられたのか……」
「そして、遺体を一応確認すると、2人人数が足りませんでした。1人は元近衛カーク・ルーベント。そして、この後宮のメイドのエオリア・サーライヴです」
「……もしかして、カークの実家の辺境伯が?」
「可能性はあるね」
クレスの後ろから姿を見せたのは従兄弟のクシュナ。
「あの家は元々亡き夫人が1人娘で、先代が婿に入った。だが先代はすでに別の女性との間に長男を儲けていて、夫人との間に次男、三男と儲けたが、血筋からすると正統な後継者である次男を婿に追い出し、三男を兄を支える為と近衛に追い出したらしい。夫人の死も不審だ。カークは病が悪化してから帰ることを許されたが、次男は許されなかったらしい。次男は『私は婿に入り、家族もおります。ですので継承権は放棄しますが、正統な後継者は、母の血を引いた弟のカークです。どうか母の死について、そして父と兄が何かをしでかさないか不安です。どうか母と領民の為、弟の命を』と助命嘆願書が届けられたよ。陛下もカークはお気に入りだったしね」
「どこに行ったんでしょう……」
「そりゃ、領地でしょ」
クシュナは前髪をかきあげる。
クシュナは面倒くさがりで、髪はほったらかしである。
定期的に妻のエスティが手入れを頼み、切っている。
「あぁ、それと、牢獄で死んでいた罪人、1人だけ雷で打たれていたのは、最初エオリアかと思っていたけれど、私の友人のセントバーグ侯爵の元妻だったよ。綺麗に消し炭……」
「どうして分かったんですか?」
「と言うか、牢獄の何処に誰を入れるか、名札があるでしょ?それに罪が重い者程奥に厳重に戒められる。そして、行方不明の2人の牢獄の入り口が壊されたのではなく、その横の鉄の柱をぐにゃっと曲げて綺麗に広げられていて、2人を戒めていた手枷も引きちぎって捨ててあったんだ。切り捨てるだけなら兎も角、そっちを破壊する人は1人でしょ。陛下が後は、あの方々にお任せするっておっしゃられていたよ」
「……私は何も出来ないな……クシュナ兄上やクレス先輩のように騎士にはなったけれど……何の役にも立っていない……悔しい」
「それはどうかな?」
クシュナは、従兄弟の頭を撫でる。
「お前が、ここにいて普通に王子として王宮の奥で暮らしていたら、皆、お前を陛下に瓜二つの王太子と言うだけで、全くお前個人を見ることはなかったと思うよ。お前が時間があれば、領地や温室、庭園の手入れをして、見学や遊びに来た家族づれに花の名前を教えたり、説明することで、国の皆は次の王は植物に詳しくて、地域にあった農作物を選んでくれると考えてくれる。貴族はただの趣味と思っている節はあるけれど、この地域は農畜産業が主だ。もし、何かあったらお前に直接相談したい、デュアンにもそういってくるだろうね。それに、庶民的な王子としても、お前は私の地域でも知られているんだよ」
「庶民的……?何処がでしょう?」
「……前に、お前が夏の日差しを遮るカーテンがわりになる食物の苗を無料で配っただろう?喜んでいたぞ」
「あれは、本当に試して貰うだけで……」
ボソボソと告げる。
一応、グランディアのマクワウリという植物で、ほんのり甘いのが特徴である。
後は、ヘチマと言い、長く育てて種をとると、繊維は体を洗うこともあり、もしくは前もって収穫して漬物や、皮をむいて炒め物として食べるのだとか。
そして、不思議なひょうたんという、面白い形の植物も選んで種を育てて配った。
面白がって持って帰った家族づれは、面白い植物を育てて楽しんだらしい。
特にひょうたんは、種を取り乾燥させ防水処理をして、水筒がわりに使っている子供もいるらしい。
最初に貰った家族は、殿下に貰ったと種を知人に配り、ちょっとしたブームになっているらしい。
「水筒……グランディアではお酒を入れていたらしいけど……」
「俺の息子も育てて作ってました。で、娘たちが自分用に落書きしてましたよ」
「……自分がそんな風に影響があるとは思ってませんでした」
「と言うか、お前は自分の価値を理解できないんだな……」
「と言うか、先輩。ティフィに、聞いてもいいですか?」
クレスールは問いかける。
「はい。私の子供の名前は?」
「えっとノエル……?で、ノエラ、ノエリア」
「何で、未来形過去形みたいに言ってるんですか!ベルとリラです!それに、クシュナ先輩のお子さんの名前は!ついでに何人いる!」
「えっと〜……7人?長男が……確か二年後……名前何だっただろう……」
「クシュナ先輩!ティフィの記憶力は、自分の趣味以外はこの程度です!」
クシュナはグリグリとこめかみを抑える。
「うち、7人も子供いないんだけどね……ついでに、どうして記憶にない訳?それに結婚適齢期で見合いを申し込まれている家は?」
「そんなのあるんですか?知りませんでした。どの家でしょう?幾つの人ですか?名前とか記憶にないなぁ……」
2人は頭を抱える。
趣味と仕事以外おろそかにして来た弊害である。
「で、ティフィの記憶にある女の子の名前って?」
「えっと〜母上に妹たちに、エスティマ、アリア叔母上にリティ」
「他には、気になる人はいないんですか?」
「……毎年、デビュタントに頭がクラクラするほどキッツイ化粧と香水で、顔と名前覚える気力も起きません。あ、又、いい香水なのに、つけすぎてる人が来た……位ですか?酷い時は薔薇に百合に、金木犀……死にます」
2人は遠い目をした……残念すぎる。
全く、何年もデビュタントだのパーティに出ているのに、香水の匂いでしか思い出せない残念王子……ダメダメである。
「……もう、ミューゼリックさまとデュアン先輩の鉄拳食らってでも、リティを嫁にしませんか?」
クレスールはため息をつきつつ恋愛関係は役に立たない王太子を無視し、その従兄に提案する。
「リティは、ラルディーン公爵の1人娘で、近くに嫁に出すんだと公爵はおっしゃってますし、その上、父に聞いたのですが、グランディアのドラゴンが名付け親とか。あちらの国王もリティを可愛がっていらっしゃると聞いていますし、そんな存在を格下の家に嫁がせられないでしょう」
「それに、それでなくてもあの美少女。前回のように誘拐されたり、変態もいるかもしれないし、それならティフィ、婚約者になって頑張れ!」
「変態って誰ですか?」
「ロリコンとか少女しか愛せない変態がいるんだよ。ローズ様の女装愛や、ルー先輩もロリコン……あだぁぁぁ!」
いつの間にか室内にいたローズ様が、鉄扇でクシュナを殴り飛ばす。
「私は変態ではなくてよ!失礼だわ」
「先輩。鉄扇で叩くと、お馬鹿さんになりますよ?」
「グハァ!カイ先輩のニコニコ悪気のなさそうな嫌味が!」
「あぁ、馬鹿は嫌だわ……でも、クレスールは兎も角、クシュナは馬鹿ね。ラルディーン公爵閣下はある程度覚悟はされていると思うわ。可愛がっている娘を嫁がせる先を悩む……それは親の役目。近くにいて欲しい。そう思っても、自分の身分はラルディーン公爵……リティを守ると言うよりも、リティの後ろしか見ていないでしょうね。リティ本人を大事にして欲しいと思うのが親心よ。カイは息子ばかりで、綾ちゃんは『むさ苦しい!暑苦しい!可愛い嫁を連れてこんかぁぁ!』だったわよね?」
「まぁ、7人とも息子とは思いませんでした」
苦笑する。
「綾に似てくれたらと思ったら、5番目の子だけ顔と瞳と髪の色が同じで、他は皆金髪で……」
「そうそう。小柄で童顔。他の兄弟よりも瞬発力があって持続力に知識量も豊富。あれは本当に諜報部隊のエースだな」
「滅多に帰ってこないんですよ。綾が泣きますから時々返して下さいよ」
「そうだなぁ」
「それにあの子だけ、まだ婚約も結婚もしてないんですよ。恋人もいないし……」
嘆く父親。
「本当に妻に似て可愛い子なのに……婿に出してもいいので、誰か嫁を……」
「じゃぁ、こっちに婿に来るってことで、ラルディーン公爵に頼めば?」
「あっ!それもいいですね。デュアンとも仲がいい子だし……」
「ローズ様、カイ先輩。リティは従姉妹です。幾らカイ先輩の息子でもあげませんよ」
「あら、ただの従兄弟が何か言ってるわね」
おほほ……
ローズ様は笑う。
「カイがうちの陛下を通して、リスティル陛下にお願いすれば、見合い話は整うものよ?残念ねぇ?」
「と言うか、7人も息子がいると、長男、次男が自分で何とか嫁を貰ったのと、六番目が、友人のリオンの娘と幼馴染でようやく婚約……三男はできちゃった婚で、4男は誰に似たのか女の子を落としまくって、婚約者放置……5男の……まだ24なんだけど、本当に良い子なのに……」
「まぁ、正義感が強くて弱い者を守って、いじめっ子を叩きのめす。最近にはいない良い子よねぇ」
「でしょう?先輩。親バカですが、セリは騎士になるのに、一番させてよかったと思っていますよ」
「まぁねぇ……貴方の長男は少し貴方に似てて、次男は冷徹冷静冷酷。三男は上の2人に比べて弱いのよね、精神面でも騎士に向いてないわ。5男のセリディアスは小柄だけれど、騎士らしいのよね……そうね。セリ。四男はタラシのくせにのほほんで、六男は体が弱いから学者になるんでしょ?末っ子はやんちゃ。そうね、こっちに婿に出しちゃいなさい!」
ローズ様の命令に、カイはニコニコと笑い、クレスは、
「女王陛下のご命令に背くことは死を見るんだ」
と呟き、ティフィは、
「自分の王位継承権とか婚約とか……どうなってるんだろう……」
と呟いたのだった。
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