そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~

ノベルバユーザー189744

そして僕は何も出来なかった

 階段を抜けた。階段を抜けた先は小さな部屋になっていた。暗い牢の長い時間いたからか、暗い部屋の中でもどんな部屋なのかはよく分かる。

 小じんまりとした質素な部屋だ。装飾は特に見当たらなかったが、壁に大きな斧が二本、クロスするように飾ってある。

「ちょっといいかな」

「どうした? 急に怖気づいたんじゃねぇだろうな?」

「そんなんじゃないよ。ただ、ヤルミラは鎖に繋がれていたんだ。素手ではどうしようも無かった」

「今更何言ってんだ?」

「ごめん。でも、あの斧なら鎖を断ち切れるかもしれないと思って」

 僕は壁に飾ってある大きな斧を指差す。サシャもギエフさんも僕の指差した方を見て納得したように頷いた。

「そう言う事かよ」

 ニヤリと笑みを零したサシャの顔は怖い。僕とサシャはそれぞれ飾ってあった斧を手に持った。大きな斧はその見た目通り、かなりの重量があるように思える。

「ルカにサシャと言ったか。今の時間は分かるか?」

「時間の感覚なんて狂ってるよ」

「時間なんて気にしてどうしたんだよ! おっさん」

「静かにしろ。今は夜だ。みんな寝静まってる時間なんだ」

「ここの連中を起こさないように静かに行動しろって事ね。分かったぜ」

「そう言う事だ。まず俺が部屋を出るから俺が合図したら出てきてくれ」

 ギエフさんはそう言うなり音の出ないように扉を開けて部屋の外へと出る。

「大丈夫だ」

 合図を待っているとギエフさんの声が聞こえて来た。僕はサシャと顔を合わせ頷き合う。息を潜めながら部屋の外へ出るとそこはベドジフの家のロビーだった。次はサシャが先頭で地下へ続く階段の扉へと向かい、その扉を開けた。

「さぁ。降りるぞ」

「うん」

「この扉の奥にこんな階段があったなんてな」

「ベドジフに雇われてんのに把握出来てねぇのかよ」

「そりゃあな。俺は牢の見張りが仕事で他の部屋には絶対に入るなと言われていたんだ」

「けっ。そうかよ」

 薄暗い地下へと続く階段を慎重に降りていく。逸る気持ちはあるけど、足を踏み外して階段から転げ落ちたら目も当てられない。

 程なくして、重厚な扉の前に付いた。ベドジフが僕達を連れて来た時も緊張はしていたが、今回はその時以上に心臓がバクバクと脈打っているのが分かる。

「開けるぞ」

 サシャが扉を開ける。前回の時は気にも止めなかったけど、今回は扉の蝶番の潤滑油が切れ掛かっているのか金属同士が擦れて甲高い音が響き渡る。その音が妙に頭に残った。

 地下の広間に入る。設置されたランプは儚く明かりを灯していた。少しは明るくも感じるがそれでもこの広間は広く、明かりを全体へ行き渡らせるには至っていない。

「ヤルミラ!」

 僕はヤルミラが繋がれている場所へと走って向かった。

「ヤルミラ。起きて」

「ん……ルカ?」

「助けに来たよ」

「げ、元気かよ」

「そんな風に見える? ふふっ。ありがとう」

 少し憔悴しているようにも見えるけど、ヤルミラはしっかりと意識を保ち、受け答えをしているのを見て安心する事が出来た。

「ちょっくら強引にその鎖を切るからな」

「うん!」

 サシャの言葉にヤルミラは笑顔で応える。僕もその様子を見て笑顔になる事が出来たけど、のんびりとしている暇は無い。こんな場所、さっさと抜け出すに越した事は無いのだから。

「おっさん。見張り頼むぜ」

「任せときなって! おっと」

 サシャがギエフさんに見張りを頼むと自分の持っていたナイフをギエフさんに投げ渡した。そのナイフはくるくると回転しギエフさんの手に柄の部分が納まる。

「危ねぇだろ! 刺さったらどうすんだ」

「あ、すまん」

「まぁいいさ。さっさとしろよ」

「分かってる」

「それじゃあ行くよ」

 重量のある大きな斧で思いっきり鎖を断ち切ろうと振りかぶったけど、思った以上にバランスを崩して後ろに倒れそうになった所をサシャが手で支えてくれて僕は倒れずに済む。

「危ねぇな。俺がやるからお前は見てろ」

 こうして、僕は一度も斧を振る事が出来ずに見ているだけと言う状態になってしまう。サシャは斧を上手く操って繋げられている鎖を断ち切ろうと何度も打ち叩いた。

「もう少しだ。その斧貸せ」

「うん」

 僕が持っていた斧とサシャの持っていた斧を交換する。刃の部分を見てみると刃が潰れていた。それだけサシャの振る力が強いと言う事なのだろうか。

 何も出来ない僕はただ鈍い音が鳴り響き、鎖が千切れて行くのを見守る事しかしていない。

「よし――!」

 サシャが額に滲んだ汗を拭う。その足元にはヤルミラの足に繋げられていた鎖が真っ二つに断ち切られていた。

「動けるかい?」

「うん。大丈夫」

 大丈夫と言うもののヤルミラは少しフラついているように見えた。ロクな食事も与えられていなかったのもあるのだと思うけど、精神的に疲弊しているのかもしれない。

「おっさん! こっちは完了だぜ!」

「こっちも大丈夫だ。誰も来てねぇ」

「僕の背中に」

「でも……」

「自分で歩けるとか言いてぇんだろうが今はコイツにおぶって貰えよ」

 ヤルミラは僕におぶって貰う事を躊躇っているように見えた。恥じらいがあるのか、それとも僕が頼りないからなのかは分からないが。それでもサシャの一言でヤルミラは素直に従ってくれた。サシャのように強い口調で僕も話す事が出来たならと思ってしまう。

「さぁ行こう!」

 少し複雑な気持ちになってしまったけど、そんな事は今はどこかに捨ててしまわなければいけない。ヤルミラは僕の背中に身を預けた。

「急げ!」

 ギエフさんが先に簡単な偵察を行けると言う合図を待ってから動いて行く。何の邪魔も入らずにベドジフの家の外へ出る事が出来た。空は月と星の明かりで煌めいていた。

「門番をどうするかだな」

「任せておけ」

「どうするの?」

 僕の問いかけに右手を上げて応えたギエフさんは門番と話しをしだした。普段から仲が良いのかギエフさんの顔に笑顔が見える。

「よし大丈夫だ!」

 門番と話を付けたのかギエフさんは僕達を呼ぶ。

「すまねぇな。お前も食いっぱぐれちまうか」

「別にいいさ。こんな突っ立ているだけの仕事にも飽き飽きしていた所だしな。ベドジフの事も胡散臭いと思っていたんだ」

「そうか。お前はこれからどうするんだ?」

「独り身だしな。守る家族もいないんだ。どこかの街に引っ込んでのんびりするさ。金はたんまりあるんだ。しかし、美味い話には裏があるって本当なんだな」

「俺も昔痛い目見たくせに今もこうやって美味い話に乗った自分がいるんだ。人間成長しないもんだな」

「そりゃそうだ。ガッハッハ」

 門番とギエフさんの会話を耳にして少しだけ心が痛む。

 この人達は僕を逃がす為だけに職を失うのだ。ただ、ベドジフを放っておく訳にもいかないから、どちらにせよ職は失う事になるのかもしれないがそれは僕達がベドジフに勝った時の話しだし、僕達が直接ベドジフに手を下す事は無いかもしれない。状況が許すのならば逃げてしまいたい気持ちもある。

「それじゃ俺達は行くぜ」

「おう! どこかで会ったら酒でも飲もうぜ」

 僕達は無事ヤルミラを救出し、ベドジフの家を抜け出す事が出来た。牢獄に捕らえられた時はこれで終わりかもしれないと思ったりもしたけど、ギエフさんと再会し、助けを得てからはすんなりと事が運んだ事を嬉しく思ってしまう。

「どこに身を隠すかねぇ」

「俺の住処は無理だろうな。捕らえられたお前達を逃がす手伝いをした挙句、雇い主を裏切るような事をしてる。必ず俺の住処を探しに来るだろうよ」

「仕方ねぇな。じゃあ俺の家を隠れ家にしろ」

「君の家に?」

「あぁ。いいぜ。広くはないけどな」

「その前に一旦私の家に寄って欲しいの」

「そうか。着替えなんかも必要だな」

「それもあるけど、違うの。本を」

「僕の荷物もヤルミラの家にあるから運んでおきたいかな」

 一応ではあるけど、行動の方針が決まった。方針と言っても単純で一度ヤルミラの家に行き、荷物を持ってサシャの家に身を寄せる。詳しい話はそれからになるだろう。

 僕達はヤルミラの家に向かう。しかし、宝石を探す為にベドジフがヤルミラの家を荒らしている可能性もある為、僕の荷物はおろか貴重な本まで持ち出されている可能性がある。

 ヤルミラの家に着き、中に入ると僕が最後にこの家を出た時と変わらない姿を見せてくれて安心した。

「良かった……」

 ヤルミラは大事そうに本を数冊抱え、テーブルに置く。僕のバックパックも村長が渡してくれたお金も無事だった。

「僕の方は大丈夫だけどヤルミラは荷物を纏められた?」

「うん。大丈夫」

 どこか元気の無い様子のヤルミラ。色々あったのだから落ち込んでしまうのもよく分かる。僕はヤルミラの肩に手を置いて口を開いた。

「もう行こうか。外で二人も待ってるから」

「うん。ルカ……助けに来てくれてありがとう」

「君は僕を助けてくれた恩人だからね。当然の事だよ」

 口ではそう言いながらも僕の心の中では無力な自分を腹立たしく思っていた。僕がやった事なんて何も無い。ベドジフの家に行った時も、捕まった時も。ヤルミラを助ける時だってそうだ。僕は斧すら振る事が出来ずに見ているだけだった。全ておんぶに抱っこの状態だった。

「ルカ?」

 気が付くと僕は唇を噛んで悔しさに震えていた。そんな僕を見てヤルミラは声を掛けてくれたのだろうか。

「ん? あぁちょっと考え事をしていただけだよ。行こうか」

 ヤルミラの家を後にした僕達はサシャの家へと歩みを進める。かがり火も消えた街の通りを四人で歩き、少し細い路地に入っていく。古びた商店のような建物を前にしてサシャの足が止まった。

「ここだ。入っていいぜ」

 サシャに言われ僕達は箚しゃの家に入って行く。暗くてよく見えないがそれなりに広いように感じた。

「ちょっと待ってろよ」

 サシャはそう言うと燭台に置かれたロウソクに火を着けた。辺りは朧気な明かりを得て揺れる小さな炎に合わせるように影も揺らめく。

「適当な所に座ってくれ」

「あぁ」

 それぞれに椅子に座る。ソファだったり長椅子だったりと統一感は無い。

「とりあえず一息つけそうだな」

「そうだね」

 落ち着いてみるとドッと疲れが溢れて来た気がした。同じ姿勢のままでロクに眠る事も出来ず、ほとんど何も出来なかったとは言え、何か緊張の糸が張り詰めていたような気がする。今になって緊張の糸が緩んだのだろうと思う。

「ところで、この人は?」

 ヤルミラがギエフさんの顔を見て尋ねる。僕達はこのギエフさん一人に助けられたと言っても過言じゃないだろう。もし、ギエフさんがいなければ僕達の運命は別の道を辿っていたに違いない。

「この人はギエフさんだよ。ギエフさんがいなかったら僕達はここにはいないと思う」

「そうなんだ。ありがとうございます」

「いや、いいって事よ! 俺もまさかルカが捕まっているだなんて思いもしなかったからな。あと嬢ちゃんよ。堅苦しいのは無しだぜ! ガッハッハ。それにしても喉が渇いたな。サシャよ。何か無いのか?」

 ギエフさんに対して律儀に頭を下げるヤルミラ。そんなヤルミラにフランクに行こうと言うように豪快に笑うギエフさんだった。

「ある物なら勝手に飲んでくれ。食材もあるから料理したけりゃすればいいさ」

「そうか。中々に気前が良いな」

「けっ」

 勝手にしても良いと言ったサシャだったけど、僕はどこか遠慮してしまう。しかし、ギエフさんもヤルミラも遠慮無しに何かを物色する為に立ち上がる。

 ヤルミラはサシャと幼なじみだと言うから勝手知ったると言う感じなのかもしれないけど、ギエフさんはそもそも遠慮と言う言葉を知らないのでは無いかと思ってしまう程に堂々と酒を持ち出していた。

「ルカとはどんな関係なの?」

 それぞれに飲み物を持って談笑が始まる。ヤルミラが僕とギエフさんの関係について質問し、ギエフさんはそれに対して嬉しそうな顔で話を始める。

「なんだ? ルカがまだこんくらいの時によ、ルカの住んでた村に行ったんだ。その村に用事があった訳じゃねぇんだが、とある悪党に俺達は雇われていてな。俺達も小悪党みたいなもんだったんだけどよ、潜伏先をこのルカに見つかったみたいでな。その村の村長に縛り上げられちまったんだ」

 自分の小さい頃の話を聞かされると言うのはこっ恥ずかしい気持ちになる物だ。僕はチビチビとグラスに注がれたジュースを飲む。

「へぇ。それで?」

「簀巻にされちまったんで便所に行けなくてよ。必死に我慢したさ。ここで漏らす訳には行かねぇってんでな。いよいよ危ねぇって時にコイツがよ。ルカが無邪気な顔で来やがったんだ。天使かと思ったぜ。そんで、まだこんくらいの坊っちゃんが悪党を目の前にして縄を解いてくれたんだ。その時だな。なんか毒気が抜かれちまってさ――」

 気分良く酒に酔っているのか顔を赤くして嬉しそうな顔で話を続けるギエフさん。そのギエフさんの話を楽しそうに聞くヤルミラに興味の無さそうな顔はしているけどしっかりと聞き耳を立てているように見えるサシャ。僕の小さい頃の話で盛り上がっても僕はちっとも面白くもなんとも無かったのだけど、この場の空気はとても面白くて楽しかった。

 そして、それぞれが疲れた身体を癒すために眠りに落ちて夜が更けていく。

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