そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~
そして僕は全てを出し切った
旅を再会するにも人数も増えて、色々と買い込んでいかなければならない。保存食や旅に必要な道具だ。ギエフさんはそれなりに経験はあると思うけど、ヤルミラは旅の経験も無いだろうし、女の子が旅に加わると言う事で気を使う事も増えるだろう。
それに、僕は今、丸腰の状態だから自分の身を守る事さえままならない。何としてもサシャから剣を奪い返したいという気持ちがある。
目立った行動はあまり取りたくないけど、旅の支度も整えなければならないから、仕方なく買い出しに出ていた。
「おじさん! 干し肉いくら?」
僕が尋ねると、商店のおじさんは干し肉の値段を提示してくれる。僕は提示された値段でそれを買って麻袋に詰め込んでいく。
サシャの家に戻るとヤルミラが布えお手に持って何かをしている事に気付く。僕はそれが気になって何をしているのかと声を掛けるとヤルミラはローブをあつらえていると教えてくれた。
縫い物も出来るなんて器用なものだなと思う。この世界に生まれてから僕は何かを縫うと言った事はした事が無くて興味が湧いてくる。
作業の様子を見ていると針に糸を通して縫い合わせていた。このような作業は前の世界での縫い物と変わりが無いように見える。
ヤルミラと軽く会話をしていると、ギエフさんも戻って来た。一度自分の住んでいた場所に戻って旅支度を整えると言っていたけど、ギエフさんの家にベドジフの手の物が行っている可能性も考えると心配にもなったが、その心配は杞憂だったようだ。変わった事は無かったとギエフさんは笑いながら話してくれた。
それからは何事も無く時間が過ぎていった。これから暗くなって行くと言うのにサシャは戻って来ない。サシャとの出会いは最悪だったけど、一緒に行動して、ヤルミラの言うように悪い奴では無いと思えるようになっていた。
でも、僕はサシャの事は好きにはなれない。他人の剣を奪った挙句に返さないと言う行動は良くないし、多少話せるようになったとは言え、僕に対しての当たりも強い。そんな人を好きになれる人なんてあまりいないだろうと思う。
外を見ると空はオレンジと暗い青のコントラストが広がり、昼の世界を夜の世界が侵食し始めようとしている。ここにいる僕達はそれぞれ作業に集中し、会話も無く、僕の耳に聞こえるのは外から入ってくる雑音だった。
この無音の空間は割るように扉を開く音が聞こえて、僕達は一斉に扉の方を見た。
扉を開いた主がそこに立っている。サシャだ。
「ちょっと面貸せよ」
サシャは開いた扉に身体を預けるように寄りかかって僕を睨むように見据えながら小さな声で言い放つ。
サシャの視線から僕に言っているのだとすぐに分かる。立ち上がった僕はギエフさんとヤルミラを見る。ギエフさんは少しだけ不穏になった空気に戸惑っているようだったけど、ヤルミラの方は落ち着いたもので、僕と視線が合うとゆっくりと頷いた。
「分かった」
僕が歩き出すとサシャは何も言わずに外に向かう。サシャと言う支えの無くなった扉は小さな音を立てて閉まる。誰も喋らない空間で僕の足音だけが響く事なく鳴っていた。
外に出るとサシャは歩いていた。僕が付いて来ていると分かっているようにぐんぐんと歩みを進め、かがり火に照らされた細い路地へと着いた。
サシャは立ち止まると振り返り、突然僕に殴り掛かる。咄嗟の事で僕はそれを避ける事も出来ずにものに受けてしまい、大きく仰け反ったと思う。
口の中が切れたようで、血の味が広がっていた。
「いきなり殴りかかってくるなんてどう言う事だ!」
僕が殴られる筋合いは無い。始めて出会った時もそうだ。少しぶつかったからと言っていちゃもんを付けられた挙句に大切な剣を僕から奪って行った。
「ふん。俺は不器用だからよ」
確かに不器用だろうと思う。ヤルミラを助けに行った時だって衝動に駆られて正面から突っ込んで行ったんだ。あの時の僕も冷静では無かったと思うけど、今になって考えてみれば他にもやりようがあったんじゃないかと思う。
「不器用だからっていきなり殴る事は無いだろ!」
「ふんっ。俺はお前を殴り続けるぜ。お前を見てるとイライラすんだよ。良い子ぶって襲われても何もしようとしねぇ。人を傷つけるのは嫌か? 剣はよぉ。凶器なんだよ。魔物だけじゃねぇ。人にも向けるもんだ。人を傷つけるのを嫌がるような甘ちゃんに武器を持つ資格なんてねぇんだよ! ほら。かかって来いよ。俺はお前の剣を持ってるんだぜ?」
僕に見えないように持っていたのかは分からないけど、サシャが言ったように、その手には僕の――いや、バルおじさんの剣が握られていた。
「返せよ!」
「返して欲しいんなら奪ってみろよ!」
世界はすでに夜に支配されて、星達の輝きが僕とサシャを照らしている。街を照らす為につけられたかがり火も僕達を照らしている。
僕は暴力が嫌いだ。人を力で押さえつけるような人間は嫌いだ。サシャはそんな僕に暴力を押し付けてくる。大っ嫌いだ。
でも、目の前のサシャと言う壁を越えないと先に進めないとも思う。僕だって男なんだ。それなら自分の力でその壁を越えたい。
僕はサシャに向かって拳を上げる。嫌いな暴力を振るう。
僕の拳をあっさりと避けたサシャは僕の腹を蹴る。胃の中の物が全て出てくるんじゃないかと思うほどに強烈な蹴りだ。
「そんなんじゃいつまで経っても俺に攻撃は届かねぇよ」
サシャの挑発に僕は真っ向から立ち向かうけど勝てるなんて思えない。
それでも僕はサシャに一矢報いたいと思った。蹴られた痛みはあまり感じない。脳が興奮しているせいだろうか。
サシャ向かって駆け出していく。まだ体力にも余裕はあるし、気力だって十分だ。
「当たらねぇよ」
僕の繰り出す攻撃はあっさりと躱されてしまう。そして、カウンターを食らう。
ずっとこれの繰り返しだった。僕の攻撃はサシャには届かないのにサシャからの攻撃はモロに受けてしまう。
どうすれば良いのか分からない。僕と対峙するサシャは構える事なんてしていないのに隙が見えない。ただ突っ込んで行くだけじゃ駄目だ。
でも、解決策が見つからないから同じように突っ込んでは倒される。地面に倒れた僕の脳裏に村長の言葉が浮かんでくる。
『使える物は使え。格好悪くてもいい。泥臭く一生懸命にやるからこそ格好良く見える時もある』
「使える物は何でも使う――」
地面に向かって呟いた。土で出来た地面を握りしめる。
「なんだぁ? もう終わりか?」
「まだ――まだ終わってない!」
顔を上げ、見上げた先にはサシャが見える。余裕そうに立ち、僕を見下ろすその視線は冷たい。
そして、無慈悲なサシャの蹴りが僕の顎を捉えた。僕は宙を舞っているのだろう。変な浮遊感を覚えたと思ったら僕の身体は重力によって地面へと引き戻されて仰向けに倒れてしまった。
「サシャ! もう止めて!」
僕とサシャを追いかけて来たのかヤルミラの声が耳に届く。
「あぁん? 黙ってろ!」
「嬢ちゃん。ここは見守ってやろう」
ギエフさんの声も聞こえる。ギエフさんはこの戦いを止めようとは思っていないようだった。僕もまだ戦えるし、戦わなくちゃいけないから。
「ヤルミラ。大丈夫だから。それにギエフさん。ありがとう」
強がったわけじゃなかったけど、自然と笑みがこぼれていた。身体は痛いし、一方的にやられてボロボロなのに。
僕は立ち上がると真っ直ぐとサシャを睨む。口の中に広がっていた血の味ももう気にならない。
この世界は常に死と隣り合わせだ。暴力が嫌いだからと言って戦わないと言うわけにもいかないってのは感じるし、サシャはそれを僕に教えようとしてくれていたのかもしれない。サシャの事だから、ただムカついたから殴ったなんて思っていそうだけど。
今はまだ敵わないかもしれないけど、いつか見返してやりたい。やられるのは分かってるけど、ここで逃げたら絶対に駄目なんだと思う。
僕は再びサシャに向かって駆け出した。馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込むだけだ。でも――
「お前頭悪いのか――なっ!」
でも、勝つためには何だって使う。僕は握りしめていた土をサシャの顔に向かって投げると蹴りを繰り出した。サシャは腕を使ってそれをガードして、カウンターで蹴りを繰り出すけど僕はそれを見越して後ろに下がる。下がったと同時に再び土を手に掴んでサシャに投げると攻撃した。
「くそ――うぜぇ」
「君を倒す為に何だってするさっ!」
僕だけが一方的にやられる展開では無くなったけど、ただそれだけだった。サシャは僕の攻撃を受け流したりガードしたりしてまともに捉える事は出来ていない。
「でも――そう言うの嫌いじゃないぜ!」
ニヤリと口角を上げたサシャの顔は楽しそうに見えた。きっと僕も笑っていると思う。
サシャは左手に持っていた剣を手放した。剣は地面に吸い寄されるようにドサりと落ちる。サシャの顔つきが変わった気がした。
僕はそのサシャの顔を見て恐怖を感じ後退る。しかし、それが失敗だったのかもしれない。サシャの方から僕に攻撃を仕掛けようしているようで、重心が低くなる。
咄嗟に土をサシャの顔面に投げるも手で弾かれてしまい、サシャに胸ぐらを掴まれると投げ飛ばされた。地面に落ちた衝撃で肺の中にあった空気が全て漏れ、息をする事自体も苦しく感じる。
どうにか立ち上がった僕が顔を上げるとすでに僕の目の前にサシャは移動していて続けざまに殴られる。もう痛みがどこにあるのかさえ分からない。
止めと言わんばかりのアッパーが僕の顎に直撃すると一気に意識が飛ばされたような気がした。
「――わりか? このくらいでぶっ倒れるくらいなら旅なんか止めた方がいいぜ。お前みたいなのがなんで旅をしているのかは分かんねぇけどな」
捨て台詞を吐くようなサシャの言葉が耳に入る。
僕は友加里を探し出してもう一度幸せをこの手に掴む為に旅に出たんだ。こんな所では終われない。
どこに力が残っていたのかも分からないけど、僕はフラフラになりながらも立ち上がる事が出来た。目の前に立っているサシャの顔は霞んで見える。
「僕は探さなきゃいけない人がいるんだ――」
「例の貴族のお嬢様ってやつか? そんなもん旅なんか――」
「違う!」
僕に残っているのは気力だけだった。
僕の旅は邪魔させない。
精一杯の力でサシャに殴りかかろうと動くも体が上手く動いてくれない。こんな僕の攻撃がサシャに届くわけも無く殴り返され僕は倒れてしまう。
それでも僕は諦めないで立ち上がる。もしかすると意識なんてとうの昔に飛んでしまっているのかもしれない。
何度も何度も倒され続けた。身体が段々熱くなって行くのを感じる。気づかないうちに魔力の開放を行っていたようだ。
熱くなった身体から湯気のようなものが立ち上がっているのが分かった。
「な、なんでお前は諦めねぇんだよ」
僕は諦めない。一度死んで、幸せはどこかに行ってしまったけど、友加里もこの世界にいるって分かってるんだ。友加里に会いたい。声を聞きたい。触れ合いたい。僕の頭の中にはそれしか残っていなかった。
「僕は――友加里を探す為に旅をしているんだ!」
渾身の力で放ったパンチはサシャに届いた。届いただけだった。残った力を振り絞って繰り出した僕の攻撃は力も無くて、触れただけのようなそんなパンチだった。
結局勝てなかった。全力を尽くしても手も足も出なかった。僕は弱い。
でも、不思議と悔しさは残っていない。どこか清々しさに似た変な感じだ。
視線に気付いて顔を上げるとサシャが僕を見ていた。その顔は今までとは違い、きちんと僕を見てくれている。理解してくれようとしている。そんな風に思えた。
「へへっ。やっと届いた」
口が勝手に動く。もう眠ってしまいたいのに。
「くそ熱いパンチだったぜ」
そして僕の視界は暗くなる。
強く抱き寄せられた感覚が僕に伝わる。
これから一緒に旅に出ようってのにギエフさんとヤルミラに格好悪い所を見せてしまったと思う。こんな頼りない僕と一緒に旅をしてくれるのか不安になってしまう。
熱くなった体温が冷めていくのを感じる。それがとても心地良い。
「お前格好良かったぜ。ルカ。それに比べて俺はくそ格好悪いじゃねぇか」
サシャの小さな呟きが僕の耳に届いた。
サシャは自分の事を格好悪いと言う。そんな事は無い。自分が悪者になってまで僕を導いてくれたんだと思う。サシャとの出会いは神様がくれた宝物だったんだなって思う。
「ありがとう。サシャ」
声を出すのも辛かった。でも、感謝の気持ちは今伝えなきゃいけないと思った。サシャの事は嫌いだったけど、そんな小さな事はどうでもいい。僕が弱いと教えてくれた。殴り合いでしかお互いの心を知れないなんてとんだ不器用だ。サシャも僕も。
どこか心地よくフワフワとした感じが僕を包み込んで、とても良い気持ちの中で僕の世界は眠りに落ちていった。
それに、僕は今、丸腰の状態だから自分の身を守る事さえままならない。何としてもサシャから剣を奪い返したいという気持ちがある。
目立った行動はあまり取りたくないけど、旅の支度も整えなければならないから、仕方なく買い出しに出ていた。
「おじさん! 干し肉いくら?」
僕が尋ねると、商店のおじさんは干し肉の値段を提示してくれる。僕は提示された値段でそれを買って麻袋に詰め込んでいく。
サシャの家に戻るとヤルミラが布えお手に持って何かをしている事に気付く。僕はそれが気になって何をしているのかと声を掛けるとヤルミラはローブをあつらえていると教えてくれた。
縫い物も出来るなんて器用なものだなと思う。この世界に生まれてから僕は何かを縫うと言った事はした事が無くて興味が湧いてくる。
作業の様子を見ていると針に糸を通して縫い合わせていた。このような作業は前の世界での縫い物と変わりが無いように見える。
ヤルミラと軽く会話をしていると、ギエフさんも戻って来た。一度自分の住んでいた場所に戻って旅支度を整えると言っていたけど、ギエフさんの家にベドジフの手の物が行っている可能性も考えると心配にもなったが、その心配は杞憂だったようだ。変わった事は無かったとギエフさんは笑いながら話してくれた。
それからは何事も無く時間が過ぎていった。これから暗くなって行くと言うのにサシャは戻って来ない。サシャとの出会いは最悪だったけど、一緒に行動して、ヤルミラの言うように悪い奴では無いと思えるようになっていた。
でも、僕はサシャの事は好きにはなれない。他人の剣を奪った挙句に返さないと言う行動は良くないし、多少話せるようになったとは言え、僕に対しての当たりも強い。そんな人を好きになれる人なんてあまりいないだろうと思う。
外を見ると空はオレンジと暗い青のコントラストが広がり、昼の世界を夜の世界が侵食し始めようとしている。ここにいる僕達はそれぞれ作業に集中し、会話も無く、僕の耳に聞こえるのは外から入ってくる雑音だった。
この無音の空間は割るように扉を開く音が聞こえて、僕達は一斉に扉の方を見た。
扉を開いた主がそこに立っている。サシャだ。
「ちょっと面貸せよ」
サシャは開いた扉に身体を預けるように寄りかかって僕を睨むように見据えながら小さな声で言い放つ。
サシャの視線から僕に言っているのだとすぐに分かる。立ち上がった僕はギエフさんとヤルミラを見る。ギエフさんは少しだけ不穏になった空気に戸惑っているようだったけど、ヤルミラの方は落ち着いたもので、僕と視線が合うとゆっくりと頷いた。
「分かった」
僕が歩き出すとサシャは何も言わずに外に向かう。サシャと言う支えの無くなった扉は小さな音を立てて閉まる。誰も喋らない空間で僕の足音だけが響く事なく鳴っていた。
外に出るとサシャは歩いていた。僕が付いて来ていると分かっているようにぐんぐんと歩みを進め、かがり火に照らされた細い路地へと着いた。
サシャは立ち止まると振り返り、突然僕に殴り掛かる。咄嗟の事で僕はそれを避ける事も出来ずにものに受けてしまい、大きく仰け反ったと思う。
口の中が切れたようで、血の味が広がっていた。
「いきなり殴りかかってくるなんてどう言う事だ!」
僕が殴られる筋合いは無い。始めて出会った時もそうだ。少しぶつかったからと言っていちゃもんを付けられた挙句に大切な剣を僕から奪って行った。
「ふん。俺は不器用だからよ」
確かに不器用だろうと思う。ヤルミラを助けに行った時だって衝動に駆られて正面から突っ込んで行ったんだ。あの時の僕も冷静では無かったと思うけど、今になって考えてみれば他にもやりようがあったんじゃないかと思う。
「不器用だからっていきなり殴る事は無いだろ!」
「ふんっ。俺はお前を殴り続けるぜ。お前を見てるとイライラすんだよ。良い子ぶって襲われても何もしようとしねぇ。人を傷つけるのは嫌か? 剣はよぉ。凶器なんだよ。魔物だけじゃねぇ。人にも向けるもんだ。人を傷つけるのを嫌がるような甘ちゃんに武器を持つ資格なんてねぇんだよ! ほら。かかって来いよ。俺はお前の剣を持ってるんだぜ?」
僕に見えないように持っていたのかは分からないけど、サシャが言ったように、その手には僕の――いや、バルおじさんの剣が握られていた。
「返せよ!」
「返して欲しいんなら奪ってみろよ!」
世界はすでに夜に支配されて、星達の輝きが僕とサシャを照らしている。街を照らす為につけられたかがり火も僕達を照らしている。
僕は暴力が嫌いだ。人を力で押さえつけるような人間は嫌いだ。サシャはそんな僕に暴力を押し付けてくる。大っ嫌いだ。
でも、目の前のサシャと言う壁を越えないと先に進めないとも思う。僕だって男なんだ。それなら自分の力でその壁を越えたい。
僕はサシャに向かって拳を上げる。嫌いな暴力を振るう。
僕の拳をあっさりと避けたサシャは僕の腹を蹴る。胃の中の物が全て出てくるんじゃないかと思うほどに強烈な蹴りだ。
「そんなんじゃいつまで経っても俺に攻撃は届かねぇよ」
サシャの挑発に僕は真っ向から立ち向かうけど勝てるなんて思えない。
それでも僕はサシャに一矢報いたいと思った。蹴られた痛みはあまり感じない。脳が興奮しているせいだろうか。
サシャ向かって駆け出していく。まだ体力にも余裕はあるし、気力だって十分だ。
「当たらねぇよ」
僕の繰り出す攻撃はあっさりと躱されてしまう。そして、カウンターを食らう。
ずっとこれの繰り返しだった。僕の攻撃はサシャには届かないのにサシャからの攻撃はモロに受けてしまう。
どうすれば良いのか分からない。僕と対峙するサシャは構える事なんてしていないのに隙が見えない。ただ突っ込んで行くだけじゃ駄目だ。
でも、解決策が見つからないから同じように突っ込んでは倒される。地面に倒れた僕の脳裏に村長の言葉が浮かんでくる。
『使える物は使え。格好悪くてもいい。泥臭く一生懸命にやるからこそ格好良く見える時もある』
「使える物は何でも使う――」
地面に向かって呟いた。土で出来た地面を握りしめる。
「なんだぁ? もう終わりか?」
「まだ――まだ終わってない!」
顔を上げ、見上げた先にはサシャが見える。余裕そうに立ち、僕を見下ろすその視線は冷たい。
そして、無慈悲なサシャの蹴りが僕の顎を捉えた。僕は宙を舞っているのだろう。変な浮遊感を覚えたと思ったら僕の身体は重力によって地面へと引き戻されて仰向けに倒れてしまった。
「サシャ! もう止めて!」
僕とサシャを追いかけて来たのかヤルミラの声が耳に届く。
「あぁん? 黙ってろ!」
「嬢ちゃん。ここは見守ってやろう」
ギエフさんの声も聞こえる。ギエフさんはこの戦いを止めようとは思っていないようだった。僕もまだ戦えるし、戦わなくちゃいけないから。
「ヤルミラ。大丈夫だから。それにギエフさん。ありがとう」
強がったわけじゃなかったけど、自然と笑みがこぼれていた。身体は痛いし、一方的にやられてボロボロなのに。
僕は立ち上がると真っ直ぐとサシャを睨む。口の中に広がっていた血の味ももう気にならない。
この世界は常に死と隣り合わせだ。暴力が嫌いだからと言って戦わないと言うわけにもいかないってのは感じるし、サシャはそれを僕に教えようとしてくれていたのかもしれない。サシャの事だから、ただムカついたから殴ったなんて思っていそうだけど。
今はまだ敵わないかもしれないけど、いつか見返してやりたい。やられるのは分かってるけど、ここで逃げたら絶対に駄目なんだと思う。
僕は再びサシャに向かって駆け出した。馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込むだけだ。でも――
「お前頭悪いのか――なっ!」
でも、勝つためには何だって使う。僕は握りしめていた土をサシャの顔に向かって投げると蹴りを繰り出した。サシャは腕を使ってそれをガードして、カウンターで蹴りを繰り出すけど僕はそれを見越して後ろに下がる。下がったと同時に再び土を手に掴んでサシャに投げると攻撃した。
「くそ――うぜぇ」
「君を倒す為に何だってするさっ!」
僕だけが一方的にやられる展開では無くなったけど、ただそれだけだった。サシャは僕の攻撃を受け流したりガードしたりしてまともに捉える事は出来ていない。
「でも――そう言うの嫌いじゃないぜ!」
ニヤリと口角を上げたサシャの顔は楽しそうに見えた。きっと僕も笑っていると思う。
サシャは左手に持っていた剣を手放した。剣は地面に吸い寄されるようにドサりと落ちる。サシャの顔つきが変わった気がした。
僕はそのサシャの顔を見て恐怖を感じ後退る。しかし、それが失敗だったのかもしれない。サシャの方から僕に攻撃を仕掛けようしているようで、重心が低くなる。
咄嗟に土をサシャの顔面に投げるも手で弾かれてしまい、サシャに胸ぐらを掴まれると投げ飛ばされた。地面に落ちた衝撃で肺の中にあった空気が全て漏れ、息をする事自体も苦しく感じる。
どうにか立ち上がった僕が顔を上げるとすでに僕の目の前にサシャは移動していて続けざまに殴られる。もう痛みがどこにあるのかさえ分からない。
止めと言わんばかりのアッパーが僕の顎に直撃すると一気に意識が飛ばされたような気がした。
「――わりか? このくらいでぶっ倒れるくらいなら旅なんか止めた方がいいぜ。お前みたいなのがなんで旅をしているのかは分かんねぇけどな」
捨て台詞を吐くようなサシャの言葉が耳に入る。
僕は友加里を探し出してもう一度幸せをこの手に掴む為に旅に出たんだ。こんな所では終われない。
どこに力が残っていたのかも分からないけど、僕はフラフラになりながらも立ち上がる事が出来た。目の前に立っているサシャの顔は霞んで見える。
「僕は探さなきゃいけない人がいるんだ――」
「例の貴族のお嬢様ってやつか? そんなもん旅なんか――」
「違う!」
僕に残っているのは気力だけだった。
僕の旅は邪魔させない。
精一杯の力でサシャに殴りかかろうと動くも体が上手く動いてくれない。こんな僕の攻撃がサシャに届くわけも無く殴り返され僕は倒れてしまう。
それでも僕は諦めないで立ち上がる。もしかすると意識なんてとうの昔に飛んでしまっているのかもしれない。
何度も何度も倒され続けた。身体が段々熱くなって行くのを感じる。気づかないうちに魔力の開放を行っていたようだ。
熱くなった身体から湯気のようなものが立ち上がっているのが分かった。
「な、なんでお前は諦めねぇんだよ」
僕は諦めない。一度死んで、幸せはどこかに行ってしまったけど、友加里もこの世界にいるって分かってるんだ。友加里に会いたい。声を聞きたい。触れ合いたい。僕の頭の中にはそれしか残っていなかった。
「僕は――友加里を探す為に旅をしているんだ!」
渾身の力で放ったパンチはサシャに届いた。届いただけだった。残った力を振り絞って繰り出した僕の攻撃は力も無くて、触れただけのようなそんなパンチだった。
結局勝てなかった。全力を尽くしても手も足も出なかった。僕は弱い。
でも、不思議と悔しさは残っていない。どこか清々しさに似た変な感じだ。
視線に気付いて顔を上げるとサシャが僕を見ていた。その顔は今までとは違い、きちんと僕を見てくれている。理解してくれようとしている。そんな風に思えた。
「へへっ。やっと届いた」
口が勝手に動く。もう眠ってしまいたいのに。
「くそ熱いパンチだったぜ」
そして僕の視界は暗くなる。
強く抱き寄せられた感覚が僕に伝わる。
これから一緒に旅に出ようってのにギエフさんとヤルミラに格好悪い所を見せてしまったと思う。こんな頼りない僕と一緒に旅をしてくれるのか不安になってしまう。
熱くなった体温が冷めていくのを感じる。それがとても心地良い。
「お前格好良かったぜ。ルカ。それに比べて俺はくそ格好悪いじゃねぇか」
サシャの小さな呟きが僕の耳に届いた。
サシャは自分の事を格好悪いと言う。そんな事は無い。自分が悪者になってまで僕を導いてくれたんだと思う。サシャとの出会いは神様がくれた宝物だったんだなって思う。
「ありがとう。サシャ」
声を出すのも辛かった。でも、感謝の気持ちは今伝えなきゃいけないと思った。サシャの事は嫌いだったけど、そんな小さな事はどうでもいい。僕が弱いと教えてくれた。殴り合いでしかお互いの心を知れないなんてとんだ不器用だ。サシャも僕も。
どこか心地よくフワフワとした感じが僕を包み込んで、とても良い気持ちの中で僕の世界は眠りに落ちていった。
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