天の仙人様

海沼偲

第81話

 朝だ。日差しが部屋の中に入ってきているのを感じる。窓の位置はちょうど俺の顔に日差しが当たるようになっており、日が昇るとともに、俺も起き上がることが出来るという、素晴らしいものであった。俺は窓の外を見てみると、そこから見える木の枝に小鳥が一羽とまっている。俺と目が合った。ぴぴっと鳴いてそれは飛びだってしまったが。朝の挨拶でもしてくれたかのようである。俺の心はすがすがしいものとなった。小鳥であろうとも、挨拶を朝の初めにできることは素敵なことだと思う。
 俺は部屋へと視線を戻すと、隣が大きく膨らんでいた。つまりは、俺の隣に何かがいるということであるが、俺はその存在を知っている。それは、非常に朝が弱いのだ。無理やりに起こされなければいけないほどには弱い。だから、無理やりに布団から顔を出してやる。日の光を浴びても眠り続けられるほど強情な奴などこの世にいるはずがないのである。彼の顔は、日のもとにさらされることとなるのだ。
 彼は、眠そうに目をこすりながら、ゆっくりと体を起こしていく。あくびをしつつも、周囲を確認しながらゆっくりと状況を把握していくのである。そうして、最後には俺の方へと体を向けるのであった。そうして、にこりと笑みを作るのである。その柔らかな表情に俺はまたも癒されていくのである。

「おはようございます、アラン様。太陽がさんさんと照らしておりますね。今日もとても良い日になりますでしょう。まあ、わたしにとってみれば、あまりに心地がいいものかと言われると疑問を持ってしまいますが」
「ああ、おはよう、ルクトル。たしかに、今日は気持ちのいい朝だ。きっと、良い日になるに違いないだろうな」

 俺と同じ部屋で寝ているのはルクトルであった。彼はここ最近ずっと、俺の部屋で寝ているのである。
 そもそもが、彼がお願いしたことというのが俺と一緒に寝たい、という俺としてもあまり予想していなかったことであった。予想していないことは出来ないというわけではないので、俺は快くそれを許可すると、その日から毎日俺と一緒に寝るようになったのである。どうやら、屋敷にいる時からそうしたかったが、身分のせいもあってか言い出せなかったが、この学校内では、同じ生徒というくくりになるために、言っても許してもらえるのではないかと思ったらしい。それでも、単純に断られることの恐怖で、言い出しにくかったそうであるらしいが。何とも可愛らしい願いだと言わざるをえないだろう。女装したいと言ってくるのではないかと心構えをしていたわけであるのだからね。
 俺としても、今まで三人で一緒に寝ていたというのに、これから一人になるというのは何かしら物足りないという思いはあるわけであるし、その時に彼からの願いは俺としても願ったりかなったりのものであった。ハルたちは、おそらくルクトルにすら嫉妬の念を向けるのではないかと思うために、今は何も言わずに、隠している。だが、そうしていると、まるで俺たちが背徳の関係を結んでしまっているかのような、むず痒さを覚えてしまうわけであるが。いずれは言わなくてはならないのだろうが、まあ、今すぐに言わなくても大丈夫であろうと思う。
 俺は今首を差し出して、ルクトルの食事を与えているところであった。朝起きてから、すぐに、その体勢に入ることは、俺たちの中では規則だっていることであり、俺が首を出せば、すぐさま噛みついてくるのである。最近では、その噛まれた時の痛みがほんのわずかな快感をもたらしてきている。俺がマゾヒズムに目覚めてしまったのかと疑ってしまったが、別にそういうことではないということは調べている。ただ、吸血されるという行為が快感をもたらしやすい行為であり、噛まれる痛みになれたからこそ、その快感を感じているに過ぎないのだそうだ。この快感は、吸血をされる側ではなく、する側も起きているので、この行為をしている間は、お互いに興奮している状態になっているのであった。俺はなるべく平静を装うつもりであっても、どうにも、抑えられるものではないらしく、息がだんだんと荒くなってきてしまい、彼を抱きしめる力がより強くなってしまうのである。吸血が終わってしばらく経てば、その興奮状態は治まるのだが、どうにも、その間は自制が効きづらくなってしまうのは、不便なところであった。
 窓から入ってきた野良猫が二匹、俺たちの吸血行為を目の当たりにして、興奮でも覚えてしまったのかこの部屋の中で突然交尾を始めてしまうのである。ルクトルは血を吸うときは目をつむっているので、今起きている行為に気づいてはいないだろうが、俺はその光景が目の前に広がっているために、何とも言えない思いに駆られてしまう。ただ静かにそれが終わるのを待つのみであった。それは、ルクトルよりも早く終わったようで逃げるように立ち去って行った。俺はほっと胸をなでおろす。彼にはあの光景を見せたいとは思わないのだから。
 彼が首筋から口を離すと、俺から離れたところに静かに座る。当然であるが、口から赤々とした液体が垂れているのである。その扇情的な姿は俺を虜にして離すことはないのである。これ以上を求めてしまっては彼に嫌われてしまうという思いがあるために、最後の最後で何とか踏みとどまれているようなものである。これを血が吸われた直後に見ているのだから、何とも悩ましいものであった。だからか、俺はこぶしを握り締めてそれにずっと耐え続けるのであった。天井を見上げる。無印の模様が広がっている。それを見るとだんだんと落ち着いてきて来るのである。
 だが、今日はどうも違うようであった。彼の視線がじっと俺のことをとらえて離さないのである。普段であれば、恥ずかしさからか、視線をすぐさま外して、見ないようにじっと下を向いたままなのである。それがどうも、今日に限っては俺のことを見たままなのである。理性が吹き飛んでしまったのかと恐ろしい考えを思いついてしまったわけであるが、それを証明する手段はないわけなので、静かに、彼の目をただじっと見つめ返すのみである。彼の瞳の奥までのぞき込むかのようにじっと見続けている。綺麗な瞳である。澄んでいる。彼の心の奥底まで見透かせるかのような透明さがあった。
 じりじりと、彼が腰を浮かせて近寄ってくる。その時間をかけて近づいてくる様に、言いようのない愛らしさを感じてしまっている。今すぐにでも抱き寄せてしまいたいとさえ思ってしまうのだが、このじれったいような時間を悶々とした中で過ごしていたいとも思っているのだ。
 ゆっくりと指先が俺の指先をとらえて、からませてくる。ちょろちょろと、指先が触れ合って、いるだけなのだが、それだけに、彼から伝わる温かさ、温もりを感じてしまっているのであった。

「アラン様の手はとても温かいですね。起き抜けに触るにはとても気持ちのいいものです。だんだんと、心臓が大きな音をたててきてしまいます」
「ルクトルの手も、とても柔らかいな。綺麗な指をしているよ」

 彼の視線は俺の指先へと落ちていった。それを見ながら、指先をお互いに絡ませていったり、また離したり、そしてツンとわずかに触れ合うだけにとどめたりと、絶えず変わっていっていくのであった。
 彼と俺との距離はほぼゼロに等しい。ないということは過言ではないといえるだろう。それほどまでに近づいている。お互いの鼻の頭がツンとくっついてしまっていてそれを話そうとすらしないのである。ここからお互いの熱をお互いに行きかわせているのだと思うと、じっと、その頭に集中してしまっているのである。離したくないと体がわがままを言ってきかないのである。それは彼も同じなのである。
 それでありながら、目はじっとお互いを見たままである。世界は二人だけなのだと錯覚するほどに、彼の目しか俺の瞳には映っておらず、彼の瞳も俺の瞳しか映していなかったのであった。じっと見続けていると、自分を見失ってしまうのではないかとすらおもい、不安に駆られてもおかしくはないし、実際に不安になってしまったのだが、その不安などみじんも興味がないというかのように、ただ見続けるだけに時間を使ってしまっているのであった。このまま何もなく、世界の果てまでひたすら彼と俺の世界に閉じこもってもいいかもしれない。そんな気分にさえなってしまっていたのである。退廃的な望みであると思っていても、それを抜け出そうと努力すら起きないのである。どうしようもないと諦めにも似た感情が支配しているようであった。
 そこで、最初に動いたのはルクトルの方であった。彼の腕が伸びてきて、俺の頬を触っている。手のひらの感触を俺の頬が伝えているのである。彼の手の冷たさとぬくもりが内包しているどっちつかずとも取れるかのような独特の感触が俺の頬全体に広がっているのである。俺はそれに意識を裂いているのか。それでありながら、視線が他に移ることなく彼をじっと見たままである。鼻先同士がくっついてきた。もうお互いの瞳にお互いの瞳しか映っていないのである。綺麗に澄んだ彼の瞳のみが、俺の視界全てを覆いつくしているのである。
 もう一つの感触が俺に伝わってきた。柔らかく、ザラリとしているような感触であった。それは小刻みに動いており、俺の上を這っているのである。それは静かに俺の唇の上を左右にふらふらとさまよいつつ、中に入り込もうとしてくるが、俺の口は固く閉じていて入ることは出来ない。残念そうにそれはいなくなってしまうのだが、それでも、諦めきれないのか再びやってくるのである。周囲をなぞるようにざらざらとしつつもふわふわとしたような独特の感触を乗せて、ゆっくりと唇を這いまわっているのである。
 彼の瞳はねだるような目を見せる。求めているようである。何を求めているかを俺は瞬時に理解できることだろう。それはいいことなのだろうかと思ってしまう。だが、良いのだと簡単に答えを出すことが出来た。ごく当たり前のことなのだと、すぐに思い至ってしまうことが出来たのだ。俺は、口を開けるのだ。静かにゆっくりと。受け入れるのである。それはゆっくりと侵入してきた。俺のとぶつかる。お互いがお互いを確かめ合うように触れ合う。わずかに距離が離れているのかほんの少しのところでしか、先でしか触れ合うことが出来ない。そのじれったさを感じてしまった。俺たち自身が近づくしかなかったのだ。だからだろう。俺たちはより深く密着した。お互いがお互いを求めるように。鼻だけではないのだ。唇同士までもがふさがってしまうのだ。もう後には戻れないのだろうか。いや、戻る後があるのだろうか。そう思えば、俺にはそもそも、後が存在していなかったのだとさえ、思い出してしまう。
 ならば、これを心配する必要などあるのだろうか。ない。断じてない。だったら、喜びを、この爆発するかのような感情の奔流を抑える必要などないだろう。いや、むしろ抑えられるだけの力など俺には残されていなかったのである。流されてしまっているともいえるが、それだけの力が俺をつかんで離さないのであった。
 それらは絡まり合うのだ。濡れながら。その粘液を互いに交換し合いながら、混ざり合い、どちらがどちらなのかすらもわからなくなってしまうほどに。別々でありながら同一ともいえるほどに溶けあい混ざり合いながら、俺たちは深く深くへと、愛し合っていっているのだということを、段々としっかり、認識していくのである。それが終わるのはどこだろうか。終わりなどあるのだろうか。ないだろう。終わりなどない。終わりなどと言うちんけなものなど存在しないのであった。

「天の仙人様」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • 死者

    BL…だと

    2
コメントを書く