天の仙人様

海沼偲

第201話

 王都の目の前に到着し、中へと入ろうとしたとき、衛兵に止められてしまう。俺が何かをしているだろうかと思う。骸骨もしっかりと袋にしまっているのだから、俺に不審なものはないだろう。であれば、彼らは何に怯えているのか。全くわからなかった。
 一歩前に踏み出そうとすると、思い切り槍を突きつけられてしまったのである。あまりにも焦ったような表情でだ。少しでも動いてしまえばそのまま突き刺してもおかしくはないし、それに対して少しの躊躇も見せることはないだろう。それが理解してしまうのである。選択を誤ってしまえば、間違いなく争いになることは間違いないであろう。

「貴様、そいつは何者だ。よからぬものを連れ込もうとするのであれば、この門の先に通すことは出来ないぞ」
「どこの誰に口をきいているのかわかっているのか?」
「わかっていようとも。たとえ、貴族の子息であろうとも、我々の仕事は外敵を中に侵入させないことにある。であれば、今まさに貴様を中に入れてはならないというのは職務に忠実なだけであろうよ。むしろ、我々にあだなすというのであれば、国家大逆の罪によって、完膚なきまでに叩き潰す」

 槍に込めている力をさらに入れているようである。決して通すつもりはないのだという強い気持ちが表れてしまっている。話に耳を傾ける可能性すら存在しないかもしれない。それほどまでなのである。
 彼らは、俺ではない何かを見つめているかのようであり、そこに視線を集めているのである。そして、それと俺が密接にかかわっているのだろう。だからこうして止めようとしているのだが、俺が今までもこの町で過ごしていたということを知らないのだろうか。であれば、彼らの幻覚も特別に気にするようなものではないだろうか。なんて、思わないこともないが、俺の背後に何かが存在しているのだと彼らが全身で訴えかけているというのに、それを無視するということは出来るだろうか。出来るわけがない。おとなしく、彼らに従うことにする。衛兵の中から誰かが報告に向かっている間はしばらく門の前で待ちぼうけを食うことになるが、それは受け入れるしかあるまい。
 どれだけの時間がかかるだろうか。もしかしたら、一日ここに放置されることだってあり得るだろう。それをされたからといって死ぬことはないが、あまり好んでしたいわけではない。それに、俺の近くに動物が近寄ってこないというのも不気味極まるのだ。俺のことを見かけて、近寄ろうという姿勢を感じるのだが、途中でピタリと静止して、なかったことにしようと立ち去るのである。これは、確実に何かしらが俺に不利益を与えていることは間違いない。この世界において最も信頼できる動物の本能が、危険だと伝えているのだから。それを信じなければいけないだろう。であれば、俺の本能も感じ取ってほしいのだが、腐ってしまったのか感じ取ることは出来ないでいる。
 そうして時間が経過していくのをただじっと感じていながら待っている。俺の影が動いているのを眺めているのだが、それにあえて飽きを見出すことをしないために、ずっと見ていられる。そうでもしないと辛いわけではあるが。暇であることとと、飽きるということは、意識的に消滅させることによって、この時間を耐えているわけである。
 その時のことである。ひょこりと門から顔を出して俺の方へと近づいてくる人がいるのであった。皆が皆俺から出来るだけ距離を取ろうとしている中で、彼女だけは唯一積極的に近づいてくるのである。嬉しいことである。人のぬくもりを再び感じ取ることが出来るのだと、喜ばずにはいられない。その姿がはっきりと見えてくると、見覚えのある女性、それもそれなりの仲である。ユウリがやってきてくれたのであった。彼女とは最近会って話したりはしていないのだから、しばらくぶりであろう。もしかしたら、他の街に行ったのかもしれないなんて考えていたのだが、そうではなかったらしい。それも、王都の町が大きいからなのだろう。知り合いとそう簡単にすれ違えない程度には広い土地なのだから。

「いやあ、久しぶりだねえ。アランくんも会えなくて寂しかった? でもね、寂しいからって他の幽霊を憑りつけてきちゃあだめだよ。幽霊はアランくんの恋人にはなってくれないんだからね。しかも、僕みたいにこうして、自我をもって、なんてことないように生を謳歌できる幽霊なんて、そうそういるものじゃあないからね。最低でも百年は存在していないとね。いまの、彼は数十年といったところかな。まだまだ、自我も持てずに、とり憑いているだけだよ。なんとなく、近くにいた生き物に近寄ったってところかな。普通なら、それだけで死んじゃうんだけど、さすがアランくんといったところかもね」

 そう言いながら袋を一つ開ける。そこには骸骨がひとつ。怯えるように歯をガタガタを震えさせているのである。俺の中では、幽霊ではなくただの怨念としてしか残っていなかったと思っていたのだが、そうではないらしい。
 彼女に言わせると、新たな魂が生まれつつあるそうだ。幽霊というのは、そもそもが生前とは別の存在としてあり続けることでもあるらしい。新たな存在であり、新たな生と呼ぶことも出来るのだとか。人に認識されることは難しいが。とはいえ、生前の記憶を引き継いでしまうわけだから、そう思うような幽霊は少ないそうだ。ユウリ自身も、新しい肉体を得て、いろいろと見て回ってその考えに至ったそうなのだから。

「だから、この子はもうそろそろ幽霊となることは出来るよ。そもそも、怨念自体が自我のない幽霊みたいなものだしね。僕たちの間では一々名前分けをしたりはしないんだよね。でも、こういうのはそう簡単に持ち運んじゃあだめだよ。アランくんだからこそ耐えられるようなものなのだからね」
「そうなんだな、すまなかった。最近世間を賑わせている盗賊団のアジトにあった骸骨を持ってきたからな。そこから解放された嬉しさから暴れているのかもしれない。無理やりに抑え込んだつもりだったんだが、そうではなかったようだな。特に今は嬉しさで暴れているわけではなさそうだが……」
「まあ、幽霊はそう簡単に人の言うことを聞いてくれるようなものじゃあないからね。たとえ、どんな実力差があろうとも、どうにかして憑りつこうとするのは当たり前かな。表向きの対応を信じちゃだめってことだね。まあ、おいたはしちゃあだめだってわからせてあげないといけないけどね」

 衛兵たちは、俺たちの会話から聞こえてきた盗賊団に反応している。それを証明するように、俺は袋から二人の生首を取り出した。この二人が、盗賊団の関係者であるということも伝えておく。そうでもしないと、ただ殺人を自慢しているだけになってしまう。そんな趣味は俺にはわずかにも存在しないのだから。そんな勘違いをされないようにするのは当然であった。
 おっかなびっくりと近づいてきた彼らに生首を預ける。女の首はとても美しいのだから、出来れば手元に置いておきたかったのだが、さすがにそれが許されるような状況ではないので、おとなしく渡す。自身の潔白のための必要な犠牲であった。あとで、彼らがどんな身分を持っていたのかということを調べられることであろう。その時に、真に盗賊団の一員であるとわかれば、俺に何かしらの報酬が入るかもしれない。なにせ、国にとって重要な街道を開放してくれたというにふさわしい功績なのだからな。

「あの女の人の生首って、とても綺麗に処理されていたよね。まるで宝石でも扱うみた胃に綺麗にさ……。どうしてなんだろうね。まさか、アランくんって女の人の生首を飾るような趣味があるわけじゃあないよね?」
「……さあ、どうだかな?」

 ユウリの責め立てるような視線に逃げるようにして、言葉を発した。濁っているようであり、意味のないものにしかならないだろう。響くことはあり得ないと感じざるを得ないのだから。これでは、あまりにも信用のない発言にしかならないだろう。しかし、彼女はそれ以上深く踏み込んでくることはない。それがありがたく思うわけである。
 ただ、まだ一つ問題が残ったままである。それは俺にとり憑いているということらしい幽霊の処理であった。さすがに、衛兵たちに見られてしまうようなほどの幽霊を放置したままにしておくことはよろしくはない。ハルたちだっていい顔はしないだろう。さすがに、背後に何者かが背中にいる旦那は嫌であろう。それを否定する自信はない。彼女たちならば、それも含めて受け入れてくれるかもしれないという淡い期待もなくはないが、拒絶された場合の方が重く苦しくのしかかってくるので、そんなことは実験でもしない。
 だったらどうするのかという話なわけだが、そこでユウリがその幽霊を吸収するそうだ。どうやら、魂がこの世に残り続けられるようになっている力の源を奪うことによって、浄化するのだそうで。元幽霊だからこそできる浄化方法であるだろうな。それ以外では、聖水をかけたり、祷言葉を読んだりするのが基本なわけだから。そういう浄化方法が可能なのは世界広しといえども、ユウリだけであろう。
 というわけで、さっそく頼むことにする。すると、彼女は俺の胸に手を置いて、何かを流し込んでいる。どうやら、魔力ではないらしいし、気力でもないらしい。であれば、何を流しているのかと思わないでもないが、それが流されるたびに、何か体が抵抗しているかのような感覚を覚える。しかし、その抵抗している箇所は俺自身ではないような気もするのだ。何か別のものが俺の体の中で暴れているようであった。
 その力は俺を乗っ取ろうとしている。俺の意識を奪うかのような激痛を与えてくるのである。そのあまりの痛みに一瞬叫びかける。だが、それをしてしまえば、耐えてきたものも吐き出してしまい、完全に乗っ取られるのではないかという不安がある。だから、それを無理やりに抑え込んで留める。最後の一つ、最後の壁を超えさせないようにと歯を食いしばる。それを収めようとユウリから流れてくる力は動いているのだが、それだけでは足りないかもしれない。俺もまた、気を巡らせていき、精神と身体を保つようにしているのだが、それ以上かもしれないほどの力でもって暴れるわけだ。往生際が悪いかもしれないが、彼も必死にこの世にしがみついているのだろう。だから、一生懸命なのである。この場にいるだれもが必死になっているのだ。
 今のユウリの力では、それをどうにかすることは出来なそうだ。であれば、俺一人で何とかしなくてはならないだろう。と思っている直後に、彼女に唇をふさがれた。無理やりに、密着して、からませていくようである。そして、口からも不思議なものが流れ込んでいるようである。それは愛とは違う。愛とはまた違ったものなわけだが、ここで、俺が愛を伝えてはならないだろうか。俺は何を返せばいいかと思えば、愛しかないわけである。与えられたものには何かを返すことが必要だ。俺の体に収まりきらないものがあるのだから。増え続けていくばかりではあってはならない。であれば、破裂しないように彼女に愛を返せばいいだろうか。ということで、彼女にとっては仕事としてのキスも、俺にとっては愛のキスへと変貌させるわけである。余裕があるのか。そうではない。反射に近いものなのだ。
 だが、彼女のキスの力であろうか、段々と弱まってくる。体を走っている痛みは治まってくるのである。それと共に、自分の体に存在する他者が希薄になってくる。感じられなくなってくるわけである。体が軽くなってくるかのようだ。しがみついていたおもりが消え去ってなくなってしまったのかと思うような、そんな感覚である。

「……はい、これで除霊は終了。もう完全に霊は消えてなくなったよ。今まさに魂はあの世へと向かっていったんだ。生まれ自我を持ち本能から理性への階段を上る前に、正しい生を謳歌できるようにね。だから、アランくんにとり憑いている存在はいないわけ。しかも、彼もなかなかに力をため込んでいたせいで、今も僕の中で暴れまわっているよ。まあ、一週間くらいすれば、完全に溶け込んで、馴染んでいくから問題はないだろうけどね」

 彼女の話によると、そうすることで幽霊の持っていた力を自分に上乗せすることが出来るらしい。簡単に力をつける方法が幽霊にはあるそうだ。つまりは、多くの幽霊を取り込んだ存在は、同じ時間を生きている存在よりも、一つも二つも格が上になるということであった。考えたくはない。別の存在を取り込むことによって、より強くなる存在というのは、努力を否定するかのようであった。では、ユウリもそうなのだろうか。それはわからない。ただ、彼女は努力もしている。わずかな動きであったり、体重のかけ方が、今までとは明らかに違うことは見て取れる。簡単にあしらうことは出来ないだろうというのが伝わってくるのであった。

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