天の仙人様

海沼偲

第51話

 食事が終わった後、俺はハルに連れられて自室へと戻る。何かと思ったが、どうやら、聞きたいことがあるということを思い出した。そのためか、ルーシィを部屋に入れてはいない。どうしてかと聞くと、二人だけで話したいことだそうで。しかし、秘密はなしにしよう、秘密なんか作らないと言っていて、秘密の話をすぐさまするのはどうかというと、諦めたように、ルーシィを部屋に入れる。
 しかし、ルーシィの顔色はあまりよくはなかった。何か後ろめたいことでもあるかのように陰鬱としているのである。俺は心配になったが、なんて声をかければいいのかわからなかった。

「あ、いや……あたしは外で待っているよ。二人で話して。二人で話したいことがあるでしょ。そして、あとで教えてくれればいいから。あ、別に言いたくないなら言わなくてもいいよ」

 そういうと、ルーシィは部屋を出て行ってしまった。俺はそれを予想しておらず、ポカンと見ていただけである。ハルは顔が少し緩んでいた。まあ、二人で話したいと言っていたからな。その目的が達成できるのならいいのか。しかし、俺の中ではルーシィに対する心配の方が大きくなっていっているのもわかっている。だが、ハルの話を聞かなくてはならない。この二枚ばさみによって雁字搦めになっている気がしないでもなかった。

「一応聞くけど、陰湿なことをしたりはしていないよな。二人してさ。そうだったら、正直に言ってほしいのだけれども」
「そんなことはしてないよ。ちゃんと正面から文句は言ってるし、陰で意地悪していたら、アランに嫌われちゃうし。そんなことなんかしないよ。それに、なんだかんだ言ってルーシィは友達だからね」

 ハルは笑顔を見せる。俺はその顔をしっかりと見ている。確かに、後ろめたいことや、悪いことをしているというような意識はなさそうである。彼女は正々堂々としていることだろう。そもそも、陰湿なことをするような性格ではないのかもしれない。俺はそれが感じられたことにほっとした。俺がどんなに信頼していても、他人というのはわからないから。もしかしたら、ほんのわずかな確率でそういうことが起きていることもないとは言い切れなかった。信頼が足りないのか、これが当然なのか。俺としては、彼女たちのことを手放しで信頼していたいという思いがあるのだがな。

「そうか……ならよかった。俺も二人が友達になれてよかったと思うよ」
「でも……」

 ハルが何か重苦しいものを解き放つように呟いた。俺はわずかに硬直する。すぐさま緊張を解くように息を吐き出すと、気づいていなかったかのように問いかけるのである。

「でも、なんだい?」
「それでも、アランは私のことが一番好きでいてほしいなあ。私はルーシィよりもずっとずっと大好きだよ。世界中で誰よりもアランのことを愛してるの。だから、ルーシィよりも私のことを愛してほしいし、好きって言ってほしいし、可愛いって言ってほしいし、綺麗って言ってほしいし、抱きしめてほしいし、キスしてほしいの」

 ハルは真っすぐ俺のことを見つめている。これが彼女の本心なんだとわかる。二人は友人でありながらライバルなのだ。きっと、それはこれから先も永遠に続くのだろう。だから俺は、二人をより平等に愛し続けなくてはならないのだ。勝ち負けを生み出してはいけないのだ。引き分けでい続けることが、最善なのだと思う。

「そうそう、あとね……いつ私とエッチなことしてくれるの?」

 ハルの口から出てきた言葉に俺は少し固まる。一瞬、何を言ったのかわからなかったが、冷静に先ほどの言葉の内容を反芻していく。ゆっくりと、言葉の意味を頭の中で何度も繰り返していくのだ。勘違いなどないかと何度も言葉を聞き返していく。それでも、聞き間違いなどないとばかりに、しっかりと洗練されていくのだ。彼女の言葉が俺の頭の中で。
 ふむ……エッチなこと。……なぜそれを聞いたのか。俺には全くわからなかった。だって、そういうことを匂わしていないのだから。キスなんか、俺たちの愛の確認であり、挨拶でもあるのだ。いや、ううむ。わからない。キスをエッチなことと認識していることはない。それならば、毎日している。それに対する不満が起きようがないだろう。

「俺たちは、まだまだ子供だろ。そういうことは、大人になってからじゃないとダメなんだよ。だから、いつするとかそういうことじゃないんだ。少なくとも、大人になってから相談するような内容なんだよ」

 俺は、諭すように言う。それで理解してくれることを祈る。しかし、ハルの不機嫌そうな顔は変わることがない。内容は理解している。しかし、それを認める気は一切ないという強い意志が顔に表れていた。そうすると、どんな言葉で説得しても納得してくれないのではないかという思いが出てくる。

「へえ、そんなこと言うんだ。私にはそんなことを言っちゃうんだ。……ルーシィとはしたのにね。私とはしてくれないんだ。ルーシィの方が好きなの? 私なんかよりもルーシィとエッチなことをするほうが良いの? 私じゃダメなの?」

 冷めた目で、俺のことを見つめるハル。しかし、俺には思い当たることがない。いや、あるにはあるような気がしないでもないが、これがハルの求めていることなのかと思うと、何とも言えない。ハルが求めていることはもっと大きなことのような気がする。そう考えると、俺の頭はより深く混乱してきてしまう。訳が分からないと思考がショートしてもおかしくないのである。

「それは、なんだい? 知っているんだろう?」
「うん、もちろんね。ルーシィに聞いたからね。自慢して来たよ。『一緒にお風呂入った』って。ずるいよね。私とはお風呂に入ってくれないのに、ルーシィとはお風呂に入れるんだ。私の体よりもルーシィの体の方が見たかったんだ。好きだったんだ。どうなの? 私何からの体じゃ満足できない……。……アランが満足できるような魅力的な体になるように頑張るから……見捨てないで。嫌いにならないで」

 ハルは、震える声で呟いた。それには必死さと、恐ろしさと、何もかもがごちゃ混ぜに混ざったような吐き気を催すほどの負の要素を詰め込んだ、つぶやきでもあった。そう感じてしまったのだ。
 そうだ、そうだった。確かに、ルーシィと一緒にお風呂に入ったことはあった。しかし、あれをエッチなことと認識していなかった。一緒に風呂に入っただけだから。そのあと、キスをしたりしたけど、あれは、ルーシィが発情期に入っていたからだ。だから、お風呂に入っただけという理由だ。
 だったら、すぐに安心させないと。彼女は俺のことを嫌いになってしまわないか不安なのだから。

「大丈夫。俺はハルのことも魅力的に思ってるし、愛しているんだから。ハルの体が嫌いなわけがないだろ。安心してほしい。なんなら、今日にでも一緒にお風呂入ろうか。ハルと二人でさ。そうしたら、安心してくれるか? 俺がルーシィだけじゃなくて、ハルのこともちゃんと愛しているって」
「エッチなこともしてくれる?」
「いやいや、ルーシィとはお風呂に入っただけなんだから、ハルとも同じことをするだけだよ。何か勘違いしているんじゃないか? それに、その時のルーシィは発情期だったんだよ。記憶が曖昧になっているだけかもしれないし」

 それを聞いたハルは、にんまりと笑う。機嫌は戻ったのだろうか。この後のことを考えて、機嫌を戻してくれているとありがたい。たしかに、ルーシィとは一緒に入ったのに、ハルとは一緒に入っていなかった。それは、ハルだって不満に思うに決まっている。気づかないとは俺も抜けているな。そういうのは放置していたら、危険なのだから、これからはしっかりとなくしていかないとな。
 話は終わり、鍵を開けるとルーシィを部屋に入れる。そして、ハルは勝ち誇ったようにルーシィに言い放った。

「私ね、今日……アランと一緒にお風呂入るの」

 羨ましいだろと言わんばかりの顔を作りながらであった。それを聞いたルーシィは顔を赤くしながら口元を抑えている。

「そ、そんなエッチなことをしちゃうの! アランに裸を見られるとすっごく恥ずかしくて逃げ出したくなっちゃうよ!」

 俺たちは、顔を見合わせた。たしかに、この反応ならば、ルーシィは俺とエッチなことをしたと思うだろう。そして、ハルはエッチなことと聞いて、より過激なことを思い浮かべることだろう。そりゃ、お互いに齟齬が生まれてしまうわけである。
 俺は、呆れているような、それでいて愛おしいような、そんな不思議な感覚で二人を見ていた。
 俺たちはそのあとも、日課をこなすように着替えて、森へと向かう。その途中で、俺たちの方を見ている、子供たちがひそひそと何かを話しているようだった。いや、少し歳上の人もいるか。何を話しているかは気になるが、わざわざ聞き耳を立てるまでもないだろう。

「あの獣人」「そう」「嘘つき」「だました」「ずる」「そうだ」「なんであの子が」「私だって」「裏切りもの」「恥さらし」

 俺の耳に、そんな言葉がわずかに聞き取れた。風に流されるように、俺に届いたのだ。その言葉たちは、ルーシィを非難するかのようだった。
 俺は彼女へ視線を向ける。すると、縮こまって、まるで自分はいないように息をひそめながら、あたりをきょろきょろと見ていた。その視線の動きは恐ろしいものでも探すかのようだった。
 これは何かあったと思い、俺はルーシィを抱き上げて森へと進んだ。彼女は、恥ずかしそうに顔を隠していたが、森へと入ったことを感じ取ると、ゆっくりとこちらを見た。

「あ、あのあの……その……」
「後で聞くから、今は黙って俺に抱きついていればいい」
「……はい」

 ルーシィは俺の首に手を回して、落ちないように抱きついた。それを見たハルは嫉妬のこもった視線を向けるが、それを抑えるように俺と口づけを交わす。歩いているというのに、無理やり止められてキスされたのは驚いたが、それだけだ。俺はハルの柔らかい唇の感触に浸り、離れると、再び歩き出した。
 そうして、いつもの場所へとたどり着き、ルーシィをおろすと、俺とハルの二人は、彼女の対面に来るように座った。

「なにか、言わないといけないことがあるんじゃないか?」

 ルーシィは、今にも泣きそうな目をしながら下を向いてしまった。

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