天の仙人様

海沼偲

第105話

 ルイと別れた後もしばらくはその場にとどまっていた。しんと静まり返ってしまったこの公園の景色を何となしに眺めているだけである。太陽の動きに合わせて影がゆらゆらと動いており、今俺が座っているベンチに覆いかぶさっている。涼やかな空気がここに漂っているのであった。風に揺られて葉が一枚、ひらひらと落ちてくる。黄色く染まっていた。夏でありながらも、少しずつ秋に変わってきているのだと感じるのであった。
 秋だと思ってみれば、この日差しもほんのわずかな涼しさを感じさせてくれるような気がしてくる。太陽は温かいものという心の持ちようのおかげで、熱を出しているのではないだろうか。そう錯覚させられるほどであった。
 一羽の鳥がベンチの前にやってきて、地面をついばんでいる。おそらく、地面を這っている小さな虫を食っているのだろう。鳥の羽は赤と黄に覆われて輝いて見えるのである。あたかも危険であるかのような色を見せている。基本的に、鮮やかな生き物は何かしらの意図があるだろうと思う。たいていは警戒色だろうが。あたり一面がカラフルな葉で覆われている地域がある。そこにすんでいる鳥は擬態のためにカラフルな羽の色をもっているが。
 この鳥は、警戒色によって、自分たちの身を守っているだけなのではないかとも、毒を持っているとも言われている。正確にはわからない。この鳥を食べてみた人がいるのだが、死んだ人とそのまま生きている人が半々なのである。しかも、多くの調理法で試しているために、何が原因で死んでしまったのか一切わからないのだ。そのためにか、この鳥を食する為に狩りをしてはいけないと法律で決まっている。少なくともこの国はそうである。新聞で、研究者の一人が、これらを食べようとして捕まったというニュースが書かれていたのである。よほど、気になるのだろうと思う。俺も正直なところでは気になっている。
 名前としては、アカハネカラスというのが一般的だが、一部では、ドクアリアカハネとか、ドクナシアカハネとか、いくつか名前を持っている。それも似たような名前なのだ。昔の名残が残っているのである。毒があるかないかで議論が起きているときに、実はこれは別種なのではないかという説が出されて、そのせいでいくつかの名前が存在してしまっているのである。
 なぜそうなってしまったのかというと、アカハネカラスに、毒があるタイプと毒がないタイプがあるとされており、それが種族的に違うと考えられていた。で、どちらをベースに名前を付けるかでもめた。で、毒があるほうをベースにする派閥と、毒がない方をベースにする派閥が生まれ、それぞれによって名前が付けられた。その結果があの名前であるのだ。ちなみに、どっちに毒があるかは当然わかっていない。
 アカハネカラスはその名の通りに、綺麗な羽が特徴的である。黄色い小さなラインも入っているのに、赤いところだけを取り上げられてしまっているところはとてももの悲しさすら見えてしまうのだが。それに、カラスという名前だが、カラスではないのではないかという説すらもあるのだ。カラスに似た顔をしているので、アカハネカラスと名付けられているに過ぎない。しかし、研究しようにも、食事のために捕獲するのか、研究のために捕獲をするのかでいちいち、国に申請する必要がある。そのためか研究が進まないという悩みもまた抱えているのであった。国の予算で研究できないのだから、困ったものだろう。
 俺が指を振って、合図を送っていると、それにつられるようにして彼はぴょこぴょこと近づいてくるのである。そうして、俺の膝の上に飛び乗ってきた。そして、じっとしているのである。あまりにもなつくのが早い。そこまで、人懐っこい種類の生き物ではなかったと思うのだけれども。
 しかし、羽を軽く撫でてみたが、とても心地のいい肌触りである。つらつらとしているのであった。そして、輝くような赤色に黄色のラインである。一つの羽で宝石と同じ程度の美しさを持っている。この国であったら、そこまで希少ではないからそうではないが、少し遠くへ行けば、ダイヤモンド相当の金で取引されることもあるらしい。この小さな体で、大金が笑えるほどに動いてしまうのだ。
 彼は、きょとんとしたようなつぶらな瞳で俺のことを見つめるばかりであった。俺と目が合って、見つめ合っていれば、お互いの気持ちが通じ合っているかのような錯覚すら覚えていく。くりんと首をかしげている。それが何とも愛らしく見えるのである。不思議そうに俺のことを見ているという態度には、何とも言えない可愛らしさがあることだろう。
 ガラガラの声で鳴いている。それが妙に俺の心に響いているのである。と、もう一羽がやってきた。そういえば、あの鳴き声は仲間を呼ぶときの声であった。何で呼んだのかはわからないが。その鳴き声を発すると、必ずもう一羽、多い時で三羽程度が寄ってくるらしい。その仕組みも当然わからない。謎が多いカラスだと言わざるをえないだろう。こればかりは仕方がなかった。
 彼はぴょんと俺の膝から降りると、仲間と共にどこかへ行ってしまった。スキップでもしているかのように遠くへと行ってしまったのである。寂しくなった。だが、そんなものでもあるだろう。彼らとは今この瞬間、瞬間を会うだけでしかない。一期一会の関係ばかりなのである。
 俺もまた、ベンチから離れて行き先もなく、目的もなく歩いていくのである。ふらふらと歩いていく。空を見れば、鳥たちが飛んでいる。先ほどのアカハネカラスもいれば、俺たちが普段目にするような黒い羽根に覆われたカラスだって空を飛んでいる。屋根の上にとまって休まっているのもいるにはいるが、どこかへと帰る途中なのだろうか。まるで子供たちが家に帰る時間を知らせているように見える。どこの世界でも夕方を知らせる鳥なのだろう。
 上ばかり見ていると、他の人にぶつかるだろうからと、視線を元に戻せば、その先にはハルたちが並んで歩いているのであった。俺は彼女たちに声をかけるべきかと思ったが、目に入ったのに、声をかけないのはどうかと考えたわけなので、話しかけることにしたのである。それでも、彼女たち三人の女の空間に飛び込むというのは勇気がいることではあるが。これは、たとえどんなことがあろうとも慣れることはないだろうと思えてならなかった。
 俺が声をかけると、彼女たちは振り返り顔を明るくして見せるのであった。笑顔で俺に接してくれるだけで、俺は心が落ち着くというものであった。俺も同じようにして笑みを浮かべるのである。
 ルクトルが複数の紙袋を手に提げているため、俺が持つことを提案すると、最初は遠慮していたのだが、最終的には俺に預けてくれた。いくつかを持ってみると、そこまで重くはないが、いかんせん数が多いのである。小さな腕にいくつも提げておくには辛いものがあることだろう。しかも、これ全てがルクトル一人のものだそうなので、驚きであった。彼がここまでの買い物好きだったとは思わなかった。浪費家である。今まで貯めていた給料の半分を消費したそうだ。

「これは何が入っているんだい? それに、こんなに何を買ったんだい? 必需品なんかは、寮に用意されていると思うのだけれども。何か、必要なものでもあったのかい?」
「ああ、これは、わたしの服です。王都には男物しかもってきていないので、せっかくならばと、王都の流行にのっとった女性ものの服を買おうと思いまして。これで、流行の最先端ですね」

 どうやら、すべてが服ときているそうだ。だが、それを学校へは着ていくことは出来ないのである。それなのにもかかわらず、これほどの量の洋服を買い込むというのは、どうするのだろうと思わざるをえないのである。
 しかし、彼らは問題ないとばかりに堂々としているのであった。俺はそれを不思議に思って仕方がないのだ。

「ああ、これはアラン様の部屋に置かせてもらう予定です。そうすれば、いつでもわたしの女性としての姿をお見せすることが出来ますから。むしろ、アラン様以外の男性にはわたしのその姿をお見せしたくありませんので。そう考えれば、アラン様の部屋に置くのが一番だと思ったわけでございます」
「なるほど、わかったけれど……つまりは、ルクトルは俺の部屋に入り浸るということだよね。それは、ハルたちはどう思っているんだい。さすがに、今この瞬間までその話を聞いていなかったということはないだろう」

 と聞けば、ハルがわずかに頬を膨らませている。どうも、あまり気のりはしなさそうな反応ではありそうだ。それとは逆にルーシィは柔らかな笑みを作るのだ。対照的な二人だと思わずにはいられないことだろう。よくそれでも、許可したものだと思わざるをえない。ハルの心にどんな変化があったのか、わからない。俺は心の奥底まで読むことが出来ないのだから。
 だが、その顔つきも一瞬のことのようで、すぐに元の顔に戻る。それどころか、勝ち誇っているかのような目つきをしているのであった。彼女の中で何が起きているのかはわからないが、おそらく、今日の昼、三人の会話の中で何かがあったのだろうか。俺が知らないところで何かが起きているのである。それに対しては俺は積極的には関わらないようにするのである。首を突っ込むことに恐れているわけではない。かかわることによるズレが起きないようにしているのである。その三人の中で成立しているものがあるのならば、俺が加わることでおかしくなってはいけないだろう。だからこそ、俺はただ外から見るにとどめるのであるのだから。
 俺は三人と一緒にいくつかの店を冷かしながら、学校へと戻っていく。寮の自室へと入ると、さっそくとばかりに開いているクローゼットやらタンスやらに、今さっき買ってきた服をたたんで入れ始めるのである。俺もそれを手伝う。おそらく、試着はしているだろうから、格好に対しての不安というのはない。
 そうして、すべて入れ終わると、何かを求めているかのような目つきでこちらを見てくる瞳がある。ルクトルであるのだ。彼は、静かにじっと懇願するように見てきているのである。それはひたすらに、俺の心に突き刺さってくるかのようなのだ。何とも心苦しさを生み出す罪深い視線といえるだろう。
 静かなこの空気をどちらも破ることなく見つめ合っている。俺は手を伸ばして彼の手に触れる。お互いに握り合う。それでごまかしてみようかと思ってみたが、それだけでは満足できていないようであった。わかっているのだろうと、聞いてくるかのように俺の目の奥底をのぞき込んでいるかのように見える。
 俺はそれで、彼を抱きしめてみる。彼もまた俺の背中に腕を回す。二人の熱が行きかい混ざり合っているように感じる。俺は笑みを浮かべる。それでも、まだわずかに不満なように見える。じっと、見透かしたかのような瞳をこちらに向けているのであった。これはもう逃げられなさそうであった。気づかないふりは無理であろう。

「そんなに今すぐ買ってきた洋服を着たいのか? 明日があるじゃないか。今はもう夕方だ。今日はもうすぐ終わってしまうんだし、明日になったら着ればいいと思うぞ。明日もまだ学校は始まらないのだしな。それに、明日ゆっくりと、ルクトルが綺麗な格好をしているところを見たいじゃないか。今慌てていくつかの服を着るよりも、明日時間をかけて ルクトルの綺麗な姿、アイラ石姿を見ていたいと思っているのだけれども。それではだめなのだろうか」
「そうですか……仕方がありませんね。今日は我慢することにします。でも、明日はちゃんと可愛くなったわたしを見てくださいね。絶対に、ファッションショーを見てもらいますからね」

 俺は、一つ言いたいことが出来たが、それを飲み込んで了承する。彼は鼻歌混じりにベッドに寝転がる。当然ここで寝るのだろう。それほどまでに明日を楽しみにしているのだと伝わってくるのであった。

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