偽善な僕の明るい世界救済計画

穴の空いた靴下

4話 絶望

 魔法攻撃が終わり、砦は歓声に包まれるはずだった。
 しかし、歓声が起こることはなく、困惑と不安が入り混じったどよめきが広がっていく。

「馬鹿な……あれほどの数が残るなど……今までに……」

《完全に私の失態です……いくつか用意していた魔法攻撃を、最初の殲滅に気をよくして使い続けてしまった……もっとも単純な熱線による攻撃、変異種が生まれてしまう可能性を、殲滅という結果で見落としてしまいました……》

 オリネンテスの瞳からは一筋の涙がこぼれている。
 天才には今、目の前で起きたことが、どれほどの意味を持つことかより正確に理解してしまっていた。

「オリネンテス様、魔道部隊から別の大規模魔法への変更を許可してほしいと連絡が!」

《許可する。私の絶望が現実でなければ、それに越したことはない……》

 先ほどまで流れていた涙はまるで最初から無いかのように毅然とした指示が飛ぶ。
 すぐに巨大な魔方陣が後続の塊に構成されていく。
 最初の大規模魔法を耐えきってしまった魔物たちは、そのまま防壁へと近づいてくる。
 まだその数は少数であったために、防壁中段に備え付けられた中・短距離攻撃用『カラクリ』によってその数を減らしていく。

「バハムリット卿、不味イゾ。『カラクリ』の効果もあイツラに対しては低イ」

 中・近距離『カラクリ』を操る機械化生物の隊長がオリネンテスの考えを裏付ける報告をしてくる。
 さらに超大規模氷雪魔法が発動し、その仮定はどんどんと現実味を帯びてくる。
 やはり、紫の魔石を持つ個体への魔法攻撃の効果が著しく減弱していたのだ。

《カラクリ部隊! 魔力付与をやめて物理攻撃に切り替えてくれ!》

 魔王軍の魔物は、進化をする。
 最初魔物たちが現れたとき、機械化生物たちは自身が持つ『カラクリ』を駆使し、優位に戦局を傾けていた。
 それが、たった一回の魔物たちの進化によって一気にひっくりかせされてしまった。
 進化、それは魔物たちの脅威となる存在に対する抵抗性を獲得することだ。
 機械化生物達はスリングなどによる投擲など、遠距離攻撃による戦法で優位に戦うことができていた。
 それがある日、透明だった魔石が青みがかった個体が現れてから事態は急変する。
 遠距離攻撃をものともしない魔物が発生したのだ。
 一部個体が進化を行うと、新しく生み出される個体に数多くの進化済み個体が現れるようになる。
 わずか数か月でほぼ全ての魔物に機械化生物たちの攻撃は通用しなくなってしまい、国土からの全面撤退を余儀なくされてしまった。
 その後アースガンツで近接物理攻撃も無効化されたとき、魔王軍の侵攻スピードは急速に早くなってしまう。
 精霊の国エリクリアでの魔法による反抗作戦が成功しなければ、今日の拮抗はあり得なかった。
 魔力によるエンチャントを受けた攻撃は魔物たちを足止めした。
 魔法自体も有効で、いつの間にか皆の考えが魔物は魔法に弱い。という事実を作り上げてしまっていた。
 実際には魔力による攻撃が上級使用者が少ないために緩慢になりやすく、耐性を得ることができなかっただけであった。という本当の真実に気が付いたのが、この世界最後の砦に攻め込まれてからだったことは不幸というしかない。

《だめだ、これ以上魔力による攻撃は……敵の進化を促してしまう……しかし、それでは……》

「だめだ、魔力付与シテいない攻撃はさらに効果が薄イ! どうすればイイ!?」

「くっ……オリネンテス殿、何か……」

 バハムリットとオリエンテスの視線が交差する。
 物理攻撃に対する抵抗性に加えて、今、魔法に対する抵抗性を与えてしまった。
 過去の戦線から、今後の展開が苦しいほど、正確に理解できてしまう二人だった。
 バハムリットはオリエンテスの考えを理解し。砦内へ指示を伝えるマイクを手にする。

「私はバハムリットだ。今、現在を持ってこの砦を破棄。
 戦闘員は最後の希望を胸に地上へと退避、しかる後に迫りくる敵軍から我らの世界を守ってほしい。
 私は……オリネンテス殿と共に、最後の作戦、天蓋作戦に全てをかける。
 諸君らの長きにわたる奮戦に、心よりの敬意と、感謝を……
 総員!! 退避!!」

 勇猛果敢な司令官による最後の砦における完全撤退の布告は、事実上の完全敗北を意味する。
 それでも、残された人々は地上の仲間のために生き残らねばない。
 腸が煮えくり返る怒りと、未来へとつなぐ最後の希望を胸に、戦士たちは撤退命令を遂行する。

 二人の司令官も、最後の作戦に向けての準備を行う。
 天蓋作戦。
 勝算も効果もわからない、最後の手段。
 地上へとつながるこの大洞窟を含むすべての地下部分の支柱を爆破、地上部分ごと地下部分を占有する魔王軍を撃滅する作戦名だ。
 地上部分の実に7割を消失する可能性が示唆されている。
 残されるのはエンペロイドの一部分のみ、崩れ去った大地と海が混ざり合い、美しかったグランニーズをめちゃくちゃにして、それでも一部でも生かそう。
 そういう作戦だ。

 発動には総司令官バハムリット、魔法司令官オリエンテス両名の命をキーにしている。
 それほどの覚悟をもってこの作戦を立案した。
 この作戦を実行しないで済むことを心より願って立案した。

 最終トラップである崩落も使用して時間を稼いだ。
 すでに長い年月をかけて土魔法で作成した希望の壁前の広大な土地の地下の巨大な空洞。
 地面を支える魔法を解除して、巨大な谷を瞬時に作り出し、魔王軍の大軍を谷底に叩き落した。

「これで、半日くらいは稼げるかのぉ……」

《そうですね、大軍で谷が埋められれば。私たちの最後ですね》

 二人は室内で最後の食事をしている。
 薄い香りだけお茶のような香りのするお湯。
 食べると口の中がパサパサになる粉を練り上げて焼いたような携行食。
 すべての資源は地上に退避させた。
 今はこれだけが、この場にある食事のすべてだ。
 本来精霊族は経口の食事を必要としないが、今は尊敬すべき司令官との最後の食事を楽しんでいる。

「どうせ死ぬにしても、少しは道連れを作らんとなぁ……」

《そうですね、ただで殺される義理はありませんからね》

「しかし、すまんのぉ。年上なのはわかっているが、まるで孫娘のようなお主を付き合わせることになる……」

《精霊の見た目を気になさらなくていいですよ。それにしてもバハ爺も曾孫さんに会えませんね……
 それだけが私の後悔です……》

「そうじゃのぉ……しかし、あいつらも軍人の家系。
 わかっておったじゃろ……ここまで生きながらえてこれたことが奇跡じゃ。
 最後の大仕事、果たして皆の未来をつながんとな」

《そうですね……私の残した研究成果が未来を救ってくれると信じています》

 ビービービーという空気を読まない無機質な音が響く。

「ずいぶんとお早いお着きじゃのぉ……これだから魔物どもは風情がない……」

 愛用の長刀をつかみ立ち上がる。
 警報は敵が最終防衛ラインに到達したことを知らせる。
 つまり、崩落した大地を乗り越えて壁にとりついたことを意味するのだ。

《すべての工房の魔力を使い果たすつもりで、最初から思いっきり飛ばします!》

「頼もしいな、背中は任せたぞ!!」

 扉を開けば防壁の頂上。

「絶景だな!」

 城壁にとりつきうごめく魔物は視界に入るすべて、紫の怪しい光が隙間なくうごめいている。

《予想通り、新個体が増えていますね……私はあまり役に立たないかもしれません……》

「なぁに、お主が役に立たなければ儂はただのポンコツよ!

 長刀を鞘から抜き放ち、鞘を投げ捨てる。

「天破将軍バハムリット! 最後の大立ち回り! いざご覧に入れようぞ!!」

《魔道の申し子と呼ばれたオリエンテス! 最後の魔法げいじゅつ今こそご覧に入れよう!!》

 今、絶望 対 二人の戦いが始まる。

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