天の仙人様

海沼偲

第133話

 俺は外壁の上に登っている。そこからの景色を眺めているわけだが、俺の視線の先にはおそらく暴走している動物たちがいるのだろう。耳を澄ませば、彼らの足音がこちらまで届いてきている。そうとうな規模で移動しているのであろうとわかる。出来ることなら、進路が変わってほしいものだが。そうはならないだろう。真っ直ぐに此方まで進んできているのだから。進路変更をしたことは一度もない。むしろ、兵士たちは進路変更がなかったおかげで余計な被害がなかったと喜んでいるのだ。つまりは、この出来事は非常に俺たちにとって喜ばしい事態であるということだった。
 彼らはあと一日もしないうちに到着するのだという情報がある。その頃になれば、王都で、その危険性があるということを知らない人はいない。今では、外に出ることも、中に入ってくることも完全に禁止している。何かの間違いで、移動速度が上がってしまった場合に、対処できなくなってしまう。それが最も危険だからだ。出来る限り、予想外の出来事に対応するためである。しばらくの期間は王族ですら質素な食事をとっているそうなのだから、よほどの気合の入れようである。
 わざわざ王都まで近寄らせているのに意味はあるのか、と思う人々もいることだろうが、彼らの暴走はどうも、食事をとっている様子が見られないらしく、こちらにやってくるころには、空腹状態で戦う、それどころか衰弱している可能性すらもある。だからこそ、大きな労力を使わずに倒しきることが出来るのではないだろうか、と考えているのである。それに、ここいらの壁の外は一面広々とした平原である。ここで、何かを見逃すということは決してあり得ない。王都が一見守りにくい平原のど真ん中に存在する理由の一つなのだから。使わない手はないだろう。
 だが、余裕ぶってはいけない。それで気を抜いて予想外の事態が起きた時に慌てるのはこちらだ。それは大きなゆがみとなり襲い掛かる。その結果、王都が消滅するということになってしまっては目も当てられないだろう。絶対にあってはならない未来。それを回避するために最善を尽くすしていくのであった。
 壁の上にはいくつもの大砲が並んでいる。これらが一斉に火を噴くことになれば、相当な掃射能力に期待できることだろう。心強いものである。大砲と魔法で数を削りながら、それでも近づいてきた相手を近接戦闘を専門とする部隊で倒す。これが大まかな作戦である。シンプルだが、それだけに練度を持った軍隊では有用なのである。奇抜なアイディアなど必要はないのだ。
 俺は一応壁の上がどのようになっているのかを確認はしたが、後方支援が基本なために、戦闘中に壁の上にいるのかは怪しい。もしかしたら、ない可能性だってある。それならば楽だろう。兄さんたちには、俺が楽できるようにお願いするばかりだ。壁の上にいたとしても、やることは下に魔法を放つくらいだろうけれど。
 静かな時間だけが過ぎていく。俺たちに対する指示による音は存在しているが、その中の光景とは別に、外は不気味なほど静かである。王都に一切の物流が来ないということは、ここまでに静けさをもたらしているのかと興味深い光景ではある。野生動物のみが、草原を歩いているのだ。人の姿はない。それが新鮮で面白くある。こんな時にと思うかもしれないが、こんな時だからこそ、こうして気を紛らわしているのかもしれない。
 日が昇り始めていることだろうか。だんだんと音が大きく、そして激しくなってくる。俺は睡眠をとる必要がないために、二十四時間体制で外の音を聞いていたのだが、その音が確かに近づいてきているのを感じられる。同じように睡眠を必要としない彼女たちも俺の隣に集まって、外の様子に気を配っている。
 ほんの少しずつ静かになり始めていた、壁の中でも、その地面から響いてくるかのような音にはわずかばかりの動揺を隠すことは出来ていないようで、慌てたような声を上げているものも何人かいるが、すぐさま、自分のやるべきことを思い出したかのように、持ち場へとついていく。その切り替えの早さはさすがであると、敬意を表したいところだ。おそらく、こうして一緒に過ごしていなければわからなかったことだろう。
 体内時計の感覚であれば大体予定通りの時間に到着してくるだろう。そろそろ、壁の上では迎撃のための準備が完了しているころである。合図と同時に攻撃が飛んでいくことだ。きっと花火のように美しく見えるかもしれない。それを、壁の内側からしか見れないのは残念だが、だからといって、それを鑑賞する為に上に行くのはよろしくはないだろう。気の抜けた子供は上に立っていちゃいけないのだ。俺はよくわかっているからこそ、気持ちをこらえるのであった。お師匠様のように空を飛べればいいのだが、俺はまだまだ先の話だからな。
 加速度的に、壁の上が騒がしくなってくる。動物たちの足音に負けないほどだ。それと同時に、王都のほぼ中心に存在する塔から、鐘の音が何度もならされている。甲高い音が王都中に響いている。あれを聞いた王都市民は、すぐさま建物の地下へと非難をするのだ。それで、たとえ、王都が何かの間違いで消えてしまったとしても、人々を活かしておくことが出来る。人がいれば、再興は可能だ。そのための、処置である。負けることは決してないと、豪語していても、わずかの可能性を引き当ててしまって、その時に何の対処もしていなければ、無駄に全員が死ぬのだ。だからこそ、誰かが生き残る可能性を上げるためにも、手は尽くしておく。
 住民たちの非難はスムーズだ。一年に一度、王都全体で避難訓練を行っているのだから、それぐらいやってもらわなければ困る。だが、人々が無駄にパニックにならないおかげで、こちらまで、伝染することはないのである。前方に位置しているであろう敵の大群だけに集中していればいいのである。感謝しなければならないだろう。
 上から叫び声が聞こえる。おそらく、合図が発せられたのだろう。それは怒号で行われる。それを下から聞くと叫んでいるようにしか聞こえないというだけであった。それと同時に、大砲の音やら魔法の音やらと、あらゆる攻撃の音が壁の向こう側へと降り注いでいるのが感じられる。そして、かすかに、動物たちの生の渇望とでも言うべき奇声が聞こえても来た。俺はほんのわずかに、目をつむり眉間を抑える。やはり、そうなるだろう。わかっていたことだ。だが、これは仕方のないことだ。お互いの生存を望んでいるからこそ、どちらかが死んでしまうことになる。それは当たり前のことであると、わかっているのだ。だが、少しばかりの彼らに対する弔いの心を、捧げたい。
 王都が平原のど真ん中にあるということは、基本的にあり得ないだろう。山であったり川であったりを挟んで作られるのが普通だろう。それが普通は防衛しやすい地形なのだから。だがしかし、この国においてだけであろうが、この平原のど真ん中に王都があるというのは非常に優れている。他の国の平原では決してないことだろう。
 まずは、カンムリダチョウの存在だ。彼らは、この国の平原にしか生息をしていない。そして、仲間が襲われていると気づくと、奇声を上げて仲間を呼びながら敵に対して集団で立ち向かう。これは基本的にオスが行う。そのために、王都に到着する前に、彼らを刺激してしまい、一戦交えることがあるのだ。それを狙うために、平原をそのままの形で残しているということもある。しかも、敵に知性があり、彼らを攻撃しない場合も、陣地の中に紛れ込ませているスパイに攻撃をさせる。優れたスパイであれば、そのまま死ぬことなく脱出し、残された敵はカンムリダチョウと戦わなくてはならなくなるという話である。それが、全方位に張り巡らされているのである。どこから通ってきても、山や川以上の天然の罠へと変貌しているのである。だからこそ、この国の主要都市は、この大草原に作られているのだ。
 そして、その足止めが王都の近くで行われれば行われるほど、こちらの射撃兵器、投擲兵器が活躍している時間を大きく稼ぐことが出来る。向こうも、暴れまわっていれば、仲間が死んだ理由がどれなのかがわからない。だから、こちらに敵意を向けることはないという寸法であった。
 あまりにも、外道な戦法ととられるかもしれないが、その戦法で今までこの国は他国からの侵略を抑えてきたのだから、理に適っているのだろう。批判されてしまうことは多いわけであるが。それに、この戦術は侵略するときには使えないということも、非常にネックなところではある。だからだろうか、この国ではあまり他国へ侵略したという文献がないのだ。おそらく、侵略すると途端に弱くなってしまうのだろう。防衛でなければ、戦えない兵士の質ということである。
 いろんな生き物が入り乱れて叫び、死んでいっているのだろう。俺は目を閉じて壁の向こうに手を合わせることしかできない。これに申し訳なく思いつつも、王都の人たちの安全が脅かされる心配をしなくていいのだと、わずかに安心もしている。少なくとも俺は人間の陣営なのだ。だから、こうして片方の安全に安堵してしまっても仕方はないだろう。その分だけ彼らの死を憐れむことしかできないのだが。
 しかし、どうもそうはいっていられないような雰囲気が出てきている。閉じている門に何らかの衝撃が与えられているのだ。どんどんと、何かを叩きつけているかのような音が聞こえてくる。その衝撃に揺れるようにして、門が震えているのである。俺の目の前に門があるせいで、その様子がしっかりと見えているのだ。

「門の手前まで攻められているぞ! 絶対に油断をするなよ! いつ壊れるかわかったものじゃないからな! すぐに陣形を組み始めるんだ!」

 兵士たちは、すぐさま槍をハリネズミのようにずらりと前に突き出し始める。ファランクスとでもいうのだろう。恐ろしい程に美しい死の壁がいまままさに出来上がり始めているのである。だが、その姿とは裏腹に彼らの顔つきは緊張で今にも吐き出しそうに見えてしまうが。
 俺と兄さん、そして夜の間ずっと起きており、それでも問題なく戦える俺の婚約者たち。五人で門に対して警戒をする。彼女たちも、王都の危機に協力しようと思ってくれたようで、こうして、俺のそばにいてくれているのだ。たしかに、そこいらの男よりは強いだろうから、問題はないだろうと思っている。だが、兄さんの婚約者のリリさんは戦闘能力はあまり高くないそうで、地下へと非難しているだろうが。
 一撃一撃、叩き込まれていくたんびに、みしりみしりと、門が悲鳴を上げているように聞こえてくる。おそらくは、壊れてしまうのだろう。彼らの弾幕を潜り抜けてきてしまった個体がいるのだろう。それだけの数がいたのかもしれない。さすがに、処理できる数を一気に上回れば、そうなることだろう。
 だが、それも予想はされている。だから、門の周囲には近距離戦闘を主な任務としている部隊が囲んでいる。突撃してくれば、どっしりと待ち構えている針山にぶつかって、穴だらけにされてしまうことだろう。さすがに、こちらからも死傷者は出てしまうだろうが、大きな損害を出させないようには出来ることだろう。

「門、開け! 俺たちの後ろには一体も通すなよ! ガールハラト王国軍の底力を見せつけてやるぞ!」

 指揮官の命令により、門は開かれる。これ以上衝撃を与えて、門を壊されては一大事である。だからこそ準備ができ次第、門を開けるのだ。ただ、タイミングよく開けないと突撃の勢いがそのままこちらまでやってくることだろう。
 門が開いたと同時に、後詰めとして後方に待機をしていた魔法使いたちが、一斉に魔法を放ち、突撃しようと向かってくる者たちへと攻撃をしていく。それの衝撃により、舞ってしまった砂埃はこちらまでわずかに届いてしまうほどである。さすがの威力といったところである。
 出来ることならば、これ以上近づかせたくはないため、門の手前で倒しておきたい。逆に言えば、中に入られれば、魔法使いとしては役に立たない。だから、俺たちも、魔力が空っぽになってもいいようにいくらでも魔法を門の向こうへと放っていくのである。この一撃が、多くの人を救う一撃なのだと信じて。
 さすがに、魔法をとめどなくはなった程度で彼らが怯んで撤退することはないし、小さな生き物であれば、その隙間を縫うようにして門の中へと入ってきてしまうだろう。その時で、ようやく前衛の役目が回ってくる。
 ハリネズミのような槍の壁に向かってくれば当然穴だらけにされて、すぐさま死んでしまう。常にその状態を維持したまま、じっと動かない。彼らはそうすることで、俺たちが安全に魔法を放てるようにしてくれているのだ。分業である。
 そうして、段々と数を減らしていくのであった。勝利へと近づいて言っているのだという確信が、皆の頭の中にあるのだ。

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