天の仙人様
第48話 生死の突然
俺は、五歳になった。とうとう、五年間もの人生を歩んだのだ。俺は、前世での死の瞬間を思い出しながら感慨にふけているのである。それだけ昔のようであって、近くに存在していたわけであった。だんだんと遠くへといってしまうかのような寂しさがないわけではないが。昔から今へと変わりつつあるということの喜びの方が大きいかもしれない。薄情者なのだろうな。
この世界は、前世程優しい世界ではない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。人が簡単に死ぬ。前世では人の死が周囲に転がっていることはなかった。あっても遠くの誰かであり、周囲の人間にはそういうことはなかった。死を実感すること、現実を直視することは、極限まで少なかったのである。しかし、この世界では、病気で村人の何人もが死んだりということがあった。流行り病ではない。今の技術で治せない病気が前世よりも多いのだ。魔力という概念の存在によって病気の種類が数倍にもふくれてしまっているのだ。治せる病気も多いがそれ以上に治せないものもあるということである。それだけ死を目にすることも多くなる。それでも、たとえ仙人に位が上がったとはいっても、生きているというのはとてもうれしく思う。同じように二人の婚約者も元気に俺のそばにいてくれる。たったそれだけでしかないのだが、そのたったそれだけを身近に感じることが出来るからこそなのであった。
俺たちは森の中でいつもの、聖石とかした岩へと昇り、そこで瞑想を行っている。自然の循環の中に入り、巡り、一つとなり、また別々であり、全であり個となる。留まりなく、ひたすらに永遠の巡りの中に、浸りその輪につながっているわけであった。これを三人で行っている。
そうなのだ。彼女たちも、仙術を扱えるようになっているのだ。三人も仙術を覚えられるというのは、俺に驚きをもたらすのである。お師匠様は仙人になれるような者は少ないというようなことを言っていたはずなのだが。それに、出来ても、五十年以上はかかるようなものではないのかと。俺は疑問を持っていた。
「ふむ……だから、俺に聞こうと思ったのだな」
「その通りでございます、お師匠様。なぜ、彼女たちもこの短期間で仙術を身に付けることが出来たのでしょうか。五十年はかかると、それでも早いほうだとおっしゃっていたではありませんか。俺は確かに一年もかかりはしませんでしたが、それはまた違った話でしょう。彼女たちは俺とは大きく違った経緯なのですから。それでありながら、仙人の位に至ることが出来るというのは、あまりにも容易すぎるように見えてならないのです。それでは、世界は仙人で埋め尽くされてしまうでしょう?」
というわけで、俺たちはお師匠様に聞いてみることにしたのだ。むしろ、それ以外の方法で解決することは出来ないだろう。なにせ、仙術、または仙人のことについての文献なんて存在しないのだから。全ての世界の間に存在し、その仲を取り持ち調律している存在なのだそうだから。俺たちの認識から外れたところに位置している者たちでもあった。ある意味では鬼のようであり、またそれとは違った存在なわけであろう。
何かを考え込むように口元を隠している。感情を読み取られないようにと、目を閉じて表情の類を見せないようにしているのだ。それに対して不信感を持たないでくれというのは無理であろう。ただ、お師匠様は単純に自分自身すらもよくわからない事態に陥っている可能性だってあり得ることもある。それの可能性を留めながら待たなくてはならないのであった。
目を開いた。脳内で整理が完了したのだろうか。そうであってほしい。出来ることならば俺の納得のいく話を聞きたい。嘘で包まれるような、そんなものは聞きたくはないのだ。
「そうか。……仙術を身に付けるには、穢れを排除する必要がある。魂には生き続けていると穢れが溜まる。普通の人間はな。それは、とうぜん幼児より成人の方が穢れは多く溜まっている。仙術を学ぶためにはその穢れを排除しなくてはならないのだ。排除するのには時間がかかる。だが、幼児期であれば、穢れのたまりなど微々たるもの。だから、仙人への位を歩めたのだろう」
「そういうことでしたか。それで二人も仙人として生きていけるようになったのですね。……ということにはならないですよ、お師匠様。それならば、幼児期に全ての子供を仙人へと昇らせることは出来るはずでしょう。しかし、そうはならない。つまりは、出来ないのだということ。なにせ、出来るのならば、仙人へと導くでしょうからね。なにせ、生まれ変わった直後の俺に仙人の道を勧めるのですから。ならば、なぜ彼女たちはなれるのでしょうか?」
お師匠様は露骨にわからないというような意思を持った顔を見せる。もしかしたら、本当にお師匠様にだって理解できないのか。たしかに、このような事態は初めてのことかもしれない。なにせ、同じ場所に三人もの仙人が現れているのだからな。ハルはまだ、成れるようになってしまったというわけだが、ルーシィに至ってはなぜ成れたのかが全くわからないことだろう。どういう理屈でもって同じ場所に仙人が多数生まれてしまったのか。大きな謎として残ってしまっているのである。
お師匠様は頭を抱えて悩んでいるようであるが、あることに気づいたようで、目を見開いて頭を上げる。そして、うんうんと頷いて自分一人で納得しているようであった。
「ふむ……そういうことなのだろうか。そういうことならばあり得るというものだろうな。しかし、これには気づかないというのも頷ける」
「お師匠様、どういうことなのでしょうか?」
お師匠様はにやりと笑った。それだけであった。何も言うつもりはないということを端的に表していた。逆に言えば、今起きたこの事態をただ受け入れればいいだけということでもあった。真理にたどり着く必要などないということであった。薄っぺらい表面を見つめることも大事である。そういうわけである。
俺はそれで納得する。いいや、納得しなければならないのである。それが大事なことなのだ。お師匠様が俺に伝える必要がないのだと決めたのであれば、全てを忘れたように気にせずに過ごさなければならないのだから。どれだけ答えを探そうとも、一人では見つけられまい。これでは、諦めるばかりであろうから。
「わかりました、お師匠様」
「うむ、それではな。あと、仙人になれたからといって、手を抜いてはならんぞ。ここが始まりなのだ。終わりなどなく、永遠に続く森の中をさまようようなもの。答えなど存在しない、旅なのだ。それを心に刻んで励むように」
お師匠様は、ハルたちにそれを告げると空へと飛び立った。
空の向こうには何があるのか。天国は空の上にあるのだろうか。どこに向かっているのか気になるのだが、俺には確認する方法はない。想像でしか、お師匠様の行き先を見ることはないのだ。天の向こう側にいる。それだけしか情報がないのだ。
「アラン、これで一緒だね。アランと一緒。仙人としてこれからもずっとずっと、一緒にいられるね」
「そうだな、ハル。俺もうれしいよ。これから先、世界が滅んでも俺たちは一緒だな。もちろん、ルーシィもな」
「アラン……あたしも一緒だよ! 好き、アラン」
俺たちの魂は気の巡りの中でつながっている。それが強く感じられていくのを感じる。決して離れることなく、永遠の時間の中で一つとなっているのだ。現在を見るだけで、未来の更に先を見ることなどたやすいとすら思えてしまうほどなのだ。
仙人には幼児の時、俺だと赤子の時からか、その時から鍛えればなれるというのはわかった。ならば、他の子供たちにも同じようなことを教えるかといわれればそうはならない。しかし、その基準がわからない。お師匠様ですらルーシィが仙人になれるとは思っていんかったようである。ハルに、仙術を教えようと思ったのは、気を知覚できるからだし、ルーシィには同じ婚約者として、ハルに教えることをルーシィに教えられないということはないからである。それと、俺が個人的に、彼女たちと一緒にいたいという思いがあるのだ。だから、仙術を教えていたわけだ。
冷めるということはない。そもそも燃え上がっていないのだ。燃えないものは消えない。俺たちの仲というのは、一瞬を激しく燃え上がらせるものではない。永遠不変に心に残り、散ることなくさわやかに咲き続ける物なのだ。薔薇ほどの美しさはない。だが、雑草のようなものでも、春から冬、そして春に戻ってくるまでの間、ずっと枯れることなく地面に生えている美しさ。それが俺たちの仲なのだ。
「さあ、修行を始めよう。二人ともまだまだ始まりのところにしかいないからね。自然に溶け込めるようにもっと練習しよう」
俺の言葉で二人は手をつなぎあい、輪になる。和であり、輪。そのつながりのもとに自然と巡ることで、より深くまで潜ることが出来る。二人以上の人間で修業をするからこそできることなのだ。
自然の温かさを彼女たちから感じていく。そうして、俺たちは溶けていく。そのものへと変質していくのだ。それがひどく心地いいのである。彼女たちとつながり、自然とつながり、一つとなり、そしてまた別々であるということである。
夕方となり、俺たちはソファでくつろいでいる。彼女たちはアリスを連れて風呂へと入っていった。一応三人で入れる程度の広さは確保されている。最近は、アリスを含めた少女三人で入浴することが多い。俺はその間、リビングと呼べるところで、ゆっくりとくつろいでいるわけだ。一人でいるということも嫌いではないからな。
その近くには本とにらめっこをしている兄さんの姿が見える。今は簡単な魔術書を読んでいるようだった。簡単なとはいっても、ルイス兄さんや俺基準ではあるわけだが。それを一生懸命読んでいるのはひどく感心する。弱音を聞いたことがないというのも素晴らしいところだと思う。
「カインは、このところずっと本を読んでいるのね。あ、そういえば昼には剣を振っていたから、ずっとではないわね。それでも、本なんて読まなかったカインが本を読むようになるなんて驚きね」
と、俺の隣に座ったサラ母さんが呟いた。母さんはほほえましいものでも見るように目を細めている。剣を振っている姿でも同じ表情ではあるが、それとは別に勉学に力を入れ始めたということにも、喜びを感じているのだろう。出来ることが増えるということはそれだけ、未来を増やす。
弟であるというのに、兄さんのことを親であるかのように見つめるのはどうにかしたいのだが、どうも出来ないでいた。いまだに、自分の生が五年ではなく、さらに前から続いているなんて思っているのだから困ったものである。前世は前世であり、今世とはまた違ったものとしていなくてはならないのだから。それだからこそ、俺は兄さんの弟として、それらしい目でもって見ていなくてはならないだろうさ。
「兄さんはすごいです。いつもなら剣を振っているというのに、苦手な勉学に励んでいますから。俺だったら飽きてしまうかもしれません」
「そうね。私だって、勉強は嫌いだったわ。だからすっごくわかるの。カインがルイスに負けないように頑張っているっていうのが。私は上に兄弟がいなかったから、そこはうらやましいけどね」
温かな表情で、カイン兄さんのことを見つめている俺たち。これから先も、その先もこのような温かな世界の中に浸ることが出来るのだと思えば、それはどれほど素晴らしい事であろうか。今まさに、この世の常楽へと至っているのだから。すると、母さんは軽く咳こんだ。俺は声をかけると、心配するなというように手をこちらに向けてくる。しかし、それでも、咳きこんだままやむ様子がないので、俺は背中をさすって楽になるように願う。だが、止まる気配はない。
「大丈夫ですか、母さん」
「え、ええ、大丈夫よ。心配しないで」
母さんはにっこりと笑うが、その表情は隠しきれない苦痛に歪んでいた。俺は、すぐに対処をしなくてはならないと思い、使用人を呼ぼうと廊下に出る。そして、出てすぐに大声で使用人を呼んだ。誰か来てくれと。母さんが心配だから、早く来てくれと。
咳ごとき心配しすぎだと思うだろうか。いや、そうではない。ただの咳が重病の前兆だということはよくあることなのだ。だから、咳をしていて苦しそうだという情報は俺たちにとって危険信号を発しているに等しいのだ。
俺は、母さんのところに戻ると、カイン兄さんが母さんの背中をさすって語り掛けていた。
「大丈夫ですか、母さん。横になってください。横になって! お願いだよ、母さん! 死んじゃだめだ!」
最初は頑張って丁寧な言葉遣いをしていたが、素が出てしまっていた。俺もすぐさま近寄って、横になるよう説得をする。それほどに危険だと俺の直観が叫んでいるのである。俺たちが慌てたら、母さんの様態がより悪化する可能性もあるだろうが、俺は冷静になんていられなかった。ただ咳をしているのではないのだから。苦痛に歪むように醜くなってしまっているのだ。これで冷静になどなれるはずがないのである。
ひときわ大きく母さんが咳き込む。それと同時に赤い何かが床に飛び散った。匂いが漂ってきた。血だった。血を吐き出したのだ。俺たちの目がこれでもない程見開かれたのは間違いない。
そして、俺の声を聞いてやってきた使用人は母さんの姿を見ると、慌てたように抱きかかえて寝室へと運んでいった。寝室と入っても病人が寝るための部屋だ。
俺たちはその姿を見ることしかできなかった。
この世界は、前世程優しい世界ではない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。人が簡単に死ぬ。前世では人の死が周囲に転がっていることはなかった。あっても遠くの誰かであり、周囲の人間にはそういうことはなかった。死を実感すること、現実を直視することは、極限まで少なかったのである。しかし、この世界では、病気で村人の何人もが死んだりということがあった。流行り病ではない。今の技術で治せない病気が前世よりも多いのだ。魔力という概念の存在によって病気の種類が数倍にもふくれてしまっているのだ。治せる病気も多いがそれ以上に治せないものもあるということである。それだけ死を目にすることも多くなる。それでも、たとえ仙人に位が上がったとはいっても、生きているというのはとてもうれしく思う。同じように二人の婚約者も元気に俺のそばにいてくれる。たったそれだけでしかないのだが、そのたったそれだけを身近に感じることが出来るからこそなのであった。
俺たちは森の中でいつもの、聖石とかした岩へと昇り、そこで瞑想を行っている。自然の循環の中に入り、巡り、一つとなり、また別々であり、全であり個となる。留まりなく、ひたすらに永遠の巡りの中に、浸りその輪につながっているわけであった。これを三人で行っている。
そうなのだ。彼女たちも、仙術を扱えるようになっているのだ。三人も仙術を覚えられるというのは、俺に驚きをもたらすのである。お師匠様は仙人になれるような者は少ないというようなことを言っていたはずなのだが。それに、出来ても、五十年以上はかかるようなものではないのかと。俺は疑問を持っていた。
「ふむ……だから、俺に聞こうと思ったのだな」
「その通りでございます、お師匠様。なぜ、彼女たちもこの短期間で仙術を身に付けることが出来たのでしょうか。五十年はかかると、それでも早いほうだとおっしゃっていたではありませんか。俺は確かに一年もかかりはしませんでしたが、それはまた違った話でしょう。彼女たちは俺とは大きく違った経緯なのですから。それでありながら、仙人の位に至ることが出来るというのは、あまりにも容易すぎるように見えてならないのです。それでは、世界は仙人で埋め尽くされてしまうでしょう?」
というわけで、俺たちはお師匠様に聞いてみることにしたのだ。むしろ、それ以外の方法で解決することは出来ないだろう。なにせ、仙術、または仙人のことについての文献なんて存在しないのだから。全ての世界の間に存在し、その仲を取り持ち調律している存在なのだそうだから。俺たちの認識から外れたところに位置している者たちでもあった。ある意味では鬼のようであり、またそれとは違った存在なわけであろう。
何かを考え込むように口元を隠している。感情を読み取られないようにと、目を閉じて表情の類を見せないようにしているのだ。それに対して不信感を持たないでくれというのは無理であろう。ただ、お師匠様は単純に自分自身すらもよくわからない事態に陥っている可能性だってあり得ることもある。それの可能性を留めながら待たなくてはならないのであった。
目を開いた。脳内で整理が完了したのだろうか。そうであってほしい。出来ることならば俺の納得のいく話を聞きたい。嘘で包まれるような、そんなものは聞きたくはないのだ。
「そうか。……仙術を身に付けるには、穢れを排除する必要がある。魂には生き続けていると穢れが溜まる。普通の人間はな。それは、とうぜん幼児より成人の方が穢れは多く溜まっている。仙術を学ぶためにはその穢れを排除しなくてはならないのだ。排除するのには時間がかかる。だが、幼児期であれば、穢れのたまりなど微々たるもの。だから、仙人への位を歩めたのだろう」
「そういうことでしたか。それで二人も仙人として生きていけるようになったのですね。……ということにはならないですよ、お師匠様。それならば、幼児期に全ての子供を仙人へと昇らせることは出来るはずでしょう。しかし、そうはならない。つまりは、出来ないのだということ。なにせ、出来るのならば、仙人へと導くでしょうからね。なにせ、生まれ変わった直後の俺に仙人の道を勧めるのですから。ならば、なぜ彼女たちはなれるのでしょうか?」
お師匠様は露骨にわからないというような意思を持った顔を見せる。もしかしたら、本当にお師匠様にだって理解できないのか。たしかに、このような事態は初めてのことかもしれない。なにせ、同じ場所に三人もの仙人が現れているのだからな。ハルはまだ、成れるようになってしまったというわけだが、ルーシィに至ってはなぜ成れたのかが全くわからないことだろう。どういう理屈でもって同じ場所に仙人が多数生まれてしまったのか。大きな謎として残ってしまっているのである。
お師匠様は頭を抱えて悩んでいるようであるが、あることに気づいたようで、目を見開いて頭を上げる。そして、うんうんと頷いて自分一人で納得しているようであった。
「ふむ……そういうことなのだろうか。そういうことならばあり得るというものだろうな。しかし、これには気づかないというのも頷ける」
「お師匠様、どういうことなのでしょうか?」
お師匠様はにやりと笑った。それだけであった。何も言うつもりはないということを端的に表していた。逆に言えば、今起きたこの事態をただ受け入れればいいだけということでもあった。真理にたどり着く必要などないということであった。薄っぺらい表面を見つめることも大事である。そういうわけである。
俺はそれで納得する。いいや、納得しなければならないのである。それが大事なことなのだ。お師匠様が俺に伝える必要がないのだと決めたのであれば、全てを忘れたように気にせずに過ごさなければならないのだから。どれだけ答えを探そうとも、一人では見つけられまい。これでは、諦めるばかりであろうから。
「わかりました、お師匠様」
「うむ、それではな。あと、仙人になれたからといって、手を抜いてはならんぞ。ここが始まりなのだ。終わりなどなく、永遠に続く森の中をさまようようなもの。答えなど存在しない、旅なのだ。それを心に刻んで励むように」
お師匠様は、ハルたちにそれを告げると空へと飛び立った。
空の向こうには何があるのか。天国は空の上にあるのだろうか。どこに向かっているのか気になるのだが、俺には確認する方法はない。想像でしか、お師匠様の行き先を見ることはないのだ。天の向こう側にいる。それだけしか情報がないのだ。
「アラン、これで一緒だね。アランと一緒。仙人としてこれからもずっとずっと、一緒にいられるね」
「そうだな、ハル。俺もうれしいよ。これから先、世界が滅んでも俺たちは一緒だな。もちろん、ルーシィもな」
「アラン……あたしも一緒だよ! 好き、アラン」
俺たちの魂は気の巡りの中でつながっている。それが強く感じられていくのを感じる。決して離れることなく、永遠の時間の中で一つとなっているのだ。現在を見るだけで、未来の更に先を見ることなどたやすいとすら思えてしまうほどなのだ。
仙人には幼児の時、俺だと赤子の時からか、その時から鍛えればなれるというのはわかった。ならば、他の子供たちにも同じようなことを教えるかといわれればそうはならない。しかし、その基準がわからない。お師匠様ですらルーシィが仙人になれるとは思っていんかったようである。ハルに、仙術を教えようと思ったのは、気を知覚できるからだし、ルーシィには同じ婚約者として、ハルに教えることをルーシィに教えられないということはないからである。それと、俺が個人的に、彼女たちと一緒にいたいという思いがあるのだ。だから、仙術を教えていたわけだ。
冷めるということはない。そもそも燃え上がっていないのだ。燃えないものは消えない。俺たちの仲というのは、一瞬を激しく燃え上がらせるものではない。永遠不変に心に残り、散ることなくさわやかに咲き続ける物なのだ。薔薇ほどの美しさはない。だが、雑草のようなものでも、春から冬、そして春に戻ってくるまでの間、ずっと枯れることなく地面に生えている美しさ。それが俺たちの仲なのだ。
「さあ、修行を始めよう。二人ともまだまだ始まりのところにしかいないからね。自然に溶け込めるようにもっと練習しよう」
俺の言葉で二人は手をつなぎあい、輪になる。和であり、輪。そのつながりのもとに自然と巡ることで、より深くまで潜ることが出来る。二人以上の人間で修業をするからこそできることなのだ。
自然の温かさを彼女たちから感じていく。そうして、俺たちは溶けていく。そのものへと変質していくのだ。それがひどく心地いいのである。彼女たちとつながり、自然とつながり、一つとなり、そしてまた別々であるということである。
夕方となり、俺たちはソファでくつろいでいる。彼女たちはアリスを連れて風呂へと入っていった。一応三人で入れる程度の広さは確保されている。最近は、アリスを含めた少女三人で入浴することが多い。俺はその間、リビングと呼べるところで、ゆっくりとくつろいでいるわけだ。一人でいるということも嫌いではないからな。
その近くには本とにらめっこをしている兄さんの姿が見える。今は簡単な魔術書を読んでいるようだった。簡単なとはいっても、ルイス兄さんや俺基準ではあるわけだが。それを一生懸命読んでいるのはひどく感心する。弱音を聞いたことがないというのも素晴らしいところだと思う。
「カインは、このところずっと本を読んでいるのね。あ、そういえば昼には剣を振っていたから、ずっとではないわね。それでも、本なんて読まなかったカインが本を読むようになるなんて驚きね」
と、俺の隣に座ったサラ母さんが呟いた。母さんはほほえましいものでも見るように目を細めている。剣を振っている姿でも同じ表情ではあるが、それとは別に勉学に力を入れ始めたということにも、喜びを感じているのだろう。出来ることが増えるということはそれだけ、未来を増やす。
弟であるというのに、兄さんのことを親であるかのように見つめるのはどうにかしたいのだが、どうも出来ないでいた。いまだに、自分の生が五年ではなく、さらに前から続いているなんて思っているのだから困ったものである。前世は前世であり、今世とはまた違ったものとしていなくてはならないのだから。それだからこそ、俺は兄さんの弟として、それらしい目でもって見ていなくてはならないだろうさ。
「兄さんはすごいです。いつもなら剣を振っているというのに、苦手な勉学に励んでいますから。俺だったら飽きてしまうかもしれません」
「そうね。私だって、勉強は嫌いだったわ。だからすっごくわかるの。カインがルイスに負けないように頑張っているっていうのが。私は上に兄弟がいなかったから、そこはうらやましいけどね」
温かな表情で、カイン兄さんのことを見つめている俺たち。これから先も、その先もこのような温かな世界の中に浸ることが出来るのだと思えば、それはどれほど素晴らしい事であろうか。今まさに、この世の常楽へと至っているのだから。すると、母さんは軽く咳こんだ。俺は声をかけると、心配するなというように手をこちらに向けてくる。しかし、それでも、咳きこんだままやむ様子がないので、俺は背中をさすって楽になるように願う。だが、止まる気配はない。
「大丈夫ですか、母さん」
「え、ええ、大丈夫よ。心配しないで」
母さんはにっこりと笑うが、その表情は隠しきれない苦痛に歪んでいた。俺は、すぐに対処をしなくてはならないと思い、使用人を呼ぼうと廊下に出る。そして、出てすぐに大声で使用人を呼んだ。誰か来てくれと。母さんが心配だから、早く来てくれと。
咳ごとき心配しすぎだと思うだろうか。いや、そうではない。ただの咳が重病の前兆だということはよくあることなのだ。だから、咳をしていて苦しそうだという情報は俺たちにとって危険信号を発しているに等しいのだ。
俺は、母さんのところに戻ると、カイン兄さんが母さんの背中をさすって語り掛けていた。
「大丈夫ですか、母さん。横になってください。横になって! お願いだよ、母さん! 死んじゃだめだ!」
最初は頑張って丁寧な言葉遣いをしていたが、素が出てしまっていた。俺もすぐさま近寄って、横になるよう説得をする。それほどに危険だと俺の直観が叫んでいるのである。俺たちが慌てたら、母さんの様態がより悪化する可能性もあるだろうが、俺は冷静になんていられなかった。ただ咳をしているのではないのだから。苦痛に歪むように醜くなってしまっているのだ。これで冷静になどなれるはずがないのである。
ひときわ大きく母さんが咳き込む。それと同時に赤い何かが床に飛び散った。匂いが漂ってきた。血だった。血を吐き出したのだ。俺たちの目がこれでもない程見開かれたのは間違いない。
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