そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~
そして僕は君を探す旅に出た
まだまだ涼しい初夏の朝。僕はいつものように剣を振り汗を流す。視線の先には村長と僕より年下の男の子が木剣で剣を交えていた。見た感じ村長が押されているように見えるけど、これはいつもの事だ。
勝てると思わせておいてから一気に体勢を崩されて圧倒される。性格の悪い人だと思う。
冷たい湧き水で顔を洗い濡らした布で身体を拭う。冷たい感触が伝わって火照った身体を冷めさせてくれる。僕はいつものように家に帰るとすぐに台所に立った。
少し前まではお婆ちゃんが台所に立っていたのだけど、気が付くと僕が食事を作るようになっていた。それはお婆ちゃんが台所に立てなくなったからと言った方が正しいかもしれない。
「これでよしっと」
粥状にしたオートミールを作って早速お婆ちゃんの所へ持って行く。部屋に入るとお婆ちゃんがベッドに横たわっていた。
「ご飯持ってきたよ。お婆ちゃん」
「ん。そうかい。いつも悪いね」
お婆ちゃんを抱くように起こすと僕はベッドの端に座ってお婆ちゃんの口にご飯を運んでいく。アデーラが村にいた頃はまだまだ元気だったお婆ちゃんも段々と弱り、三年経った今では自分で歩くのもやっとな感じだ。
「覚えているかい? ルカ。あなたが小さい頃にアデーラちゃんを助けた事があっただろ?」
「よく覚えているよ。あの時お婆ちゃんと喧嘩になったんだよね」
「そうそう。本当に心配でね。何か悪い事が起こるんじゃないかってね」
「危険な事はするなっていつも怒られてたっけ」
「たった一人の血の繋がった孫を心配するなと言う方がおかしいだろう?」
「確かにそうだね。ハハハ」
「ルカも立派に育ったし、私の役目ももう終わりなんだねぇ。いつまでも引き止めて悪かったね。ルカが旅に出たいと思っているのは知っていたよ。それでも私なんかの為にこうやって残ってくれて、ルカは本当に優しい子だ。いいかい? ルカの人生はルカのものなんだ。自分の好きなように生きなさい。ただし、危険な事はするんじゃないよ」
「旅をするのを許してくれるのに危険な事はしたら駄目なんだね」
「ふふ。おかしいね。旅には危険が付き物なのに危険な事はするんじゃないってのは。さて、私はもうひと眠りするとしようかね。おやすみ。愛しいルカ」
「おやすみお婆ちゃん。僕もお婆ちゃんの事を愛しているよ」
ギュッと優しくお婆ちゃんを抱き締めてからゆっくりと寝かせる。目を閉じたお婆ちゃんの顔はとても安らかで、幸せそうな顔をしていた。
日に日に弱っていくお婆ちゃんを見ているとその日が近いかもしれないと僕に覚悟をさせる。お婆ちゃん自身も何かを感じてこうして僕と話をしたのかもしれない。
この日は何度かお婆ちゃんの様子を見たけどただ眠っているだけだった。そして、寝る前にお婆ちゃんの様子を見る。寝息は聞こえているからまだ死んでいないのは分かる。お婆ちゃんに布団を掛け直してから僕は寝室に戻ってベッドに入った。
ベッドに入ってからは中々寝付けずにいた。お婆ちゃんとの思い出が僕の頭の中に流れ続けるからだった。怒られた事や褒められた事、色んな事が僕の脳裏に浮かんで来きては消えるを繰り返すうちに僕の意識は闇の中へと溶けていった。
朝、雨の音で僕は目を覚ます。しとしとと地面に落ちる雨粒を見ながら背伸びをした僕はお婆ちゃんの様子を見るためにお婆ちゃんの元へと向かう。
「おはよう。お婆ちゃん」
いつもなら既に起きていて「おはよう」と返してくれるお婆ちゃんの返事が無かった。焦る事無くお婆ちゃんの様子を見る。
お婆ちゃんは幸せそうな顔で目を閉じたままだった。ただ、息はしていない。お婆ちゃんの手は冷たくなっており、それはお婆ちゃんが死んだと言う事実を僕に認識させた。
「お婆ちゃんお疲れ様でした。今までありがとう」
お婆ちゃんの死は覚悟していた。それでも僕の目には涙が溜まり流れ落ちる。静かに流れる僕の涙がしとしとと降りしきる雨音と重なっているように思えた。ただ呆然とお婆ちゃんの死を受け入れる。
お婆ちゃんが死んでから、すぐにその事を村長に報告し、翌日に葬儀を行う運びになる。家に戻った僕は一人、お婆ちゃんの眠るベッドに腰掛けてお婆ちゃんとの思い出に浸った。僕がこの世界に生まれ、僕という自我が芽生えてからずっとお婆ちゃんと一緒だった。そんなお婆ちゃんももういない。お婆ちゃんは役目を終わらせたと言って僕の背中を押してくれた。
「お婆ちゃん。僕は旅に出るよ。そして最愛の友加里を探す」
僕はそう言い残してお婆ちゃんの部屋を出た。
昨日の雨が嘘みたいに上がり、雲ひとつ無い快晴の空の元、これからお婆ちゃんの埋葬が始まる。この場にヴォーダ村のみんなが集まってくれた。それだけお婆ちゃんがこの村で愛されていたんだろうと思う。
この光景を見て、バルおじさんを埋葬した時の事を思い出す。その時は村長とお婆ちゃんと僕だけだった。村長の顔にも皺が目立つようになっている。時は流れているんだと実感させられた。
お婆ちゃんが入った棺桶が土の中へと埋められて行く。咽び泣く人の声が僕に聞こえて来た。でも、不思議と僕は悲しい気持ちにはならなかった。
昨日たくさん泣いて、お婆ちゃんとの思い出に浸ったからかもしれない。お婆ちゃんが完全に土に埋められて僕は大きな声を出して言う。
「僕の祖母、エステルは懸命に生きて、天寿を全うしたと思います。血の繋がった家族は僕一人となってしまいましたが、この村のみんなが僕の、いえ、お婆ちゃんの家族です。こんなに良い天気の日に村のみんなに見送って頂いた事をお婆ちゃんは幸せに感じていると思います。本当にありがとうございます。そして、お婆ちゃんは僕の心にも、みんなの心にも生き続けています。お婆ちゃんはきっとこの大空から僕達を見守ってくれています」
僕は堂々と胸を張って言った。僕の目には涙は流れない。もう十分に泣いた。これからを生きていく僕達がいつもでも悲しんでいるとお婆ちゃんは安心出来ないだろうと思う。お婆ちゃんは心配性だから。そして、優しい風が僕の背中を押す。それはお婆ちゃんが僕の背中を押しているんだと感じた。
お婆ちゃんの埋葬が終わって数日が過ぎた。村はいつもと変わらない。子どもは走り回って遊び、大人は畑仕事に勤しんだり喧嘩をしたり様々だ。僕は今日生まれ育ったこの村を離れて旅に出る。
「本当に行くんだね」
「はい。世界を見て回りたいと思います」
「うん。それじゃあ最後にやろうか」
「お願いします!」
日が高くなった頃、僕は村長に挨拶をしようと村長の家を訪れた。村長は木剣を僕に投げ渡す。お婆ちゃんが死んでからは村長とは打ち合っていなかった。
「最後の稽古だ」
「はい!」
村長は木剣を構える。それに習うように僕も木剣を構えた。村長は習うより慣れろと言った教え方をする。考える前に動け。見て覚えろ。型なんて気にするな。こんな感じだ。だから一番のお手本である村長を僕は真似た。僕だけではない。村長に剣を教えてもらっている者みんなが村長の真似をした。
「はっ!」
先に動いたのは僕だ。村長は自分からは決して動かない。稽古である以上僕達の力量を計る為なのか、村長が楽しみたいだけなのかは分からない。
「くっ――」
「まだまだ動きが堅いね。そんなんじゃあすぐに往なされるよ。ほらね」
軽口を叩きながらも村長は的確な動きで僕の攻撃を木剣で捌く。カンカンカンと乾いた音が辺りに広がった。
「やれー! ルカお兄ちゃん!」
「頑張れ!」
意識はしていなかったのだが、僕と村長の戦いを見るギャラリーがいるようだ。周りを見渡すと、大人も仕事の手を止め、僕と村長の戦いに見入っているようだった。
「お? なんだか人が集まって来たみたいだね。これは俺のカッコイイ姿を村の人に見せる好機だな」
「村長が始めて地に伏せる瞬間をみんなに見せてやりますよ」
「弱いくせに口だけは達者のようだね」
村長が素早い動きで僕に突進する。僕は反応しきれずに後退った。木剣でなんとか村長の攻撃を捌くも防戦一方だ。このままだと押し切られてしまう。そして、村長は木剣で突く動作を開始する。いつもはここで終わってしまうのだが、僕は負けたくなかった。
「おお!」
村長が驚いたように口を開いた。村長はいつも顔の前に木剣を突きつけるように寸止めをして戦いを終わらせる。僕は村長のそんな動きを読んで、木剣を左手で掴んでその動きを止める。
「好きにはさせませんっ!」
「いやいやそれは卑怯だよね」
「村長がいつも言ってるじゃないですか。使える物は使えって」
木剣を掴んだ左手を捻り上げるように持ち上げると村長の手から木剣が離れた。僕はすかさず木剣を振り上げる。村長に始めて勝てる。そう思った瞬間だった。目に何かが入って僕は目を瞑ってしまう。目を開けた時には目の前に村長の姿は見えなかった。
「何でも使うってのはこう言う事」
村長の声が耳元で聞こえると、首筋に冷たい物が当たる感触がする。
「ま、参りました」
「剣を奪った瞬間気が緩んだね」
「はい」
「真剣だったら手が切れてるよ? それ」
「そ、そうですね。ハハハ」
村長は手に持ったナイフを鞘に入れると僕に渡してくれた。そして、楽しそうに笑いながら話を始める。ギャラリーは村長に「卑怯なのは村長だろ!」と野次を飛ばしていた。
「しかし、まさか切っ先を掴むなんて思いもしなかったよ」
「無我夢中だったからつい」
「ハハハ。実戦だと卑怯だの何だの言ってられないからね。弱者が強者に勝つには虚を付くしか無い。俺みたいに砂で目潰しをしてもいい。ある物で最善を尽くすんだ。分かったね」
「はい!」
「そうそう。ちょっと待っててね」
村長はそう言うとゆっくりと歩いて家の中に入る。僕は村の人達にもみくちゃにされながら村長を待った。村長が戻って来ると村の人達は僕から一斉に離れる。
「これは餞別だよ。まぁ餞別と言ってもこれはルカの物なんだけどね」
「これは……?」
村長が渡してくれた袋の中を見ると、お金が入っていた。大金では無いが、それなりの金額だ。どうしてこんな物が僕の物なのだろうか。
「これはルカ。君の物だ。覚えているかな? 昔、洞窟で君が俺に知らせてくれて発覚したあの事件の報奨金だ」
「覚えていますよ。でも、どうして村長が?」
「いつかルカが旅立つ時がくるかもしれないって思ってね。エステルさんと相談して俺が預かっていたんだ。旅に出ることが無ければ俺が全部貰ってしまおうと考えていたんだけどね。ハハハ」
「どうして僕が旅に出ると?」
「それはあれさ。あの剣の元の持ち主が来てからルカは冒険に出たがっているようだってエステルさんがね」
僕は自分の荷物を見る。古びてはいるけど丈夫なバックパックはバルおじさんが使っていた物だ。それにあの剣も。
「そっか。僕があんなに小さい頃からお婆ちゃんは僕の気持ちを分かっていたのか」
「それが親って奴さ。俺にそれは分かる気はするよ。それにルカ。いつでも帰って来い。このヴォーダ村は君の生まれ育った村だ。村人全員が家族だからね」
「ありがとうございます」
僕は村長に頭を下げる。いつか……いつかこの村に友加里と帰って来て幸せに暮らしたい。僕は心からそう思った。
「おうルカ。これは俺からの餞別だ! しっかり食えよ!」
パン焼き釜のおじさんが大量のパンを僕に渡してくれる。それに、色んな人が僕に餞別だと色々な物を渡してくれた。
「ルカお兄ちゃん行っちゃうの?」
僕に懐いていた小さな女の子が目に涙を浮かべながら言う。僕は女の子の目線に合うようにしゃがむと女の子の頭を撫でた。
「いつか必ず帰って来るよ。君も元気に僕の帰りを待っていてね」
「うん!」
「それじゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
僕は村の人達の暖かな心に触れた。そこにいて当たり前だった村の人との出会いも神様がくれた宝物なんだろうと思う。そうでしょう? バルおじさん。こうやって人と出会って別れ、思いを紡いで行くんだ。
僕の旅は今日から始まります。バルおじさんの旅を受け継いで宝物を探しに歩いて行きます。僕の旅の目的は友加里を探す事だけど、それだけじゃない。バルおじさんの思いも引き継いで僕は歩いて行きます。まだ見ぬ誰かとの出会いに希望を持って歩いて行きます。
この先にどんな苦難が待っていようとも、僕はヴォーダ村に幸せと共に帰ってきます。だから僕の旅を見守って下さい。バルおじさんの旅は終わっていません。終わらせたりなんかしません。
「行ってきます!」
青くて大きな空に大きな声を出して言う。この声がお婆ちゃんやバルおじさんに届くようにと。
そして僕は君を探す旅に出た。
勝てると思わせておいてから一気に体勢を崩されて圧倒される。性格の悪い人だと思う。
冷たい湧き水で顔を洗い濡らした布で身体を拭う。冷たい感触が伝わって火照った身体を冷めさせてくれる。僕はいつものように家に帰るとすぐに台所に立った。
少し前まではお婆ちゃんが台所に立っていたのだけど、気が付くと僕が食事を作るようになっていた。それはお婆ちゃんが台所に立てなくなったからと言った方が正しいかもしれない。
「これでよしっと」
粥状にしたオートミールを作って早速お婆ちゃんの所へ持って行く。部屋に入るとお婆ちゃんがベッドに横たわっていた。
「ご飯持ってきたよ。お婆ちゃん」
「ん。そうかい。いつも悪いね」
お婆ちゃんを抱くように起こすと僕はベッドの端に座ってお婆ちゃんの口にご飯を運んでいく。アデーラが村にいた頃はまだまだ元気だったお婆ちゃんも段々と弱り、三年経った今では自分で歩くのもやっとな感じだ。
「覚えているかい? ルカ。あなたが小さい頃にアデーラちゃんを助けた事があっただろ?」
「よく覚えているよ。あの時お婆ちゃんと喧嘩になったんだよね」
「そうそう。本当に心配でね。何か悪い事が起こるんじゃないかってね」
「危険な事はするなっていつも怒られてたっけ」
「たった一人の血の繋がった孫を心配するなと言う方がおかしいだろう?」
「確かにそうだね。ハハハ」
「ルカも立派に育ったし、私の役目ももう終わりなんだねぇ。いつまでも引き止めて悪かったね。ルカが旅に出たいと思っているのは知っていたよ。それでも私なんかの為にこうやって残ってくれて、ルカは本当に優しい子だ。いいかい? ルカの人生はルカのものなんだ。自分の好きなように生きなさい。ただし、危険な事はするんじゃないよ」
「旅をするのを許してくれるのに危険な事はしたら駄目なんだね」
「ふふ。おかしいね。旅には危険が付き物なのに危険な事はするんじゃないってのは。さて、私はもうひと眠りするとしようかね。おやすみ。愛しいルカ」
「おやすみお婆ちゃん。僕もお婆ちゃんの事を愛しているよ」
ギュッと優しくお婆ちゃんを抱き締めてからゆっくりと寝かせる。目を閉じたお婆ちゃんの顔はとても安らかで、幸せそうな顔をしていた。
日に日に弱っていくお婆ちゃんを見ているとその日が近いかもしれないと僕に覚悟をさせる。お婆ちゃん自身も何かを感じてこうして僕と話をしたのかもしれない。
この日は何度かお婆ちゃんの様子を見たけどただ眠っているだけだった。そして、寝る前にお婆ちゃんの様子を見る。寝息は聞こえているからまだ死んでいないのは分かる。お婆ちゃんに布団を掛け直してから僕は寝室に戻ってベッドに入った。
ベッドに入ってからは中々寝付けずにいた。お婆ちゃんとの思い出が僕の頭の中に流れ続けるからだった。怒られた事や褒められた事、色んな事が僕の脳裏に浮かんで来きては消えるを繰り返すうちに僕の意識は闇の中へと溶けていった。
朝、雨の音で僕は目を覚ます。しとしとと地面に落ちる雨粒を見ながら背伸びをした僕はお婆ちゃんの様子を見るためにお婆ちゃんの元へと向かう。
「おはよう。お婆ちゃん」
いつもなら既に起きていて「おはよう」と返してくれるお婆ちゃんの返事が無かった。焦る事無くお婆ちゃんの様子を見る。
お婆ちゃんは幸せそうな顔で目を閉じたままだった。ただ、息はしていない。お婆ちゃんの手は冷たくなっており、それはお婆ちゃんが死んだと言う事実を僕に認識させた。
「お婆ちゃんお疲れ様でした。今までありがとう」
お婆ちゃんの死は覚悟していた。それでも僕の目には涙が溜まり流れ落ちる。静かに流れる僕の涙がしとしとと降りしきる雨音と重なっているように思えた。ただ呆然とお婆ちゃんの死を受け入れる。
お婆ちゃんが死んでから、すぐにその事を村長に報告し、翌日に葬儀を行う運びになる。家に戻った僕は一人、お婆ちゃんの眠るベッドに腰掛けてお婆ちゃんとの思い出に浸った。僕がこの世界に生まれ、僕という自我が芽生えてからずっとお婆ちゃんと一緒だった。そんなお婆ちゃんももういない。お婆ちゃんは役目を終わらせたと言って僕の背中を押してくれた。
「お婆ちゃん。僕は旅に出るよ。そして最愛の友加里を探す」
僕はそう言い残してお婆ちゃんの部屋を出た。
昨日の雨が嘘みたいに上がり、雲ひとつ無い快晴の空の元、これからお婆ちゃんの埋葬が始まる。この場にヴォーダ村のみんなが集まってくれた。それだけお婆ちゃんがこの村で愛されていたんだろうと思う。
この光景を見て、バルおじさんを埋葬した時の事を思い出す。その時は村長とお婆ちゃんと僕だけだった。村長の顔にも皺が目立つようになっている。時は流れているんだと実感させられた。
お婆ちゃんが入った棺桶が土の中へと埋められて行く。咽び泣く人の声が僕に聞こえて来た。でも、不思議と僕は悲しい気持ちにはならなかった。
昨日たくさん泣いて、お婆ちゃんとの思い出に浸ったからかもしれない。お婆ちゃんが完全に土に埋められて僕は大きな声を出して言う。
「僕の祖母、エステルは懸命に生きて、天寿を全うしたと思います。血の繋がった家族は僕一人となってしまいましたが、この村のみんなが僕の、いえ、お婆ちゃんの家族です。こんなに良い天気の日に村のみんなに見送って頂いた事をお婆ちゃんは幸せに感じていると思います。本当にありがとうございます。そして、お婆ちゃんは僕の心にも、みんなの心にも生き続けています。お婆ちゃんはきっとこの大空から僕達を見守ってくれています」
僕は堂々と胸を張って言った。僕の目には涙は流れない。もう十分に泣いた。これからを生きていく僕達がいつもでも悲しんでいるとお婆ちゃんは安心出来ないだろうと思う。お婆ちゃんは心配性だから。そして、優しい風が僕の背中を押す。それはお婆ちゃんが僕の背中を押しているんだと感じた。
お婆ちゃんの埋葬が終わって数日が過ぎた。村はいつもと変わらない。子どもは走り回って遊び、大人は畑仕事に勤しんだり喧嘩をしたり様々だ。僕は今日生まれ育ったこの村を離れて旅に出る。
「本当に行くんだね」
「はい。世界を見て回りたいと思います」
「うん。それじゃあ最後にやろうか」
「お願いします!」
日が高くなった頃、僕は村長に挨拶をしようと村長の家を訪れた。村長は木剣を僕に投げ渡す。お婆ちゃんが死んでからは村長とは打ち合っていなかった。
「最後の稽古だ」
「はい!」
村長は木剣を構える。それに習うように僕も木剣を構えた。村長は習うより慣れろと言った教え方をする。考える前に動け。見て覚えろ。型なんて気にするな。こんな感じだ。だから一番のお手本である村長を僕は真似た。僕だけではない。村長に剣を教えてもらっている者みんなが村長の真似をした。
「はっ!」
先に動いたのは僕だ。村長は自分からは決して動かない。稽古である以上僕達の力量を計る為なのか、村長が楽しみたいだけなのかは分からない。
「くっ――」
「まだまだ動きが堅いね。そんなんじゃあすぐに往なされるよ。ほらね」
軽口を叩きながらも村長は的確な動きで僕の攻撃を木剣で捌く。カンカンカンと乾いた音が辺りに広がった。
「やれー! ルカお兄ちゃん!」
「頑張れ!」
意識はしていなかったのだが、僕と村長の戦いを見るギャラリーがいるようだ。周りを見渡すと、大人も仕事の手を止め、僕と村長の戦いに見入っているようだった。
「お? なんだか人が集まって来たみたいだね。これは俺のカッコイイ姿を村の人に見せる好機だな」
「村長が始めて地に伏せる瞬間をみんなに見せてやりますよ」
「弱いくせに口だけは達者のようだね」
村長が素早い動きで僕に突進する。僕は反応しきれずに後退った。木剣でなんとか村長の攻撃を捌くも防戦一方だ。このままだと押し切られてしまう。そして、村長は木剣で突く動作を開始する。いつもはここで終わってしまうのだが、僕は負けたくなかった。
「おお!」
村長が驚いたように口を開いた。村長はいつも顔の前に木剣を突きつけるように寸止めをして戦いを終わらせる。僕は村長のそんな動きを読んで、木剣を左手で掴んでその動きを止める。
「好きにはさせませんっ!」
「いやいやそれは卑怯だよね」
「村長がいつも言ってるじゃないですか。使える物は使えって」
木剣を掴んだ左手を捻り上げるように持ち上げると村長の手から木剣が離れた。僕はすかさず木剣を振り上げる。村長に始めて勝てる。そう思った瞬間だった。目に何かが入って僕は目を瞑ってしまう。目を開けた時には目の前に村長の姿は見えなかった。
「何でも使うってのはこう言う事」
村長の声が耳元で聞こえると、首筋に冷たい物が当たる感触がする。
「ま、参りました」
「剣を奪った瞬間気が緩んだね」
「はい」
「真剣だったら手が切れてるよ? それ」
「そ、そうですね。ハハハ」
村長は手に持ったナイフを鞘に入れると僕に渡してくれた。そして、楽しそうに笑いながら話を始める。ギャラリーは村長に「卑怯なのは村長だろ!」と野次を飛ばしていた。
「しかし、まさか切っ先を掴むなんて思いもしなかったよ」
「無我夢中だったからつい」
「ハハハ。実戦だと卑怯だの何だの言ってられないからね。弱者が強者に勝つには虚を付くしか無い。俺みたいに砂で目潰しをしてもいい。ある物で最善を尽くすんだ。分かったね」
「はい!」
「そうそう。ちょっと待っててね」
村長はそう言うとゆっくりと歩いて家の中に入る。僕は村の人達にもみくちゃにされながら村長を待った。村長が戻って来ると村の人達は僕から一斉に離れる。
「これは餞別だよ。まぁ餞別と言ってもこれはルカの物なんだけどね」
「これは……?」
村長が渡してくれた袋の中を見ると、お金が入っていた。大金では無いが、それなりの金額だ。どうしてこんな物が僕の物なのだろうか。
「これはルカ。君の物だ。覚えているかな? 昔、洞窟で君が俺に知らせてくれて発覚したあの事件の報奨金だ」
「覚えていますよ。でも、どうして村長が?」
「いつかルカが旅立つ時がくるかもしれないって思ってね。エステルさんと相談して俺が預かっていたんだ。旅に出ることが無ければ俺が全部貰ってしまおうと考えていたんだけどね。ハハハ」
「どうして僕が旅に出ると?」
「それはあれさ。あの剣の元の持ち主が来てからルカは冒険に出たがっているようだってエステルさんがね」
僕は自分の荷物を見る。古びてはいるけど丈夫なバックパックはバルおじさんが使っていた物だ。それにあの剣も。
「そっか。僕があんなに小さい頃からお婆ちゃんは僕の気持ちを分かっていたのか」
「それが親って奴さ。俺にそれは分かる気はするよ。それにルカ。いつでも帰って来い。このヴォーダ村は君の生まれ育った村だ。村人全員が家族だからね」
「ありがとうございます」
僕は村長に頭を下げる。いつか……いつかこの村に友加里と帰って来て幸せに暮らしたい。僕は心からそう思った。
「おうルカ。これは俺からの餞別だ! しっかり食えよ!」
パン焼き釜のおじさんが大量のパンを僕に渡してくれる。それに、色んな人が僕に餞別だと色々な物を渡してくれた。
「ルカお兄ちゃん行っちゃうの?」
僕に懐いていた小さな女の子が目に涙を浮かべながら言う。僕は女の子の目線に合うようにしゃがむと女の子の頭を撫でた。
「いつか必ず帰って来るよ。君も元気に僕の帰りを待っていてね」
「うん!」
「それじゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
僕は村の人達の暖かな心に触れた。そこにいて当たり前だった村の人との出会いも神様がくれた宝物なんだろうと思う。そうでしょう? バルおじさん。こうやって人と出会って別れ、思いを紡いで行くんだ。
僕の旅は今日から始まります。バルおじさんの旅を受け継いで宝物を探しに歩いて行きます。僕の旅の目的は友加里を探す事だけど、それだけじゃない。バルおじさんの思いも引き継いで僕は歩いて行きます。まだ見ぬ誰かとの出会いに希望を持って歩いて行きます。
この先にどんな苦難が待っていようとも、僕はヴォーダ村に幸せと共に帰ってきます。だから僕の旅を見守って下さい。バルおじさんの旅は終わっていません。終わらせたりなんかしません。
「行ってきます!」
青くて大きな空に大きな声を出して言う。この声がお婆ちゃんやバルおじさんに届くようにと。
そして僕は君を探す旅に出た。
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