天の仙人様

海沼偲

第153話

 キーリャたちは一週間もすれば帰ってしまう。だからだろう、その間は毎日のように王城に呼ばれて、彼女と話をしていた。当然ハルたちもついてきてはいたが。そして、あまりにも露骨に不機嫌な顔を見せているのである。わざと、怒りをためさせるかのような態度なのだ。さすがに、キーリャもわずかな怒りをのぞかせてはいたが、むしろ、そうなることを狙っている側としては、それは思い通りに事が進んでいるということの証明であるのだった。怒ってはいけないのである。怒りによって、婚約話がなかったことになることを望んでいるものがどれだけいるのか。そのための最後の一歩を踏みとどまっているようであった。
 とはいえ、それでありながらも毎日のように顔を合わせている。何度も何度もそのやり取りはしてきてしまった。だからこそ、慣れてきてしまったのか、ハルのいやそうな顔に対して何の反応も示すことはなくなってしまったのである。さすがに、これ以上はするだけ無駄だろうとわかれば、当然彼女だってすることはない。ただ、中で不満がたまっていくというだけなのだ。そのたんびに、俺は慰めるように発散させるように、彼女を抱きしめている。愛を与えるようで与えられるようで、そして混ざり合うように。

「私、あの女のこと、嫌いだわ。この国の客人だからって、我がままにアランのことを毎日呼び出しているのだもの。あんな女、同じ国の人間であったならば、決して相手にされることがないような癖して。本当に嫌な女だわ……」

 彼女は不満を吐き出すように呟いた。俺はただ彼女の頭をなでるだけ。何かを言うことはしない。それが精いっぱいなのだ。彼女もまたそれをわかってくれていた。彼女のためには、完全に肯定する必要があるのだろうけれど、それは、彼女のためにはならないのである。それを良しとするだけの熱は存在しないのである。彼女もまた、それを肯定してくれないことで、なんとかバランスを取っているようでもある。彼女が美しくいるための儀式のように見えた。
 そんな日が続いている中での、王城からの帰り道のことであった。俺たちは四人で帰っていたのだが、どうも嫌なにおいがする。悪いことが起きそうな、そんな気味の悪い臭いが漂ってきてならないのであった。無理やりにでも警戒させられるような不気味な感覚に襲われているのである。周囲をゆっくりと見渡してみるが、それらしきものは見て取れないが、今もまだ感じ取れている。どこからか、確かである。そして、それはハルとルーシィの二人も感じ取れているのである。さすがに、ルクトルでは無理であったらしい。仕方がない。だが、三人もこの感覚に気づいているということは、それは気のせいということにはならないだろう。俺はゆっくりと腰に下げている剣に手をかける。いつでも抜けるように準備をしているのだ。それが最善であり、むしろ、それ以外の方法を取らせるつもりはないという雰囲気をその空気が生み出しているわけなのだから。
 しかし、拍子抜けするように何も起きることはない。静かな町の中で俺たちは寮に到着した。たしかに、こんな街中で何かしらの大事件が起きてしまえば、国中が混乱することになるだろう。だから、何も起きなくてよかったとでも思っておくとしよう。送ってくれた御者に向かって礼をいう。いう必要はないかもしれないが、とりあえずの礼儀としてやっている。御者をやっているような人間はたいていが、相当なエリート街道を進んでいるようなので、仲良くなっていて損はないだろうという打算もあるわけではある。
 馬車が帰っていくと、それとは入れ違いになるように大急ぎでこちらへと駆けてくる人物の姿が見える。明らかに、俺たちへと向かってきているようであるのだ。どうしたのだろうと疑問に思っていると、俺たちの目の前に到着する。息を荒げてまともにしゃべることは出来そうに見えない。だから、適当に魔法で作り出した水を渡して、喉を潤してもらう。がぶがぶと飲んでいることからわかるように、相当急いで走ってきたのだろう。ご苦労なことだ。
 そして、なんとかのどを潤すことが出来、それのおかげで息を整え終わったようである。そして、彼は真剣な目つきで俺のことを見ている。というか、俺は彼の顔をよおく見てみると、先日に俺に助けてもらった礼を言っていた、あの兵士ではないかと思い出したのである。で、彼がどうして急いで俺のもとまで来たのだろうか。俺は静かに彼が言葉を話すのを待っているのであった。待つ間の時間に、ひたすらに不安な予感が高まってくるという気持ち悪さがある。出来ることならば、今すぐにでも話しだして、楽にしてほしいと思っているのに、それを許さないと言っているようで、息を荒げるのである。

「た、助けてください! 我々でもできる限りのことはします! ですが、あなたのような力を持っている人に、助けてほしいのです! キーリャさまが何者かに連れ去られてしまったのです! いつの間にか部屋からいなくなってしまっていて、王城中を探していても、見つからないのです!」
「我が国の王城の警備をバカにしているのでしょうか。他国の要人がそう簡単に連れ去られるようなへまをするとは思えないのです。ですから、まだ王城のどこかにいると思いますよ。もっとしっかりと探してみてください」

 彼があまりにも突飛なことを口走る。驚いた話だ。真実であるならば、どれほどまでに恐ろしい話だろうか。今すぐにでも狂ったように叫びだしてもおかしくはない。だが、俺はその話のあまりの嘘くささに冷静さが残っていた。彼らの真に迫った話口調ですらも、揺るがないほどであるのだ。
 だからこそ、俺はなだめるように彼に語り掛けるのだが、それでも俺の言葉を全く聞いていないようである。いいや、少し違う。俺の言葉は間違っているのだと言い切れるだけの自信があるようなのだ。俺は、彼のその表情を見ただけで、そこまでのよろしくない方向への自信があることが分かってしまうのである。嘘だと一蹴することは不可能だと教えられているようである。先ほどまでの嘘くさい真が、完全なる真として今目の前にあるわけだ。嫌なことである。彼の発現の全てが嘘にまみれているほうがよほど、いいことではないか。だからこそ、俺はひどく嫌悪してしまう。

「キーリャ様のお部屋に書置きが残されておりました。して、その内容はキーリャ様を誘拐したということが書かれてあったのです。王城の中でそのような冗談を残す人などいません。キーリャ様ですら、そのようないたずらをするような女性ではございません。ですから、これは本当に誘拐に会ってしまったのだと、連れ去られてしまったのだと思うわけであります。ですから、アラン様。どうかキーリャ様をお助けください。もう一度、我々をお助けください。私にはあなたには何もしてあげることは出来ませんが、この卑しい願いを叶えてください」

 彼の言葉は重く、俺に届いている。当然だ。今彼は、自分のプライドを投げ捨てて俺に頭を下げているのだから。プライドで彼女が救えることはないのだ。だからこそ、喜んで自分の頭を下げる。自分こそが彼女を救うのだと思ってもいいものを、自分よりも俺の方が確実だからだと、こうして頭を下げるのだ。俺は、彼の心意気が好きだ。だからだろうな。その願いをかなえたいと思ってしまうのだろう。プライドを捨てた男の願いに手を差し伸べなくては、これこそ俺のプライドが傷つけられ汚されることなのだから。
 しかし、俺の決断をハルたちはどう思うのかと、背後を見る。すると、彼女たちも助けるつもりであるかのように意気込んでいるのだ。俺の視線に気づいたようで、彼女たちはにこりと笑う。わかっているのだろう。ああ、やはり、彼女たちこそ俺の妻にふさわしいのだと思えてならないのである。たとえ、憎い相手であろうとも、怒りに震える相手であろうとも、ただいまばかりは助けたいという気持ちが沸き上がってきてしまうのだから。それこそが、真に愛するということだろう。もっとも純粋な愛の形なのだろう。だから俺は、それに魅入られているのか。手に入れたいと思うのか。
 俺は、彼に了承の意を伝えると、目から涙をボロボロとこぼし始めており、見ていられないほどに顔がぐしゃぐしゃに歪んでしまっている。俺たちは、そっとしておこうと、彼のことを放っておいてキーリャが誘拐されている場所へと向かう。
 俺たちはキーリャが発している気というものを覚えている。毎日のように顔を合わせていれば、嫌でも頭に入ってくるというものである。そして、その個人ごとに存在する気のにおいとでもいうか、感覚を辿るのである。とはいえ、この場所からでは追いかけることは難しいので、王城から辿る。
 たしかに、キーリャの気は王城の窓から飛び出てどこかへと向かっているようである。窓から侵入できれば、警備なんてものは関係ないことは確かだが、実際にそんなことが出来る奴らがいるとは思わなんだ。さすがに、鳥人と呼ばれる人たちでも、滑空に近い飛行が限界である。とはいえ、その勢いのままに一日近く飛び続けられるそうだが。
 追いかけ続けていると、どうやら町の外へと出てしまっているようだ。追いかけるとするならば、門が閉まってしまうことだろう。朝まで待つことは確実である。だが、それ以上にいち早く彼女を救出しなくてはならないということが俺たちの頭では最優先なのである。学校には少しぐらい遅刻したって許してもらえるだろう。なにせ、人助けをしていたのだから。それは全員が思ってくれているようで、門を出ることに一切の戸惑いというものが見られなかった。
 門を飛び出し、それでも後を追い続けていると、森の中へと入っていくようである。というか、俺たちが追いかけているのに、それ以上の速度で離れているのかと疑いたくなる程度には追い付かない。敵のアジトまでついてしまったのだろうか。そういう不安が湧いてくる。だが、それを押し殺すようにして前へと進んでいくのである。
 そうしていけば、少しばかり古びた石造りの建物が森の中にぽつんと建ってあるのが確認できる。あまりにも突然である。そんな気配など見せていなかったはずなのに、出てきたのだ。しかも、どうしてこんな場所に建てられているのかがわからない。もしかしたら、ずいぶん前はここに砦でも築いていた国があって、それが滅びた時の名残だとでもいうのだろうか。そしたら、この建物は何年前だという話である。少なくとも、数千年は前の話になってしまう。気が遠くなるほど昔の石造建築が今もまだ残っているということだ。少しばかり感慨深いが、今はそんなことに思いはせている時間はない。それは、後ですることとしよう。

「ここに捕らえられているということだろうね。こんなにも古ぼけたところに閉じ込められているとなると、とても哀れなことね。まあ、アランにまとわりついた罰だと思えば、少しだけすっとするけれども」
「ああ、それはいい考えですね。そう考えれば、今までの無礼も許せるというものです。アラン様にベタベタとしていた、罪が今償われたということで」

 彼女たちは、物騒に言ってはいるが、それは全て冗談じみていて、軽く話していた。どうでもいいかのように、くだらないものであるかという感じで。それは、確実に安全にキーリャを助けられるのだからという絶対的な自信からくるものなのである。そうでなければ、軽口でもこうは言えないのである。
 扉をけ破って侵入すると、中には何人かの男がくつろいでいた。あまりにも薄汚く、健康的な生活が遅れているとは思えない風貌である。町に入ることが難解な人たちなのだろう。おそらく、敵の一味だろう。つまりは、俺たちの攻撃の対象ということになる。俺たちはすぐに武器を取り出し、そのまま男たちに向かって斬りかかる。
 あっという間だろう。誰一人として、悲鳴を上げることすらできずに死んでいるのである。一切の反応をする余地もなく、ただ命ばかりが砕けて消え去ってしまうわけであるのだ。出来る限り、優しく殺してあげた。即死させるのが最もいい。そのためには、やはり首を飛ばすのが最適だろう。わずかの痛みすらも感じさせないほどに綺麗に首を飛ばすのである。それは、今ここに居る四人全員が出来る。だから、俺たちの足元にはいくつもの首が転がっている。この階層に気配はしない。キーリャは他の場所に囚われているのだろう。階段は上にのみ続いているようで、俺たちはそれを駆け上がっていく。そして、そのたんびに出くわしていく男たちは、なす術もなく首が飛ばされていく。それには一切のミスなどない。しっかりと、首筋に一筋の線が描かれるのである。哀れだろうか。いいや、救いだろう。これ以上の罪をかぶることなく、愛によって死を迎えることが出来るわけだから。

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