ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

20……デビュタント当日

 大体14歳の子供達が、この国ではデビュタントに出席する。
 14歳で一種の見合いや婚約を発表し、それから2、3年で結婚するのが普通である。

 元ラミー子爵家は色々な意味で目立っていたが、デビュタントの二月前に一種の国王の逆鱗に触れ、爵位に領地を奪われ、辺境に送られた。

 そして、代わりにと言うように、子爵の父の片腕だったアレッザール子爵がその領地を受け継ぎ、その上、ラミー伯爵位を与えられた。
 その息子のクレスールがアレッザール子爵となり、デビュタントに出席する。

 ラミー伯爵の遠縁の娘が、筆頭公爵家のラルディーン家の養女になったのである。
 ちなみにラミー伯爵は一人息子のクレスールしかおらず、クレスールもまだ一番上の子は9歳であるが、クレスールは、王太子ティフィリエルと共にシェールドに留学した学友で、最近まで王都に戻っていなかった。
 デビュタントと共に爵位を正式に渡すのだろうか、と、ざわざわした声が響く中を、アレッザール子爵は渋い顔をしていた。

「クレスール」

 父親にたしなめられる。

「済みません。父上。リティのダンスを見たいと思っているのに、それよりも無駄に目立っている自分が嫌で嫌で……」
「私もだよ。それに……?」

 眉をひそめたのは、何故か堂々と姿を見せる元ラミー子爵夫妻と息子のルイがケバケバしい、ドレスコードを無視した……当然、爵位もないのだから着こなしてはいけないスカーフや、装飾品も当然のように身につけている。

 周囲に控える男爵、子爵、伯爵家の家族やデビュタントを迎えた子供達も引き気味である。
 爵位を考えるならば、子爵家の人間は伯爵家の人間よりも先に入っていなければいけない。
 それがマナーである。
 それすら無視する……ラミー伯爵のサーシアスは温厚だが、マナーには厳しい。
 従兄弟のルイスと共に実はシェールドに留学したこともあるし、ルイスが忙しい代わりに愚息には任せられんと直々に頼まれ、国王陛下やラルディーン公爵の元に赴き、ルイスの片腕として職務を担ったこともある。
 ルイスには、自分の息子でもある程度解るのだからと、仕事を与えて見せてはと何度か進言したが、

「いや、サーシアス。本当にお前が羨ましい。クレスールが私の息子だったらと本当に思うよ」

と、本当に疲れ切ったように呟いていたことを思い出す。
 従兄弟の事を尊敬し、大好きだったサーシアスは本当にその愚かな行いを腹立たしく思った。
 と、

「父上!ラミー家を乗っ取った男が!」

2ヶ月の間に少しふっくら……と言っても、周囲の少女達よりも背は低くほっそりとしているリティとは似ても似つかぬ、ぷっくりと太った少年がサーシアスを指で示す。
 周囲はその、最小限のしてはいけないマナーにますます顔をしかめ、サーシアスを不憫そうに見る。

「貴様ぁぁ!我が家を乗っ取り、どのツラを下げて、ここにいるんだ!我が家の執事だったと言うのに!」
「そうよ!イーフェ!メイド頭が、そのようなドレスでよく来られたものね!厚顔無恥とはお前のことよ!」
「済みませーん」

 姿を見せたのは、国王の甥、第二公爵ラーシェフ公爵家の当主クシュナである。

「お久しぶりです。サーシアス卿、そして元気そうだね、サー・クレスール。お会いできて良かった」
「お久しぶりでございます。ラーシェフ公爵閣下」
「本当に、お会いできまして光栄にございます」
「そして、サーシアス卿の奥方のイーフェどの、確か、クレスール卿の奥方エリザベスどのだったかな、お二人には初めてお目にかかりますね。私はクシュナと申します。従姉妹のデビュタントにぜひ来て欲しいと叔父に便りを貰ったのですが、滅多にこちらに来ないので、知り合いがほとんどいなくて、何度かお会いしたことのあるサーシアス卿とクレスールにお会いできてホッとしました。本当に父も、サーシアス卿には本当にお世話になっておりました……」

 にっこりと笑う。
 亡くなった父フェルナンドによく似た大らかで、芸術家肌の青年である。

「ラーシェフ公爵閣下。私はそんなに……」
「謙遜されなくても。それに、私は妻のドレスの支度を待ちきれなくて、コソコソと来ちゃったんですよ。妻に怒られるかなぁ……」

 クシュナは、父の妹の娘……ティアラーティアの異母妹と結婚している。
 クシュナの年は、デュアンよりも5歳年上であるが、童顔である。

「なっ、何だ?」
「私達が話しているのに!」

 その声に、ひょろ長の青年は振り返り、

「誰ですか?折角話しているのに」
「私たちが話していたのを!」
「私たちを誰だと!」
「うーん?知りません。誰でしたっけ?」

クシュナの一言に、3人は絶句し、周囲は吹き出すのをこらえる。
 顔を赤黒く染める3人の後ろから、

「おい、何をしている」
「あ、パルスレット公爵さま!」
「この者が邪魔を」
「ん?」
「……パルスレット公爵、久しぶりだねぇ?」

にっこりと笑うのはクシュナである。

「伯父上、君の父上が亡くなって何年だったかなぁ?伯父上……陛下があれだけ伯父上やお前に忠告したのに、改めようとしなかったよね?又馬鹿をしてるのかい?陛下のお耳に入れるのもお辛いだろうし、伯父上……ラルディーン公爵閣下に言いつけるよ?」
「っ!……わ、私は、冤罪で爵位を奪われたこのラミー子爵について、伯父上にお伺いしたいのだ!」
「伯父上?陛下に図々しくそんな呼びかけは許されないだろう?陛下と申し上げなさい。そして謝罪を」
「伯父を伯父と呼んで何が悪い!」
「礼儀がなっていないだろう。これがこの国の公爵なのかと、周囲の方々に知られると言うことは、どう言うことになるか分からないのかい?謝罪を!」

 クシュナは穏やかに、しかしはっきりした口調で従兄弟を叱責する。

「私が領地でいても、お前の愚行は聞こえて来たよ。これ以上恥を晒すなら、陛下やラルディーン公爵閣下の代わりに私がお前を断罪する!」
「ひ、筆頭公爵家は我が家だ!」
「伯父上に何度も陛下やラルディーン公爵閣下が注意、警告しても改めなかった。私の父は筆頭公爵家になるつもりもない人だったし、私自身もラルディーン公爵閣下のように陛下の側近として動くことも出来ないと、自由にさせて頂いている。自分の分を弁える事も必要ではないのか?」
「なっ!」
「今日はデビュタント。折角の子供達のイベントを壊すことは控えなさい。出て行くように!衛兵。彼らを連れて行きなさい」

 クシュナの声に衛兵は集まり、四人を捉える。

「何をする!私はパルスレット公爵だぞ!」
「黙りなさい!国王陛下から便りを頂いた。何回離婚結婚を繰り返したら気がすむのか、その上に、ラルディーン公爵家の令嬢に図々しくも『嫁に貰ってやってもいい』と送ったらしいね?お前のその傲慢さ、横柄さ、愚かさに国王陛下がどう考えているのか解っていないのか?……まぁ、解っていないんだね。どこの誰が可愛い娘を、君の妻になんて思うのかい?それに、自分の力でその地位についたと思うのかい?お前の父が陛下の弟だからじゃないか!生まれよりも、陛下は能力を持つ人間を買っている。陛下に認められないと言うことはその程度の人間だよ。出しなさい!」
「はっ」

 四人は出て行く。
 その様子を見送っていたクシュナは、にっこりと笑い周囲に優雅に挨拶をする。

「本当に、声を荒らげてしまって、申し訳ありませんでした。皆さんのデビュタントをお祝いしたいと思いますので、後で改めてご挨拶させて頂ければと思います。それに、ラミー伯爵、サー・クレスール。また、改めてご挨拶を」
「ありがとうございます。閣下。そして、お父上を見ているようで、本当に……嬉しゅうございました」
「父に?そうだと嬉しいのですが……父のように優しい人になりたいものです」
「よく似ておいでです。本当に……」

 サーシアスは目を細める。

「照れくさいですね。私の小さい頃の悪戯を覚えているのは、陛下やラルディーン公爵閣下方だけだと思っていたのに、父の部屋に取って来た虫を沢山引き出しとか扉に隠して、見つけた父が気絶した時に、ルイス卿にお尻を叩かれた覚えがあります」
「あぁ、そうでしたね。公爵閣下は昆虫学者ですし、色々と飼われていましたね。本当は、珍しい蝶のサナギが孵るのを、お父上に見て頂きたかったのだと解って、先代ラミー子爵は本当に申し訳ないことをと後悔されていました」
「と言うか、多分、私が虫に興味がなくて、息子にされたらきっと同じことをしたと思いますよ。ルイス卿は私にとっては叔父の一人で、サーシアス卿も同じです。本当に今日、お会いできて良かったです」

 温厚な青年は優雅に頭を下げると、衛兵の先導で出て行く。

「本当に、あの先輩ですかね……」

 クシュナを見送ったクレスールは呟く。
 ちなみに、先輩と言う通り、シェールドに留学して術師としても騎士としてもあちらに爵位を持ち、デュアンがグランディアやシェールドの珍しい生物を育てているように、クシュナも領地でシェールドの昆虫や植物、そしてグランディアの珍しい蛍に蝶々を何種類も育てている。
 その様々な虫の研究と繁殖を続けているらしい。

 が、クレスールの10歳年上のクシュナには別名があり、

「第二の鬼神」……ちなみに鬼神の別名は、カズール伯爵の娘婿、サー・リュシオン・フィルティリーア。
「第二の魔神」……同じく別名は、カズール伯爵シエラシール・クリスティーン。
「微笑み魔王」

とシェールドで噂になっていた。

 デュアンは表も裏もなく、おっとり温厚で素直な青年だが、第二公爵で辺境で昆虫学者を続けても文句を言われないということは、何かがあるとしか言いようがない。

「閣下は、あの領地の向こうの国の好戦的な人間が度々侵入するのを、毎回叩き潰して勲功を挙げてらっしゃるからね。隣国の女王陛下夫妻とも仲が良くて、陛下も公式以外の国交はあの方に任せているんだよ。見た目は穏やかだが、お父上が弟のラルディーン公爵閣下に預けられて、公爵家の当主として厳しく教育をと頼まれたのだよ」
「そうなんですか!」
「サー・デュアンリールとも兄弟として育っている位だしね。だから、サー・デュアンリールの妹と聞いて、取るものもとりあえず駆けつけたのだろうね」
「……えっと、リティは良い子だから、可愛がって貰えると良いなぁ……」
「それは当たり前だろう。私達のお嬢様は、どんな令嬢よりも可愛い」

 拳を固める父とその横で頷く母イーフェと、しばらく一緒に過ごすようになり、本当の妹のように可愛がるようになった妻のリズ。

 親馬鹿と言うか、まぁ自分も同じで、一人っ子で妹のように可愛がっている、反対意見はないな。

と思うクレスールだった。

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