天の仙人様

海沼偲

第180話

 村の中に入って屋敷の方へと向かっている。そして、その姿が見えてくるのである。確かに、バルドラン家の屋敷の隣に、もう一つ大きな建物が建っていることが確認できる。とはいえ、少しばかり小さくはなっているが。さすがに、領主が住んでいる建物よりも大きな建物を作らせはしなかったというところか。まあ、当たり前の話だが。とはいえ、この村にある家々のどれよりも大きいことは間違いないわけで、相当に力の入っている建物だというのが言うまでもなく理解できるわけであった。
 カイン兄さんたちが家の門の前までやってきてくれて迎えてくれる。こういう時に領主が自ら出てくるのはあまりよろしくはないのだが、まあ、自分の弟を迎えるぐらいはいいだろう。そこで、指摘するというのはこの対面に水を差すことになる。今は、それを必要としていない時間なのだから。懐かしい空気である。みんなの顔は毎年見ていたのだが、それでも、この村でこうして顔を合わせることでなにかしらの、感慨深い思いが湧いてくるわけであった。心が透き通るようで、晴れるような気がした。荷物を使用人に預けると、俺たちが泊まる場所である、あの別荘へと運ばれていくのであった。俺たちのために建てられたように見えるが、あれは、客人のためなのだそうだ。この村に客なんて来るのだろうかと思わなくないが、少なくとも、俺たちは客人として招かれている。真の目的は見えそうにないが、見えなくても構わないと思うのであった。

「こうして、この村で再開できるというのは嬉しいことだ。今までは王都出会うことはあっても、やはり、この生まれ育った生まれで顔を合わせるからこその、思いというのもあるだろう」
「たしかにね。めったなことではこうして帰ってこれることがなくなってしまったから、今日という日を、これからの数日間をゆっくりと、懐かしむように送るとしようかな。昔に使っていた魔法の修行場がどうなっているかも見ておきたいし」
「そうだよなあ。オレはこれからはずっとこの土地にいることになるから、何でもないけれど、二人は王都にいることの方が多いんだもんなあ。……それよりも、聞きたいことがあるんだが、アランの近くにいたあの子供はなんだ? 兄さんの子供じゃないのはわかっているんだが、明らかに、兄さんの子供より大きいよな。いつの間に産まれたんだ? というか、妊娠していたんだ?」

 兄さんは、アオの存在に驚いているようであるが、俺たちで養子にしたのだと言えば、引っかかるところはあるようだったが、納得してくれた。俺たちの家庭は、俺たちで完結してしまうのだから。それに対して口を出すことは難しい。また、遠くの方で母さんたちもハルへと質問をしているのだが、俺と同じ答えを返す。そういう答えを出すようにと、統一しているのだから、齟齬が起きる心配もない。だが、あまり信じられないような顔をしているが、父さんが深入りしないようにとなだめている。だから、母さんたちも何か思うところはあるようで、それでも口を閉じるのである。
 今この場には三人の妊婦がいるということで、女性陣は集まって談笑し始めている。どうやら、カイン兄さんの妻である二人の義姉さんは二人とも妊娠しているらしいのだ。しかも、同じ日が出産予定日なのだそうだ。同時に二人の子供が増えたとなれば、相当に大変なことになるだろう。一応、母さんたちも一緒に子育てをしてくれるのだそうで、そこは心配していないようではあるが。だが、二人の子供が新たに、しかも同時に増えるというのはそうそうあることではないだろうから、それなりの緊張感があるそうだが。なにせ、母さんたちも一人ずつでしか相手にしたことがないのである。一人ずつを二人で相手にしていたというのに、二人をどうにかできるのだろうか。そんな心配がなくはないのである。
 だが、それを今のうちから考えていても、考えすぎというものであろう。それに、これは、俺が関わる話、首を突っ込む話ではない。であれば、兄さんたちが考えた方法で子育てに当たっていくことで十分であろうと思うわけであった。
 俺は、自分の部屋を確認すると、村の様子を見てくると言って、外に出て行くことにした。久しぶりのこの景色をしっかりと眺めていたい、懐かしみたいのである。今もこうして歩いているなかで、畑が広がっており、ゆらゆらと緑が揺れている。もうすぐ収穫できそうなものもあり、瑞々しい実をつけている。今すぐにでもつかみ取って、食べてみたいところだが、それを我慢して、別のところへと歩きだす。俺のことを見つけた村の人たちは、ひそひそと何かを話しているようである。だが、小さな声では俺には聞こえない。とはいえ、俺が帰ってきたことについて話しているのだろう。もし、俺のことをわかっていなくて、誰なのかと質問しているのであれば、悲しいところではあるが。
 俺たちの目の前に数人の女性が歩いている。俺と同い年か、数歳差か。その程度の年代の女性が、こちらへと向かってきているようであった。彼女たちの顔も見るのは久しぶりである。一応は顔も名前も憶えているいるし、一致する。だが、彼女たちがそうだとは言えないだろう。だから、すれ違いざまに軽く挨拶をして、別れる。その程度の軽い関係でいいのであろう。俺はそう思うのであった。そして離れていくと思ったのだが、がしりと腕を掴まれて、目を見開いたようにしながら、俺の顔を見つめていた。あまりの驚きように、体が固まっているわけで、ゆっくりと腕を離していく。簡単に外れてしまったが、この状態のままの彼女たちを放置して去ることが出来るかというと、そうは出来ないので、その場にとどまるのである。
 少なくとも、彼女たちの反応は俺のことを知っている、覚えているからこその反応であるというのがわかった。それは嬉しい。この村の人に覚えてもらえているというのは喜ばしいことだろう。なにせ、六年間関りなんてほとんどなかったようなものなのだから。それでさえ、俺のことを記憶してくれているというのは、それだけ印象に残っていたということであるはずなのだから。

「あ、アラン様はどうしてここに? いえ、アラン様がここに居るのはおかしいことではないのですが、なにぶん、王都に住んでいて、そこで仕事もしているという話を噂で聞いたはずなのですが……」
「ああ、帰省だよ。久しぶりにこの村のことを見たくなってね。帰ってきたというやつさ。今はこうして、村の中を見て回っている。とても変わりなく落ち着く場所だっていうことをしっかりと、思い出しているところなんだ。とてもいいところだ。別に多くの場所を見て回って、いろいろな土地を巡ってきたわけではないが、ここに帰ってくると、やはり、温かな気持ちになれるんだよ」
「で、でしたら! 私たちが案内しましょうか! アラン様はこの村に帰ってくるのが久しぶりですので、忘れているかと思いますでしょうし……。それに、少しではありますが、変わった場所などもございますので、それを案内しようかと……」

 彼女は、ぎゅっと、俺の手を握り締めるようにして、決して離さないという意思を感じられる力を加えていた。俺は、ただにこりと微笑むようにして、それでありながら、彼女が掴んでいるこの腕を離してくれないだろうかという意思を向けている。だが、それは通じてくれていない様だった。俺しか見えていないようでいながら、俺のことを全く見えていないような気がしてならない。このまま手を掴んでいてはならないという嫌な予感がするのだ。空気の流れによって不穏な雰囲気が漂っているような気がしてならない。
 ざりと、土を踏む音が聞こえて、そして、そちらへと目を向ける。そこには、にんまりと笑っているような顔をしながら、ルーシィが立っていた。もしかしたら、ハルかもしれないと思っていたのだから、彼女の登場には驚きがある。こういう時にいの一番に駆けつけるであろう人とはちがうのだから。ただ、その珍しさを感じつつも、それでありながら彼女が来てくれるということに喜びを隠せそうにはない。今この場に彼女がいるということは、一つしか理由がないだろうから。それがたまらなく俺に喜びを与えてくれるのである。
 彼女はそのままゆっくりと俺たちに近づいてくると、掴んでいる手を引き離して、そのまま腕を絡ませてくる。べったりとして、そしてそれを見せつけているかのようであった。彼女たちはギリギリと歯ぎしりを鳴らしているのが聞こえるが、それを気にしていないようで、笑みを浮かべながら聞き流していた。さらには、彼女たちのことなぞ見えていないかのように俺に話しかけてくるわけである。
 目線一つ、目つき一つで勝ちを確信しているであろう、ルーシィはそのまま俺を引っ張っていくようにこの場を離れていく。そして、目的の場所が決まっているかのようで、迷いなく足を進ませていくのであった。俺はその後をついていくように歩くのである。どこかふらふらと、適当に歩いているのも嫌いではないが、こうして目的をもって歩くというのも悪くはない。歩き方が露骨に変わってくるのだ。それは面白いだろう。しゃんとして歩いているのである。
 そうして、たどり着いた先は、俺は確かに前に来たことがある場所である。とはいえ、中に入ったことはない。それは、ルーシィの家なのであった。そういえば、彼女の両親は結婚式に来ることはなかった。王都までのお金がなかったのだろうか。確かに金がかかるから、いけないだろう。そもそも、結婚式をあげられるような家は裕福ではないとならない。であれば、彼女の両親が来られないというのも仕方のない話なのである。
 なんてことを思いながら、そのドアを見ている。彼女はドアを叩いて、中の人を呼び出す。そして、扉が開いた。ゆっくりと開いていくのである。そして、中からは、一目見たことがある、彼女の母親が出てくるのだ。
 最初は、きょとんとしたように、俺たちのことを見ているのだが、段々と今この目の前の状況を認識していくと、すうと、驚いたような顔が変わっていく。その変化の様子は面白く思えたが、それ以上に彼女の頭の中で大きな混乱が生まれているようにも思えてならない。このまま黙って立っているだけではならないように思えるのであった。

「……ただいま、お母さん。帰ってきたよ」
「ええ、ええ、本当に大きくなったわね。アラン様もより、素敵になられて。ルーシィがアラン様の婚約者となることは心配だったのですが、この様子では問題なさそうですね。とっても、立派な顔をしている。まだ幼いころのふにゃけた様な顔とは違ってね。ああ、ルーシィ。こうして帰ってきてくれてありがとう。そして、ごめんね……あなたの晴れ舞台である結婚式に参加できなくて。でも、誰よりもあなたたちの結婚を祝っているわ。おめでとう……おめでとう……」

 何とか声を出したというようである。とっ散らかっているような印象を受けるが、それ以上に彼女の本心の全てが聞こえたようで、良かったと思えた。そして、その様子を聞きつけたのか、父親と兄弟も現れて、皆一様に驚いているのである。みんなしておんなじ顔をしているのだから、少し、おかしく思えた。
 何とか意識を取り戻してもらって、俺たち二人を家へと上がらせてもらう。今日無理やり突然に訪問したのだから、入れてもらえるかという不安はあったが、少しの緊張が見えたとはいえ、快く上がらせてもらえた。とはいえ、いまだに貴族に対する緊張感というのはぬぐえていないらしい。今となってはそれは仕方ないことだと納得できる。なにせ、俺も同じような気持ちで王族の人間と対峙するのだから。これでは彼らに何かを言えるような立場ではないだろう。
 家に上がってからは、彼らと他愛のない王都でのことを話した。どんな生活を送っていたのかということを話しているのである。それを彼らは楽しそうに聞いてくれている。代り映えのない日常ばかりが続いているが、それでも、彼らにとってはそれが最もいいことであるような顔を見せてくれる。俺もそう思うからこそ、より彼らと共感できる。別に、冒険なんてものはいらないのだ。必要なのは、今日という一日を生きたことに対する喜びだけである。それさえあれば、人生はとっても楽し気なものへと変化することは確実なのだから。
 夕食の時間まで残っていいと言われたが、さすがに、そこまで世話になるのはどうかと思ったのと、家の者にご飯が必要ないと連絡をしていない。それを伝えると、少し寂しそうではあったが、彼らは了承してくれた。ただ、明日も来ることを誓った。それだけで十分であったようで、パッと明るくなると、今度は一緒に食事でもと、誘われる。ならば、今度はしっかりと、食事もいただいて帰るとしよう。そう心に決めたのである。俺たちは、彼らの笑顔を背後に残しながら、夕焼けの道を歩いて帰っているのであった。

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