天の仙人様

海沼偲

第67話

 盗賊たちが全員死んでしまったとしても、彼らがこの場所で暫く生活していたという痕跡は残ってしまう。このまま残すということもあるにはあるのだが、俺たちは綺麗に取り除くことにしたのである。彼らの未練をわずかにでも残しておくべきではないのだ。残しておけば、ここにとどまってしまうだろう。それだけはダメなのだ。死んだのならば、それなりの場所へと行くべきなのである。俺たちはそちらへ送ったのならば、送ろうとしているのならば、最後まで責任を持つべきなのだ。
 彼らが建てていたテントを一つずつ、たたんでいく。中には、商人たちから奪ったのであろう金品の類がおいてあったりする。しかし、これを自分たちの手元に置いておくのは気分が良くないので、適当な穴を掘ってそこに埋めていく。別に、彼らが奪ったものを取り返そうとか言う気持ちで動いているわけではないのだから。これらと、俺たちは無関係であり続けるべきなのではないかと思う。金品が誰のものかを調べるのは時間がかかるし、誰ももう戻ってくるなどとは思っていないだろう。だから、俺たちはさらさらと穴の中に宝石やら硬貨やらを捨てることが出来たのである。
 そうやって、彼らの遺品整理とでもいうべきものをやっていくと、さすがに埋めるのはどうかというものが発見できた。発見してしまったというべきか。まさかこれまでもあるとは思わなかったのである。
 それは、襤褸を纏って手枷をつけられており、やせ細っている人である。しかも、子供であった。綺麗な顔立ちであるだろうということは、今の薄汚れた姿を見てもわかるほどである。あまりにも、みすぼらしいために、さっさと枷を破壊してテントの外に出してあげた。すると、子供は太陽のまぶしさに目をつむっている。相当な期間、日の光に当たっていないのだろうということがわかったのだ。
 だが、俺は不思議と盗賊たちに怒りを覚えることはない。むしろ、子供が生きて今ここにいるということに喜びを覚えている。この子が死ぬ前に救うことが出来たのだと、喜びに打ち震えているのだ。

「大丈夫だったかい? こんなにボロボロになるまで放置されていて、辛かっただろう。もう安心してくれていいよ。怖い人はみんないなくなってしまったからね。君はもう自由の身になったんだよ」

 俺は、子供に話しかけていた。性別はどちらかわからない。中性的な顔立ちをしていた。やはり、俺たちと同年代ぐらいの子供では、男女の大きな区別が生まれないのだ。だから、この服装からでは、どちらかがわからないのである。
 ハルたちも自分たちの作業を終えて、こちらにやってくると、明らかに不快そうな顔を見せている。この子が女の子に見えてしまっているかもしれない。とても美しい顔を持っているし、どちらとも取れない性別であるならば、ハルは警戒をするだろうと、俺はそう思ったのである。
 しかし、その視線にも関わらず子供はぼーっと虚空を見つめたままである。体調が悪すぎるのか、それとも……精神的につらいのか。そのどちらかなのだろうとは思う。しかし、まずはこのきつい臭いを洗い流さなければならないだろう。というわけで、俺は置いてある木の桶の中に水を注いで、テントを破って布を適当に作り、水につけてからごしごしと体をこすっている。垢がボロボロと、落ちながら、この子の肌の色が黒ずんだ色から綺麗な白色へと変化していく。臭いも、ひどいものだったのだが、段々とましなものへと変わっていく。この子ですら、汚れたまま放置していたのは、どういうことかと問い詰めたいが、問い詰める相手はもういないので、諦める。
 体が、清潔になっていくとやはり精神も回復するものであり、子供は意識を回復してきており、服の下を自分で洗ってもらっているのだ。
 体を洗い終わったころには、先ほどまでの汚らしさとひどい臭いがなくなっており、とても美しい少女のような少年のような子供が佇んでいた。俺はよく注意しながら彼とも彼女ともつかない子と目を合わせる。

「ねえ、君は男の子かい? それとも女の子かい? さすがに言葉は出せるだろう。教えてくれないかい」

 まずそれが一番大事であった。下手なことをして、実は少女であるということを知られたら、有無を言わさず三人目が出来てしまう。それをした時に彼女たちがどう思うかなど、考えるまでもなくわかることであるのだ。
 俺はそれを非常に恐れていた。できることなら、このまま何事もなく、彼女二人を妻としたまま一生を過ごすことを望んでいる。そのためにできることを最大限していくのである。とても大事なことであった。

「男……です」

 鈴の音のようなコロコロとした綺麗な声であった。俺はそれに聞き惚れてしまっていた。心が浄化されるようなそんな気分であるのだ。声一つで、ただ美しいと、そう思えるだけの力を持っているのである。それは、彼女たちも思ったようで、口をわずかに開けて感嘆の情に流されてしまっているようであった。珍しいものを見れた。
 彼の言葉を信じるとしよう。ルーシィのようなことを考えている女の子がいったい何人いるというのか。いないだろう。いないからこそ、ルーシィの作戦は通用したのだ。ということは、彼の言葉は信用できるということである。むしろ、ここで信用できなければ何も信じることなどできまい。

「君は、どうして盗賊につかまっていたんだい? もし、言いたくないのならば、言わなくてもいいのだけれど、経緯によってはこっちだって動き方が変わってくるわけだしね。君の両親を探さなくてはならなくなるかもしれない」
「……わたしは、行商人の子供でした。お父さんとお母さんとわたしの三人で旅をしながら過ごしていました。……そして、ある時に盗賊たちにおそわれて、お父さんとお母さんは死んでしまいました。…………。……その時に……わたしはつかまりました。…………う、うう……」

 彼の瞳から涙がこぼれている。俺は、彼を抱き寄せて頭をなでる。とてもつらい思いをしているのだろう。身内という愛するものを失った喪失感は恐ろしいものだ。しかも死別である。さらに、ただ、死に分かれたわけではない。死を受け入れて、別れを乗り越えるというものではない。無差別に、理不尽に、暴力的なまでの死によって無理やり引き裂かれてしまっているのだ。彼が、それを受け入れるのに時間がかかるという話ではない。そもそも、これを受け入れる必要などないのだ。この死に対して徹底的に歯向かい、恨み、怒りを面に出していいのだ。それをする権利が彼にはあるのだから。
 彼は、俺に頭をなでられていると落ち着いてきているようで、段々と、声が漏れてくることがなくなってきた。しかし、心の奥底にはこのヘドロのようなよどんだ感情が渦巻いていることは確実であるために、俺は、彼が少しでも和らぐように、愛によって、接するわけであった。

「つらかったね、苦しかったね。両親がいなくなって、恐ろしい人たちにつかまって。これからどれだけの苦難が襲い掛かってくるかを考えると、発狂してもおかしくはないだろう。でも、もう大丈夫。君のお父さんたちを取り返すことは出来なかったけれど、君のこれからの人生を取り返してあげることは出来た。君はこれから、お父さんたちの死を背負って、彼らの分まで生きてあげることが出来るんだ。幸せに、笑ったり、怒ったり、泣いたり、喜んだりして、楽しく生きることが出来るようになったんだ。俺たちが、そのための手助けをいくらでもするよ。今は辛くても、後で、いくらでも楽しいことや嬉しいことを教えてあげるよ」
「……はい、ありがとうございます」

 少年は、わずかな声で消えるように呟いた。まだまだ、彼の心を癒してあげることは出来ない。それだけの重く苦しい楔が心に突き刺さっているのは、傍目から見ても感じるというものであった。
 彼と一旦離れる。距離を取るのだ。すると、わずかに手が伸びてくる。恐れるように手を俺に伸ばしてくるのだ。まだ消えないでほしいと言わんばかりのものであった。ならば、俺はまだまだ彼に一肌を与える役割を続ける必要があるだろう。
 彼の顔が近くにあり、じっと俺のことを見ている。彼は、人形のようであり、彫刻のようであり、絵画のようでもありながら、ただ人のようでもある。なんというか、無機物的な有機物のような、不思議な美しさを内包しているかのような顔つきであった。俺がその顔立ちにくぎ付けになるというのは当然のことであった。彼は、それを不思議そうに見ているのだ。目をしっかりと合わせて、俺たちは見つめ合っているのだ。彼は、他人とこれほどまでの時間、目を合わせ続けるということをしたことはないだろう。当然、目を合わせていると、恥ずかしさが出てくる。彼は顔を逸らした。その時、ハルが俺の隣に座って、俺の顔を無理やり彼女の方へとむけさせると、唇を無理やり奪ってくるのであった。それに、彼が驚いているようである。

「わかる? 私と、アランは相思相愛なの。だから、あなたが入ってくる余地はないわ。アランへの愛は、私一人で十分なのだからね。だから、あなたは、変なことを考えないでね。アランのことを好きになったりしてはダメよ。アランは、だれよりも私に夢中なんだから」

 一気にまくしたてるようであった。焦っているとも取れた。俺は、彼女の肩に手を回し、ゆっくりと抱きしめるのだ。すると、彼女は落ち着く。そんなに急いでも意味がないだろう。禁物である。
 彼女の嫉妬の対象に男女は関係ないのだということを知った。俺に近づく人間すべてに警戒心を見せるというのはさすがに驚きである。対策がなにも思い浮かばないのである。どうしたものかと頭を抱えるほどであった。

「あ、あの……はい……」

 彼は、落ち込んでいるようでもあった。たしかに、助けてくれた人を愛するなと言われるのは酷であろう。彼には今、俺たちしか頼れる人がいないというのも事実でああるのだから。だから、俺はにこりと彼に対して笑みを向ける。俺は気にしないのだ。彼女が気にしたとしても、俺は気にしない。人を愛することは悪いことではないのだ。ならば、彼が俺を愛してもいいのだ。
 俺は笑みを浮かべることしかしない。だが、彼にはその意味が伝わってくれればいいと思う。その真意が伝わってほしいという一心のみで、顔をただ緩ませているのである。ほほ笑んでいるのである。

「…………。……ありがとうございます」

 彼は、にわかに微笑んで俺に対して頭を下げるのであった。

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