天の仙人様

海沼偲

第126話

 カンムリダチョウは鶏ということもあって、定期的に無精卵を産む。それを人は取っていく。ちなみに、有精卵はしっかりと巣の中に守られるように置いてあるためにそれをとってしまったら、群れ単位で襲われることになるだろう。俺は外に捨てられているそれをいくつか拝借して、飼っている蛇のえさにするのである。とはいえ、卵を丸呑みできる程度の大きさになってくれたから与えられるわけであるが。それまでは、小さな虫などを食わせていた。何でも食べてくれるので非常にありがたい。この卵は、別に、誰がいくつとっても何も言われないような扱いであるために、こうしてとることが出来るのである。数だけならたくさんいるために、ここまで適当な管理でもいいのだろう。というか、カンムリダチョウが国の管理に置かれていることはない。なにせ、正確に何羽生息しているのかを知らないのだから。
 そして、最近気づいたことなのだが、面白いことに、彼の体には小さな手足が生えているのである。いいや、生えてきたというべきだろうか。蛇の体にちょこんと足が四本くっついているのであった。しかも、ちょこちょこと小刻みにではあるが、動かすことが出来るし、それで、木の枝につかまったりということもできる。最初は突起の可能性もあったのだが、それを見て確かに足なのだとわかったのである。だが、逆に言えば、これで、彼がどの種族からはまるでわからなくなってしまったのである。俺の頭を悩ませる問題であった。とはいえ、ここまで元気に過ごしているために、大きな問題はないだろうが。これで、何かの間違いで新種の生物だということにならないことを祈るばかりであった。
 ドアが開き、そこからこっそりと顔をのぞかせてくるのはルクトルであった。彼は蛇が逃げ出さないように慎重に扉を開けるように心がけているらしい。そんなことしなくても大丈夫なのだが。だが、俺は別に、直させる必要はないだろうと、そのままにしているのである。

「アラン様……あの子はどこにいらっしゃいますか?」

 俺が指さしたほうに目を向けると、すぐさまそちらへと向かって、隠れるようにしていた蛇をいとおしそうに撫でている。その姿はまるで親子なのかと錯覚してしまうほどであるだろう。とても美しいものであるかのように見えるのであった。
 ルクトルは俺の部屋に来るたんびに彼のことをかわいがってくれている。ゲージを使わない飼育をしているために、部屋の中をしゅるしゅると這いまわっているのだが、足元を気にしなくてはならないわけではあるが、それさえ気を付ければ大丈夫であった。ルクトルは、それだけ部屋から逃げない彼を不思議に思っていたが。たしかに、普通の蛇はケージに入れられて飼育されているのが常であろう。だから、不思議に思ってもおかしくはない。とはいえ、俺の管理がいいからなのだろうと勝手にそう解釈している可能性があるだろうけれども。
 さすがに、俺もこうして飼育しているというような人を聞いたことはない。ケージに入れなければ逃げるだろうから。たとえ、仙人の力で動物たちの気を引きやすいということがあったとしても、彼がこうしてしばらくの期間を逃げずに俺と一緒に過ごしているというのは、疑問に思わなくもない。だが、楽なのだから、深く考えなくてもいいのではないだろうかと、後回しにしているのであった。それに、このような生活をしているとまるで信頼関係を気付いているかのような気持ちになることが出来る。錯覚だとしても構わないのだ。

「アラン様……この子にお名前を付けてあげないのですか? いい加減、蛇さんでは呼びにくいと思いません? それに、それではこの子も自分の名前がないことにかなしんでいるかもしれませんよ。それでしたら、名前を付けてあげるというのが飼い主としての愛情ではないでしょうか?」
「いづれ、自然に返すときになれば、名前がついていると思いとどまってしまうだろう。自分たちが愛したものはただでさえ別れるときは心苦しい。それが、名前まであるのならば、不可能になってしまうことだろう。だから、最後まで、自然に返してやるという選択を残してあげるために、名前を付けていないんだから」
「別に、逃がさなくてもいいと思いません? こうして、わたしたちになついているのですから、そういうことで頭を悩める必要はないと思いますよ。それに、この子もわたしたちと一緒にいたいと訴えかけているみたいではないですか。ほら、この目を見てみてくださいよ。このつぶらな目。きっと、これからもずっとアラン様と一緒にいたいと言っている目ですよ。そうに違いありません」

 と、彼の顔をこちらにもってきながら、懇願するように、訴えかけるように話してくるのである。それがここ最近ずっと続いている。たしかに、彼は蛇という認識でしかなく、固有の認識は存在しないようなものである。それを面倒に感じることは確かにあるが、俺にはほかに蛇の知り合いもペットもいないのだ。ならば、蛇といえば彼のみを指していると言えなくもない。だから、大丈夫だとは思っていたのだが、なかなかにしつこいのである。いっそのこと名付けてあげたほうが楽なのではないかとすら思えてくる。
 俺は彼らを見つめ返してみるが、潤んだ瞳でこちらを見てくるルクトルが何ともありもしない罪悪感をつついてきているような気がしてきている。俺は悪いことをしていないはずなのだが、どうもこんな気持ちを抱く羽目になるのか。それに感化されてしまったのか、彼もまた長い胴体ごとこちらに向けて、じっと俺のことを見つめてくるのであった。それが非常に俺の心に苦しみを与えてくるのである。
 彼は静かに俺の隣に座り、指先を絡ませてくる。そして、体全体をもたれかからせるように体重をかけてくるのだ。ゆっくりと肌に感じる温度が上がっていくのがわかる。より深く密着していっているのである。それは三人でなされているものだということもわかっている。下からのぞき込むかのような目線を俺は見つめ返すことは出来ずに少しばかり外してしまった。

「アラン様……この蛇さんは、わたしと、アラン様との二人で育てております。他に誰もおりません。わたしたち二人だけで育てているのです。ですから、わたしと、アラン様との二人の子供のようなものでもあります。たしかに、卵の時は関わらせてもらえませんでしたが、ですが、孵化してからは、わたしも、エサを上げていたりと、世話をしています。そうでしょう。それならば、わたしたちの子供に名前を付けてあげるというのは親として当然ではないでしょうか? わたしは、親としての最も素敵なプレゼントをこの子に上げたいのです」

 まっすぐに彼は、見つめていた。俺の心のその奥底まで見つめているかのような錯覚におそわれるほどに、ぶれることなく、あった。俺はそこまで聞いて、わかったような気がしたのである。俺は何も言えなくなってしまった。ただ、頭に手を置いて撫でるだけである。彼はそれをくすぐったく感じているように見えた。
 俺はここで折れなくてはならないと思った。だから、彼の名前を付けることに賛成したのである。こればかりは、これ以上問答を繰り広げても意味がないだろう。ならば、どちらかが折れるだけである。それだったら、俺の意思よりもルクトルの意思の方が強いだろうと感じた。ならば、俺が折れるしかあるまい。

「いいよ、名前を付けてあげよう。そこまでつけてあげたいというのならば、俺にはそれを抗えるだけの力はないよ」
「ありがとうございます、アラン様! きっと素敵な名前を付けてあげますからね! 楽しみにしていてくださいね!」

 彼は顔を明るくして、にんまりと笑った。よほどうれしかったと見える。そして、その反応をするだろうなとわかっていた。だから、これでいいのだろう。これで、もう彼を自然に返すことは不可能になってしまった。俺たちの子供のような存在として最後まで育てていかなくてはならないのである。それでも、ルクトルが喜んでくれているのならば、悪くはないけれども。
 それにつられているように、蛇もまたしゅるしゅると舌を出し入れしたり、尻尾をパタパタと振っていたり、何かしら感情を表現しようとしているのがわかる。喜んでいるのだろうということが分かる。そう思えば、俺のこの決断が間違ったものではないのだろうという考えになるというものである。
 そういうことがあって、彼の名前を考えることに決まった。これはすぐに終わるだろう。と思っていたのだが、どうやら違うらしい。彼はいくつかの辞書を引っ張り出して、どんな名前がいいかと考え始めたのである。当然俺も一緒に考える。確かに親が子に送る最上のプレゼントであるならば、そんな適当に『蛇太郎』という安直な名前で許されるわけはない。俺はそこまで考えていなかったようだった。
 彼の目は真剣そのものである。自分の腹から産んだ子供に名前を付けるかのような気概で臨んでいるのだから。だからこそ、俺も同じような心持ちでいるべきだろうと思っている。これは相当骨が折れるだろう。それを確信していた。だが、俺たち二人で蛇の名前を考えているということが本気になればなるほど楽しくなってくるのである。心が温まってくるといってもいい。なんというか、美しく、愛おしいという思いであふれているのである。それだけは確かに言えることなのである。
 そして、俺たちが蛇の名前を考えているということをハルたちも知った。どこから情報がもたらされたのかは知らない。だが、彼女たちがそういうことを俺たちが知ったということが大事であった。当然だが、彼女たちも加わることになった。気持ちはわからなくないために、俺たちは当然拒否することはしなかったが。
 四人の頭があれば、すぐに決まるかということはそうではない。四つの意見が生まれるということなのだから。それの折衷案を探すことは、二人のを探すのよりも断然難しいことである。だから、会議はさらに進まなくなるのだ。
 案が出ては、却下されたり、修正されていく中で、あまり好ましくみえなくなっていったりとしていく。その姿を蛇の彼はただ呆れたように見ているように感じるのである。のんきなものだと思わなくはないが、彼の尻尾がふるふると震えているのだから、少しばかりいいものがもらえるかもしれないと期待しているのかもしれない。彼は、俺たちの言葉がわかっているかのように振る舞うことが多いのだから。これは親の欲目という奴であろうか。一番最初の子供がまさか蛇だとは思わなかったが。

「やはり、イルアルシアという名前にしましょう。古代ムルメルニールス語において、『勇者』という意味で使われておりました。彼は将来、世界を背負って立つ大きな男となってほしいという願いを込めて、これにしましょう」
「ダメよ。ゴールルグガァスよ。これは私が前にいた集落で使われていた『愛するもの』という意味の言葉。これは、私たちの愛によってこれからもすくすくと育っていってほしい、そして、多くの人を愛してほしいという意味を込めているわ。これが最も優れた名前よ。これ以外にあり合えないわ」

 特に激しく言い合っているのが、ルクトルとハルの二人であった。彼女たちはお互いに一歩も譲らずに、自分の名前を採用してもらおうと躍起になっているのである。ルーシィはそこまで張り切ってはいない。いくつか案を出してはいるが、別に採用されなくても大丈夫というようなスタンスでいるのである。とはいえ、じゃあ二人の案のどちらかがいいかと言われればそういうわけではないのだ。何ともめんどくさいが、それもまた彼女らしいように思えてならないのである。
 この会議はいつになったら終わるのだろうか。もしかしたら、彼が大人になるまで続くのかもしれない。それは笑うしかないだろうが。とはいえ、すぐに決めなくちゃあいけないものでもない。じっくりと考えてもいいだろう。時間ならたくさんあるのだから。
 ルーシィが本を開いて、ぺらぺらとページをめくっている。何を探しているのだろうか。俺は気になって、のぞき込んでみるのであった。だがしかし、彼女もまた同じように、名前の候補を探しているだけであるようだ。人名辞典からではあるが。
 もう少し、もしかしたら冬まで続くかもしれない。俺はそれを覚悟するのである。蛇の方へと視線を向ける。彼もまた同じような目を見せている。お互いにわかり切ったことなのかもしれなかった。

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