そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~
そして僕は女の子の部屋に入る
「おはよう村長」
「おはようルカ。よく眠れたかい?」
「うん!」
起きがけに見た夢を思い出しながら村長に朝の挨拶をする。とても幸せな気分になれた夢だった。
「食事を済ませたらすぐに向かうよ。大して距離は無いけどそこそこ歩くからね」
「分かった!」
他愛の無い話しをしつつ食事を終わらせる。村長は僕にこれを着なさいと服を渡してくれた。渡された服はとても良い布を使われているようで、肌触りが心地良い。
「着れたかな?」
着替えを済ませた村長はまるで貴族の一員であるかのような雰囲気を醸し出していた。貴族が着ている服ほど豪華な感じでは無いが普通の村人が着ているようなボロ布の服と比べると豪華に見える服だ。
僕が着替えた服も同じような物だが、僕の場合服に着せられているんじゃないかと思ってしまう。
「うん。似合ってる似合ってる。さて、行くとしようか」
僕と村長は家を出る。この前、豪華な馬車が進んで行った方角へと歩みを進めた。村の周辺から出た事の無い僕にとっては小さな冒険の始まりだとさえ思えてくる。
「どのくらい歩くの?」
「この坂を登り切った先に領主様の大きな屋敷が見えてくるよ」
朝言っていたように、本当に大した距離では無いようだ。僕の足でも疲れる事無く辿り着ける事が出来そうだった。アデーラも歩いて川の畔まで来たのかもしれない。
「ほら見えてきたよ」
「あれなの?」
「そうさ」
僕の目に映ったのは前の世界で言うとまるで学校の校舎のような建物と言った感じだろうか。敷地も広そうだけどイメージとはかけ離れていた。
「何者か」
「私はヴォーダ村の村長のデニスだ。チェルベニー辺境伯から招待を受けこちらへ参った」
村長が衛兵へ手紙を見せる。衛兵はそれを見ると村長に返し「ようこそチェルベニー辺境伯の別荘へ」と笑顔で出迎えてくれる。形式じみたやりとりが始めてな僕は少しだけ緊張してしまう。
「さて入ろうか」
「デニス村長。この子は」
「私の息子だが」
「それは失礼した」
何でも無い顔で堂々と嘘を吐いた村長を見ると目が合った。村長は悪戯な笑みを僕に見せてくれる。屋敷の中へ入った僕達を出迎えたのは数人のメイドだった。中には村で見掛けた事のある顔も混じっている。
「どうぞこちらの部屋でお待ち下さい。すぐに旦那様をお呼び致します」
案内された部屋へ入る。応接間の類だろうか。シックな雰囲気の部屋は掃除が行き届き、清潔感に溢れていた。ソファに座るとそれは柔らかくお尻全体を包み込んでくれるような優しい感触だ。
「待たせて悪かったね」
少しすると青年が入ってくる。領主様だろうか。僕が思っていたよりも若く、凛々しい雰囲気を持つ人だった。緊張感が部屋中に漂っている気がしていた。
「久しぶりだなデニス。長く来れなくて済まなかった」
「いえいえ。辺境伯様のおかげで我が村も安定した生活が出来ております」
「堅苦しいな。旧知の中じゃないか。それにこれはプライベートなんだ。いつも通りにしてくれよ」
「君がそう言うなら仕方ないね。久しぶりだなアルノシュト」
緊張感が部屋中に漂っていたのは気のせいだったようだ。僕が緊張していたからそう思い込んでしまったのだろう。
「それでこの子は……お前の子か?」
「そうだな。ここへは俺の子として同行して貰ったと言った方が良いかな」
「お前がこんな周りくどい事をするって事は何かあったのか? デニス」
村長と辺境伯がヒソヒソと会話を始める。二人とも先程までとは違って真剣な表情に変わっていた。チラリと辺境伯に見られ、居心地の悪さを感じてしまう。
「すまんが人払いを頼む」
飲み物を運んで来たメイドに辺境伯が伝えるとメイドは目礼をして部屋の外へ出ていった。重苦しい空気が部屋を包み込む。
「まずは君の名を教えて貰おうか」
「ル、ルカーシュです。みんなは僕の事をルカと呼んでいます」
「ハッハッハ。そう堅苦しくしなくても良い。ルカーシュか。良い名前だな。いくつになったんだ?」
「五歳です」
偉い人から色々聞かれるとどこと無くむず痒い気がする。それにどこか値踏みされているようなそんな目で見られている気もしてならない。
「私の娘と同じ年なのだな」
「そう。このルカはアデーラ嬢と面識があるらしくてな」
「ほう。アデーラが友達が出来たと言っていたがルカの事だったんだな。アデーラは良い子だろう。ところで、ルカとアデーラが面識があるからと連れて来たわけでは無いのだろう? デニス」
「そうだ。これを見てくれ」
村長は辺境伯に洞窟で不審者が持っていた手紙を見せる。それを見た辺境伯の目が鋭くなったのを僕は見た。その目はまるで獰猛な猛獣のような目。
「これは面白くないな」
「そうだろう。それにこの件の黒幕は見当がついているんだ」
「それは話が早いな。いったい誰なんだ?」
「アデーラ嬢の護衛をしている男だ」
「本当なのか?」
「うん。洞窟で雨宿りをした時にイゴールって護衛の人が洞窟の奥を見に行って危険が無いと言っていたんだ。でもその洞窟には二人組の怪しい男の人が潜んでいて、その人達が貴族のような人に雇われたって言ってた。イゴールって護衛の人が洞窟の奥を見に行った時にその二人組の男の人が会話もしたって言ってた」
上手く纏めて話す事が出来なくて少しだけ悔しい。こんな時にまで子どもらしさが表に出てくるなんて……それでも僕の言いたい事は伝わったと思う。
「イゴールがな」
「どんな男なんだ?」
「武門の家系の男の三男でな。親父が現役の頃に行き場の無かった彼を雇ったんだが俺から見ても愚直なくらい剣に真っ直ぐな男として写っていたんだが……」
「これはチェルベニー家の問題だ。俺としては知ってしまったから報告はしたが俺の事が信用に値しないと言うのなら深入りはしないぞ」
「いや、少し戸惑ってしまっただけだ。どうかこの問題の解決に協力してくれ」
「そのつもりだよ」
村長はニヤリと笑いながら協力すると言う。僕は村長の顔を見てこの人は敵に回したくない人間だと直感的に悟ってしまった。この辺境伯に恩を売るつもりなんだと思う。
「ヴォーダ村のデニスの事だから策は講じているんだろう?」
「ある程度は」
「どんな策なんだ?」
「まず直線的に護衛を断罪する事は不可能だろう? 貴族なんてのは自らの悪事をもみ消す事くらいは簡単にやってのけるだろうし、証拠が弱い。現行犯で捕まえるのが一番裁きやすいわけだ。アデーラ嬢を囮に使う形になってしまうがいいか?」
「あぁ。そんな不穏分子がいる事の方が厄介だ」
「聞いた話しでは今夜決行されるらしい。そこでアデーラ嬢とルカ二人で過ごさせる。今日一日だ。アデーラ嬢には俺の家で夕食を摂って貰ってお帰り頂くと言う事にしよう。村で見聞をさせて広い視野を養って貰う為の教育だと考えればいいさ」
二人の大人は真剣に話を詰めていく。僕はただここに座っているだけだ。昨日話していたように僕がアデーラと遊んで過ごす事になる。
「後はイゴールの奴が動くのを待つのみなのだな」
「そうだな。動かなければ動かなければでそれで良いだろうしな」
「よし、ルカ君。アデーラの所へ案内しよう」
僕は辺境伯に連れられてアデーラの部屋へ向かう。アデーラの部屋は二階にあり階段を上がる。途中、村で見た事のあるメイドが僕に笑顔を向けてくれた。
「入るぞ」
コンコンコンとノックをしてから辺境伯は部屋のドアを開けた。僕は女の子の部屋に入る事に戸惑いを覚える。友加里の部屋へは何度も入った事はあるから始めてだと言う事は無いが、知り合って間もない、しかも辺境伯と言う貴族のお嬢様の部屋へ、たかが村人の僕が入るなんて畏れ多い事だろう。
「あらお父様。どうしたの?」
「アデーラのお友達が来ていてな」
「お友達?」
机に向かって勉強でもしていたのだろうか。僕の事は視界に入っていなかったようで、辺境伯の言ったお友達と言う一言で僕の存在に気付いたようだ。
「や、やぁ」
「ルカじゃない! 遊びに来てくれたのね! ほらどうぞお入りになって」
「ルカ君と喧嘩をするんじゃないぞ」
「そんな事しないわ!」
「後でルカ君と外に遊びに行ってきなさい」
「いいの? お父様大好き!」
辺境伯が部屋から出ると僕とアデーラの二人きりなってしまう。僕は何を話せばいいのか分からずにもじもじとしてしまっていた。
「そんな所に立っていないでこちらへ」
アデーラが僕を呼んだのはベッドの上だ。いや、ベッドに腰掛けろと言う事は分かっているのだが気が引けてしまって動く事が出来ない。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「い、いや、大丈夫さ。心配してくれてありがとう」
しどろもどろになりながらも僕はベッドへ腰掛ける事に成功する。声が上ずってしまったのは愛嬌だし、棒読みみたいな喋り方になったのも気のせいだ。
「アハハ。ルカっておかしい」
「そ、そうかなぁ」
「この間はもっとしっかりしていると思ったのに今はとても可愛らしいわ」
アデーラの薄い金色の髪が話をする度に踊る。小さな事でもオーバーアクションで話すアデーラはすごく可愛らしかった。
「僕なんかよりアデーラの方が可愛いよ」
「当たり前じゃない。私は女の子なのよ。ルカは男の子なんだからもっとかっこよくならなくちゃ駄目!」
「わ、分かったよ」
「そうだ! こないだの温かくなったやつをもう一度やって!」
「あぁ。いいよ」
僕はアデーラに言われるままに身体を熱くする為に魔力を開放させる。何度も練習してこの頼りない僕の力はいつでも発動出来るようになっていた。
「本当にすごいわ。とっても温かい」
「僕は熱いんだけどね」
この力を使うと僕の体温自体が上がっている為かすごく熱く感じるのだ。熱くなるだけでなく、冷たくさせる事は出来ないのかとも思ったけどまだ試しては無い。
「どうやってやっているの?」
「僕はとある人から魔法の使い方を聞いた時にやったら出来たのだけど、それは、お腹の底にある泉を意識して魔力を開放させるってやり方だったんだ」
「なんだかとても難しいわ」
「僕もどうして出来ているのか分からないんだ」
「ルカにこれを教えてくれた人はルカのお師匠様なんだね」
バルおじさんが僕のお師匠様だなんて考えた事も無かった。このアデーラの発言を聞いて、バルおじさんが褒められているようで僕はとても嬉しかった。
「そうだね。とっても良いお師匠様なんだ」
「なんだか今のルカはとっても楽しそうだわ」
「そうかい?」
「そうよ。この間はちょっと寂しそうだったけど今日のルカはとっても楽しそう」
この気持の変化は村長がくれたものだ。この世界に意識を覚醒させて、すぐにバルおじさんと出会い、別れてから村長がその穴を埋めてくれた。僕はとても恵まれているんだと思う。
「僕のお師匠様が言ってたんだ。人との出会いは神様がくれた宝物なんだって。でも出会いがあれば悲しい別れもあるから本当はどうかは分からないけど、アデーラと出会ったのも神様がくれた宝物なのかもしれないね」
自分で言いながら恥ずかしくなってしまう。まだ子どものアデーラに何を言っているんだと。こんなの大人が言えばただの口説き文句にしか聞こえないだろう。そう思った途端、僕の顔が熱くなって行く。
「どうしたの? 顔が赤いわよ?」
アデーラはそんな事を言いながら僕に顔を近付ける。アデーラの匂いが僕の鼻孔を擽って離さない。僕はさらに恥ずかしくなってしまった。
「い、いや、何でもないんだ。ちょっと恥ずかしかっただけ」
「アハハ。ルカってばおかしい」
なまじ大人の感情を持ち合わせているせいで変な所で子どもらしくない感情が出て来てしまう。非常に不便な心だ。僕はこの先何年のこの大人と子どもの混ざりあった感情と付き合って行かなければならないと思うとうんざりしてしまう。そして、今の恥ずかしい感情を打破してくれたのはメイドだった。
「失礼致します。お茶とお菓子をお持ち致しました」
「ありがとう! リビエラ。貴女も食べて行く?」
「お嬢様。私はまだお仕事が残っていますので頂けません」
「そう。残念ね。また今度一緒に食べましょう」
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
アデーラは誰に対してもこのように接しているのだろう。この姿を見て僕はアデーラにこのまま育って欲しいと思った。イゴールのような人間がいる事から、貴族の中には選民意識の塊のような人間もいるのだろう。
「さぁお食べになって! ここで作ったクッキーはとっても美味しいの」
「う、うん。それじゃあいただくね」
メイドの持って来たクッキーを口の中に放り込む。優しい甘さが口の中に広がって溶けていく。これは美味しい。そして、紅茶もほんのりと甘い紅茶でとても飲みやすかった。
「美味しいよ!」
「良かった! ここのお水がとても綺麗だから料理も美味しく出来るって聞いたんだ」
僕に続いてアデーラもクッキーを口に運んでいく。外に出てからはいつ何が起こるか分からない。イゴールが突然襲ってくる可能性だってあるんだ。僕は無力だけど無力な僕にでも出来る事はあるはずだ。僕とアデーラのほんのり甘い一時はこのクッキーのように溶けていく。
「おはようルカ。よく眠れたかい?」
「うん!」
起きがけに見た夢を思い出しながら村長に朝の挨拶をする。とても幸せな気分になれた夢だった。
「食事を済ませたらすぐに向かうよ。大して距離は無いけどそこそこ歩くからね」
「分かった!」
他愛の無い話しをしつつ食事を終わらせる。村長は僕にこれを着なさいと服を渡してくれた。渡された服はとても良い布を使われているようで、肌触りが心地良い。
「着れたかな?」
着替えを済ませた村長はまるで貴族の一員であるかのような雰囲気を醸し出していた。貴族が着ている服ほど豪華な感じでは無いが普通の村人が着ているようなボロ布の服と比べると豪華に見える服だ。
僕が着替えた服も同じような物だが、僕の場合服に着せられているんじゃないかと思ってしまう。
「うん。似合ってる似合ってる。さて、行くとしようか」
僕と村長は家を出る。この前、豪華な馬車が進んで行った方角へと歩みを進めた。村の周辺から出た事の無い僕にとっては小さな冒険の始まりだとさえ思えてくる。
「どのくらい歩くの?」
「この坂を登り切った先に領主様の大きな屋敷が見えてくるよ」
朝言っていたように、本当に大した距離では無いようだ。僕の足でも疲れる事無く辿り着ける事が出来そうだった。アデーラも歩いて川の畔まで来たのかもしれない。
「ほら見えてきたよ」
「あれなの?」
「そうさ」
僕の目に映ったのは前の世界で言うとまるで学校の校舎のような建物と言った感じだろうか。敷地も広そうだけどイメージとはかけ離れていた。
「何者か」
「私はヴォーダ村の村長のデニスだ。チェルベニー辺境伯から招待を受けこちらへ参った」
村長が衛兵へ手紙を見せる。衛兵はそれを見ると村長に返し「ようこそチェルベニー辺境伯の別荘へ」と笑顔で出迎えてくれる。形式じみたやりとりが始めてな僕は少しだけ緊張してしまう。
「さて入ろうか」
「デニス村長。この子は」
「私の息子だが」
「それは失礼した」
何でも無い顔で堂々と嘘を吐いた村長を見ると目が合った。村長は悪戯な笑みを僕に見せてくれる。屋敷の中へ入った僕達を出迎えたのは数人のメイドだった。中には村で見掛けた事のある顔も混じっている。
「どうぞこちらの部屋でお待ち下さい。すぐに旦那様をお呼び致します」
案内された部屋へ入る。応接間の類だろうか。シックな雰囲気の部屋は掃除が行き届き、清潔感に溢れていた。ソファに座るとそれは柔らかくお尻全体を包み込んでくれるような優しい感触だ。
「待たせて悪かったね」
少しすると青年が入ってくる。領主様だろうか。僕が思っていたよりも若く、凛々しい雰囲気を持つ人だった。緊張感が部屋中に漂っている気がしていた。
「久しぶりだなデニス。長く来れなくて済まなかった」
「いえいえ。辺境伯様のおかげで我が村も安定した生活が出来ております」
「堅苦しいな。旧知の中じゃないか。それにこれはプライベートなんだ。いつも通りにしてくれよ」
「君がそう言うなら仕方ないね。久しぶりだなアルノシュト」
緊張感が部屋中に漂っていたのは気のせいだったようだ。僕が緊張していたからそう思い込んでしまったのだろう。
「それでこの子は……お前の子か?」
「そうだな。ここへは俺の子として同行して貰ったと言った方が良いかな」
「お前がこんな周りくどい事をするって事は何かあったのか? デニス」
村長と辺境伯がヒソヒソと会話を始める。二人とも先程までとは違って真剣な表情に変わっていた。チラリと辺境伯に見られ、居心地の悪さを感じてしまう。
「すまんが人払いを頼む」
飲み物を運んで来たメイドに辺境伯が伝えるとメイドは目礼をして部屋の外へ出ていった。重苦しい空気が部屋を包み込む。
「まずは君の名を教えて貰おうか」
「ル、ルカーシュです。みんなは僕の事をルカと呼んでいます」
「ハッハッハ。そう堅苦しくしなくても良い。ルカーシュか。良い名前だな。いくつになったんだ?」
「五歳です」
偉い人から色々聞かれるとどこと無くむず痒い気がする。それにどこか値踏みされているようなそんな目で見られている気もしてならない。
「私の娘と同じ年なのだな」
「そう。このルカはアデーラ嬢と面識があるらしくてな」
「ほう。アデーラが友達が出来たと言っていたがルカの事だったんだな。アデーラは良い子だろう。ところで、ルカとアデーラが面識があるからと連れて来たわけでは無いのだろう? デニス」
「そうだ。これを見てくれ」
村長は辺境伯に洞窟で不審者が持っていた手紙を見せる。それを見た辺境伯の目が鋭くなったのを僕は見た。その目はまるで獰猛な猛獣のような目。
「これは面白くないな」
「そうだろう。それにこの件の黒幕は見当がついているんだ」
「それは話が早いな。いったい誰なんだ?」
「アデーラ嬢の護衛をしている男だ」
「本当なのか?」
「うん。洞窟で雨宿りをした時にイゴールって護衛の人が洞窟の奥を見に行って危険が無いと言っていたんだ。でもその洞窟には二人組の怪しい男の人が潜んでいて、その人達が貴族のような人に雇われたって言ってた。イゴールって護衛の人が洞窟の奥を見に行った時にその二人組の男の人が会話もしたって言ってた」
上手く纏めて話す事が出来なくて少しだけ悔しい。こんな時にまで子どもらしさが表に出てくるなんて……それでも僕の言いたい事は伝わったと思う。
「イゴールがな」
「どんな男なんだ?」
「武門の家系の男の三男でな。親父が現役の頃に行き場の無かった彼を雇ったんだが俺から見ても愚直なくらい剣に真っ直ぐな男として写っていたんだが……」
「これはチェルベニー家の問題だ。俺としては知ってしまったから報告はしたが俺の事が信用に値しないと言うのなら深入りはしないぞ」
「いや、少し戸惑ってしまっただけだ。どうかこの問題の解決に協力してくれ」
「そのつもりだよ」
村長はニヤリと笑いながら協力すると言う。僕は村長の顔を見てこの人は敵に回したくない人間だと直感的に悟ってしまった。この辺境伯に恩を売るつもりなんだと思う。
「ヴォーダ村のデニスの事だから策は講じているんだろう?」
「ある程度は」
「どんな策なんだ?」
「まず直線的に護衛を断罪する事は不可能だろう? 貴族なんてのは自らの悪事をもみ消す事くらいは簡単にやってのけるだろうし、証拠が弱い。現行犯で捕まえるのが一番裁きやすいわけだ。アデーラ嬢を囮に使う形になってしまうがいいか?」
「あぁ。そんな不穏分子がいる事の方が厄介だ」
「聞いた話しでは今夜決行されるらしい。そこでアデーラ嬢とルカ二人で過ごさせる。今日一日だ。アデーラ嬢には俺の家で夕食を摂って貰ってお帰り頂くと言う事にしよう。村で見聞をさせて広い視野を養って貰う為の教育だと考えればいいさ」
二人の大人は真剣に話を詰めていく。僕はただここに座っているだけだ。昨日話していたように僕がアデーラと遊んで過ごす事になる。
「後はイゴールの奴が動くのを待つのみなのだな」
「そうだな。動かなければ動かなければでそれで良いだろうしな」
「よし、ルカ君。アデーラの所へ案内しよう」
僕は辺境伯に連れられてアデーラの部屋へ向かう。アデーラの部屋は二階にあり階段を上がる。途中、村で見た事のあるメイドが僕に笑顔を向けてくれた。
「入るぞ」
コンコンコンとノックをしてから辺境伯は部屋のドアを開けた。僕は女の子の部屋に入る事に戸惑いを覚える。友加里の部屋へは何度も入った事はあるから始めてだと言う事は無いが、知り合って間もない、しかも辺境伯と言う貴族のお嬢様の部屋へ、たかが村人の僕が入るなんて畏れ多い事だろう。
「あらお父様。どうしたの?」
「アデーラのお友達が来ていてな」
「お友達?」
机に向かって勉強でもしていたのだろうか。僕の事は視界に入っていなかったようで、辺境伯の言ったお友達と言う一言で僕の存在に気付いたようだ。
「や、やぁ」
「ルカじゃない! 遊びに来てくれたのね! ほらどうぞお入りになって」
「ルカ君と喧嘩をするんじゃないぞ」
「そんな事しないわ!」
「後でルカ君と外に遊びに行ってきなさい」
「いいの? お父様大好き!」
辺境伯が部屋から出ると僕とアデーラの二人きりなってしまう。僕は何を話せばいいのか分からずにもじもじとしてしまっていた。
「そんな所に立っていないでこちらへ」
アデーラが僕を呼んだのはベッドの上だ。いや、ベッドに腰掛けろと言う事は分かっているのだが気が引けてしまって動く事が出来ない。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「い、いや、大丈夫さ。心配してくれてありがとう」
しどろもどろになりながらも僕はベッドへ腰掛ける事に成功する。声が上ずってしまったのは愛嬌だし、棒読みみたいな喋り方になったのも気のせいだ。
「アハハ。ルカっておかしい」
「そ、そうかなぁ」
「この間はもっとしっかりしていると思ったのに今はとても可愛らしいわ」
アデーラの薄い金色の髪が話をする度に踊る。小さな事でもオーバーアクションで話すアデーラはすごく可愛らしかった。
「僕なんかよりアデーラの方が可愛いよ」
「当たり前じゃない。私は女の子なのよ。ルカは男の子なんだからもっとかっこよくならなくちゃ駄目!」
「わ、分かったよ」
「そうだ! こないだの温かくなったやつをもう一度やって!」
「あぁ。いいよ」
僕はアデーラに言われるままに身体を熱くする為に魔力を開放させる。何度も練習してこの頼りない僕の力はいつでも発動出来るようになっていた。
「本当にすごいわ。とっても温かい」
「僕は熱いんだけどね」
この力を使うと僕の体温自体が上がっている為かすごく熱く感じるのだ。熱くなるだけでなく、冷たくさせる事は出来ないのかとも思ったけどまだ試しては無い。
「どうやってやっているの?」
「僕はとある人から魔法の使い方を聞いた時にやったら出来たのだけど、それは、お腹の底にある泉を意識して魔力を開放させるってやり方だったんだ」
「なんだかとても難しいわ」
「僕もどうして出来ているのか分からないんだ」
「ルカにこれを教えてくれた人はルカのお師匠様なんだね」
バルおじさんが僕のお師匠様だなんて考えた事も無かった。このアデーラの発言を聞いて、バルおじさんが褒められているようで僕はとても嬉しかった。
「そうだね。とっても良いお師匠様なんだ」
「なんだか今のルカはとっても楽しそうだわ」
「そうかい?」
「そうよ。この間はちょっと寂しそうだったけど今日のルカはとっても楽しそう」
この気持の変化は村長がくれたものだ。この世界に意識を覚醒させて、すぐにバルおじさんと出会い、別れてから村長がその穴を埋めてくれた。僕はとても恵まれているんだと思う。
「僕のお師匠様が言ってたんだ。人との出会いは神様がくれた宝物なんだって。でも出会いがあれば悲しい別れもあるから本当はどうかは分からないけど、アデーラと出会ったのも神様がくれた宝物なのかもしれないね」
自分で言いながら恥ずかしくなってしまう。まだ子どものアデーラに何を言っているんだと。こんなの大人が言えばただの口説き文句にしか聞こえないだろう。そう思った途端、僕の顔が熱くなって行く。
「どうしたの? 顔が赤いわよ?」
アデーラはそんな事を言いながら僕に顔を近付ける。アデーラの匂いが僕の鼻孔を擽って離さない。僕はさらに恥ずかしくなってしまった。
「い、いや、何でもないんだ。ちょっと恥ずかしかっただけ」
「アハハ。ルカってばおかしい」
なまじ大人の感情を持ち合わせているせいで変な所で子どもらしくない感情が出て来てしまう。非常に不便な心だ。僕はこの先何年のこの大人と子どもの混ざりあった感情と付き合って行かなければならないと思うとうんざりしてしまう。そして、今の恥ずかしい感情を打破してくれたのはメイドだった。
「失礼致します。お茶とお菓子をお持ち致しました」
「ありがとう! リビエラ。貴女も食べて行く?」
「お嬢様。私はまだお仕事が残っていますので頂けません」
「そう。残念ね。また今度一緒に食べましょう」
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
アデーラは誰に対してもこのように接しているのだろう。この姿を見て僕はアデーラにこのまま育って欲しいと思った。イゴールのような人間がいる事から、貴族の中には選民意識の塊のような人間もいるのだろう。
「さぁお食べになって! ここで作ったクッキーはとっても美味しいの」
「う、うん。それじゃあいただくね」
メイドの持って来たクッキーを口の中に放り込む。優しい甘さが口の中に広がって溶けていく。これは美味しい。そして、紅茶もほんのりと甘い紅茶でとても飲みやすかった。
「美味しいよ!」
「良かった! ここのお水がとても綺麗だから料理も美味しく出来るって聞いたんだ」
僕に続いてアデーラもクッキーを口に運んでいく。外に出てからはいつ何が起こるか分からない。イゴールが突然襲ってくる可能性だってあるんだ。僕は無力だけど無力な僕にでも出来る事はあるはずだ。僕とアデーラのほんのり甘い一時はこのクッキーのように溶けていく。
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