天の仙人様

海沼偲

第88話

 ギルドの雰囲気というものを味わえたようで、彼らの姿を見て満足したのか、ルーシィは立ち上がった。それを合図にして、俺たちはギルドを後にする。朝早くに来て、人の動きをちらっと見るだけで帰ってしまうのはどうかとも思うが、俺たちではギルドに加入することもできないし、一日ここにいて暇をつぶそうとするのも逆に苦痛になるであろうとも考えられた。
 だったら、町の外に行って、外で過ごしている生き物たちを観察するのもありではないかと思うわけだが、ルーシィとしてはどうやら、そういう気分ではないらしく彼女と、王都の町をふらふらと歩くのである。朝市は、売り切れてしまった露店もちらほらと出始めており、撤収作業に入っているようである。まだまだ、朝早い時間帯ではあるが、それだけ流れが速いという証であった。
 広場の中心には噴水があり、そのそばのベンチに座って、のんびりと人の流れを眺めている。このあたりは店が固まっており、続々と開店していっている。いくつかの料理屋からは、ふわりとした匂いが漂ってくる。ルーシィが釣られるように腰を浮かしているが、俺の視線を感じ取ったからか、恥ずかしそうに顔を赤くしながら再び座り直した。俺は、静かに手を頭に置いて、撫でてあげる。
 少しずつ太陽が高くなり、暑さを感じ始めるころであろう。噴水から飛び出しているしぶきが程よく心地よさをもっている。広場は、俺たちよりもさらに幼い子供たちの遊び場となっているわけだが、疲れると噴水に飛び込む子供もいるほどである。そのために、大きく跳ねた水がこちらにかかってくる。それで服が濡れる。大きく濡れてしまう。ルーシィは、その子供に向かって鬼の形相で睨みつけているのだが、俺は、その顔をやめるようになだめていく。彼女は、今の服装をたいそう気に入っているために、ぬらされたことに腹を立てているのはわかる。だが、その顔をやめるようにとなだめていくのであった。
 何とか怒りを収めたルーシィと共に俺たちは噴水から離れて、また当てもなく歩き出す。石材を車に乗せて、外へと向かっていく人たちとすれ違う。最近は、王都の人口が多くなってきており、王都の土地を広げようと、更に外縁部に壁を作る計画があるそうだ。完成するのはいつごろか。数年単位、それどころから二桁年数かかってもおかしくはないだろう。それだけ広い敷地内を開発するというのである。少なくとも、俺が王都にいる間に完成することはないのではないかと思っている。それは非常に残念に思う。
 そういえば、開発する土地に住んでいる生き物はどうなるのだろうか。追い出されることは間違いないだろうが。それも思えば、また大きく悲しく感じてしまった。こう、しんみりとした心を俺一人で勝手に作っていくのはどういう了見だろうかと問い詰めたくなる。今は、彼女と手でも繋いで町を歩いているというのに。
 俺たちは、少し人が多いところをはぐれないように手をつなぎながら歩いていると、ふと、一つの建物に目がついた。それは、わずかに影を見せつつも、しっかりと存在感を見せているような建物であった。ほんの少し、大通りからは外れているため、客が入っている様子がなかった。なんとなく気になって、俺たちはそこに入ってみるのであった。
 ドアを開けると、ベルの音がなり俺たちを歓迎する。と、同時に恐ろしい程の獣臭さが蔓延している。思わず鼻をつまんでしまう。ルーシィもつらそうな表情を見せている。これは、何を取り扱えば、こんな臭いを出すようになるのだろうか。俺たちはゆっくりと周囲を見てみると、どうやら、檻に動物が入れられているようである。ペットショップのようなものであろうか。

「いやいや、どうもどうも。なんとまあ、小さなお客さんが来たものだねえ。この店には大して客が来ないもんだから、出てくるのが遅くなってごめんよ。とくに、小さなカップル客なんてのは、今までの接客商売で一度もお目にかかったことはないねえ」

 と、しゃがれた声で一人の老婆が店の奥からのそのそと歩いて出てきた。今にも、死んでしまうのではないかと心配してしまうほどに、よぼよぼである。骨と皮だけで出来ていると形容するのが素晴らしく似合っている老婆であった。
 俺がそんな心配そうな目つきをしていることに気づいたようで、老婆はきっと睨み付けるように俺を見るのである。俺は少しばかり申し訳なく思って視線を外した。そうしたら余計に、悪いことをしてしまったみたいでいやだったが、今あの老婆に目を合わせることは出来なかったのである、それだけの迫力というものがあるように感じられてしまったのである。

「お婆さん、ここはどんなお店なのでしょうか。いろいろな種類の生き物が檻に入れられておりますので、もしかしたら、ペットショップのような何かを開いているのではないかと思いますが。ですが、それにしては薄暗いですよね。普通のペットショップであるなら、もっと大通りに堂々と構えていると思いますが」
「くっくっく、よおく見てごらんなさいな。この店がどんな動物たちを歩かってきているかわかるだろう。表で堂々と売れるような華やかなものなんさ、扱っちゃいないのさ。ああいうのは、ちゃらけた、やつらが売ればいいのさねえ。日の目に当たらないような、それでいてとっても気分がいい、気高いやつらを扱っているのさ」

 老婆の言葉通りに売られている商品を見てみると、確かに表で売ろうと思っても売れないような種類ばかりである。犬や猫といったメジャーな種類は何一つない。ならば、女性にうけるような、愛らしい動物がいるというわけではない。もの好きが買うだろうとは思うが。とは言うが、明らかにゲテモノという類の外見をしている動物というわけではない。一般的にペットとして飼育されるような生き物ではないというだけである。なんというか、不思議な店であった。

「……鳥類が多いですね。といっても、インコとかの観賞用の鳥があるわけでもないのですよね。どの鳥も大型で、小型の動物を狩るような力強い種類だ。中にも小さなyつもいますが、そいつも毒を持っていたり、狂暴だったりする。鷹匠がひいきにしている店か何かなのでしょうか?」
「いいや、そういうわけじゃないさ。でもねえ、鳥というのはしっかりと扱えればどの生き物よりも役に立つだろう。だからね、まあ……ペットとして飼う人はいないだろうが、それなりに買い手はいるのだよ。お子様にはわからないかもしれないだろうけどね」

 俺たちは静かに、店に並べられている生き物たちを一体ずつ見ていく。別に買いたいというわけではないが、村の周辺にはいないような初めて見る生き物がいれば見てみたいという思いがあるだろう。

「どうだい、何か気に入ったものでもいたかい? そうだねえ、お子様なんだしすこしはまけてあげるよ。ひっひ、まあ、飼いならせるかどうかはしりゃしないがね。こいつらは、気難しいからねえ」
「いや、いいですよ。どうせ、買ったとしてもどこで飼育するのかでまた問題になりますし。今は、学校の寮にすんでいるんですよ。それで勝手に生き物を飼い始めたら、何て言われるんでしょうね」
「確かに。ならば、営業はやめようかねえ。いやあ、実に残念だねえ。きまぐれであんたみたいな子供に売るなんてことはめったにないのだがねえ」

 婆さんは、椅子に腰かけてパイプを吸い始める。この臭いも相まって、この店にい続けるには相当な忍耐力が必要な領域とまでなっている。俺たちはすぐさま、店を出て、ここよりはましな王都の空気というのを肺いっぱいに吸い込んだ。王都は、自然が少なすぎるために、あまりおいしくはないのだ。そこが非常に残念である。外に出て、林かどこかへと遠出をしなくてはならない。だが、そんなことをしている余裕はあまりない。ゆっくりと、王都の生活に慣れていく必要があるのだから。王都の空気を毛嫌いして森や林にこもっていたら、一向にこの生活になれることはないだろう。それだけはダメなのである。俺に課せられた試練の一つであると言えたのである。
 俺たちは、少し薄暗い通りを出ようとすると、目の前に誰かが立ちふさがる。俺はしっかりと目を凝らして見てみると、まだ幼さの残る少年の顔がそこにはあった。そして、その顔に俺は非常に見覚えがあるのである。ついさっき見た顔だと言える。それほどまでに直近の出来事なのだ。

「見つけたぞ。クソガキ。よくも、恥をかかせてくれたな。二度と表を歩けないような醜い姿にしてやるからな」

 そうであった。ギルドに加入を断られていた少年なのであった。恥をかかせられたとはいっても、誰も興味を示していないので、恥なんてかくはずがないと思うのだが。あの一連の流れを見ていたのなんてほんの数人だけである。それも、俺がひどい目に遭ったら助けてあげようとでも思っていた程度であるが、彼が逃げ出してしまったがために、鼻で少し笑った程度ですぐに興味をなくしてしまったほどなのだ。つまりは、彼が恥をかくほど注目を浴びているわけではないということである。それほどにこの王都内では、くだらない、どうでもいいことの一つでしかないのだ。むしろ、ここまで噛みついてくる彼の方が異常であるとさえいえるのである。バカバカしさすら感じることだろう。喜劇として劇作家が取り上げてくれることすらない程の、バカバカしさである。
 だが、それを丁寧に説明しようとも、意味はないだろう。彼は頭に血が上ってしまっているのだから。だから、何も言わずに彼の言い分を聞いているわけである。どうも支離滅裂でめちゃくちゃな論ではあるけれども。少なくとも言いたいこととしては、謝れ、ということであるとわかった。だが、俺より弱く、そして俺に一切の非がない相手に対して頭を下げることはしない。
 すると、彼は余裕をもって口元がうっすらと笑っている。何かと少し警戒をしていると、ぞろぞろと、俺の周囲を囲むように男たちが集まってきている。誰もが下品で醜い衣を身に纏っている。どこぞのチンピラを雇ったのだろうか。まあ、わからなくはない。少なくとも、力がないというのにあそこまで威張り散らせるということは、金を持っているか、身分が高いかのどちらかが基本である。少なくとも前者は確実だったということであろう。だからといって怯えることはない。ルーシィすらも堂々としている。ここで萎縮してしまうと余計に調子に乗らせるからな。それを彼女には見せたくはなかった。醜いからである。俺が愛していようとも、他人の醜い姿を愛する人に見せたいとは思わないだろう。

「どうだ? いい加減、地面に頭をこすりつけて謝ったらどうだ? いまなら、ボコボコにされるだけで許してやろうというものだ。まあ、その結果死んでしまったら、残念だが。しかし、それは貴様が意地を張って謝ろうとしないのが悪いのだ」

 俺は、彼の話を何となしで聞いていながら、一人の男の前へと立つ。彼はどうも、雇い主の命令で動く必要があるようで、主人の命令を待っているようなので、俺は、彼へと蹴りを出すのである。
 俺の蹴りは男の一人の膝をへし折った。逆の方向に曲がっており、立ち上がることは不可能であろう。その痛みに耐え切れず気絶してしまっているようでもあった。その一瞬の出来事に、その場の全員の口元が固まった。何も言えずにしんと静まり返っているのである。膝が笑っている。

「な、何をしているのだ貴様! こ、こんなことをしてタダで住むと思っているのか! 二度と表を歩けるようにならないとかそういう次元ではないのだぞ! わかっているの――」
「――もう話は終わりましたか?」

 俺の口元は上機嫌に笑ってしまっていた。それをごまかすことが出来ないのである。出来ないのではなく、あえてしないという側面もまた持ち合わせている。彼らは血の気が引いたように顔色が真っ青に変わっていた。

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